【環境DNAを使った生物調査】
★この研究の一部は,次の論文で発表されています:
山崎裕治・西尾正輝. 2019. 簡易的な環境DNA分析方法を用いた絶滅危惧種イタセンパラの検出. 魚類学雑誌, 66: 171-179.
環境DNAとは,生物体の中ではなく,環境中(水中,土壌中,空中)に存在するDNAのことを言います.
例えば水中では,魚などの生物が排泄した糞尿や,体表から遊離した粘膜などの中にDNAが含まれていることがあります.この環境DNAを調べることによって,そこに住む生物を調べることができます.特に,直接的な捕獲や観察が難しい生物が,その場所に住んでいるか否かを明らかにするためには,これまでは根気よく調査を続けるしかありませんでした.ところが,環境DNAを調べることにより,その生物の存否を知ることができます.また,希少な生物の場合は,捕獲行為によって,その生物の生存や生息を妨げてしまうことがありますので,これを避ける上でも,環境DNAを用いた研究は有効といえます.
山崎研究室では,水中に住むであろう生物を対象とした環境DNA研究を行っています.
昨今,この環境DNAを用いた研究は注目を集めており,幾多の研究論文等が発表されています.ただその多くは,高額の機器や試薬類を用いて行われているため,一部の研究室でしか活用されていませんでした.そこで山崎研究室では,より安価で,簡便な分析手法の開発を目指しています.
これまでの山崎研究室の実験において,以下の成果が得られています.また,環境教育のツールとしても活用しています.
1.環境DNAを用いたタナゴ類の検出
富山県氷見市を流れる河川の複数地点から,1-2リットルの水を採水し,富山大学理学部・氷見市連携研究室(ひみラボ)に持ち込みました.
ひみラボにおいて,専用ガラスフィルターを用いて,環境水を濾過しました.また,採水現場において,ステリベクスを用いた濾過も試みました.
富山県氷見市の河川に住むタナゴ類4種(イタセンパラ,ミナミアカヒレタビラ,ヤリタナゴ,タイリクバラタナゴ)について,それぞれ種特異的な検出を目指しており,これまでにイタセンパラを特異的に増幅することができるプライマーを設計しました.
このプライマーを用いて,通常のPCR試薬を用いた増幅を行いました.アガロースゲル電気泳動と特異的染色法を用いて増幅産物の分離・検出を行いました.その結果,イタセンパラ生息河川において,幼魚期および成魚期の双方において,本種を検出することができました.詳しくは,山崎・西尾(2019)に記載されています.
今後は,他の魚種についても,種特異的な検出方法の確立と,調査地点の増加や検出精度の向上を行う予定です.
2.環境DNAを用いた景観分析
環境DNA分析を行うことで、生息する生物の種類や「生物量」さらには「遺伝的多型」を推定することが可能です。さらに、景観分析を行うことで、生物多様性の評価など、さらに多くの情報を得ることができます。詳細については、研究トピックス「潜在的な生物多様性の評価手法の開発」をご覧ください。
3.環境DNAを用いた環境教育
環境教育・普及啓発活動の一環として,ひみラボ(富山大学理学部・氷見市連携研究室)において,環境DNA実習を行っています.特に,山崎・西尾(2019)で確立された方法は,従来の環境DNA分析と比べて,安価かつ安全に行うことができます.そのため,普及啓発に適した方法です.実習参加をご希望の際は,普及啓発活動のページをご覧ください.
【山崎研究室における環境DNA分析の位置づけ・考え方】
昨今、環境DNAを用いた様々な「研究」が取り組まれています。当研究室でも、その特性を生かした上記研究に取り組んでいます。今後も、様々な面での活用や発展が期待されます。
ただその一方で、環境DNAはあくまでも手法の1つであり、その手法を用いた研究の展開が大前提となります。「環境DNAを用いて、その場の生物を調べる」だけでは、研究とは言えません。作業です。あるいは、学生実習や高校生向けの実習であれば、ここで終わっても問題ないでしょう。そこで得られた結果を活用して、「どのような生物学的課題を解明するのか(解明を目指すのか)?」、これこそが研究として成立する上で不可欠です。
また、「生物学を志す者」あるいはそもそもの「生き物好きの人」においては、ぜひとも「生き物」を扱ってほしいと考えています。環境DNA分析を行い、「その川にはどんな魚がいるのか」ということは知っていても、「その魚を見たことが無い(もちろん触れたこともない)」では、果たして研究が楽しいでしょうか?
山崎研究室では、環境DNAの有効性を認め、時には活用しながらも、「生き物目線」を忘れずに研究を展開していきたいと考えています。
(2024年3月24日更新)