京楽隊長が女遊びをやめたらしい。
とうとう本気の相手が出来たのだ、とか、病気でもうつされたのではないか、などといった噂が俺の耳にも入ってきた。
事の真相を知っている身としては複雑な気分だ。
どういう風の吹き回しか浮竹隊長が長年の親友である京楽隊長への恋心を自覚して、俺に相談を持ちかけてから三ヶ月。
敬愛する浮竹隊長の恋の行方を心配していなかったといえば嘘になる。京楽隊長に気持ちを打ち明けるようアドバイスした俺としては特に。
告白しろ、と浮竹隊長をたき付けた自分は間違っていないと今でも確信している。
そもそも浮竹隊長は思っていることがすぐ顔に出る、よく言えば素直で裏表のない、悪く言えば単純な性質なのだ。京楽隊長に恋をしていることなど、あの普段はいい加減なくせに時々妙に聡い人にならすぐばれてしまうだろうから、下手に隠し立てするよりはさっさと告白して何らかの決着を付けるのが浮竹隊長にとって最善だと思ったのだ。
女好きで有名な京楽隊長が男から告白されてどんな反応をするのかははっきり言って想像できない。
出来ないが、男だからといって汚らわしいとか間違っているとかそういう風に偏った価値観で判断して浮竹隊長を拒絶することは有り得ないと思っていた。
なんだかんだ言って、京楽隊長は柔軟な思考の持ち主だと思うから。それに色事に関しては海千山千の京楽隊長のことだから、実は男とも寝たことがあるんじゃないか、と密かに考えていたりもした。
まあ兎に角、京楽隊長なら浮竹隊長の思いをきちんと受け止めて、その上で後腐れの無いように手際よく断ってくれるだろう、と高を括っていたのだ。
それに、もう二千年近く親友をやってきた二人が、今更こんなことでどうにかなるとは思えなかったのだ。少しの間気まずい雰囲気は漂うかもしれないけれど、きっとすぐに浮竹隊長は京楽隊長への恋心に終止符を打って、今まで通りの関係に戻るのだろうと、俺は人の恋路ながら結構軽く考えていた。
ただ、予想外だったのは二人が恋仲になったことだ。
勿論、浮竹隊長の初(?)恋が実ったことは非常に喜ばしい。仕事と家族を養うことだけが生き甲斐で浮いた話のひとつもなかった浮竹隊長にもとうとう遅い春が来たのだと思えば、これほどすばらしい事はない。本来なら赤飯でも炊きたいところだ。
だが俺は複雑な気分だった。
それはやはり、浮竹隊長の相手が京楽隊長だからだろう。
色恋沙汰に関しては百戦錬磨の京楽隊長である。こう、なんと言えばいいのだろうか、きっと性行為にも長けているに違いない。
俺も詳しいことは知らないが、きっとマニアックな体位とかエロいことを色々知っているはずだ。
浮竹隊長が京楽隊長と付き合うということは、やっぱり「そういうこと」を含めるわけで。
清らかな浮竹隊長があのヒゲ親父に穢される、とか何も知らない浮竹隊長にいやらしい事を教えるんじゃないか、などと若い娘を持つ父親のような気分だったわけである。
それに、そもそもあの女遊びの激しかった京楽隊長が浮気をしないなんて保障はあるのかと心配だったのだ。
京楽隊長が浮竹隊長を傷つける真似はしないと信じたかったが、俺はどうしても不安を拭えなかった。
だからこそ、なのだろう。
京楽隊長がぴたりと女遊びをやめたらしいと聞いて、かなり意外な気がした。
そう俺が言うと、京楽隊長は気を悪くするでもなくはははと笑っただけだった。
「ひどいなあ。僕を何だと思ってるんだい、志波くんは。」
「言ってもいいんですか?」
「言いにくいことなのかい?傷付くなあ。」
とか言いながら全然気にしてないくせに、と思いながら俺は京楽隊長に茶菓子を差し出した。
執務時間中だというのにいつもの様に雨乾堂にやってきた京楽隊長だったが、生憎浮竹隊長は席を外していたため浮竹隊長の帰りを待っている間俺が京楽隊長の相手をすることになったのだ。
本当のことを言えばこんなオッサンをいちいちもてなすことなどないと思うのだが、こんな人でも一応八番隊の隊長だ、無礼な真似をしたら十三番隊の威信に関わる、というのが都の意見だった。
だからといってどうして俺が相手をしなければならないのかは甚だ疑問だが。
「でも道ですれ違う女性にすら声を掛けなくなったってもっぱらの噂ですよ。」
「なんだいそれ。僕は発情期の犬じゃないんだよ。」
万年発情してるじゃねえか!と俺が心の中で叫んだのは言うまでもない。
「まあでも噂は本当だから弁解はしないけどね。」
「じゃあやっぱり浮竹隊長と・・・その・・・付き合いだしてからは全然女性には見向きもしてないんですね。」
「うん、まあそういうことになるかな。」
告白が成功した、と浮竹隊長が満面の笑顔で俺に報告してきたのはつい一月ほど前のことだ。まあ俺に相談した手前、結果報告をするべきだと思ったのだろう。
それはいい。
初めは面食らったけれど、喜びで一杯の浮竹隊長を見るのは俺も嬉しかったから。ただ、それ以来俺は唯一二人の仲を知る者として、時に惚気話を聞かされたり時に(浮竹隊長から)相談を受けたりする羽目になったのだ。
別に公にしても構わないと俺は思うのだが、浮竹隊長がまだ皆に知られるのは恥ずかしいからと言って嫌がっているのだ(もっとも矢胴丸副隊長はうすうす気付いてるのではないかと俺は思っている)。恥ずかしいってあんた一体今年で幾つだよ!と突っ込みたいのはやまやまだったが、晩熟な浮竹隊長らしいといえばらしいのかもしれない。
京楽隊長は俺が二人の仲を知っていることについて何も言わない。
むしろこうやって二人だけの時など、わざと浮竹隊長の話題を出して俺をからかっている節がある。だから今日は意趣返しのつもりで巷の噂について尋ねてみたのだ。
「やっぱり意外です。」
「ははは。まあ今までの行いからすると、志波くんにそう言われても仕方が無いのかもしれないけどね。ま、結局僕は本命には一途になるタイプだったってことなのかな。」
「自分でも驚いているような言い方ですね。」
「うん、びっくりしてるんだと思うよ。」
なんだそりゃ。それじゃあまるで今まで本命がいなかったみたいな言い方じゃないか。
二千年近く生きてきて本気の恋をしたことが無かったというのか。あれ程の女性遍歴を持つ京楽隊長が、本気の恋だけは経験したことが無いなんて俺はどうしても信じられなかった。
「それって本気になったのは浮竹隊長だけみたいに聞こえるんですけど。」
「うん、そうなるね。」
「・・・信じられません。浮名を流した京楽隊長が本気の恋をしたことが無いなんて。俺を通して浮竹隊長の点数を稼ごうとしても駄目ですよ。」
「疑い深いねえ、君は。」
苦笑いをする京楽隊長は、それでも俺の無礼な言葉に機嫌を悪くした風ではなかった。
「僕の中にはね、いつも決して癒されることの無い渇きみたいなものがあったんだ。」
少しだけ真面目な口調で京楽隊長がそう切り出したから、俺も何となく居住まいを正して京楽隊長の言葉に耳を傾けた。
「僕の心はいつも砂漠みたいにからからに乾いていたんだ。誰かを抱くことで一時的にその渇きを忘れることは出来たんだけどね。でもやっぱりそれは僕の内側を少しずつ侵食していった。だから僕はそれから逃れるために手当たり次第にいろんな子と寝た。」
初めて耳にする京楽隊長の影の部分に、俺は息をするのも忘れて聞き入った。
普段は飄々としている京楽隊長にそんな心の闇があったなんて。
「でもね、不思議なことに浮竹が僕のことを好きだ、って気が付いた瞬間嘘みたいにその渇きが消えたんだよ。本当に潮が引くようにすっとね。そして今まで感じたことも無い平安が心の中に満ちていたんだ。」
京楽隊長の表情はひどく澄んだ穏やかなものだったけれど、その言葉に嘘がないことは真摯な目を見れば明らかだった。
「あれ?でも浮竹隊長はずっと親友として京楽隊長のことを好きだったじゃないですか。」
「そうなんだよね。ずっと一緒に居るのが当たり前だったけど親友以上の関係になるなんて考えたこと無かったから最初は僕も戸惑ったよ。どうして友達のままじゃ駄目なのか、恋仲になったからって何が変わるのかって。」
「え・・・?でも・・・俺はてっきり・・・」
「何だい?」
とっくに浮竹隊長に手を出してるものだと思ってました、なんてこと流石に言えなかった。
でも何と言っていいのかわからなくて俺は赤くなったり青くなったりするだけだった。
「俺は、その、お二人はもう・・・」
「ああ、もうしたのかってこと?まだキス以上のことはしてないよ。」
「えええ!!!???」
物凄いことを京楽隊長がさらりと言うものだから俺も思わず驚きを隠せず叫んでしまった。
っていうかキスまでって!えええええ!!??
「本当に笑っちゃうくらい可愛いキスしかしてないんだけどね。子供だましみたいなものなんだけどさ、でもどうしてだろうね、それだけでひどく満たされた気持ちになるんだよ。」
「京楽隊長・・・」
「多分ね、恋仲になるって心も身体も相手に全部預けてしまう、ってことだと思うんだよ。自分の全てを相手の前に曝け出して、それでも相手は自分を愛してくれるって信じることなんじゃないかなって。セックスってさ、気持ち良いのもあるけど、イク時に一瞬何もかもわからなくなって自分ってものが無くなる錯覚に陥るだろう?その瞬間って本当に相手とひとつになったような気になるんだよね。そういう経験を共有することが許される関係って、やっぱり特別なものだと思うんだ。無防備な、ありのままの自分を文字通り受け入れてくれる存在がある。それってやっぱりすごいことだと僕は思う。僕と浮竹の関係の変化って、結局そこだと思うんだよ。親友から恋人になることで、僕達は互いの全てを分かち合いたいと願うようになった。その浮竹の想いが僕の心を満たしてくれたんじゃないか、って。」
正直、京楽隊長の言葉を聞きながら俺はじーんとして目頭が熱くなってしまった。京楽隊長の切々とした想いに感動してしまったのだ。
京楽隊長がそこまで真剣に浮竹隊長のことを想ってるなんて考えても見なかった。酒飲みで女好きの性欲過多のぐうたらなオッサンだと思っていたけれど、本当は浮竹隊長とのことをちゃんと真面目に考えていたのだと知って見直した。
「ま、だからさ、行為自体はそんなに重要じゃないんだよ。だから僕は浮竹がそういう気持ちになるまで待つつもりだし、仮に一生浮竹がそういうことをしたいと思わなくても変わらず好きでい続けると思うんだ。」
その言葉に俺はもう本当に猛烈に感激してしまった。
だって京楽隊長が!
あのいつもいつも女をとっかえひっかえしてその上花街でも馴染みだった京楽隊長が!
浮竹隊長のためなら一生禁欲生活をしてもいいと言っているのだ。
京楽じゃなくて享楽隊長だ、なんて陰口を叩かれるぐらい自分の欲望に忠実だった人が、ここまで言っているのだ、これで感動しない奴がどこの世界にいるだろうか!!
「京楽隊長!!!」
がしぃっっっ、と勢いに任せて俺は京楽隊長の手を力いっぱい握り締めた。
「俺、京楽隊長と浮竹隊長のこと応援しますから!!!浮竹隊長を幸せにしてください!!お願いします!!!!」
「うん、ありがとう。頼りにしてるよ。」
男志波海燕、二人の幸せのために全力を尽くします!!!
熱血してそう宣言する俺を見詰める京楽隊長の顔には、なんだか人の悪そうな笑みが浮かんでいたけれど、頭に血が上っていた俺はそれが何を意味するかなんて全く気付いていないのだった。
09.05.09
こうして海燕は京楽に懐柔されていくのでした(笑)牽制もしているんだろうね。
海燕は京楽さんのことを言いたい放題していますが、きっと心の奥では尊敬しているはず…
海燕は腐女子の視点からではなく純粋に好きです。浮竹さんとの絡みよりルキアに強い影響を及ぼした人としてのイメージが強いからかな。
タイトルは「内緒話」って意味です。