【ホクリクサンショウウオの系統地理学的研究】
★この研究の一部は,以下の論文として発表されています.以下の文章・図は,これら論文を基に作成されると共に,プレスリリースを行った際の資料も参考に,作成されていま.
Kameya M, Watanabe T, Nambu H, Yamazaki Y. In press. Phylogeographic history of endangered Hokuriku salamander Hynobius takedai (Amphibia: Caudata). Zoological Science.
【研究の背景】
ホクリクサンショウウオは、丘陵地や中山間地の水辺を生活の場とする両生類であり、その生息域は富山県と石川県に限られ、これら地域を象徴する生物です。しかし近年では、環境改変などの影響のために生息地の悪化・消失や個体数の減少が懸念されています。このような地域固有の希少種を守るためには、生物の生態的特徴や生息環境の把握に加えて、その生物が歩んできた道筋、すなわち進化の歴史を理解し、それらを考慮した保全の取り組みが必要です。また、生物の進化や過去における生息域の変化を知るために、近年では遺伝子分析が用いられています。しかし、これまでホクリクサンショウウオの遺伝子分析については、限定的な研究しか行われておらず、本種の進化や生息域拡大は明らかにされていませんでした。
【研究の内容・成果】
本研究では、2011年から2013年までの間に、富山県と石川県に広がるホクリクサンショウウオの生息域のほぼ全域において、富山市ファミリーパークなどの機関や地元自治体、さらには地域住民から許可・協力を得た上で調査を行いました。調査で捕獲された個体のヒレの一部を採取して遺伝子分析の試料とし、個体は現地へ放流しました。
富山大学において、採取した試料から遺伝子を取り出し、PCR法を介して、ミトコンドリアDNAシトクロームb遺伝子領域の塩基配列を調べました。そこで得られた情報に基づき、系統樹の作成と主要な進化が生じた年代を推定しました。
その結果、ホクリクサンショウウオの祖先は、約150万年以上前に、現在の「飛騨山地」周辺で誕生したと推察されました(図1A)。また当時は、現在の「富山県」の大半が海に沈んでいたため、生息域も限られていたと考えられます。その後、12~80万年前までに、土地の隆起や土砂の堆積によって、それまで島として存在していた「能登半島」と当時の「本州」が連結したことで、ホクリクサンショウウオの生息域が北方へ拡大し、能登半島の先端方面へ広がったと推察されます(図1B)。またこの時期には「射水丘陵」も隆起しており、こちらにもホクリクサンショウウオの生息域が広がったと考えられます。そしてこの結果として、能登半島側(グループ1)と射水丘陵側(グループ2)に遺伝子の分岐が生じたことが示唆されました。さらに今日に至る過程で、地形の変化(呉羽丘陵の隆起など)や気候変動による海水面の変化(縄文海進による陸地の縮小)などが生じ、各地域において生息域の拡大や縮小、あるいは交流や分断を繰り返されてきたことが推察されました。
【今後の展開】
以上のように、ホクリクサンショウウオの出現や生息域の変化は、富山県や石川県の地形形成と共に生じてきたことが本研究によって明らかにされました。ここで得られた成果は、ホクリクサンショウウオを始めとする希少な地域固有種について、それらの歴史を考慮した上で保全するために有益な情報を提供するものと期待されます。
(2024年3月24日作成)