岩石薄片の製作

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岩石薄片の制作

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光の偏光と顕微鏡

日本顕微鏡工業会のHPにある顕微鏡の歴史に依りますと、1590年オランダのヤンセン親子によって顕微鏡が發明されて以降、顕微鏡の性能を上げるための研究が精力的に行われ、色収差のないレンズの開発や、対象を鮮やかに照らし出すために様々な照明法が考案されます。

1809年にフランスのマリュスによって光の振動にある偏り偏光」が見出され、1828年イギリスのニコルが方解石を用いたニコルプリズムを発明して単独の方向性を持った光「偏光」を作り出すことが出来るようになると、顕微鏡の照明に偏光を応用することが考えられ1844年イタリアのアミチによって観測対象の前後にニコルプリズムを配した偏光顕微鏡が開発されます。

(都城・久城の「岩石学Ⅰ・偏光顕微鏡の歴史」ではアミチの名はなく、顕微鏡岩石学を作り上げた学者としてニコルらイギリス、ドイツ、フランスの研究者の名が挙げられている)

偏光顕微鏡

拡大率の大きい顕微鏡観察では、観察対象に凹凸があると対象とレンズ間の距離に差が生じ対象全体にわたってシャープな結像を得ることが出来なくなります。そこで対象全体に鮮明な像を結ばせるためには対象の表面をできる限り平面に近い状態に置き、レンズ間距離を等しくしてやらねばなりません。

このような理由からすでにニコルの時代には、岩石の表面観察を行うために岩石を平滑に研ぎだす技術が開発されて行われていたようで、岩石を透過観察するには光が透るまで標本を薄くする必要がありますから、偏光顕微鏡が考案される以前から既に岩石の薄片標本は作られていたとみられます。

History of Science & Technology at Peabody Museum  1850年の鉱物標本( 左 )と1840年のメノウ薄片( 右 )  https://peabodyhsi.wordpress.com/tag/microscopes/

また高倍率の顕微鏡を扱った経験のある者であれば、標本を鮮明に観察するためには標本に対する照明の方法が如何に重要であるか分かりますから、1809年にマリュスにより光に「偏光」が見いだされると偏光を顕微鏡の光源として利用することが考えられるのは極めて自然なことです。

自然光には様々の振動方向を持つ光が含まれていますが、特定の振動方向の光のみ通過させる偏光板を直線偏光板(以降偏光板と書きます)と呼び偏光板を通過する光の振動方向を透過軸と云います 

下左図 技術通販みかんより: ( https://www.mecan.co.jp/Optical-Film/Polarizer/About_Polarizer.html )

上右図  岐阜聖徳大学教育学部地学・川上研究室HPより: http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/CHISITSU/microsc/03.html

偏光と偏光板

光の光路上に2枚の偏光板を置いたとき、2枚の偏光板の透過軸をそろえる場合を平行ニコル(Paralell Nicols)  2枚の偏光板の透過軸を直交させる場合を直交ニコル(Crossed Nicols )と呼びます。

光の光路におかれた2枚の偏光板が平行ニコルの場合には、透過軸方向の光が光路を通過できますが、直交ニコルの場合には一枚目の透過軸を通過した偏光は透過軸と直交する二枚目の偏光板によって阻止され光は光路を通過することが出来ません。

偏光顕微鏡は標本を挟み込むように偏光板を置いて透過光によって標本を観察するもので、下部の偏光板を偏光子・ポラライザー(Polarizer)  上部の偏光板を検光子・アナライザー(analyzer)といいます。

平行ニコルによる観察は殆ど通常の透過光による観察と変わりませんのでどちらかの偏光板を挿入しないで観察するオープンニコル(Open Nicols)とすることもあります。

しかし直交ニコルでは標本中の物質を透過した光に偏光が生じると、ポラライザーの透過軸方向とは異なる偏光成分が生じるので、ボラライザーの透過軸と直交するアナライザーの透過軸を通過する偏光成分が生じ透過光を観察できるようになります。

この状態では鉱物の結晶構造のわずかな違いや成長方向の差が色彩の変化となって現れるため鉱物によっては非常に美しい幾何学的模様となって観察できるものが多くあり、地質学上の興味以外にも美的観賞の対象としても素晴らしいものです。

上は内部川・スカルン中の方解石結晶クロスニコル撮影 結晶内部を透過した光の偏光によって方解石の微細な結晶構造が様々に色づいて見える

上は安濃川の閃緑岩薄片  斜長石と角閃石結晶の偏光顕微鏡写真。鉱物を同定するには開放ニコルの画像(上段)とクロスニコルの画像(下段)双方から色彩や輪郭線等の情報を読み取って行う。写真上段の開放ニコルでは斜長石はほぼ透明に見え、角閃石は緑色がかって見えている

透過観察できる鉱物でも非結晶質の部分は偏光が生じないため光を透過しませんが、結晶構造を持った複屈折物質には結晶格子内を通過する光に偏光が生じてアナライザの透過軸を通過できるようになり、その物質の屈折率や光路長、結晶構造、観察方向に応じてさまざまに色づいて見えるためその色彩のパターンから対象の鉱物を同定するのが容易になります。

このような理由から偏光顕微鏡は19世紀後半から20世紀後半に至るまで、岩石中に含まれる鉱物同定の道具として極めて重要な位置を占めていました。しかし薄片標本の作製や薄片標本から鉱物を同定するためには少なからぬ経験と技能が必要なうえ、定量的な測定が困難なことから、今日では物質の持つ原子・分子スペクトルより物質を構成する原子・分子の量比を測定して鉱物を同定する質量分析器がそれに取って代わっています。

干渉色と偏光色図表

標本の厚み(μm)と光路長(nm)および複屈折光の屈折率差(Δn)と複屈折光の合成偏光色を現した図表を偏光色図表といいます。干渉色による図表と殆ど同じになるため干渉色図表と書かれることも多くミッシェル・レヴィの干渉色図表はその代表です。

ZEISS社のFlickrサイトより https://www.flickr.com/photos/zeissmicro/21257606712/in/photostream/

一定の厚みをもつ物質を直交ニコルで見た時に現れる色彩はこの表上の任意の点で示されます。岩石の薄片は0.03mmの厚みで観察をしますが、結晶の方向によって消光位がかわるため、おなじ鉱物であっても直交ニコルで観察した際の結晶の色彩は一定せず黒色からその結晶固有の干渉色迄様々な色になります。

偏光顕微鏡は標本を載せるステージが360°回転できるように作られており、直交ニコルにしてステージを回転させると特定の回転角で鉱物は全く光を通さなくなります。この状態を消光位といい、そこから90度ステージを回転させた位置を対角位とよびます。

鉱物は対角位にある時最も明るく、その鉱物固有の干渉色となります。鉱物の同定はこの対角位にあるときの干渉色を目安に行いますが鉱物自体に濃い色を持っている場合にはその色彩が重ね合わさるので色が変わり色彩も濃くなります。

上は安濃川上流の転石・緑色岩。塩基性岩が角閃石ホルンフェルス相の接触変成をうけた石で虹色の偏光色を見せる白雲母、黒い輪郭線が目立つ単斜輝石、それらを埋める角閃石族の鉱物など対角位に近い鉱物が鮮やかに明るく色づく

上は安楽川支流の転石緑色岩中の緑簾石結晶。本来の偏光色よりも異常に高次の色鮮やかな偏光色を示す

特定の鉱物がとる消光位はその鉱物の結晶軸の方向・結晶の成長方向に対して定まっており、偏光顕微鏡のステージを回転させてX軸もしくはY軸方向に鉱物の成長方向を合した時、消光位の角度もまたその鉱物に固有の値となります。この角度を消光角と呼びこちらも鉱物を同定する際の目安となります。

雲母の仲間の消光角は結晶の成長方向と同じ向きで0度となり、直消光と呼ばれます。偏光板の透過軸がズレていると消光角が0度にならないので雲母の仲間は偏光顕微鏡の透過軸を合す際の基準に使われます。

上は安濃川上流・我賀浦川の斑状トーナル石。殆ど斜長石と黒雲母からなる石で右側オープンニコルで茶色く色づいて見える部分が黒雲母。直消光するので劈開の方向(結晶の成長方向に等しい)が水平若しくは垂直になると消光位となって光が透過しなくなる

下図は旧地質調査所の技術者によって作られた直消光する鉱物の一覧図表に着色したものです。BIREFRINGENCEの数値が大きくなるほど鉱物の偏光色が高次の鮮やかで明るい色となります。上の写真の黒雲母は0.03~0.04とかなり高い値にあり写真の偏光色にも鮮やかな色彩が現れています。

上は等軸晶系の鉱物で光軸角がほぼ0度のもの、下は光軸角が0度ではない鉱物の図表です。光軸角とは等軸晶系以外の二軸性結晶における結晶学上の概念で詳細は結晶学のテキストを参照してください。

Michel-Levy Color Chartにある様に標本の複屈折( birefringence )が0からその数値の絶対値が大きくなる度標本は明るい鮮やかな色になる。柘榴石や蛍石など0に近い鉱物は光を通さずに黒色。先の写真・角閃石ホルンフェルス相の石に含まれていた白雲母は黒雲母よりも更に高く0.04を超える

薄片製作に必要な道具

このような岩石薄片の観察を行うためには、先ずは岩石薄片を製作し、次には身近にそれを観察できる偏光顕微鏡があることが前提となります。偏光顕微鏡の方は、高度な機能を望まなければ通販等で手に入る安価な顕微鏡(USB実体顕微鏡でもいい)にプラスチック製の直線偏光板を組み合わせれば割合簡単に作ることが出来ます。

敷居が高いのは最初の岩石薄片の製作で、こちらはサンプルとなる石の表面を数センチ四方のサイズで平滑面に研磨してそれをスライドガラスに接着後、石の表面を削りだしてガラスに張り付けた厚みが0.03mmとなるまで研削・研磨しなければなりません。

此処ではまず岩石薄片の製作方法とそれに必要な機械工具や道具について紹介したいと思います。無論予算さえあれば岩石薄片製作のために造られた専用の岩石カッターや研磨装置・研磨剤を用いればよいわけですが、この手の特殊な機械や道具はむやみに高価で素人が遊びのために買いそろえるほどの価値があるとは思えません。

従って使用する機械や工具はまず第一に簡単に安く手に入り誰もが利用できるものであること。操作に専門知識や高い技能を必要としないこと。の二点を重点として紹介したいと思います。以下に私が最低限これだけは必要と思う道具を上げます。

ディスクグラィンダーと石材用ディスク

石を小さく切り出して表面を平滑にするためには、まず絶対に必要な工具といえます。手作業で石を望みの大きさや形に切り出すのはほぼ不可能ですから、石材切断用のディスクとグラインダーは不可欠です。したがってグラインダーの操作はある程度習熟している必要があります。

石を切断するための切断砥石には様々な種類があります。通常は表面に人造ダイヤ等の超硬砥粒を電着した砥石刃をディスクの外周に配し、切断目的に応じて、刃の荒いスリット状のものから細かな形状の刃がディスクの円周上に多数配置されたもの、ディスクの外周全面に直接人造ダイヤ等の砥粒が電着されているものまで様々です。

上はスリット刃の石材切断ディスク。安価で耐久性に優れ玄武岩の様に硬質の石をガンガン切っても余り切断能力が落ちないが切断時の振動は大きい

刃先の細かい中華製の石材切断用ディスク。Aliexpressを検索すれば安価な割にとても性能の良い様々なディスクを見つけられる

スリット状の切断刃は切断能力に優れ耐久性も高いものですが、その分切り出す素材に対するストレスも大きいのでひび割れや鉱物結晶の破損等が生じる可能性が高くなります。切断砥石の刃が細かいほど素材に対する切断のストレスも減少しますが、一般的にディスクの損耗が早く高価になるようです。

私の場合、これらの切断刃の特性を踏まえて、まず素材となる石から標本を作るサンプル部分の切り出しには刃の荒いディスクを用い、より細かい加工や削りだしには刃の細かいものを使用します。

上の二種類はアマゾンで安価に買える切断砥石で私はもう10数年来この手の刃を使って母岩よりサンプルを切り出していますがスリット刃(セグメントタイプ)などもう20年以上前のディスクでさえ切断能力はまだ保持しています。

ただ当時はアマゾンもアリエクスプレスも国内で立ち上がっておらず、私がアマゾンで本やビデオを頼み始めた2003年でもまだ書店の形態でしたから安価で性能の良いダイヤモンドブレードを手に入れるのは苦労したものです。

私は2000年代の初頭、社用で何度か中国に渡って仕事をした経験から、当時の中華製品の驚くべきコストパフォーマンスの良さに目覚めていましたから、通販により国内で手軽に中華製品を買える時代になった時は本当に嬉しかったものです。

現在ではAliexpressなどで安価で高性能な多種多様なダイヤモンドディスクが販売されているので、これらの中から好みのものを買いそろえると切断から表面研磨迄様々な用途に利用することが出来ます。

耐水ペーパーと下敷き板

ディスクグラィンダーで小さく切り出してその表面をある程度平滑にしたサンプルは、次にガラスに接着するため、その表面がガラスと密着するまで平滑な平面へと研ぎださねばなりません。このために用いるのが耐水ペーパーで最初は50番~100番の荒いペーパーを使ってサンプル表面を研磨し、徐々に砥粒の細かいものへと進んで最後は2000番~~4000番のペーパーで仕上げます。

私の場合50番・100番・150番・300番・600番・1200番・2000番を主に用い、時に80番、200番、400番、800番などを併用します。200番までは水を使わず乾式で研磨し、300番以上の研磨は水を滴下しながら湿式で研磨します。

さらに研磨の際にはペーパーの表面を平滑に保たねばなりませんから、ペーパーの下に敷く硬質で平面を保てる下敷きが必要です。私の場合は7mm厚のガラス板をペーパーのサイズより少し大きめに切断して下敷きにしています。下敷きの平面度が悪いと標本の出来にも影響しますから重要な道具です。

下敷きは十分硬くて平面が保てる材料であること。下敷きの表面には砂や研磨粒が付着しないよう絶えず掃除するから汚れの着かない厚手のガラスが良い

ガラス板とマイクロメーター

標本1個につき最低1枚は絶対必要なものが、ペーパーを用いて鏡面研磨したサンプルを張り付けるためのガラス板です。顕微鏡観察用の25.4mmX76.2mmのスライドグラスは50枚組でも数百円で市販されているのでそれを用いるのが簡単ですが、ガラスの寸法が横長で研磨しずらいので私の場合人形ケースなどに使われている1.8mm程の厚みのガラス板を35mmX45mmの寸法にガラス切りで切断して使用しています。

ガラス切りがあればガラスは簡単に望みの形に切り出せる。上写真のものはAliexpressで仕入れたもので500円程度だったと思う

ガラス切りはガラスの表面にダイヤ粒で細い傷を入れ、その傷に沿ってガラスを割る。このため切った端面はガラスが尖っていて簡単に指を切るから石材研磨ディスクで軽く外周をこすって滑らかにする。これをやらなければ研磨中に確実に指を切る。

切り出したガラス板の厚みを測定するための測定器がマイクロメーターです。標本厚は0.03mmしかありませんから1/1000ミリまで直読できる精度が必要で私はミツトヨのものを愛用しています。標本に張り付ける前には必ずガラス板の厚みを1/1000ミリまでの精度で測っておきますが、ガラスの平面精度が悪いと測定する場所で1/100ミリ以上の差があったりするので場所で厚みが大きく違うときは場所ごとに厚みを記録しておくことも必要で、最後にガラスに張り付けた標本を研磨して0.03mmの厚みに仕上げる際は、研磨中の標本の厚みを評価するため測定値からガラスの厚みを差し引いて標本と接着層の厚みを知ることになります。

マイクロメーターは研磨の段階で現在のサンプルの厚みがどの程度か押さえておくためには必要不可欠だ。サンプルが0.05mm程度になって光を透過するようになれば、偏光顕微鏡で鉱物結晶の偏光具合を確認しながら最終的な厚みを決める

エポキシ接着剤と恒温プレート

鏡面研磨したサンプルをガラスに張り付けるためエポキシ接着剤を用います。研究用の標本では昔から屈折率の定まったバルサムを使っているようですが素人が覗いて楽しむ分にはエポキシ接着剤が接着強度も高く取り扱いも簡便なので最適です。私の場合小口で使えるダイソー製10分硬化の100円接着剤を愛用しています。

エポキシは冬場の低温では流動性が悪く綺麗に接着できないので最低でも50~60℃の温度を保って混合せねばなりません。このため温度調整できる恒温プレートが必要になります。4000円前後で売られている60℃の保温プレートを利用すれば簡単ですが、私の場合は温度調整器とヒーターで自家製のものを使っています。

以上が最低限そろえる必要のある道具類です。正直なところこれだけではガラスに張り付けた標本を0.03mm迄薄くするのはしんどい作業なのですが手間をかければ出来るのでまずはこれでやってみるのが良いと思います。

私の場合、ガラスに張り付けた標本は自作の岩石カッターで0.2~~0.1mmの厚み迄切り出してからペーパー研磨にかけます。正直ガラスに貼った標本面を0.2mm前後の厚み迄削り落とすのに結構な手間と注意が必要なので、できればこの工程を機械化してなるべく楽に正確に厚みを減らす工夫が大切です。

岩石薄片作成方法

次に手順を追って薄片の作成法を述べてゆきます。作業は主に以下の1~7の行程に分かれます

1 ガラス板に張り付けるサンプルを岩石から切り出す

2 切り出したサンプルの表面を鏡面研磨する

3 サンプルをガラス板に接着する

4 接着したサンプルの表面を切断砥石で可能な限り薄く研削する

5 薄くなったサンプルを研磨ディスクで可能な限り薄く研磨する

6 サンプルをペーパー研磨し0.03mmの厚みに仕上げる

7 サンプルの表面に透明ラッカースプレーをかけ表面を保護して完成

行程1 サンプルの切り出し

源岩から切断ディスクを使って観察したい鉱物が含まれるサンプル部分を切り出します。最初から硬い石を選ばず、まずは凝灰岩の様に柔らかく研磨しやすい石で試みることを勧めます。切り出すサンプルの大きさは、平滑面が使用するガラス板の大きさに合うようガラス板より少し大きめにして、その後の研磨の過程で周囲を適時削り落としガラスに合うように成形するのがベストです。

ただしサンプルが大きいと切り出しや研磨もその分手間と時間がかかりますが、研磨を進めてゆくとサンプルの周囲より標本が損耗して行くため小さいサンプルでは研磨中に無くなってしまうこともあり得ます。

上は桂畑川の転石・電気石を大量に含むミグマタイトで子供の頭ほどある。サンプルは優黒部と優白部が混在し電気石が観察できる部分を切り取った

上が石から切り出したサンプル。粗粒結晶は破損しやすいので切断には刃先の細かいディスクを装置してあるテーブル型の切断機を用いたが100mmのディスクグラインダーでも何ら問題はない。右のサンプルでは目視で石英・カリ長石・電気石・柘榴石の鉱物が確認できる

上は刃先の細かい170mmディスクを丸鋸に装置して作った岩石切断機。ガラスに張り付けたサンプルを0.3mm前後の厚みに切断するのが目的だが、時には母岩からサンプルを切り出すのにも使用する

先に上げた右のサンプルは上写真の100mmのディスクグラインダーで切り出したもの。時には150mmの刃を無理に装置して用いる。右上は調速器

家庭用のディスクグラインダーや丸鋸は交流100Vで動いていますが、その基本動作は整流子による直流モーターなのでPWM式の安価な調速装置が使用できます。切断時に回転速度を落として切断するとサンプルへのストレスも減少するので、脆い石を切断する際には有効です。また安全性も向上します。

200V仕様の中華製調速機は1000円未満で手に入るので私はこれを接続して調速を行っています。100Vでは調速ボリュームの動作範囲がズレますが回転制御は問題なく行えます。ただし誘導モーターを使用している器具には使えないのでその点は注意が必要です。

切断作業と安全対策・保護具の着用

私の場合、母岩とグラインダーを左右の手に持って、サンプルとして最も有効な切り出しを頭に描いて石を切って行きます。母岩が小さい場合高速回転するディスクのごく近くで石を手持ちしているので、安全を重視する場合到底許されるような作業方法ではありませんが、慣れとは恐ろしいもので私はもう何十年もこのスタイルで標本づくりを進めています。本来は作業性よりは安全第一を心掛けて治具等で石を固定して切断するのが正しい方法で、人に勧められる作業方法ではありません。

回転する電動工具を取り扱う際は、手袋をはめず素手で行うのが原則です。回転刃にスリットや突起部分がある場合、誤って刃先が手袋に触れると一瞬で繊維を巻き込み指先を骨折したり切創します。これは極めて危険なことで産業用の旋盤などで手袋や服の袖が巻き込まれると腕をちぎられることさえあります。私も30年ほど前に一度、ボール盤で人差し指の手袋が巻き込まれ指先に大けがをした経験があります。

また作業中は粉塵や切断片が飛散しますから保護メガネの着用と防塵マスクの着用が不可欠です。石によっては希土類や重金属を多く含むものがありますから粉塵をむやみに吸い込むと健康を害する恐れもあり、切断や研磨作業は風通しの良い屋外で行います。

サンプルの大きさはガラス板にぴったり治まるサイズが理想的で、研磨する際にも片耗りしにくいのですが、手に入れたサンプルの大きさや形からガラスよりも小さくなる場合も多いものです。

研磨過程でのサンプルの摩耗消失を考慮するとサンプルが大きいほど最終的に残る標本の面積は大きくなりますが、逆に標本が大きいと全面を均質に平面研磨するのが難しくなり手間もかかります。慣れないうちは小さいサンプルでやってみるのも良いかもしれません。

サンプルの形状は、なるべく周囲が直線になるように四角形が望ましく、周辺に曲線部分が多く凹凸が多いほどその部分からサンプルが損耗する傾向が高くなります。

現岩の形状によりガラス面一杯の標本を取れないことも多いが、なるべく観察したい鉱物を多く含み切り出し面積が多くなるよう心掛ける

素人の作業では、研磨の過程でどうしてもサンプルの周辺部は損耗して無くなってしまいます。このため、なるべく多くの標本を残すには、私の場合はガラス板一杯に切り出せずとも、出来るだけ大きめにサンプルを切り出すよう心掛けています

サンプル切り出しの際はなるべく切断面が平面となり、その厚みも薄い状態で切り出すのが理想だか、100mmディスクでは困難なことが多い

切り出したサンプルはガラス板に収まる様に周囲を成形し、貼り付け面は出来る限り平滑になる様に研削ディスクや研磨ディスクを使って見た目の凹凸を削り落とします。ここでなるべく平滑に仕上げておかないとこの後工程でのペーパー研磨の手間が増えます。

切り出したサンプルの表面は順次ディスクの刃を細かいものへと変えながらなるべく平面になる様に研磨して行く

研磨用のディスク刃は切断刃に比べると突起部分がないので手持ち作業でもさほどの危険性はないが、安全作業とは言えないので人には勧められない

電動工具で粗削りを終えた標本( 鈴鹿川の角閃石斑糲岩  )  よく見ると表面に多数の研削痕があるのが分かるし、まず平滑面には仕上げられないのでこの後のペーパー研磨によって平らな平面へと鏡面研磨する

Aliexpressで50番から3000番迄辺りのセットが1400円程で手に入る石材研磨ディスク。サンプルの表面を粗削りしてペーパー研磨の手間を減らすのには良いが調速器で回転を下げないとディスクが偏心して使えない

行程2 表面研磨

ここでは切り出したサンプルがガラス板に密着するようペーパーを使って鏡面研磨します。一般には金剛砂を用いますが私は管理の容易さから耐水ペーパーを使います。研磨の初期は50~100番のもっとも荒いペーパーで切断したサンプルの表面を磨きます。このレベルでは磨くと云うより切り出し行程で生じた凹凸を削り落とすのが目的です。

ペーパーの下に厚手のガラス板 ( 私は7mm厚のガラス板を使っている ) など、なるべく正確な平面の硬い板を敷き、サンプルを親指と残りの指で押さえてペーパーに押し付けながら上下に或いは左右に、また丸く円を描くように動かしサンプルの表面を削ります。

なるべくサンプルの表面全体に均等に力を加えて研磨して行かないと標本面が片耗してしまうので力加減は重要です。石によって硬さが異なりますから、凝灰岩や砂岩の様に割合簡単に削れてくれるものから、緻密で硬質なホルンフェルスや玄武岩のようになかなか研磨が捗らないものまで様々ですが、根気よく作業を続ける以外にありません。

ペーパーの全面を使ってサンプルをペーパー面と平行になるように意識しながら均一な圧力でサンプルを動かす。研磨が進むとペーパー表面は研磨粉で真っ白になる( 左は新品 )

標本面の一部に深い傷があると、他の部分はほぼ平滑に削れてもその部分が災いしてなかなか全面を平滑にすることが出来ません。ことに標本が大きいとその傷のためほぼ全面に渡ってその傷が隠れるまで研磨するのは大変なことです。

このような場合は、傷のある部分を集中的に荷重して削り落とす方が効果的で、ペーパーの平面を用いず、ガラスのエッジ部分にペーパーをかけてエッジの直線部分で標本をそぎ落とすように研磨します。こうするとペーパーと標本の接触面がほぼ面から線へと変わり、標本に加わる研削圧が増大して効果的に研磨を進めることが出来ます。

或いは少し細かめの石材研磨用ディスクを装着してグラインダーで回転を落として傷や凹凸の部分を中心に研磨します。電動工具の使用は研削効率は上がりますが、正確な平面を保つことは困難なので目視で問題のある部分がほぼ平滑に仕上げられれば、またペーパー研磨に移ります。

標本面を部分的に強く研磨したいときは、ペーパーをガラスの縁に被せ、カラスの直線部分で標本をそぎ落とすように研削する

標本の全面に渡って研磨が進んできたら、標本面を光に当てて研磨の状態を確認します。まだ落としきれない傷の部分や十分研磨されていない部分があると、そこに研磨粉がたまって表面状態が研磨済みの部分と比べ違って見えるので、表面状態が全面で同じ感じになるまで研磨を続けます。

150番のペーパーで粗研磨をおえた、先に上げた角閃石斑糲岩のサンプル。周囲の欠損部にはまだ白く研磨粉が貯まっているが、表面の細かな傷は消えたので湿式研磨へと移行する

穿鑿や研磨の作業は摩擦ではありません。摩擦するばかりの研磨作業では運動エネルギーは熱となってペーパーやサンプルの温度を上げるだけで素材は研磨されませんが、旋削や研磨が効果的に行われると運動エネルギーが材料の表面を削ぎ取るためのエネルギーとして使われるため発熱は僅かです。

このことは手作業の研磨では研磨効率が悪くなるだけで、それ以外はあまり問題となりませんが、運動エネルギーの大きい電動工具による研磨や旋削の場合にはとても重要です。たとえば旋盤やボール盤になまった刃先を装着して鋼板やSUS材を旋削しようとしても刃先とワークが摩擦するばかりで少しも切れずたちまち刃先を焼いてしまいます。

石材の研削や研磨も同じことで、研削が効率よく行われず摩擦の大きい状態で作業を続けると、ディスクの運動エネルギーは研磨面で摩擦熱に変わり、素材がたちまち高温になって割れや変質に直結します。

手作業の研磨でも、常に研磨中の感触や研磨音に気を配り、正しくサンプルが削り落とされていることに留意しながら作業を進めます。摩擦の増加と排出される研磨粉の量は反比例しますから、粉の排出が減れば摩擦が増えたと考えてサンプルの運動方向を変えたり、研磨するペーパー面をずらせたりして効果的に研磨が進むよう配慮します。

同じペーパーを何度も使用しますから、だんだん砥粒がペーパーから剥離したり、台紙の中へ沈み込んだりしてペーパーの研磨能力も低下してきますから、苦労の割に一向研磨が進まないと感じたら新しいペーパーに取り換えるなり、面研磨を直線研磨に切り替えるなどして研磨能力を確保することが必要です

研磨中のサンプル表面。左側の石灰岩には全面( おもに右側 )にまだ研磨しきれていない研削傷が多数あるのが分かる。右のミグマタイトはほぼ均質に粗研磨が仕上がった

これ以降の行程では、ペーパーの砥粒が順次細かくなってゆき、荒い傷が残っていると後行程のペーパー研磨では傷を落とすことが難しくなるので、最初の粗目の研磨で気になる傷や凹みは研磨して擦り落とすように心がけます。

傷や窪みを残したまま行程を進めてしまうと、標本をガラスに張り付けて0.03mmの厚み迄研磨した段階では、傷や窪みの部分は接着剤ばかりで肝心の鉱物標本が存在しない状態になってしまいます。表面観察をしてほぼ完全に平滑に研磨出来た様ならペーパーの番数を約2倍のものに替えて研磨を行います。

研磨の目安は、その前の荒いペーパー砥粒の研磨傷が新たに細かい砥粒の研磨傷で十分隠れるまで削ればよいので、当初の粗目の研磨に費やす労力に比べると遥かに楽になります。湿式研磨のレベルでは、ペーパーの品質や作業者の技量、腕力によって必要な研磨の回数異なりますが、私は湿式の研磨では200~300回の往復で次の細目のペーパーへと移り、最後の仕上げの2000~3000番では300~500回と多めに研磨して仕上げるようにしています。

50番から始めた場合

50  100  200  400  800  1500  3000 ( 2000 )

80番から始めた場合

80  150  300  600  1200  2000

といった感じで、ほぼ倍々にペーパーの粒度を細かくして行きますが、特に決まりはないので適当に細かく上げていっても何ら問題はありません。最終で2000番前後まで研磨すれば十分に美しく楽しめる標本になります。

私の場合、最初の200番辺りまでは水を滴下しない乾質研磨で、それ以降の細粒では水を滴下して行う湿式研磨です。湿式研磨はスポイトで標本の研磨面に数滴の水を滴下し水にぬれた部分で標本面をペーパーに押し付けて研磨します。水が潤滑剤になって研磨粒子との摩擦を押さえ、研磨粉の標本面からの効果的な排出にも役立ちます。

湿式研磨ではその前段階のペーパー砥粒による傷をより細かい砥粒で削り落とす。研磨の回数は粗削りの乾式研磨に比べるとぐっと短縮できる

研磨を進めてゆくうえで注意すべきは、ペーパーやその周囲の作業場環境の清掃を常に心がけることです。乾質研磨では出た研磨粉は放っておくとペーパー表面から飛び散りますから、ペーパー面に研磨粉が貯まりだしたらペーパーを作業台から離して、ペーパー表面を叩き研磨粉を取り除くことが必要です。このため研磨作業は室内よりも屋外環境の方が作業が捗ります。

特にペーパーを細粒のものと取り換える際には、以前の研磨粉やゴミがペーパーの表面や裏面に付着しないよう下敷きや周辺の清掃が大切です。清掃を怠って研磨中に研磨粒子よりも大きな異物が研磨面に混入すると、研磨中の感触や研磨音が変わるので分かりますが、標本の研磨面には大きな傷が入ってしまうので、異物を取り除き、またより荒いペーパーから研磨のし直しをするのは大変な時間の浪費になります。

以上の様な手順を経て2000番前後まで研磨されたサンプル表面は、見た目には殆ど傷の無い平滑な面に仕上がります。2000番程度ではさすがに鏡とまではいきませんし、鉱物粒子が飛んでしまっている箇所などがあったりもしますがガラス面に接着するには十分な平滑度に仕上がります。研磨の程度が悪いとこの段階で研磨面が完全な平面とならず中心部が凸状に膨らんでしまうのですが、これは研磨に習熟する以外矯正するのは難しいのでまず綺麗な平滑面に仕上がれば良しとせねばなりません。

行程3  サンプルの接着

サンプル表面を鏡面研磨し終えたらエポキシ接着剤でスライドガラスへ貼り付けます。私は百均で手に入る10分接着・12g 2液混合の接着剤を使っています。少量なので不経済でエポキシも余り高品質ではなく、暫くたつと黄変してしまいますが接着強度はあり、変色については塗布面が薄いのでまあ気にせずに使っています。大抵10回未満で使い切るので絶えず新しく新鮮な接着剤が使える点に引かれています。

まず張り付けるスライドグラスの表面をアルコール等で清掃しゴミや油分を取り除きます。同時にスライドグラス各の部厚みをマイクロメーターで測定して控えておきます。張り付けるサンプルの表面、恒温プレートの上、接着剤を混合する台紙も十分清掃しゴミやほこりが付着していないか確認します。よく注意していても糸くずなどが標本面に付着したまま接着してしまい、顕微鏡の視野に見苦しいゴミが写り込むことがよくあります。

接着方法は、張り付けるスライドガラスとサンプルを恒温プレートで60~70℃に加熱しておき、恒温プレートの上に台紙を置いて接着剤を混合し素早く攪拌して均一に混ざり合ったら、サンプルの貼り付け面全体に塗り付け、手早くサンプルをガラスに押し付けて、圧を加えながら少しづつ動かし接着面の余分な接着剤を押し出すようにします。

エポキシは標本の無いガラス面にも塗り、ガラスの表面を覆いつくすようにする。ガラスからはみ出たサンプルは後に切断する( 鈴鹿川の角閃石斑糲岩  )

接着剤は標本の無いガラス面の空きスペースにも1mm程度の厚みでガラス面の隅々まで十分に覆いつくすように張り付ける

この際サンプルが小さいとサンプルで覆いつくせないガラス面がサンプルの四方に生じるので、余った接着剤をこの空スペースにも均等に塗りガラスの全面が接着剤で覆われるようにします。この余分な接着剤はとても重要で、これによって後の研磨の際に標本の片耗が大幅に緩和されます。

接着剤の温度を上げると液の粘度が著しく低下して流動性が増し混合攪拌が容易になりますが、攪拌していくと内部に空気を取り込んで多数の気泡が生じます。気泡の大きいものは楊枝の先などでつつきだす必要がありますが細かな気泡を取り除くのは難しい( 確実に気泡を除去するには遠心分離機にかけねばならない )ので気にせずにそのまま接着します。

接着剤中に大きな気泡を混入させたまま作業を進めてしまうと、最後に0.03mmまで研磨するとこの部分はガラスとの接着がなされていないので悪くすると標本の剥離が起きる。上の標本では右面上部に気泡の混入が見られる

流動性が上がっているので接着してサンプルをガラス面に強く押し付けると、大半の接着剤は接合面から周囲に押し出され接合面には1/100mmから3/100mm程度の接着剤層が残るようです。ただ温度を上げているので硬化速度も速くなりますから、手早く張り付けてサンプルに圧を加えて余分な接着剤を押し出しながらガラス面上でサンプルの位置を定め、サンプルの周囲のガラス面も接着剤で覆わないとたちまち硬化しだして作業が出来なくなります。

接着を終えた標本はそのまま恒温プレート上に置き硬化させます。60℃程度の温度であれば30分も放置すれば完全に硬化して次の切り出し作業に移ることが出来ます。

行程4  ガラスに貼り付けたサンプルの切り出し

この行程ではガラス板に張り付けたサンプルを0.03mmの薄さ迄研磨できるように電動工具を用いて可能な限りサンプルの厚みを薄くします。薄片製作においてこの工程が最も厄介な作業で少し無理をすると一瞬で標本をガラス面まで削り取ってしまいます。

私はこのために専用の切断機を製作( 後ほど紹介します )して使っていますが、何はともあれ一度薄片を作ってみたいという方々にこのような工具の製作を勧めるのは無理な話ですからディスクグラインダーと切断砥石および研磨砥石で切り出しを進めます。作業には危険が伴いますが危険についての責任は負えませんから自己の判断で進めてください。

ガラスに接着したサンプルと石材切断ディスクを装着したグラインダーを手にもって、切断ディスクでサンプルの上部を少しづつ削って行きます。私の場合、手持ち作業ではサンプルの厚みを1mm程度まで残して切り込むのかやっとで、それ以上薄くしようと思うとガラス面まで切り飛ばす率が高くなります。デイスクの回転数を上げると切断の能率は上がりますがその分ワークに対するストレスも増えるのでどの程度の回転が良いのかは判断の難しいところです。

ガラスの周囲に沿ってサンプルの側面削り込みながらガラスを面と平行に回転させて、ガラス面から一定の間隔となる様にサンプルの外周を切り込んでゆきサンプルの上部を切り離します。切断ディスクに誤って指を触れると指を切りますから作業に自信が持てなければ諦めてください。

まずは少し厚みを持って切込み、次にその上面を少しずつ削り込んでゆく方が作業はやり易いですが、油断すると標本を擦り飛ばしてしまうので無理に薄くしようと考えない方が良いです。この際に使用する切断刃は母岩からサンプルを切り出すときに使うような安価なものは選ばず高品質のダイヤモンドディスクを用いることです。

低品質のディスクでは振動も大きく、切断圧も強くなるため標本のストレスも著しく増加して標本の破損を招きます。また砥粒が悪くて強く押し付けないと切れないため、グラインダーの回転エネルギーは摩擦熱に変わって標本面の温度を急速に上げてしまい、熱膨張と接着剤の変質により接着層の剥離を招きます。水切りが行えればこの辺りはある程度改善されますが手作業ではまず不可能です。

もう少し確実で安全な方法は、グラインダーをワークベンチ等で固定して、ディスクと平行にガイド板を立てるやり方で、ディスクとガイド板の間にガラス板+1mm程度の板を挟み込んで厚みを決めておき、標本をガイド板に沿ってディスクに押し付けて切断します。安全性を重視して最低でもこのような切断法をとることを勧めます。

出来れば専用の切断機が欲しい

グラインダーの葉先にブレがなく、全体を上手く調整すれば標本を0.5mm程の厚み迄切り込むこともできます。私はこのタイプの切断機を数台製作して使用しています。先に母岩からのサンプル切り出しの際写真に上げたものもその一台で中華製170mmのタイル切断用ディスクを装置してあります。

上は切断ディスクと研磨ディスクを備えた岩石切断機で中華製180mm切断ディスクを装着し、研磨ディスクには同じく中華製の125mm研磨用ダイヤモンドディスクを装置してあります。切り出す厚み調整はどの機材もマイクロメーターによっています。

このような機器があれば、割合簡単に標本を0.2~0.3mm厚で切断し、0.1mm前後まで研磨することが可能ですが、石の種類によって切り出せる厚みの下限や研磨の下限が微妙に変化するため操作にはそれなりに熟練が必要です。

標本の切り出しは、ガラスの周囲に沿ってサンプルを回転させながら標本の尖った部分を切り込んで最後にガラスの中心まで切り進む。また一回で目標の厚みまで切り込むことをせず、最初は1mm次は0.5mm、最後に0.3mm等数回に分けて切り込む方が失敗が少ない。

20年ほど前に作った上の切断機はディスクの保護カバーの下部に水を供給して水浸状態で標本の切断を行う。摩擦熱による発熱を押さえ低品質のディスク( 耐久性がある )でも使用に耐えますが切断時の振動が大きくなるのでこちらのストレスで標本を破損することも起きる

これらの写真の様に、マイクロメーターによる可動装置を備えた切断機を用いても、ディスクのブレや反りが生じて0.1mmの厚み迄標本を薄くするには細心の注意と技が必要となり、普通は0.3mm程度の無難な厚みにとどめています。

むろん先に上げた手持ち作業では、ここまでの薄さの精度は到底出せないから平均して1mm程度まで厚みを落とせれば上等です。無理に薄くして標本面を痛めてしまうよりは手間でも厚いままのこし、以下の研磨工程で厚みを減らすようにします。

切り出しによる剥離・欠損の補修

標本を1mm以下の厚み迄切り込んでゆくと、岩石の種類や接着のムラなど予期せぬ原因でサンプルの一部が剥離したり、周囲が書けたりすることが起こります。標本が大きく剥がれてしまった場合は最早そのスライドは諦めねばなりませんが、欠損部分が少ない場合には、そのまま作業を進めずに、いったんサンプル面を清掃乾燥させて欠損部分を中心にエポキシを充填してスライドの周囲を補強します。

何度か登場した鈴鹿川の角閃石斑糲岩は0.8mmまで切り出した段階で周囲の角閃石結晶が剥離したため作業を止めて剥離部とスライド周辺をエポキシで固めなおす。サンプル全面をエポキシで覆ってもよい。ガラス面がむき出しになっているとその部分からどんどん剥離が進行する

0.3mmまで切り込んだ鈴鹿川の角閃石斑糲岩サンプル面。この標本はこの段階で再度標本全面にエポキシを塗布して以降の研磨作業を進めた

岩石切断時に個々の鉱物結晶に加わる切断応力は角閃石のように硬質で脆い鉱物結晶を含んだ部分には大きなストレスとなって働くようで、私の経験では斑糲岩や花崗岩ペグマタイトのように結晶粒子が粗粒な岩石を標本にすると剥離する率が高くなります。

これをクリアするにはより高品質で切断ストレスの少ないダイアモンドブレードを使用するなり耐震接着強度の高い接着剤を使うなどの対策が考えられますが遊びの一環でそこまで大げさにする程の必要にも迫られずそのまま放置しています。

行程5  電動工具による切り出したサンプル表面の研磨

切断刃によって1mm程度まで薄くしたサンプル面を研磨ディスクによってさらに薄くします。標本が厚いまま、この段階でペーパー研磨に入ると、凝灰岩の様に柔らかい石でもない限り、ペーパーを損耗するばかりで何時まで経っても仕上がらないことが起きますから、電動工具の力を借りて0.3mm前後の厚み迄落とし、それからペーパーによる仕上げ工程に移ります。

研磨に使うディスクの粒度は標本の厚みが1mm前後と厚いうちは40~60の粗粒でもよいが薄くなるにしたがって100番以上を用いる。またそのままの回転数では標本を切り飛ばす可能性が高いから調速器で回転を下げ、時間がかかっても無理に削り込まないようにする

グラインダーを用いてもディスクを固定してやると標本厚み0.2mm前後まで研磨可能だが、熟練が必要で慣れていても標本を飛ばしてしまう可能性が高い。最初は0.3mm前後まで削り込めれば大成功とみてペーパー研磨に移るのが正解

正直グラインダーのみの手作業で0.3mmの厚み迄削り込むのも慣れが必要でかなり難しいのですが専用の器具を用いずにやる以上は、たぶんこれが最も楽に成功する可能性の高い方法ではないかと思います。もしできるなら専用の切断機や研磨機を製作することを勧めます。

岩石切断機・研磨機製作の勧め

切断機や研磨機は複雑な構造を望まなければ、小型の丸鋸盤にダイヤモンドディスクを取り付け、ガイドテーブルの微動装置を付ければ割と簡単に作れますから工作の得意な方はやってみるのも面白いと思います。私は金属加工が好きなため、このような機材は全て鋼材で組み立てていますが構造を吟味すれば木材に置き換えることも可能です。

自作の丸鋸盤に中華製ダイヤモンドディスクを装置した岩石切断機。下の微動装置を付ければスライドの切り出しに利用できる

こちらは自作の研磨機。125mm DT-DIATOOLの研磨ディスクを装着、スライドガラスをカセットに吸着してサンプル表面の研磨を行う

上はマイクロメーターのバーニャで厚み調整する標本保持のカセット部と吸着用マイクロ負圧ポンプと駆動用の12V電源

切断専用の機材であれば丸鋸盤に石材ディスクを装着して使用するのが最も手軽な方法です。石材ディスクの径によって切り出せる素材の厚みも決まりますから、なるべく直径の大きいデイスクを使用することが望ましいですが、機材によっては機械的構造により径の大きなディスクの装着が不可能だったり、ケースやディスクアタッチメントが干渉して深くまで切り込めないことも多いので色々試してみることです。

上は210mmディスクが装着されていたFURY3丸鋸盤の刃を中華製の230mm石材ディスクに付け替えて切断機として使用するものです。機材が軽量で可搬性に優れ、ケースの干渉も少なくて90mm近い厚みまで切り込むことが出来ます。

ただし切断の粉塵が機器の可動部に入り込むと装置を摩耗させてしまうので、ペアリング軸にはオイルシールを装着してやるなどの対策を取ることも有効です。モーター部分は密閉構造にするのが理想ですが、直流モーターでは界磁や電機子を冷却するために機内の通風が不可欠なので通気口を塞ぐわけにゆかず、使用を終えた後はこまめに清掃することが大切です。

これは丸鋸盤に限らすディスクグラインダーでも同じで、使用後はブロアやコンプレッサーを用いて器具内のエァー清掃を心掛けます。ことに直流モーターは整流子とブラシの接触面が荒れると回転不良に陥りますから整流子周りの粉塵は出来る限りエァーで器外に飛散させてしまうことが大切です。

丸鋸にせよグラインダーにせよ、石材の切断研磨で生じる粉塵の対策はまったくなされていませんから、清掃を怠ってそのまま使い続けると、軸受け部分や整流子面に混入した石粉が徐々に転動面を荒し器具の寿命を縮めてしまいます。

行程 6  サンプルを0.03mmの厚み迄ペーパー研磨する

いよいよ研磨も最終段階でペーパーによってサンプル表面を平滑に保ちながら標本の厚み0.03mmまで仕上げてゆきます。研磨は経験的な技量が大きくものをいう世界で誰しも最初から上手く出来るのは難しいものですが、最初は幾つかやってみるうちにコツが飲み込めてきます。

標本の厚みはガラス板の厚みと接着層の厚みを差し引いたものですが、ガラス板の厚みは当初に計測しているので分かりますが接着層の厚みは分かりません。私の経験では厚い場合は0.03mm薄いものでは0.01mmと標本のサイズや作業の違いによってかなり差が出るようです。

研磨の仕方はガラス張りする前のサンプル研磨と同じで、ガラスを除いた厚みが0.1mm前後までは50~100番それ以降は150番以上のもので研磨を進めて最終的に光が透過する薄さ迄削り込みます。剥離が進むようなら手間でもサンプル表面とガラス全面にエポキシをコーティングして研磨を繰り返し、ガラス周辺部からの片べりをなるべく抑えるようにします。

最終的に研磨の厚みを決めるのは、研磨が進み標本が光を透過するようになってから偏光顕微鏡にかけて現れる発色の度合いによります。この場合サンプルに含まれる鉱物がある程度分かっていることが大切で、通常は大抵の岩石に含まれる石英や斜長石の示す偏光色が0.03mmの標準標本の示す色彩になることで最終的な厚みを決めます。

上2枚組の写真は何度か登場した鈴鹿川の角閃石斑糲岩薄片。左側クロスニコルで見た時、双晶を示す斜長石の偏光色が灰色になった辺りで研磨を終える。斑糲岩には石英は含まれないので斜長石の偏光色が基準となる。黄色っぽいのは第一鉄普通角閃石。一部により偏光の鮮やかな苦土普通角閃石を含む

上2枚組の写真は安濃川支流笹子川転石・花崗岩だが白雲母が多く、珪長質岩が強く熱変成を受けた変成岩のように思う。灰色からブルーは正長石・一部斜長石。黄色く色づいて見えるのは石英で右のオープンニコルでは長石のような汚れがない。石英の黄色が強いので少し厚い。本来はもう少し薄くする方が良い

ただしサンプルの損耗が激しい場合は無理に厚みを薄くせず、多少厚みが増して石英や長石に黄色い色がついたとしても、標本がなくなるよりは遥かにましですから研磨の粒度を上げて仕上げてしまう方が賢いやり方です。鉱物の偏光色が標準よりもぐっと鮮やかになってしまいますが趣味で眺める分には何の問題もありませんから。

何度か述べましたが素人の研磨では標本面全体にわたって0.03mmの厚みを保ったまま研磨を終えることはまず不可能で研磨の過程で片耗が生じ、サンプルの周辺から標本面が失われて行きます。

研磨の途中にガラス全面にエポキシをコーティングするのは、少しでも周辺部分の片耗をエポキシ層によって埋め合わそうとするものである程度の効果はありますが完全に片耗を抑えることはできません。

上は鈴鹿川の転石・蛇紋岩 このサンプルは上手く研磨出来たもので、左の研磨前と比べて右の研磨後のサンプルは殆ど大きさに変化がない

上は関町金場の弱変成砂泥質岩  先に気泡混入の見本として上げた標本で研磨による周辺部の損耗が大きく1/3程度が消失した。このサンプルは右上に気泡の混入がありその部分からサンプルが失われた

上の例では接着の際に大きな気泡の混入を見逃したため研磨の過程でその部分から標本の剥離が生じています。また張り付けるサンプルが正確に平面研磨出来ていないと、サンプルの窪み部分は研磨で標本が薄くなります。ことに周辺部分は薄くなりやすいのでガラスに貼り付けて磨いてゆくと周辺部がもっとも砥粒の当たりが強いこととの相乗効果でサンプルが薄くなり失われる原因になります。

逆に言えば、研磨で周辺が失われるのはやむを得ないので当初からそのことを念頭に入れて標本づくりをすることです。初めは凝灰岩のように柔らかい岩石でやってみて、慣れてきたら様々な石で試してみるのが良作かもしれません。

7 サンプルの表面の保護

研磨したサンプルを偏光顕微鏡で覗いてほぼ満足な厚みが出ていると判断すれば、標本の表面に透明のラッカースプレーを吹きかけて完成とします。

注意すべきはラッカー吹付の際、標本面やその周辺を清潔に保っておかないと、スプレーが埃を巻き上げて標本表面に付着し乾燥してから顕微鏡で覗くと埃が写り込んで情けない思いをします。

スプレーの効果は研磨標本の表面の保護と同時に研磨面に残った細かい傷痕をラッカーで埋めて目立たなくしてくれますし、全体にコントラストが上がって偏光顕微鏡で観察したときにも美しく見やすくなります。


最後の一言

以上が、私が20年以上も前に我流で始めた薄片製作の方法です。当時は国内のネットもまだ未成熟で、薄片製作に関するサイトほとんど見つからず試行錯誤しながら自分なりに出来るやり方を考えたものです。

大学の設備などを用いず自宅で薄片製作するアマチュアが珍しかったこともあって、薄片製作の記事は当時から人に勧められていたものですが、いっかな果たせず、最近新しく研磨機を作ったことをきっかけに、漸く自分の薄片製作法をまとめてみようと思い立って書いたものです。

ただし、これは私のホームページの他の記事にも言えることですが、Youtube動画万能の時代にはおよそ時代遅れの感がある文章と静止画だけの構成になっています。

Windows95の時代にホームページを立ち上げて以来、幾つかのプロバイダのサイトから今ではGoogleサイトに乗り換え、何年か前にGoogle側のサイトシステム刷新のおかげでホームページ全体の書き換えを余儀なくされましたが、逆にそのおかげで近年は殆ど放置してあったホームページに手を加えるきっかけを与えられました。ページの書き換えと共に幾つか新たなページも追加して、その一つとしてこの記事ができたわけです。

ただ20年来身に沁みついた、文章と静止画像で構成してきたHP作成の手法は癖となり、Youtube動画全盛となっても動画に乗り換えるほどの気力は起きず、昔のままの深い階層構造をもったホームページにすがっているためほとんど検索に掛かることのないガラパゴスHPとなっています。

薄片製作に関しては、私も始めた当初は指導者もなくコツも分かりませんでしたから幾つも失敗しましたが、徐々にコツが掴めて岩石の種類に応じて切り出しや研磨が効率よく行えるようになりました。決して楽に行える作業ではありませんが、岩石に対する興味を絶やさず、熱意をもって続ければコツが掴めて立派な標本づくりも可能になると思います。

私は現在300枚ほどの岩石薄片を所持していますが、失敗したり処分したものを含めればその2倍近い数になる様です。簡単に完成させられるものではないし、手間の割に失敗することも多いのですが、岩石に対する興味から始めた薄片づくりも20数年、飽きもせず続けられたのは今も衰えることのない岩石に対する興味によるものでしょうか。

この記事が同じように石に興味を持った方々の何らかの参考になれば幸いです。

ご意見があれば以下のメールアドレスまで御願いします maogoro@gmail.com

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