【キツネはどこから来たのか?】
★この研究の一部は、以下の論文として発表されています。以下の文章・図は、筆頭著者であるWatanabeさんによって作成されています。
Watanabe T, Yamazaki Y. In press. Complex geohistory of continental islands advanced allopatric evolution even for the highly dispersive generalist red fox (Vulpes vulpes): multiple phylogenetic groups in the Japanese Archipelago. Zoological Journal of the Linnean Society. (https://doi.org/10.1093/zoolinnean/zlae007)
Watanabeさんのホームページ(外部リンク)もご覧ください。
【研究の背景】
大陸性島嶼として複雑な地史を有する日本列島には、独特の生態系が存在する。アカギツネ(Vulpes vulpes Linnaeus, 1758)は、高次の広食性捕食者として多くの種の分布域や個体数に大きな影響を及ぼしており、生態系全体の均衡の保持に寄与している。したがって、過去から現在にわたる本種の自然史を解明することは、我が国における生物相の形成プロセスを知り、その未来を予測する上で不可欠である。日本列島のアカギツネは、北海道に生息するキタキツネ(V. v. schrencki Kishida, 1924)と、本州、四国、九州に分布するホンドギツネ(V. v. japonica Gray, 1868)との二亜種に分類されているが、そのいずれにおいても、時間解析と空間解析とを統合して体系的に進化史を復元する研究は行われていなかった。
【研究の内容・成果】
本研究では、全国の博物館、動物園、研究機関、および自治体等の協力のもと、岩手県から宮崎県にかけて、ホンドギツネ97個体分の試料を非侵襲的に収集し、それらのミトコンドリアDNA上の遺伝子配列1510 bpを決定した。その後、先行研究において北海道や世界各地から蓄積されてきたデータベース上の配列と併せ、系統樹、系統の分岐年代、および個体数の動態などを推定した(図1)。
その結果、ホンドギツネの祖先は、約15万年前の第二氷期における海面低下に伴い、対馬海峡に生じた陸橋を介して東アジアから古本州島へ移入し、その後の海面上昇によって現在まで隔離されて固有の集団へ進化したことが明らかになった。また、ホンドギツネの祖先は、移入後から約2万年前の最終氷期極相期にかけて、古本州島の東西で分布域を分断され、それぞれの集団が異なる系統へ進化したことが判明した。その後、東西の集団の個体数と分布域が急速に拡大し、現在に至っていると考えられる。
キタキツネに3つの遺伝子系統が含まれることは以前から知られていたが、それぞれのグループがいつ、どのように北海道へやってきたのかは不明であった。本研究では、キタキツネは、約12–1万年前の最終氷期において、間宮海峡および宗谷海峡、あるいは千島列島周辺に生じた陸橋や氷橋を介して移入したことが示唆された。3つの祖先集団は、最終氷期の前–中期に東アジア(Ia)および中央アジア(II)から、そして最終氷期の後期に東アジア(Ib)から、それぞれ移入したと考えられる。
図1.キツネ試料の採取地点(〇は本研究、△はInoue et al. 2007)と分子系統樹
【今後の展開】
本研究の成果は、気候変動に関連づいた大陸性島嶼としての日本列島の複雑な地史が、生物の進化に与えたさまざまな影響について、興味深い知見を提供する。移動能力や環境適応力が高いアカギツネは、固有の進化が起きづらく、西ヨーロッパから東アジアまでの広い範囲において均質な遺伝的特徴を持っていることが知られている(全北区系統)。そのような中でも、ホンドギツネとキタキツネは、それぞれが明確に独自の進化史を有しており、世界的にも類稀なる分類群である。
一方で、母系遺伝マーカーであるmtDNAの解析のみでは、雄の分散や、祖先集団間の混血を考慮した空間的遺伝構造の形成プロセスを検出できない。したがって、現在、核DNA上のマーカーを用いたさらなる調査を進めている。
【引用文献】
Inoue et a. 2007. Mitochondrial DNA phylogeography of the red fox (Vulpes vulpes) in northern Japan. Zoological Science, 24:1178-1186.
(2024年3月25日更新)