潜在的な生物多様性の評価手法の開発
★この研究は,現在進行中かつ未発表の内容を含んでいます.「ネタバレ」を避けるために,情報量や正確性を抑えて書いている部分が多々あります.詳細を知りたい方,関心を持たれた方は,山崎研究室まで直接お問い合わせください.
【背景・ねらい】
生物多様性の保全は,今や世界的な関心事項であり,その達成のために様々な取り組みがされている.例えば最近では,30by30(サーティ・バイ・サーティ)と呼ばれる国際目標が有名である.すなわち,国土の陸域・海域のそれぞれ30%以上を保全することを目指した取り組みである.保全地域として,日本では国立公園などがここに含まれるが,現時点では目標に達していない.そこで世界的には,OECM (Other Effective area-based Conservation Measures)と称する保全地域の設定を通して目標達成を目指し,その橋渡し役として,日本では環境省が自然共生サイトの認定を始めている.しかし,この認定にはいくつかのハードルがあり, その1つが「生物多様性をどのように評価するか?」である.特に,生物多様性の数値化が求められている.
生物多様性を評価する際には,現地調査や文献調査などが必要になるが,大半の場合は,対象とした地域のみの評価に終始してしまい,広範な地域を網羅的に評価するためには,多大な労力と時間,さらには資金が必要となる.
そこで山崎研究室では,現地調査とGIS(地理情報システム)技術を併用した,広域にわたる生物多様性の評価手法の開発を進めている.この方法の大きな特徴は,現地調査を行ってその場を直接的に評価すると同時に,現地調査を行った場所だけではなく,それ以外のところに存在する生物多様性,すなわち「潜在的な生物多様性」も同時に評価できる点である.
以下では,現在の進捗状況を紹介したい.今回の研究では,富山県の沿岸部における海産魚類における種の多様度指数の評価を試みた.なお本手法は,どのような生物に対しても,基本的には応用可能である.実際に当研究室では,陸上の哺乳類を対象とした研究を進めており,その成果は,今後,別途発表していきたい.
【情報収集・解析手順】
富山県の沿岸部(おおむね水深50m以浅)における海産魚類の生息状況を明らかにするために,富山湾沿岸部の複数地点における直接的な調査(採集,目視,釣り)に加えて,環境DNA分析(1リットルの水に含まれるDNA情報の網羅的な探索)を実施した.また,文献資料に基づく情報も採用した.以上を通して,富山湾沿岸部を概ね網羅する22地点の情報を得た.
景観情報として,国土交通省の国土数値情報ダウンロードサイトに掲載されている3次メッシュ情報を得た.加えて,既報の海洋環境に関する文献に基づき,独自に景観情報を取得した.これら景観情報の処理については,QGISを用いて行った.
以上の生物情報および景観情報を用いて,10地点以上で出現が確認された14魚種のそれぞれについて,MaxEntに基づく出現確率を求めた.それらの情報を用いて,メッシュごとの種の多様度指数を算出した.(注:この辺は,ネタバレを避けるために,かなり大雑把に書いています)
【結果】
14魚種それぞれにおいて,出現確率が算出された.
図1.富山湾沿岸域におけるA種の出現確率(青色が濃い海域ほど,高い出現確率を示す)
図1は,A種の出現確率を示している.青色が濃い海域ほど,出現確率が高いことを意味している.このA種は,大型かつ遊泳性の高い魚種である.今回の調査範囲では,ほぼ全域において出現確率の高い傾向が示された.その中でも特に青色が濃い海域が,庄川・小矢部川の河口域に存在するが,この海域は,A種の良好な「釣り場」としても有名であることでも知られている.
図2.富山湾沿岸域におけるB種の出現確率.
図2は,B種の出現確率を示している.このB種の高い出現確率は,主に岸近くで示されている.一般には,岩礁域を好む魚として知られており,それが反映された結果とみることができるだろう.
図3.富山湾沿岸域におけるC種の出現確率.
図3は,C種である.こちらはB種よりももっと岩礁帯に依存する魚である.C種の出現確率が高い場所は,岸近くというだけではなく,その中でも氷見,雨晴,朝日など,岩場が多い海域で認められる.
ここで示した以外の魚種においても,その出現確率が高い場所は様々であるが,一般に知られる生態的特徴と類似した傾向が示される場合が多かった.
図4.富山湾沿岸域における海産魚種の多様度指数(緑色が濃い海域ほど,高い多様度を示す)
そしてこれら14種の出現確率に基づいて推定した種の多様度を,図4において示した.この図では,緑色が濃い海域ほど,多様度が高いことを意味している.その結果を見ると,沿岸部一帯の多様度が高いことがわかる.なお,この図では多様度の違いを誇張して表示しているため,沖合の生物多様性が「ゼロ」というわけではない.
【今後・課題】
以上みてきたように,各魚種の出現確率やそれらを総合的に解釈した種の多様度指数を示すことができた.そして忘れてはならないことは,富山湾沿岸の22地点の調査に基づき,沿岸部全域の状況を推定できたことである.
この方法の応用は多岐にわたるだろう.もちろん,純粋な学問として,対象生物の出現確率や生物多様性の評価を行うことができるだろう.また冒頭で述べたように,昨今環境省が主体的に取り組んでいる自然共生サイト認定の際に,対象地域の生物多様性の1つの指標とすることもできるだろう.特に,その場の生物多様性を調べなくても,評価できることは,利用価値の高さとなることが期待される.
また,途中段階で取り入れた種毎の出現確率の推定についても利用価値はあり,今回扱った海産魚類に焦点を当てると,対象生物の漁獲高が期待される海域の選定,あるいは従来は利用されることの乏しい魚類,いわゆる未利用魚を効果的に捕獲する海域の探索などにも応用できるだろう.実は後者こそが,本研究の当初の目的であった.
その一方で,今回の結果は,あくまでも暫定的な結果である.例えば,出現確率が高い場所は,良好な釣り場ともいえるし,本解析をそのような使い方もできるが,現時点では,その精度は必ずしも保証されるものではない.
また,そもそもの出現確率についても,改善の必要は否めない.特に,調査地点や対象生物を増やす必要がある.そして調査地点の偏りを避けることも忘れてはならない.現に類似の研究を紹介したサイトはいくつも存在するが,あるサイトにおけるビッグデータを活用した哺乳類の分析結果を見ると,道路沿いの出現確率が特に高い.しかしこれは,轢死個体の情報を多く採用したが故の結末であることは想像に難くない.加えて景観情報についても再検討が必要である.さらにはそのようにして求めた結果の検証も不可欠だろう.
山崎研究室では,本手法の発展と活用を視野に,さまざまな生物を対象した研究を進めているところであり,今後にご期待いただきたい.
(2023年12月16日掲載,12月27日更新)