僕の髪が肩までのびて
君と同じになったら
約束どおり町の教会で
結婚しようよ MMMM
柔らかなメロディに乗った微かな歌声が京楽を心地良い眠りから呼び覚ます。
眠い目を擦りながら情事の後で気だるい身体を起こすと、腕の中にいた筈の恋人は既に起きて身支度を始めていた。
「もう帰っちゃうのかい?」
背後から肩に腕を回して白い首筋に顔を埋める。肌襦袢の襟元から覗く項にちゅっちゅっとキスを落としていくと、腕の中の浮竹がくすぐったそうに身を捩った。
「もう一回しようよ~」
いたずらな京楽の手が帯を締めようとしていた浮竹の手を包み込む。
「こら。せっかくの非番なのに一日中ここで寝て過ごすつもりか?」
「僕はそれでもいいけどなあ」
「全く、仕方の無い奴だな」
浮竹がくすくすと笑い、僅かな震動が触れ合った肌を通して伝わってくる。
呆れたような口調だがそれでも京楽の腕を振り解く様子の無い浮竹に気を良くして、京楽はまだ少し汗ばんでいる浮竹の肌に舌を這わせた。
別々の隊に所属する京楽と浮竹は非番の日が重なることは滅多に無い。だからこうしてごくたまに同じ日に休みが取れた時は、花街にある京楽の馴染みの店の一室で二人だけの時間を心行くまで貪るのだ。
もっとも、その時間のほとんどは身体を重ねることに費やされてしまうが。
重ねられていた京楽の大きな手が襟の間から胸を弄り始めても浮竹は抵抗しない。
今日はこのままこの部屋で快楽に耽ることになりそうだと京楽は喉を鳴らした。
雨が上がって雲の切れ間に
お陽様がさんが見えたら
ひざっこぞうをたたいてみるよ
結婚しようよ MMMM
不意に、先程起き抜けに聞こえてきた歌声がまたどこからか風に乗って響いてきた。
「あ」
「どうした?」
「この歌さっきも聞こえてきたなあ、と思ってさ」
「ああ。多分、店の誰かが歌ってるんだろうな」
おそらく店の遊女の一人が歌っているのであろう。
身体を売ることを生業とし、決して普通の恋愛も結婚も出来ない女が、それでもこの歌のように好きな男にプロポーズされて結婚することを夢見ているのかと思うと滑稽で、少し悲しかった。
「髪、伸ばそうかな」
気が付くと、京楽はそう呟いていた。
京楽の婉曲的な言葉の意味を即座に理解したのか、浮竹の身体がほんの少しだけ強張る。
「・・・・・・俺は、しばらく髪を切る気は無いぞ」
護廷隊に入隊してから、浮竹は髪を伸ばし始めた。短い髪だと子供っぽく見られてしまうから嫌なのだと言っていた。肩にかかるまで伸びた純白の髪は、院生の頃と比べて随分長くなった。
短い髪も似合っていたが、長い髪の浮竹は強さと儚さを併せ持った不思議な美しさをその身に纏っていると京楽は思う。
それに、浮竹の美しい髪の手触りを思う存分楽しむことが出来るのは嬉しかった。
「それって、僕とは結婚したくないって言う意味かい?」
今から京楽が髪を伸ばしても、浮竹が髪を伸ばし続ける限り永遠に追い付くことは出来ない訳で。それは遠回しにプロポーズを断られたのかと京楽は少し傷付く。
そんな京楽の気持ちに気付いているのか、京楽の腕に抱かれたまま浮竹は「どうかな」と笑うだけで質問には答えない。
「ひどいなあ。でも、助平な奴の髪は伸びるのが早いって言うからね。意外と直ぐ同じ長さになるかもしれないよ?」
「お前なあ・・・普通自分で自分のこと助平だって認めるか?」
呆れたように浮竹が溜息をつく。
「大体、俺達は法的に結婚なんて出来ないだろう?互いを遺産相続人にでも指名するのか?縁起でもない。そもそも俺が死んだ時に残っている給料は全部浮竹の家に行くことになってるんだからな」
「違うよ~。そんな話をしてるんじゃないんだって」
「じゃあ何なんだ?」
「だからさあ」
ぎゅっと浮竹を抱く腕に力を込める。
「一緒に暮らそうよ」
何気無さを装って囁かれた言葉は、けれど真摯な響きを持っていた。
「瀞霊廷の外れに小さな家を建ててさ。家族みたいに一緒に暮らそうよ。そうすれば休日の度にこんな所に来なくてもいいし、仕事の後は家に帰るんだから毎日会えるじゃない?」
「京楽・・・」
自由気侭に一人で生きることを好んできた京楽にとって、誰かと一緒に暮らすことは書類上での結婚などよりもよっぽど重大なことだった。
それでも、浮竹と同じ時間、同じ空間を共有したいと思うのだ。浮竹と共に一つ屋根の下で愛を育みたいと、心から願っていた。
「ねえ、浮竹」
「・・・・・・俺達はまだ席官なんだぞ。そんな自由が許される筈ないだろう・・・」
ぽつりと呟かれた言葉からは浮竹が何を感じているのか分からない。
「そんなに僕と一緒に暮らすのが嫌?」
どうしてもうんと言ってくれない浮竹に、もしかして浮竹は自分程この関係に真剣ではないのかと京楽は不安になる。
だが直ぐに浮竹は遊び半分で抱かれるような男ではないと不穏な考えを打ち消した。
「そうじゃない」
震える声で浮竹が答える。
「そうじゃないんだ」
どうしてそんな悲しそうな声をしているのかという京楽の問いは、突然振り返って押し付けられた浮竹の唇に吸い込まれた。
はぐらかされたのだとは分かっていたが、抱いてくれと乞う浮竹の表情のあまりの切なさに、京楽はただ黙って浮竹の身体を組み敷いたのだった。
「・・・・・・夢は、夢のままがいいんだ・・・夢なら、いつか終わってしまっても辛くないから・・・・・・」
情事の後、半ば無意識の浮竹が呟いた言葉に京楽ははっとなる。
今は閉じている浮竹の瞳からは、涙が一筋流れていた。
「馬鹿だねぇ、君は。初めから僕達の恋が終わることに怯えてるなんて」
そっと指で浮竹の頬を伝う涙を拭うと、京楽はくしゃりと浮竹の髪を撫でる。
眠りに落ちる前に浮竹が漏らしたのは、いつか二人の関係に終止符が打たれることへの不安。一緒に暮らしたとしても、いつかその幸せな日々が失われる日が来るのだという恐怖だった。
どうせいつか失くしてしまうものならば、最初から手に入れなければいい。浮竹の胸に巣食うのは、そんな悲しい決意だった。
「僕は、どうすれば君を安心させられるんだろうね」
どんなことがあっても浮竹を手放すことは無いと、どうすれば伝えられるのか。
この髪が浮竹と同じ長さになるまでの長い年月を共に過ごせば浮竹の不安は消えるのだろうか。
二人で買った緑のシャツを
僕のおうちのベランダに並べて干そう
結婚しようよ 僕の髪は
もうすぐ肩までとどくよ
遊女の歌声が京楽の耳に届く。
この歌の恋人達の様に、浮竹と穏やかな日々を暮らす未来を夢見て、京楽はそっと浮竹の瞼に口付けたのだった。
24.09.09
髪に関するリクエスト第二弾。
もうだんだん髪とか関係無くなってきていますね、すみません(汗)
作中の歌は吉田拓郎の「結婚しようよ」です。思いっきり昭和の曲ですが、時代考証とかはあまり深く考えないで雰囲気で読んでください(笑)