当研究室で扱う研究テーマは実に多岐に渡ります。その中でも、「最近(今 and/or 近い将来)」、特に注目し、取り組んでいる研究テーマについて、ここで紹介します。以下では大きく5つ(①~⑤)に分けて書いてあるが、これらの間には関連性や共通点が多々あるため、あくまでも便宜的な分け方となっています。そして、テーマの並び順についても、重要度を反映するものではないことを付記しておきたい。
また、あまり詳しく書くと、『ネタばれ』になりますので、あえてボヤ化して書いている箇所もありますので、ご了承ください。研究テーマの中には、既に論文として公表されているもの、あるいはかなり研究が進んでいるもの、などがあります。より詳しく知りたい方は、研究トピックスのページをご覧いただくと共に,山崎研究室まで、お問合せください。
同時に、このような注目テーマを書くことの目的は、共同研究や新規メンバー(大学院生、ポスドクとか)の加入を通して、研究が発展することです。以下の研究に興味のある方のご連絡をお待ちしております。
①高標高域における生物の環境適応:「集団構造と分散パタンからみた存続性」から「個体レベルの生物学」まで
高山(高標高域)の環境は、多くの生物にとって、「過酷」な条件がそろっていると考えられる。だが、そのような環境の中でも、種・集団を存続させている生物が存在し、「極域生態系」を形作っている。それら生物は、どのように生きながらえてきたのだろうか。どのように極域環境に適応しているのだろうか。
このような「究極の環境適応」のメカニズムを明らかにするために、生態学的調査に加えて、遺伝学的手法を用いた集団構造、集団履歴、そして分散パタンの解明を目指す。このようなメカニズムは、おそらく生物種によって様々であろう。そこにある「種の固有性」と「種間の普遍性」をみるために、分散能力の異なる複数種を対象とした研究を実施している。
上記研究を行う際には、もちろん高標高域に生息する生物を対象とする必要がある。それと同時に、様々な標高を利用する生物も比較対象として必要である。この点からも、高低差4000mを抱える富山県は、研究フィールドとして適している。
現在、当研究室では、ライチョウ、軟体動物、昆虫類、両生類、哺乳類を対象とした研究を通して、このテーマに取り組んでいる。
このうちライチョウについては,個体レベルの遺伝的特徴の把握を目指しており,個体識別,血縁関係,そして縄張り構成に関する研究を展開している。
「過酷」な環境だが,一生懸命に生活している(はず).(写真:室堂周辺でハイマツの陰に隠れるライチョウ雄)
水辺を利用し,かつ分散能力の乏しい種にとっては,水辺の存在が集団の存続に与える影響は大きい(はず).(写真:弥陀ヶ原の餓鬼の田)
②中山間地を利用する動物の生息状況、集団履歴、そして系統地理
中山間地を利用する動物、というと、まず思い浮かぶのが、イノシシやシカである。これらを研究対象とする場合、個体数および生息地の増加や、被害拡大、そしてそれに対する被害防除、という話に流れることが多い。当研究室でも、地元富山県からの依頼を受けて、これら動物の遺伝子研究に取り組んでいる。そしてその目的は、被害軽減のために、対象生物の生態や行動、そして集団の履歴を知る、ということが前面に出ることが多い。あるいは昨今、富山県でも外来生物であるアライグマの出現が増えており、被害事例も報告されている。しかし、未だ情報が不足しており、実情把握を進めている。
その一方で、中山間地には希少種も少なくない。例えば、キツネやイタチは日本各地に生息しており、馴染みのある生物である。ただその生息状況は決して楽観できるものではなく、将来の保全を視野に、今のうちから情報収集・蓄積が必要である。
上記の動物たちを対象とした時、生物学的な視点でとらえることを常に忘れてはならない。つまり、その生物が今どのような現状にあるのか。個体数は増えているのか,減っているのか。個体数が増えているのであれば、実際にその生態系にどのような影響を与えているか。あるいは減っているのであれば,その原因や対策を明らかにする必要がある。つまり、今日の生態系において、これらの生物はどのような位置づけで扱われるべきなのか。わかりやすく言えば、駆除すべき対象なのか、自然増加した共存すべき生物なのか、それとも積極的に保全すべき生物なのか、という点を、科学的かつ客観的に、問い詰めることが、元来求めるべきところであろう。
特に,哺乳類は生態系全体のバランスをとる役割を担うため,その生息状況や生物間相互作用は,生物多様性の保全において重要な知見となる。しかし,自然界で哺乳類の情報を得ることは決して容易ではない。そのため本研究室では,糞などを対象としたDNA分析を行い,出現種や地域の多様性(主に種多様性)を把握すると共に,それら情報と景観情報とを組み合わせることで,生息適地の探索や種間関係の解明を目指している。
そして今の状況を知るだけではなく,その生物が持っている歴史に注目する必要もある。種としての進化の歴史や,分布域形成過程,あるいは過去の個体数動態,これら情報は,生物学的な注目点であると共に,保全の上でも不可欠な情報である。そこで,DNA分析による系統地理解析や集団遺伝学的解析,さらには遺伝子と生態を融合させえた分子生態学に着目した研究を展開している。さらに個体レベルの遺伝子分析を通して,個体識別や血縁関係,個体数の推定や特定個体の行動範囲の把握に取り組んでいる。さらに、その生物が利用する空間情報や環境要因を考慮した景観遺伝学的分析も進めている。
また、このテーマに関しては、何も哺乳類だけに注目しているわけではない。無顎類、魚類、両性類、軟体動物、さらには藻類など、これまで経験のある水辺の生物の研究からも、このテーマに取り組んでいる。例えば、富山県立山町には、その名もタテヤママリモと呼ばれる緑藻類が生育する。このタテヤママリモについて、系統的位置付けや細胞内外の形態的特徴、さらには生育状況なども調べている。このように、地域を象徴する生物の保全を目指した地道な基礎研究も展開している。
以上の課題に関しては、生物学的な知識や技量だけではなく、土木学・水文学的な視点が不可欠であろう。また、中山間地をフィールドにする際には、人間活動とのかかわりに注目することは有効だろう。これらの観点から最近では、種の分布モデリングや生体ニッチモデリングなどの景観分析、それらに集団遺伝学的視点を加えた景観遺伝学的分析を採用し、個々の生物種あるいは生物多様性全体の評価などにも取り組んでいる。
景観遺伝学的分析に基づく北陸地方におけるイノシシの出現確率と遺伝的特徴(Yamazaki et al. 2023を改変)
種の分布モデリングに基づく富山県におけるアライグマの出現予測。いわば、アライグマ・ハザードマップ(山崎・伊藤 2022を改変)
③水田生態系の魚類群集構造と環境適応
富山県では,耕作面積の9割近くを水田が占めている.水田は,二次的自然の代表格として知られており,そこを中心とした生態系(水田生態系)を利用する生物は多い.その一方で,圃場整備や放棄田の増加に伴い,元来の水田生態系が姿を変えつつあることも現実である.その結果として,水田生態系を構成する生物には,いわゆる「希少種」が少なくない.魚類群集においても,イタセンパラをはじめとしたタナゴ類の生息が危ぶまれている.
現在,当研究室では,地元の協力を受けながら,水田生態系の保全に取り組んでいる.そして保全をするためには,そこに棲む生物について,詳しく知ることが不可欠である.そこでこれまでは,個々の生物,特に,イタセンパラ,ミナミアカヒレタビラ,ヤリタナゴについて,研究を深めてきた.しかし,生態系の保全を考えた場合,個々の生物に注目することは第一のステップであり,次のステップとして,生物同士の関わり(相互作用)に注目することが不可欠である.そして生物間相互作用を知ると同時に,環境応答も重要な視点である.そこで、上記魚類の餌資源となる動物プランクトンの動態に注目した研究を展開している。特に、水田の水利用様式が動物プランクトン、そして魚類に与える影響に注目している。また、注目すべき「環境」には,外来種も含まれる.特に,希少な在来タナゴ類に密接に関わることが予想されるタイリクバラタナゴの影響は看過できないだろう。また同時に、タイリクバラタナゴ自身がもつ「過去」に注目した研究にも取り組んでいる。
水田と周辺河川.多くの希少な在来魚が棲んでいる.(写真:氷見市)
こちらも水田と周辺河川.ここにも希少な在来魚が.同時に,外来魚ももっとたくさん棲んでいる.(写真:氷見市)
④流水性河川における景観遺伝学(河川景観遺伝学)の展開
川の水は上流から下流に向かって一方向に流れ、川の中に棲む生物は、自らの移動能力に応じて、川の中を移動している。そして往々にして、川を横断するように設置された人工構造物がその移動の妨げとなったり、河川周辺の景観が移動や存続に影響を与えることは少なくない。しかし従来は、ダムや堰堤は、魚の移動を妨げる「だろう」との考えで終わっていた。もちろん、これを検証するために、行動追跡や遺伝子流動パタンの推定などが行われてきたが、関係の解明には至っていない場合が多かった。
そこで当研究室では、昨今、陸上生物を対象とした研究を展開している景観遺伝学的解析を、川の生物に適用し、遺伝情報からみた生物の動きに対して、構造物や景観がどのような影響を与えているかを特定することを目指している。さらには、移動に対する影響が、集団の存続性に及ぼす効果の検証も試みている。
主な研究対象として、ヤツメウナギ類を採用している。ヤツメウナギ類は、河川の流水部(いわゆる水の中)だけではなく、河床や河岸(いわゆる砂の中)も利用するため、河川景観の様々な影響を評価する上で適した生物である。そして何よりも、当研究室ではヤツメウナギ研究の歴史が深く、様々な知識や技術、そして経験を有している。例えば、ミナミスナヤツメ(スナヤツメ南方種)は、中山間地を流れる河川に広く生息するため、流域における集団構造や集団履歴を調べることは、これまでも行ってきた。そこに人間活動、例えば、堰堤や水門における河川(生息地)の分断化が与える影響の解明を目指して、ゲノム網羅的な遺伝子分析を行うと共に、河川の形状を十分に考慮した解析を展開している。そして、これら研究から得られる情報を採用した集団存続可能性解析を実施するなど、目標の達成に向けた様々な研究に取り組んでいる。
また、遊泳能力や行動、さらには生活史が異なる生物で同様の研究を行うことで、本課題の更なる飛躍も期待される。そこで、魚類だけではなく、様々な淡水生物を対象とした研究を行う計画を考案中である。
吸盤状の口を使って吸い付くヤツメウナギ
⑤希少生物の保全遺伝学
天然記念物イタセンパラについて、国内3つの生息水域集団のすべて(中でも特に氷見と木曽川)について、保全遺伝学的解析を行っている。その中で、一番の強味と言えることが、各地域の地元の協力もあり、継続的な生態調査や遺伝子分析を行えていることだ。保全遺伝学の観点においては、まず必要なことは地域固有性の把握、そして、保全単位の認識である。次に、集団内の遺伝的多様性の把握とその動態推定が必要である。また、域外保全集団における遺伝的動態の追跡・管理も求められている。希少種の遺伝的多様性は往々にして低いので、高感度の遺伝マーカーを用いた、多数個体の解析を継続することが不可欠となる。
当研究室では、主にマイクロサテライトDNAをマーカーとして用いた解析を進めており、これまでに生息地域ごとの遺伝的固有性、局所集団間のメタ集団構造、集団履歴(過去の個体数変動)、域外集団における健全な遺伝的動態、将来の存続可能性推定などを行っており、その成果を多くの論文で発表している。
木曽川において、イタセンパラは複数のワンドを繁殖や成長のために利用すると言われているが、その詳細は分かっていなかった。それに対して本研究室において行ったマイクロサテライトDNA分析において、繁殖は主にワンド単位で行われるが、ワンド間の分散(遺伝子流動)が希に生じていることを明らかになった。また、他のワンドへの移動においては、同じ河岸のワンド間の移動の頻度が高く、その際には川の流れの方向性の影響は乏しいことが示唆された。それに対して、流心を横断する移動が特に少ないこと、その一方で中洲の存在は、横断移動の確保に効果があることが明らかにされた。つまり、木曽川においてイタセンパラはメタ集団構造を呈していると考えられる。
また、イタセンパラが生息する国内3地域において、生息域外保全が実施されている。その際に留意すべきは、域外保全集団における遺伝的多様性の低下である。特に、将来の野生復帰を前提とした取り組みの場合、域外集団における遺伝的多様性の低下の阻止と同時に、生息環境への適応の回避が不可欠である。それらを成し遂げるため、多くの地域では、在来個体に由来する小集団の維持と集団間の個体交換を実施している。当研究室では、それら取り組みの効果を検証するために、当該地域の関連機関と共同で、域外保全集団における遺伝的多様性モニタリングを実施している。これまでの研究において、例えば木曽川由来のイタセンパラ生息域外保全集団においては、上記取り組みの結果、各機関における小集団の遺伝的多様性は、年変動を有しながら維持されており、地域全体でみると、高い遺伝的多様性が保たれていることが明らかになった。また、取り組みの初期に行なわれた将来予測において、遺伝的多様性が年と共に低下することが示された。しかし、上記取り組みの結果、予測値よりも高い、かつ当初の値よりも高い遺伝的多様性を現在の生息域外保全集団が保持していることが示されている。
以上の取り組みにおける一番のアピールポイントは、ともすると理論的な域を出なかったこれまでの保全遺伝学的研究において、実践的な結果を提示し続けていることである。イタセンパラで確立した分析手法や知識・技術は、他の希少種での活用も期待される。今後も継続的に取り組み、情報を発信していきたい。
お問合せ等は、山崎研究室 yatsume(あ)sci.u-toyama.ac.jp まで。【メール送信の際は、(あ)を@に変換してください】
(2025年2月21日更新)