朝早く目が覚めてしまったので散歩をしていたら、十三番隊隊舎にある台所から甘い匂いがした。
何だろうと思って中を覗いたら白いエプロンに身を包んだ朽木の姿が見えた。
なんだかあまりにも真剣な表情をしているものだから、少し気になって声を掛けたんだ。
「おはよう朽木。何をしてるんだい。」
「あっ!浮竹隊長!おはようございます。」
いつもと変わらず礼儀正しく頭を下げる朽木からは、甘い菓子のようなにおいがする。よく見ると、そこかしこにチョコレートが並べられている。
「もしかして、チョコレート菓子を作ってるのかい?」
図星だったのか、見る見るうちに朽木の顔が真っ赤になる。
「は、はいっ。その、今日は、バレンタインデーですので…。」
「ああ、それで黒崎くんにあげるためにチョコレートを作っているのか。」
朽木もやっぱり女の子だなあ。
死神なんて仕事に就いていても、好きな男のために一生懸命になる姿は普通の女の子と変わらない。
朽木は少し真面目すぎるところがあるし、いろいろ思い詰めてはいないかと心配していたけれど、こうやって普通の幸せを見つけられたんだな。
これも死神代行くんのおかげなのだろうか。
「い、い、い、一護は単なるついでです!わ、私は兄さまや浮竹隊長、恋次、それからおじさまに作っているのです!
もし余ったら一護にあげないこともないかもしれませんが、でももし余ったらの話です!」
「そんなに照れなくてもいいんだそ。」
「て、照れてなどおりません!」
真っ赤になって反論する姿はあまり説得力がないなあ。
朽木ももっと素直になればいいのに。
あ、でも素直じゃないのは俺も同じか。
「まあいいじゃないか。それにしても何を作っているんだ?」
「は、はい。トリュフというものを作っています。何でもチョコレートを溶かして生クリームと混ぜて丸めるだけなので私でも出来るかと思いまして。」
「なるほど。それにしてもものすごい量のチョコレートだなあ。」
「はい、一応失敗した時のことを考えて大量に用意してみました。」
そういえば朽木は料理があまり得意ではなかったのだっけ。
そうだ。
「なあ、俺も手伝っていいか?」
「え!そんな浮竹隊長のお手を煩わすなど…。」
「でも一人では大変だろう。俺にも手伝わせてくれよ。」
「よろしいのですか?」
「勿論だ。俺は何をすればいいんだ?」
「それでは、チョコレートを刻んでいただけますか?」
「ああ。」
菓子を作るなんて初めてだな。
なんだか楽しいかもしれない。
それにしても、本当に大量にあるな。朽木は一体何人分作るつもりだったんだ?
それによく見るとチョコレートの種類もいくつかあるようだ。
「なあ朽木、そのとりゅふっていうのは味は全部同じなのか?」
「いえ、ミルクチョコレートとダークチョコレート、ホワイトチョコレートとありまして、ダークチョコレートには紅茶とラム酒を入れようと思っています。」
ラム酒かあ、それなら京楽も食べるかな。
って、俺は何を考えているんだ。
京楽ならどうせ腐るほどチョコレートをもらうんだ。
それに、今更俺から貰っても嬉しくないだろう。何年一緒にいると思ってるんだ。
「なあ、朽木。」
「はい、なんでしょう。」
「どうしてトリュフを作ろうと思ったのか聞いてもいいか?」
湯煎でチョコレートを溶かす朽木の手が止まった。
悪いことを聞いてしまったのだろうか。
「いや、答えたくないなら…。」
「私は死神として戦うことしか知りません。」
「朽木…?」
「戦うことしか知らないのに、私は弱くて、だから一護にはいつも守ってもらってばかりです。でも、本当は私は一護と共に肩を並べて戦いたい。
守られたり心配されたりするばかりではなく、頼ってもらえるように、強くなりたい。いつもそう思っているのです。」
初めて聞く朽木の想いは、どこか覚えのあるものだった。
俺も、京楽に仲間として認めてもらいたくて頑張ってきたから。
「いつも対等に扱ってもらいたくて、気丈に振舞おうとしています。だからあやつに甘えることができません。そのせいか自分の想いを言葉にすることも上手く出来ないの
です。なんだかそうすることで、あやつに甘えているような気がして。だから、こんな機会でもなければ、ついでだからと言い訳しなければ、あやつに私の気持ちを伝え
ることが出来ないのです。」
私はなんと弱いのでしょう、と朽木は苦笑した。
なんだかあまりにも昔の自分と重なってしまって、俺は言葉に詰まった。
「浮竹隊長と京楽隊長は私の理想なのです。私もお二人のような絆を築きたい。愛し愛され、信頼しあえる、そんな対等な絆を。」
…朽木。そんな風に俺と京楽のことを見ていてくれたんだ。
実際はそんな綺麗なものじゃないよ。
俺はいつだって嫉妬してばかりだし、なかなか素直になれない。
あいつに優しい言葉をかけることもできない。
何年も一緒にいたんだから喧嘩だって沢山した。
「対等って言っても、俺はいつもあいつに心配をかけてるからなあ。寝込むことが多いし。あいつに助けてもらうことの方が多いよ。
それに、俺も自分の気持ちを伝えるのはあまり得意じゃないんだ。」
いつも好きだと言うのは京楽ばかりで、俺はあいつに何もしてやれない。
「では、浮竹隊長も京楽隊長にチョコを渡されてはいかかがですか?」
「え!?そ、そんな。京楽は毎年山ほどチョコなんてもらっているし、今更俺から貰っても…。それに今から用意するんじゃ間に合わないだろう。」
「チョコレートならここに沢山ありますし、京楽隊長きっと喜ばれると思いますよ。」
…そうかなあ。
今まで俺から渡したことなんてなかったからなあ。びっくりするんじゃないかなあ。でも、どうだろう、うーん、たまにはこういうのもいいかもな。
うん、そうしよう。
「じゃあ、京楽の分も作るか。」
「はい!」
そうして俺と朽木は勤務時間開始ぎりぎりまでトリュフ作りに専念した。
朽木の用意したチョコは本当に大量で、結果的に数百個以上のトリュフが出来上がった。
俺がラム酒の入ったトリュフ取り分けると、朽木がかわいらしいピンクの紙で包んでくれて、おまけにリボンまで結んでくれた。
出来上がった包みはなんだかとても可愛らしいもので、俺は少し気恥ずかしくなってしまったが、朽木は大丈夫だと笑ってくれた。
その後俺と朽木はそれぞれの持ち場に行くために別れたから、朽木のチョコレートを黒埼くんはどう受け取ったのかは知らない。
でも、次の日会った朽木がとても幸せそうだったので、きっと上手くいったのだろう。
俺の方はと言えば…。
「浮竹ー!見ておくれよ、今年も七緒ちゃんからチョコレートもらえたよー。」
「ほお、よかったな。」
京楽が伊勢くんのことを娘のように溺愛しているのは知っているが、こんな風に喜んでいるのを見ると少し妬けてしまう。
「じゃあこれはいらないか。」
だから少し意地悪をしてもいいだろう?
俺は朽木の包んでくれたチョコレートを右手でつまみ上げて京楽の前で振って見せた。
「折角お前のために作ったんだけど、伊勢くんからもらったのなら…。」
でも、俺は最後まで言い終えることが出来なかった。
だって俺を見つめる京楽があまりにも呆けた顔をしていたから。
いくらなんでもそんなに驚かなくてもいいだろう、と口を開きかけた時、京楽の大きな手が俺の右手を包み込んだ。
そして今にも泣きそうな顔で「いる。」と言ってくれたんだ。
あんなに喜んでくれるのなら、来年もチョコをあげてもいいかな。
それにもう少し普段から好きだと伝える努力をしてみよう。
京楽の喜ぶ姿を見るのは、やっぱり嬉しいから。
来年は何を作ろうか。
朽木に今から相談してみるのもいいかもしれない。
俺たち二人とも料理の特訓しないとな。
15.02.09
ヴァレンタインなのにチョコレートをあげてなかったことに気付いて急いで書きました。
イチルキ好きなんです。ルキアが守ってもらうだけの存在ではないというところが好き。