春の鈴鹿

鈴鹿の春を歩く

鈴鹿の山の稜線を覆っていた雪も徐々に解けて、里では水を含んだ田畑の土の匂いが漂い鶯の鳴き声が聞こえ始めると、毎年心が波立ち騒いで鈴鹿の山歩きが恋しくなります。

入道ヶ岳の福寿草は今年も沢山花を咲かせるだろうか・・沢沿いのアブラチャンやクロモジはもう花開いているかも・・・陽だまりの南斜面ならヤマルリソウやエンコグサも花開いているだろう・・・色々想像し心も浮き立って今年もカメラを持って山歩きに出てみようと思うのです

まだ花の少ない山里で艶やかに咲く椿を横目に落花を避けて登る早春の山道は、春を告げる僅かな変化でも目を引き気分を高めてくれるものです。

殆ど花を見ることのできない冬から早春の山林で唯一ともいえる彩りを添えてくれる藪椿、春には落花が山道を赤く染める

鈴鹿の春・早春の孫太尾根

藤原岳・孫太尾根から見た早春の治田峠。鈴鹿の春の便りは北の山から来る。藤原・御池・霊仙など石灰岩の山には早春をつげる独特の植物群落が一斉に花をつける

藤原岳の東陵は孫太尾根と呼ばれて、早春に花開く節分草・福寿草・三角草・一輪草・二輪草など"好石灰植物群集"が見られることで知られています

花はどれも小さく、群生して沢山咲いているわけでもないので注意して歩いていないと、見過ごしてしまったり踏んづけてしまいそうですが早春の山道にひっそりと咲く可憐さが山歩きを愛する人の心を打つのでしょう。

孫太尾根・丸山 650m標高の何でもない尾根のピークだが、石灰岩露頭の隙間を埋める土壌に節分草や三角草のささやかな群集が見られ、3月半ばの盛期には多くの女性登山者が訪れる

孫太尾根では三月中旬から、ヒメウズ、カテンソウ、タチツボスミレ、ヤマハコベ、ネコノメ、ハナネコノメ、アマナ、セツブンソウ、ミスミソウ、フクジュソウ、オウレン、ミヤマカタバミなどが花をつけはじめ、注意深い登山者を楽しませてくれます。

孫太尾根から多志田山を越え先に聳える藤原岳には福寿草の群落があることで知られています。藤原岳の福寿草は"石灰岩の山"春の藤原岳・福寿草として少し載せましたので興味があればそちら見てください。

鈴鹿の春・早春の福寿草

2月ともなれば鈴鹿の山の大先輩 奥村光信さん手書きの地図を眺めながら、まだ見ぬ谷や尾根に心を通わせて、今年も何かしら新たな出会いが有りはしないかと毎年新たな想いで山里の春を待つ日々

鈴鹿の春・黄連咲く

節分草や福寿草と共に、早春の最も早い時期に花開く野草に黄連があります。鈴鹿の山でよく見かけるのは芹葉黄連と梅花黄連で、何方も藤原岳周辺の尾根筋で見ることができますが、苔むしたような湿り気の多い日陰の場所で見つかることが多いです。

芹葉黄連はその名のように子葉が芹の葉状に切れ込みます。花には雄蕊、雌蕊を備えた両性花と雄蕊だけの雄花の2種類あるようですがどちらも花は小さく、注意していないと見落としてしまいます。

上は全て両性花で、色が濃い中心部分が雌蕊その周囲に雄蕊があります。一方、下の写真は雄花のみの雄株。中心部の雌蕊がなく放射状に開いた雄蕊のみあります。

黄連は石灰質の山よりは酸性の花崗岩質土壌を好む様子で、ことに梅花黄蓮は石榑峠以南の県境尾根に多くの群落が見つかります。

梅花黄蓮は芹葉黄連に比べると端正な花らしい姿ですが、やはり小さい花ですから咲いていても気づかないことがあります。私の経験ではセリバオウレンよりは遥かに個体数が多いように思えます。

花の少ない早春の尾根道で清楚に咲く梅花黄蓮に出会うと、まだ寒い中よくぞ咲いてくれたと花に感謝したくなる

鈴鹿の春・早春のコグルミ谷

節分草が盛りを過ぎる3月末から4月初旬、山道にも様々な花が一斉に開花しはじめます。この時期私は知人に連れられて、藤原岳周辺の山歩きが例年の行事のようになりました。

4月の初めに歩くコグルミ谷はまた格別でしょう。苔むした石灰岩の涸れ谷は石の隙間にニリンソウをはじめとして様々な花が開き楽しみが尽きません

二輪草、菊咲イチゲ、東イチゲ、一人静、百合山葵、コンロンソウ、火点草、ミヤマカタバミ、山瑠璃草などどれも目立たない小さい花です。町の庭や街路に咲く園芸植物と比べれば地味で華やかさに乏しい小花なのですが、普段の町ではあまり見かけない山野草は不思議と人の心を引き付けるようです・・

リスの谷

コグルミ谷の名から想像するにサワグルミやヒメグルミが多いのでしょうか、リスの多い谷で毎年歩くと何匹かは必ず見かけます。登山者が多いからでしょう、さほど人を怖がらず10m程の距離でカメラの楽しいモデルになってくれます。

カタクリ峠とカタクリ群集

コグルミ谷上部からカタクリ峠・天ヶ平へと続く芽吹きの始まった夏綠広葉樹の林間は春の日差しを受けて明るく開放的で登りの辛さも忘れさせてくれます。

谷の最上部・分水嶺のカタクリ峠はカタクリの群生地として知られた場所ですが、案内してくれる知人の話では以前に比べると個体数が大幅に減少しているとのことです。

種子が発芽してから開花する株に育つまで8年以上の歳月を必要とするそうですから、栽培目的に採取されたり、人為的な環境の変化があるとたちまち絶えてしまいそうな植物です。今後登山者は十分な気配りで接してやる必要があると思います。

カタクリに限らず、先に上げた奥村さんの地図にも以前に比べて花がずいぶん少なくなったと嘆きの言葉が書かれていますが、更に20年以上の時を経た今、その嘆きはいっそう切実なものとなっていくようで、奥村さんが地図中に記載した草花にも見つけるの難しくなっている種があります。

かっての秘境・御池岳

近年では老人や女性でも気楽に登り降りすることが出来る御池岳も鞍掛トンネルが開通する以前には、御池岳とその周辺の山地はマタギや木地師など山を生活の糧としていた人たち以外は殆ど入ることも出来ぬ鈴鹿山脈北部の秘境的存在でありました。

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グルミ谷から芽吹き始めた林の間を抜けて、バイケイソウの若葉が茂る尾根を御池岳の方へと向えばまた違った世界が広がります。御池岳の魅力は"石灰岩の山"「不思議の森 御池岳」としても少し書きましたので興味があればそちらも見てください

苔むした石灰岩の間に咲くニリンソウやコンロンソウも5月の到来とともにヤマブキソウやオドリコソウ、イチリンソウに移り変わってゆきます。

そして木々の若葉の緑一段と彩りを濃くしはじめると、御池の森は奥行きを深め神秘の佇まいを強めてゆきます。そんな森ではアナグマやリスなどの獣が不意に現れ登山者を楽しませてくれます。

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御池岳への道は不思議な雰囲気を秘めている。苔むした大地と曲がりくねった木々の覆う森は、そのままこの山の古い歴史を現しているようだ

鈴鹿の春・桜咲く

山の桜に一足早く、里では3月末からソメイヨシノをはじめとする園芸品種の美しい桜が一斉に開花し始めます。桜の開花に合わせるかのように、学校は新学期が始まり、会社では新入社員を受け入れて新たな年度のスタートです。桜はそんな一年の始まりを象徴する花でもあります。

小岐須・入道ヶ岳山麓の桃林寺。 里の早春を艶やかに彩ったサトザクラが葉桜へと変わる四月中旬になると、春を待ちわびて芽吹き始めた木々とともに山の桜が一斉に花開きます。

2012.04.18 宮妻峡  入道ヶ岳の北側山腹を彩るヤマザクラ

山の桜も花と葉を同時につけるヤマザクラからオオシマザクラやソメイヨシノなどいろいろな種がある様子で、同じような環境にあっても花色や花期にも変化があって遅咲きの種では四月の末頃から花をつけるものも見かけます。

2014.04.23  宮妻峡・宮妻林道よりの南中谷のヤマザクラ。右奥は鋭鋒鎌ヶ岳

2014.04.23  宮妻峡  入道ヶ岳北斜面のヤマザクラ。桜が山肌一面に花開いている光景を見ると、毎年この山にこれほどまで桜の木があったのかと驚く。4月は桜がその存在を自己主張する季節なのだ

鈴鹿の春・木々の芽吹きと黃花

まだ冬枯れの木々が多く残る早春の山中で、一足早く春を感じさせてくれる黄色い花に出会うと、山歩きの疲れや寒さも忘れて一時心が和みます。ミツマタ、アブラチャン、キブシ、クロモジなど黄色い花が多いのも早春の山の特徴です

鈴鹿の春・ヤシオの季節

ゴールデンウイークの訪れとともに、鈴鹿中部の御在所山、鎌ヶ岳、国見岳、竜ヶ岳などの花崗岩の山の山腹には酸性土壌を好むアカヤシオやミツバツツジが咲き誇るツツジの季節がやってきます。桃色のアカヤシオ、紫色のミツバツツジ、シロヤシオに続いて赤色のヤマツツジ、ドウダンツツジなどが花開き山肌を美しく染めます。

2010.04.30  御在所山のアカヤシオ。行楽シーズンの到来に合わすかのように御在所から国見岳の山腹は一面ヤシオの花で彩られる

御在所山から眺めた国見岳南斜面のアカヤシオ。国見岳はアカヤシオの群落が濃いことで知られ空撮の対象になったりする

この季節、まだ冬枯れを残した木立が多い山肌に鮮やかな色合いを添えてくれるアカヤシオやミツバツツジ、コブシなどの花は山歩きを楽しむ者にとっては誠に親しい友人の様な存在に思えます。

2010.04.30  鎌ヶ岳・馬の背尾根の白禿一帯を覆うアカヤシオの群落。中にはミツバツツジやシロヤシオ、コブシなどの花も交じる

春の花崗岩の山に彩りを与える代表種アカヤシオとミツバツツジ( 下写真 )

ミツバツツジは名の通り枝の先に3枚の葉がつくのが特徴で、アカヤシオに比べると花が小ぶりで紫がかっているので花期には遠くからでも識別できます。三重県立博物館の展示によると、鈴鹿山系には南方系のトサノミツバツツジ、東日本に多いトウゴクミツバツツジ、日本海側に多いユキグニミツバツツジの3種類が混在するそうです。

ミツバツツジの分布図。三重県立博物館常設展示より

平地にも多いミツバツツジは雄蕊5本、トサノミツバツツジなどそれ以外のミツバツツジでは10本とのことですが交配種が多いのか雄蕊数は一定しないようです。鈴鹿山脈北部の霊仙や御池など日本海側気候に近い地域ではユキグニミツバツツジやトウゴクミツバツツジがすみ分けているものと思いますが、ミツバツツジの同定は結構難しいので、私には確かなところは分かりませんが花期・花色に結構広がりがみられるので三種類の住み分けがあるようです。

2014.04.23  入道ヶ岳・イワクラ尾根のアカヤシオ

鈴鹿の春・シロヤシオ咲く

アカヤシオが盛りを過ぎ木立の新緑がひときわ目立ち始めるようになると山腹はアカヤシオにとって代わってシロヤシオやヤマツツジ、ドウダンツツジなどのツツジ類が目を引くようになります。

2020.05.20  竜ヶ岳・県境尾根から金山尾根南面のシロヤシオ群落。同じ斜面に育っても、日当たりや土質、水分供給、樹齢などの差によって株の開花がまちまちなのが良く分かります。

シカの多い谷のようでよく注意して写真を見ると何匹も草を食む鹿が写っている

2009.05.23  鎌ヶ岳南面に咲くシロヤシオ。背後は鎌尾根から仙ヶ岳、野登山が霞んでいる

2014.05.19  仙ヶ岳 仙の石より野登山の眺望

シロヤシオは縁取りのある葉が美しいのも特徴の一つで、花を付けないままの木立や登山道の周辺に育ち始めた幼苗にさえも惹かれるものがあります。

鈴鹿の春・紅躑躅

2014.05.23  御在所山・武平峠道沿いのヤマツツジ。桃色のアカヤシオが花終えると替わって赤いヤマツツジやベニバナドウダンツツジが花を開きます。これは酸性土壌を生む花崗岩の山ならではの風景なのかもしれません。

彼らは鈴鹿中部の山々に咲くヤシオ類のように群集して花をつけていることはまず見かけないのですが、それだけに赤い花色のツツジを山中に見出すと、ついつい近くまで寄ってその姿をカメラに収めたくなるものです。

鈴鹿の春・シャクナゲ

2012.05.30 鎌尾根・衝立岩手前より。水沢峠から水沢岳を経て鎌ヶ岳へと続く鎌尾根には稜線の周囲に多くのホンシャクナゲが花をつけます。石楠花は他のツツジ類に比べると山中の暗い環境に多い様子ですが鎌尾根の場合は稜線上の植生が薄いため結構明るい開放的な環境で花を見ることが出来ます。

ホンシャクナゲは肉の厚い葉の様子から見てもヤシオやドウダンツツジなど落葉性のツツジ類と異なり、藪椿などと同じ常緑広葉樹なのですが耐寒性が高いようで1000m前後の鎌尾根をものともせずに美しい花をつけています。

2021.05.20 八風中峠・仙香山西面。ホンシャクナゲの花色は赤から白まで様々ある様子で、こちらの花はやや赤味が強いようです。

鈴鹿の春・馬酔木萌える

ツツジの仲間には地味な花よりも、色鮮やかな新葉の方がよく目立つものがあります。鈴鹿の山頂部に好んで生える馬酔木もその一つで春先に咲く白い地味な花よりも、5月以降に入って一斉に萌え立つ赤い新葉の方が遥かに美しく印象的です。

2012.05.23  入道ヶ岳 井戸谷分岐より。赤から萌黄色へと変化する馬酔木の新葉は他の木々の新緑と互いに引き立て合ってまことに美しい

2021.05.09 八風中峠より八風峠へと向かう県境尾根の馬酔木群落

2020.05.20 竜ヶ岳・遠足尾根の馬酔木群落

こうして並べてみますと、入道ヶ岳、八風峠、竜ヶ岳と場所は異なりますがどれも1000m程の標高で5月10日から20日前後に美しく色づいているのが分かります。ちなみに馬酔木の花は芽吹きに先んじて三月から四月初めに開花します。

2020.04.04 藤原岳山頂部に咲く馬酔木群落。

鈴鹿の春・イワカガミとイワウチワ

春の鈴鹿の山歩きには欠かせない花の一つがイワカガミでしょう。傾斜のきつい花崗岩質の登山道のマサ土の隙間にイワカガミの小さい株が花をつけているのに出会うと上りの辛さもわずかに癒やされるものです。

その名のように岩の多い日陰のやや湿った地を好む様子で、開花と同時期に成長する艷やかで瑞々しい新葉もまた美しく、時に登山道の周り一面に咲く見事な群落に出会ったりするとしばらくはその場に足を留めてしまいます。

イワウチワはイワカガミによく似た場所に咲きますが、より湿潤で日当たりの少ない環境に多いようです。イワカガミに比べると.数も少なく目立ちにくいように思われます。

目にする機会も少ないだけに、山道でひっそりと咲く彼らを目にすると、しばらく会うこともなかった旧知の友に出会えたような喜びを感じます

鈴鹿の春・タニウツギ

鈴鹿の春の最後はタニウツギ。低地の谷あいに多くみられ、登山道の多くは谷筋を取ることが多いので春の登山にはつきものの花です。