青土トーナル岩

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青土トーナル岩

青土トーナル岩は甲賀市土山町の青土ダム西北部から南部にかけて帯状に分布する岩脈で、五万分の一地質図幅亀山の記述によりますと「青土トーナル岩及び猪ノ鼻トーナル斑岩は古生層を南北性の岩脈状岩体として貫くトーナル質岩で,いずれも半深成岩的性質を有している.これらは,北方の湖東流紋岩に伴う犬上花崗斑岩の一部に岩相が似ているが,それよりやや苦鉄質成分に富む.本地域は湖東流紋岩の推定分布地域の南縁部に相当しており,本岩類の伸びの方向も湖東流紋岩の一般的構造方向(北北西-南南東ないし北-南)に一致している.化学組成からみても,本岩類は,アルカリに乏しく,犬上花崗斑岩のトレンドに近い.上記の事実から,本岩類は,湖東流紋岩の活動の末期に迸入した花崗斑岩類の一部と考えるのが妥当であろう.」として犬神花崗斑岩に対比しうる岩体であると判断されています。

岩種については、中粒単斜輝石角閃石黒雲母トーナル岩とし、岩体の特徴は「暗灰色,中粒,やや斑状を呈し,色指数は約15で,径1-数cmの楕円体状の暗色包有物に富んでいる.石英の多い割合にはカリ長石が少なく,化学組成もアルカリに乏しく,トーナル岩の特徴を有している」とあります。

また標本についての記載では輝石・角閃石とも変質が著しく「大半は繊維状の淡緑色角閃石・緑泥石・黒雲母・炭酸塩鉱物などの集合体によって交代されている.斜長石は自形短柱状で,大きさはさまざま(長径,1cm-1mm以下)であるが,著しい累帯構造を示しており,ラブラドライト―オリゴクレースの組成範囲をもち,ラブラドライト組成のコアは変質(絹雲母化など)を被っている.石英は,自形・斑晶状のもの(径5-2mm)と,他形で斜長石や有色鉱物の間隙を充塡するものとがある.カリ長石は上記の鉱物間隙に少量存在するにすぎない.」とのことです。

珪長質火山岩は深成岩に比べて風化による交代変質が著しく、鈴鹿山脈でみられるこの時期(始新世以前の)の火山岩などどれも石英以外の鉱物は確認しづらいのが一般的ですから、この記載は特に珍しいものではありませんが、鈴鹿山脈など完晶質の花崗岩体からなる山では、輝石を含むことが稀なのでこの石は変わり者の部類に入りそうです。果たしてどのような顔をしているのか見てみたくて、何度か現地に寄って集めてみました。

Tz:青土トーナル岩 Tp:猪の鼻トーナル斑岩。犬神花崗斑岩弧状配列の延長上に分布する白亜紀後期火成岩脈 五万分の一地質図幅 亀山より

採集個所はA:青土ダム下流・県道九号線沿い蛭谷橋北の林道 B:橋の上流の沢、C,D:青土ダム湖岸のあいの森ふれあい公園遊歩道下の沢です。

どちらのポイントも沢の上流域は岩脈が貫入した古生代の付加体( 土山層、青土層のチャート・粘板岩・砂岩 )が分布しており、工事等で人工的に持ち込まれる以外、類似した火成岩類が混入することは考えにくいので、火成岩の転石があれば先ず青土トーナル岩と判断できそうです。

標本A

A:蛭谷橋北側の林道脇の転石です。林道の山側斜面に沿って上部の山地から崩落したとみられる多数の転石が路肩に露出しておりある程度岩相を観察できます。転石の中には、泥質岩のゼノリスを含むものが見られます。

A:上写真 林道の山側斜面には大小の転石があちこちに散在している。石の表面は長石が風化して灰褐色

A:上写真 砂泥質岩片をゼノリスとして含む石がある。

A:上写真 風化面は褐色や灰色だが断面は一見新鮮そうに見える。

研磨面は灰青色で透明感のある結晶質の見た目は、単斜輝石でも入っていそうな印象を与えますが、果たしてどうでしょうか。

A:この標本で見る限り石英よりも長石の比率が多そう。長石は透明感のある斜長石が殆どで有色鉱物は変質が著しい。

地質図幅に記載があるように、この石の長石の一部はラブラドライトの組成を持っているため変質の少ない部分では、光を当ててやると僅かですが虹色の遊色が見られます。

A:以後4枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、最初がPPL 後の写真がXPL

一見して塩基性岩の特徴である斜長石が多いのが分かります。石英は綺麗な六角形の斑晶を見せますが粒間を埋める細粒石英は再結晶が進んでいます。

石英と斜長石は見事な結晶形を残していますが有色鉱物は無残に変質して、交代前の鉱物が何であったのかも不明瞭です。 どうやら輝石どころか角閃石の斑晶も満足なものは見つけられそうにない状態です。

A:以下の拡大写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 最初がPPL 後の写真がXPL

A:上写真 粒間の細粒石英は斑晶の周囲に再結晶し、それに伴って大きな石英斑晶の一部が溶融している。脈岩を供給した鈴鹿花崗岩のマグマ溜まりがすぐ下にあり熱源になった様子です

A:上写真 下部の有色鉱物は単斜輝石であったようで、その一部はまだ輝石の干渉色を残しています

A:上写真 有色鉱物は黒雲母、角閃石、緑泥石などに変質しています

A:上写真 斜長石の集片双晶と累帯構造。中央下端の長石は中心部がすべて緑泥石に変質しています

A:上写真 斜長石は結晶形を保つものが多いが、この巨大な斑晶は全体が緑泥石や雲母等に交代しており固溶体組成の差が変質の差を生むようです

これらの写真から、Aの標本はほとんどカリ長石を含まず、白色鉱物がほぼ斜長石と石英からなる正に地質図幅に記載された青土トーナル岩の特徴に沿うものです。

有色鉱物は変質が激しくて黒雲母以外は判別も難しいですが、熱変成の過程で生じた特異な構造が見られ興味深い標本です。

しかし犬神花崗斑岩のページでも書きましたが、中にはトーナル岩の定義から外れるものがあるようで永源寺ダムの南で拾った犬神花崗斑岩同様、ピンクの長石斑晶がよく目立つ石がこの蛭谷の沢でも見つかりました。

標本B

30cm程の転石で、橋のたもとの沢に砂泥質岩やトーナル岩に混じって転がっていたものです。沢の上流は分水嶺まで古期付加体か青土トーナル岩の地層ですからこの花崗岩質の石は青土トーナル岩の岩体から切り離されたと見るのが自然なわけですが、Aの石とはその開きが大きいので驚かされます。或いは何らかの工事で使われた異地性の石もしれません。

B:蛭谷の沢で拾った花崗岩。綺麗な肌色に着色したカリ長石が特徴。軸色の濃い黒雲母を多数含む

岩質は沢の林道周辺で見られる青土トーナル岩とは見かけも大きく異なり、全体に鉱物が新鮮で完晶質。石基らしい部分は全く見られません。ただ40cmほどの石の中で岩相変化が激しく斑状花崗岩から細粒花崗岩まで粒径が変化します。不透明鉱物かと思うほどに濃い軸色の新鮮な黒雲母を多数含み、青土トーナル岩と同質のマグマから同時期にできたとは考えにくいような石です。

トーナル岩の定義では、重量比率で石英が20~60% 斜長石が90~100%の岩石ですから、カリ長石の比率は10%以下なのですが、これらのへそ曲がりの石ではカリ長石が20%以上はあると思われます。

B:蛭谷橋下の沢から採集した転石で、30cm程の石に1cm以上の綺麗な肌色の長石結晶を含む部分と、粒径が数ミリ以下の細・中粒の部分が同居していて、石の中での岩相変化が激しい石です。

部分的には大きな粒径のカリ長石によってカリ長石の量比が30%を超えそうです。軸色のとても濃い黒雲母を含み、細粒の部分では鉱物の定向配列が確認できます。標本では中粒のあたりを切り出しています。

B:桃色をした美しいカリ長石と不透明鉱物と見紛うほど色の濃い黒雲母が特徴的な蛭谷の標本。あるいは異地性岩かも

透過光と反射光の写真より透明感の高い石英と表面反射の大きい長石との比率を概算すると1:3 更に研磨面の実体写真より単純に白色系を斜長石、肌色系をカリ長石と見做して斜長石とカリ長石の比はつかみで1:2とすればQ:A:P=2:2:1となります。有色鉱物の量比を無視すればこの石は石英質花崗岩或いは花崗岩の部類に入りそうです。

B:以後写真の視野は約10mm✕6.7mm、最初がPPL 後の写真がXPLです。

斜長石や有色鉱物主体のAの石と比べると、こちらはまるで異なった印象を与えます。パーサイト構造を示すカリ長石が多く、斜長石よりもよく目立ちます。

また黒雲母は不透明鉱物と思うほどに軸色が異常に濃く、0.03mmの薄片にしても非透過に近いものもあり他の地域の火成岩ではでまず経験することがないものです。

B:以下の拡大写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 最初がPPL 後の写真がXPL

B:上写真 長石の結晶は割と痛みが少なく、拡大すると斜長石も沢山含まれているのがよく分かります。

B:上写真 有色鉱物はほとんどが他形の黒雲母で綺麗な結晶が白色鉱物の粒間を埋めています。

湖東流紋岩類の火山岩やAの青土トーナル岩にみられる鉱物の変質は少なく、同一環境のものとは思えません。他の火山岩にはジルコン、チタン石、燐灰石等の微細な副成分が見られますがこの標本では見つかりませんでした。

この石の源岩がどこに有るのか、沢の上流を少し探してみましたが全くわからず、沢の上で見かけるのはAと同種の青土トーナル岩もしくは古期付加体に由来する砂泥質岩やチャートばかりでした。この石Bは犬神花崗斑岩C とは異なり、他地域から人為的に持ち込まれた異地性の石でかもしれません。

標本C

C:は少し離れた青土ダム湖岸のあいの森ふれあい公園より西に伸びる遊歩道下の小沢周辺の転石です。ふれあい公園の中心部の地質は古生代の粘板岩やチャートの付加体で、ふれあい公園進入路東の露岩ではチャートと思しき堆積層がほぼ垂直に近い地層を露出させています。青土トーナル岩脈はこれらの付加体層を南北に横切る形で貫入しています。

ふれあい公園の進入路に沿って古生代の堆積層が綺麗な層理を見せて露出している。

この公園には、西の山中に伸びる遊歩道があり遊歩道を暫く進むと青土トーナル岩の地層となります。この林道下に小さな沢があり標本はその沢周辺の石です。

C:沢の転石には圧倒的に火山岩が多い。蛭谷の石と同じ岩相のものに混じって明瞭に斑晶と石基の別れた火山岩も有る。

先ずCとして蛭谷に類似した岩相の石を選んで標本とします。石の断面は灰緑色で部分的には有色鉱物によって暗緑色に近い部分があります。完晶質で白い斜長石が目立ち風化の進んだ部分は褐色に変色しています。

Cの研磨面は安濃川水系でよく目にする閃緑岩によく似ています。しかし中・粗粒の斜長石や石英結晶の間隙には細粒の結晶が埋まっていて斑晶と石基の構造に近い形を残してます。有色鉱物は黒雲母と角閃石を確認できますが輝石はわかりません。

C:上写真 薄片の断面は石英と長石及び黒雲母が目立ち鈴鹿の山でよく目にする石英閃緑岩のようです。

大きな斑晶の粒間は中・細粒の結晶で埋まり部分的には脈岩よりも深成岩の印象を受けます。

C:以後8枚の写真の視野は約10mm✕6.7mm、最初がPPL 後の写真がXPL

C:上写真 鏡下で眺めると、A同様に完晶質で石基は確認できず。石英斑晶の周囲で石英の再結晶が顕著で、細粒の石英も一部は熱変成で周囲の石英と溶着した様子。

長石は全体に汚れて変質の割合も高い様子で斜長石が多く見られますがAの石ほど強い累帯構造は示していません。有色鉱物は多くが緑泥石化しています。黒雲母と角閃石は確認できますが輝石はそれらしい残片がわずかに残る程度です。

C:以下の拡大写真の視野は約3.3mm✕2.2mm 最初がPPL 後の写真がXPL

C:上写真 斜長石は累帯構造が認められ自形結晶も割と鮮明です。アルカリ長石は変質が進み微斜長石とみられるもの以外はよく分かりません。有色鉱物は変質が激しく緑泥石や緑簾石、雲母類に交代しています。

標本D

この沢の転石で面白いのは、脈岩と云うよりは溶岩もしくは火砕流堆積岩と呼べるような岩相を見せる石が混じっていることです。

私が採集した石は、蛭谷で拾った完晶質の石の上をゆく岩相変化を見せ、両手で持てるくらいの石の中に、完晶質の花崗岩から石基を持つ溶岩質の部分が連続的に混在しています。

D:上写真 同じ石の中に完晶質の粗粒花崗岩質部分と明瞭に石基を持った斑岩まで連続して変化する。

写真の斑岩には石英閃緑岩風のゼノリスがあるが、この花崗岩質の部分はゼノリスではありません。今回薄片にしたのは、石基をもつ溶結凝灰岩のような部分です。

D:上写真 斑晶は黄色く変色した石英と白濁したカリ長石が主体。鉱物の配列に僅かに定向性が見られ安山岩質溶岩あるいは溶結凝灰岩のようにも思える。

完晶質の部分も花崗閃緑岩のようですから、この安山岩質溶岩から僅かな距離を隔てて完晶質に成長した様子で、溶岩内での結晶分化作用とともに浮力等で一部分に粗粒斑晶ばかりあつまって花崗岩質の部分を生み出したものでしょうか。

粗粒結晶の部分は表面からルーペ観察するだけでも多少のことは分かりますから、薄片化する標本は石基の見られる部分から切り取っています。

D:上写真 見た目ではカリ長石が多く、青土トーナル岩体の地域にあって青土トーナル岩のトレンドとはだいぶ異なった花崗岩質の火山岩

しかし火成岩の場合、同一の地質体に区分されていても接する周辺環境の違いやその石が辿る履歴の違いなどで、結晶分化の程度や固結の速度が様々に変化ます。

場所によっては全く性質の異なるような石が作られる場合もありますから 青土トーナル岩相の一部と見て問題はないと思いますが、岩体から切り離された転石を拾っているだけで直接岩盤から石を採集しておらず推測です。

D:以後の写真の視野は約10mm✕6.7mm、最初がPPL 後の写真がXPL。

これらの写真を見ると、圧縮・溶結しているのかは良くわかりませんが石基の見た目や石英の斑晶の多いこと、長石の変質が激しいこと、有色鉱物が認めにくいこと等萱原溶結凝灰岩とよく似た印象を与えます。

D:以下の拡大写真の視野は約3.3mm✕2.2mm最初がPPL 後の写真がXPL。

D:上写真 カリ長石は汚損が進み僅かにパーサイト組織らしいものが残ります。粒間の微細な石英は再結晶化が進んでいます。

D:上写真 右上の長石には、ほぼ直交する劈開線がみられ、微斜長石のようです。

D:上写真 粒間には僅かですが有色鉱物が存在します。 角閃石は確認できず黒雲母も多くは粘土鉱物に変質している様子

D:上写真 中央部にかすかに双晶を見せる斜長石が認められますが、全体に長石の多くはアルカリ長石のようです。

こうして見ていますと、同じ地質体に由来すると思える石でも、時にはその地質体の傾向から大きく外れた石もあったりして楽しいものです。これは同一の地質体であっても固結する際の環境や履歴の相違等によってその地質体の一般的なトレンドから逸脱してしまう場合と、たまたま地質図に未記載の岩体が存在する場合が考えられます。

地質図の作成は地表に露出している岩体を踏査して、その岩種・形成年代・形成条件・連続性等さまざまな要素を加味しながら定めた一定のエリアに、特定の地質体名を与え、地図上にある全ての地域を網羅してゆく誠に忍耐強い頭の下がる作業の末に作られるわけですが、限られた人数で限られた条件のなかで進める作業ですから現実に存在する地質体全てを調査することなどできるものではありません。

また少々の地域的特異性には目をつむり、なるべく共通項の大きい要素を捉えて地質体に命名し地表を色分けしてゆく以上、中にはその色に染まらない変わり者が紛れ込むのも致し方ないというものです。地質図には載らないこの様な変わり者の中でも、地質図製作者が特に必要とみとめた事柄は、地質図幅に特記事項として記載されますが小さすぎて無視される場合も出ます。

踏査ルートから外れた場所や、ルート上でも表土に覆われていたり、都市のように人工物で埋没してしまったりして直接調べることが困難な場合、周囲の状況から走行傾斜や連続性などを手がかりに類推でその場所の地質を定めるため実際と異なった記載がなされる場合も生じますし、地球科学の発達に伴い地質体の分類や名称が大きく変わる場合もありますから地質図の記載が全てにおいて正しいとは言えないわけです。

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