【クロサンショウウオの系統地理】
★この研究の一部は,以下の論文として発表されています:
山崎裕治・南部久男. 2015. ミトコンドリアDNA分析に基づくクロサンショウウオの系統地理解析. 両生類誌, 28: 12-18.
クロサンショウウオ Hinobius nigrescens は,林の落葉,倒木,石の下などに生息し,卵を産むときに水田や池などの止水域に出てきます.
本種は,日本固有種であり,本州の福井県および茨城県以北の各地に分布しています.また,生息標高は幅広く,低山地から2000m以上の高山にまでおよびます.このように幅広い生息域を持つ一方で,個体の分散能力は乏しいことが知られています.そのため,クロサンショウウオの系統地理学的解析を行うことは,日本列島における動物相形成史を理解する上で,重要であると考えられます.しかし,これまでの研究では,対象とする地域が限定されており,十分な情報は得られていませんでした.
一方で,本種の生息地においては,人為的な開発や水質汚濁,あるいは水源の枯渇等が進んでおり,生息地の縮小や生息個体数の減少が危惧されています.しかし,本種に対する有効な保護活動がおこなわれる機会が少ないのが現状です.そのため,遺伝学的研究を通した地域固有性の把握など,早急な対策が求められています.
そこで本研究では,分布域の広い範囲から採集した標本を用いて,ミトコンドリアDNAを指標とした解析を実施しました.
解析の結果,ミトコンドリアDNAの cyt b 遺伝子領域の一部(534bp)について塩基配列を決定することができました.そして,日本各地から採集された標本から,合計13種類のハプロタイプが検出され,このうち12種類のハプロタイプは,本研究において新規に検出されたものでした.これらハプロタイプを用いて,近隣結合樹を作成した結果,4つの遺伝的グループが認められました.そしてそれぞれのグループは,地理的に近い場所から得られた標本によって構成されていました.このような高い地域固有性の成立は,本種がもつ低い分散能力が一因になっていると考えられます.
一方,佐渡島および新潟市の標本においては,遺伝的類似性と地理的距離との関係が,他の地域とは異なることが示されました.すなわち,今日では両地域間は海で隔てられているにも関わらず,高い遺伝的類似性が示されました.この原因として,(1)佐渡島が形成された後も何らかの条件で交流が維持された,(2)クロサンショウウオにおける分子進化速度が遅い,あるいは(3)人為的な移植が生じた,などの可能性が考えられますが,その結論は今後の研究を待つしかありません.
最後に,本種を保護していく上では,地域固有性に配慮して,地域間の移植は行わず,地域ごとに保全策の立案と実践を行うことが重要であると考えられます.
(2016年4月3日更新)