【イノシシDNA:富山のイノシシは,どこから来たか?】
★この研究の一部は,以下の論文として発表されています.以下の図の一部は,これら論文を基に作成されています.
Yamazaki, Y., Shimizu, D., Watanabe, T. 2023. Landscape genetic analysis for the Japanese wild boar in the early expandin stage in the Hokuriku region of Japan. Zoological Science, 40: 189-196
Yamazaki, Y., Adachi, F., Sawamura, A. 2016. Multiple origins and admixture of recently expanding Japanese wild boar (Sus scrofa leucomystax) populations in Toyama Prefecture of Japan. Zoological Science, 33: 38-43.
山崎裕治・安達文成・萩原麻美・山田貴大. 2015. 富山県および周辺地域に生息するニホンイノシシにおけるミトコンドリアDNAハプロタイプ組成の経年変化. 保全生態学研究, 20:203-211.
昨今,ニホンイノシシ(以下,イノシシ)が世間を騒がせています.田畑を荒らしたり,時には町中を走り回って,人身事故が発生することもあります.このようなことが起こる遠因は,イノシシが増えていることです.これは富山県だけではなく,全国的な傾向であり,それに伴って農業被害も増加しています.ただし,過去の資料をみると,富山県におけるイノシシの個体数は大きく変動していることがわかります.
例えば,1970年代には,富山県にはイノシシがほとんど生息していませんでした(南部・吉村, 2002).それが昨今では,捕獲された数だけでも,年間1000頭を上回ります.それでは,今富山県にいるイノシシは,どこから来たのでしょうか.それを解き明かすカギが,遺伝子にあります.
遺伝子を調べる技術は,昨今急速に発展しており,個体識別や,多様性の評価に用いることができます.同時に,遺伝子は先祖代々受け継がれてくるために,過去の情報が遺伝子の中に書き込まれています.また,周囲の環境・景観も,生物の実態を知る上で有益な情報となります.そこで,富山のイノシシの遺伝子を調べ,周辺地域のイノシシの遺伝子と比較し,さらに環境・景観との関連を考慮することにより,移動経路の推定が可能になります.
そこで山崎研究室では,富山県行政と,富山県および周辺県の猟友会の協力を得て,イノシシの筋肉サンプルを採取し,その遺伝子(ミトコンドリアDNAと核DNAのマイクロサテライト領域)を調べると共に,イノシシの分布や移動に影響を与える景観分析を行っています.
【ミトコンドリアDNA】
ミトコンドリアDNA分析の結果,富山県のイノシシが持つ遺伝子は,大きく4つの型(A~D)に分けることができました.その4つの遺伝子型について,周辺県における出現状況や経年変化を調べた結果,いずれの遺伝子型も県外と共有されていることが明らかになりました(図1).富山県内外の遺伝子型の出現パタンに基づき,イノシシの移動経路を推定した結果,県外から富山県へイノシシが進入していることが示唆されました.ただその進入ルートは一様ではありませんでした.遺伝子型AとCは,岐阜県側から富山県に進入し,遺伝子型Bは,石川県,岐阜県,そして新潟県の3方向から富山県に進入してきたと考えられます.加えて,富山県から石川県に移動したイノシシの存在も推察されました.さらに,遺伝子型Dは,岐阜県から富山県へ進入したものが,富山県内を東に移動し,その一部は新潟県にまで到達していることが示唆されました.以上のことから,今日富山県に生息しているイノシシは,複数のルートで富山県に進入し,そして今も移動を続けていることが考えられます.
図1.富山県とその周辺におけるニホンイノシシのmtDNAハプロタイプ組成
図2.mtDNAに基づき推定いされた富山県におけるイノシシの移動経路
【マイクロサテライトDNAと景観遺伝学的分析】
マイクロサテライトDNAは、核DNAの中に含まれる、変異性の高い領域です。そのため、ミトコンドリアDNAよりも細かい分析が行えると同時に、両親から受け継いだ遺伝情報を分析することもできます。
富山県のイノシシについて、マイクロサテライトDNA分析を行った結果、まず、富山県全体のイノシシが1つの任意交配集団を形成していないことがわかりました。このことは、ミトコンドリアDNAで明らかにされた複数の由来の存在を支持する結果です。さらに、現在富山県に生息するイノシシは、いくつの祖先集団の影響を受けているかを推定した結果、主に複数の祖先集団に由来することが明らかになりました。そして地域ごとの遺伝的類似性を調べた結果、富山県の西側、南側、そして東側のそれぞれにおいて、遺伝的特徴が類似していることが示されました(図3)。これらのことから、イノシシの祖先集団は、複数の地域に分かれ、最近になって、それぞれ富山県に進入してきたことが示唆されました。また、進入してきた祖先集団同士は交配を繰り返していることも明らかになりました。
図3.マイクロサテライトDNAに基づくイノシシの遺伝的特徴
さらに、景観分析を行った結果、富山県と周辺地域において、イノシシは中山間地において出現確率が高いことが示されました(図4)。そして、景観遺伝学的手法に基づき、個体間における遺伝的差異と地理的障壁との関係性を調べた結果、イノシシの移動分散が出現に適した場所を主に利用して行われること、さらには、その方向性に地域の違いがあることが示唆されました(図5)。
図4.MaxEnt法により推定された富山県周辺地域におけるニホンイノシシの出現確率。図は、3次メッシュ(1㎞四方)単位の出現確率を示し、暖色ほど高い確率であることを意味する。
図5.景観遺伝学的分析に基づく、イノシシの移動分散経路の推定。
このように,遺伝子を調べることで,その生物がどのように移動してきたかを知ることができ,今後の移動予測や,被害防除に活用することができます.遺伝子を調べることで,富山の自然の中にいる生物に対する理解を深めることができるのです.
【引用文献】
南部久男・吉村博儀. 2002. 富山県におけるイノシシ・ニホンジカの記録. 富山市科学文化センター研究報告, 25:41-49.
(2024年3月24日更新)