いつものように、道場で鍛錬をしている途中。
聞き覚えのある声が、近づいてきた。
「うぉ~い!浮竹~!」
「何だ!?」
走って来る京楽は、珍しく慌てている。
そして、手には身の丈ほどの大きな刀を二振り。
「それ…お前の刀か?」
「…そうなんだよねぇ…。でもさ~、全然言うこと聞いてくれなくって…」
「そりゃ、そうだろう、お前の刀だからな…で、名前は?
“その刀”じゃ呼びにくい、名前ぐらい、知ってるだろう?」
「…花天狂骨」
「…何だか、大層な名前だな…」
「うん、その中身も、大層なコでねぇ…」
何でも、プライドが高いせいか、全く言う事を聞かないらしく。
能力は、“童の遊びを現実にする事”…と、何とも京楽らしい刀だ。
「具象化は?」
「花魁みたいな、可愛いコでねぇ…」
「…望みが叶ってよかったな」
「何言ってるのさ、ボクは浮竹一筋だから!!」
聞いていると、ただの愚痴じゃないか…。
ほとほと聞き飽きて、立ち上がろうとしたら、涙目の京楽が縋って来た。
「ちょっと待ってよ~、ここからが大事なんだから!」
「は?」
「さっき言ったじゃない、“童の遊びを現実にする能力”って!」
「で、それがどうしたんだ…」
「それがさ~、さっき山じいと艶鬼したばっかりなのに。
今度は“手繋ぎ鬼”がしたいって言いだしてさぁ…」
何と無く読めた…多分。
「俺には、子供とかの知り合いが多いから、人を集めてくれって事だな…」
「そう!ボクってさぁ、知り合いって言っても、
昔、付き合ってて名前も覚えて無い女の子か、花街の…」
「分かった…もういい…まあ、手繋ぎ鬼は人数が必要だからな…」
「ありがとう!流石、浮竹だねぇ…」
要するに、知り合いは、大人の女ばかりってことだ…。
ああ、呆れた…。
「わー、どうしたの?浮竹兄ちゃん!」
「ねぇねぇ!このおじさんだぁれ?」
「…おじさんって…」
「ああ、こいつは俺の友達で、京楽 春水って言うんだ」
「何で帰って来たんですか?兄さん。体調も悪くはないようですし…」
「ああ、えーと…一緒に遊ぼうと思ってな…」
「何して!?」
「手繋ぎ鬼だよ、みんな知ってるだろう?」
「うん!大好き!!」
とりあえず、人は確保できたな…。
ちらりと横目で京楽を見ると、何だか、嬉しそうに見えた。
「京楽…お前、手繋ぎ鬼…知ってるか?」
何気なく聞いた一言。
しかし、京楽は少し、寂しげな目で俺を見た。
「…知らない…見るのもやるのもこれが初めてさ…」
「…っ…」
「浮竹…ボクは“独り”だった…。
親も、兄さんも、みんな自分達の地位を守るのに必死で、ボクはいつも孤独だった…」
「…間違ってる…お前は、“独り”じゃない。
お前には俺がいる、俺にはお前がいる…違うか?
だから、お前は孤独じゃない…そんな顔するな!」
「あ…そうだね」
「ほら、鬼はお前だ!……みんな逃げろ!」
「「「「わー!!!」」」」
みんな、一斉に散らばっていく、京楽も流石に子供相手に、全力は出さない。
しかし、時間が経つと、みんな疲れてきて…。
「残るは浮竹だけだねぇ…じゃ、行こうか」
「「「「うん!」」」」
走ろうと身構えた時。
京楽の花天狂骨が、脇差と刀に戻った。
「…ん?あれ…このコったら、飽きちゃったみたい…」
「「「「え~~~~!!!!浮竹兄ちゃん捕まえたかった~~~~」」」」
「我儘言うなよ…また来るから…な?」
「「「「約束だよ?」」」」
「ああ、約束だ」
そうして、一段落つき。
俺の家の門を抜けて、歩く途中、がっくりと肩を落とした京楽が、俺に向かって言った。
「ごめんねぇ…ホント、このコったら身勝手で…」
「いや…別に気にしてないよ。それに、俺も久々に家に帰れてよかった…」
「…あのさぁ、浮竹…」
「ん?何だ?」
「ボクと手繋ぎ鬼してくれない?」
「はは…何だそれ…」
差し出された手は、少し大きくて、ゴツゴツとしていた。
夕日が、俺達を照らしている、秋に近づき、少し風が冷たくなってきた。
「…浮竹の手、冷たいねぇ…」
「まぁ、最近少し冷えるからな…それにしても、お前の手はあったかいよ」
「そう?でもさ、手の冷たい人って、心が優しいんだって」
「何言ってるんだ、お前だって優しいじゃないか」
「いや、ボクは君に見せられない闇を持ってるよ…とても禍々しくて、狂ってる」
そんな事無いのに…お前は、誰よりも優しいやつなんだ。
「…じゃあ俺が…その闇ごとお前を愛してやる。
狂ってようが、何だろうが、お前はそれ全部で京楽 春水なんだ!
誰が何て言おうとも、俺はお前を想う事をやめるつもりはないし、
お前が死ぬ時は、俺が死ぬときだ!
そのぐらい…そのぐらい、俺は京楽が好きなんだ!
…だから、そんな悲しい事言うな!!」
「ふふ、ごめんよ浮竹…。
はぁ…ボクが死ぬ時は、君が死ぬときか…これは、長生きしなきゃねぇ…」
俺は、お前の一部しか知らない。
でも、だからって、全部を知ることが愛に繋がると言えば、そうでもないだろう。
弱いのを、隠さなくていいんだ。
俺は、お前の全てを愛する。それだけだ。
手から伝わる体温が心地いい。
それが、好きなやつの手だと思うだけで、こんなにも愛おしい。
どくん、どくんと高鳴る鼓動。
…好きだ…大好きだ、京楽。