【木曽川産イタセンパラ生息域外保全集団における遺伝的多様性の動態】
★この研究の一部は,以下の論文として発表されています.以下の図の一部は,これら論文を基に作成されています.
Yamazaki, Y., Ikeya, K. 2023. Genetic dynamics of a 11-year ex situ managed Itasenpara bitterling population. Conservation Genetics, 24:73-83.
Yamazaki, Y., Ikeya, K., Goto, T., Chimura, Y. 2017. Population viability analysis predicts decreasing genetic diversity in ex-situ populations of the Itasenpara bitterling Acheilognathus longipinnis from the Kiso River, Japan. Ichthyological Research, 64: 54-63.
希少生物を保全するためには、対象生物の遺伝的多様性(種内の多様性)を理解することが不可欠である。その際、種全体として捉えるだけではなく、集団内・集団間双方の遺伝的多様性の理解が求められており、多くの生物を対象とした遺伝学的研究がおこなわれている。
それと同時に、生息域外保全(対象生物が持つ本来の生息地とは異なる場所で保全する取り組み)においても、遺伝的多様性の重要性が指摘されている。生息域外保全は、野生への再導入を前提あるいは目標とするため、その生物が本来持つべき環境適応能力や将来の進化可能性の保持が必要となり、その裏付けとなる遺伝的多様性の維持が不可欠となる。例えば、100年後に、当初の90%以上の遺伝的多様性を保持することが求められている。しかし、一般に継代飼育を行なうことで、遺伝的多様性は低下することが指摘されているため、様々な工夫がされている。
山崎研究室では、国指定天然記念物イタセンパラを対象とした、生息域外保全集団における遺伝的多様性の維持に向けた研究を継続しており、その経緯や成果について、ここで紹介する。
上の図は、木曽川産イタセンパラの生息域外保全集団を対象として推定された遺伝的多様性の推移をVortexを用いてシミュレートした結果と、継代飼育方法(模式図)との関係を示している(Yamazaki et al. 2017一部改変、ほか)。
①では、大きな飼育池を整備し、そこに多くの個体(例えば200個体を想定)を入れ、継代飼育した場合を想定している。この状態で、50年間継代飼育を繰り返すと、遺伝的多様性は低下するが、その低下の程度は少なめに抑えることができる(ただし、50年後でも80%以下)。一方、③においては、小さな池に少ない個体(50個体)を入れた場合の遺伝的多様性の推移であり、50年間での遺伝的多様性の低下が著しい。
これらの①と③を比べると、より多くの遺伝的多様性が保持される①の取り組みが優れているようにみえる。しかし、遺伝的多様性と同時に、飼育環境への慣れにも注目する必要がある。つまり、域外保全の間に飼育環境に慣れてしまうと、将来の野生再導入後に、よくない影響が出ることが懸念されるからである。そして、集団が大きいほど、飼育環境に慣れやすいことが指摘されている。つまり、①の場合は、遺伝的多様性は保持されるが、飼育環境に慣れやすくなってしまい、③の場合はその逆になると考えられる。これらに加えて、実際に域外保全を行なう上では、池の造成や維持管理などの金銭的・人員的な負担がかかる点も考慮が必要となる。
以上を踏まえた上で考案された取り組みが、②である。この概念自体は「フランクハムほか(2007)保全遺伝学入門」に基づいており、詳しくはそちらを参照いただきたい。
②では、少ない個体(50個体)を持つ小さい池を複数準備する。ここでは池が4つで、合計は200個体としている。そして繁殖は小さい池ごとに行なう。ただこのままだと、③と同じになるので、数世代ごとに池間で個体を入れ替えていき、全体として1つの集団とみなした管理を行っていく。そのような想定でシミュレートをすると、遺伝的多様性は①よりは劣るが、個々の池が小さいために、飼育環境への慣れが抑えることが期待される。つまり①と③のいい面を含めた取り組みである。
ここまでは、あくまでも机上の話しである。それでは、これが実際に起こりうるのだろうか。その実践例を次に紹介したい。
上の図は、木曽川産イタセンパラを対象に遺伝的多様性を調べた結果である(Yamazaki and Ikeya, in pressを一部改変)。
木曽川産イタセンパラについては、様々な主体が互いに協力し、生息域内保全・生息域外保全の取り組みが行われている。生息域外保全においては、木曽川から採集された個体を対象として、複数の施設(水族館等)で継代飼育が行なわれている。これが始まった2010年の段階では、限られた施設だけで継代飼育をしていたが、その後、施設が増え、各施設で継代飼育を行なっていると同時に、施設間で個体の交換を行なっている(上記②の取り組み)。
図Aは、各集団の遺伝的多様性(実測値)の推移を示しており、域外保全集団の施設別および全体を1つの集団とみなした時の値、そして木曽川野生集団の値を示している。この図を見ると、集団毎・年毎に遺伝的多様性の値は変動する。しかし、域外保全集団全体を1つとみなした時(赤線)、その遺伝的多様性に低下の兆候は認められず、むしろ増加傾向が示されている。また、野生集団と比べても高い値を有していた。
図Bは、上記でシミュレートした予測値(青線)と図Aの実測値(赤線)とを比較したものである。その結果、予測値は年と共に低下傾向を示したが、実測値には同様の傾向は認められず、予測値よりも高い値、さらには初期値と比べても高い値が示された。
以上のことから、生息域外保全集団の遺伝的多様性を維持するためには、小さな集団を複数作り、適度に個体交換を繰り返しながら継代飼育を行なっていく上記②の取り組みの有効性が示された。ただし、この方法においても、施設の準備、人員や予算の確保など課題は少なくない。
このように、域外飼育集団における遺伝的多様性の動態、さらには遺伝的多様性を維持する取り組みは必ずしも多くはなく、ここで紹介した取り組みは、その先駆的な研究として注目されている。
本研究に関する質問等は、山崎研究室までご連絡ください。
(2022年12月5日更新)