誰かを好きになることは、それだけで幸せになれることだと思ってた。
恋をして、俺は初めて世界が光に満ちていることを知った。
太陽の光、澄んだ空気、青い空、白い雲、囀り回る小鳥、道端に咲く花、頬をよぎる微風、土の匂い。
柔らかな月の光、夜空に瞬く星、屋根を鳴らす雨、草の匂い、虫の声、真夜中の静寂。
あいつがこの世界の中で生きている。
それだけで、世界の全てが愛しくて。
あいつと同じ世界に生きている。
それだけで、生きる喜びを感じた。
恋とは。
愛とは。
誰かを好きになることとは
それだけで幸せなことだと思っていた。
だけど。
Modus Ponens
「う・き・た・け。難しい顔して何してるの?」
驚いて机から顔を上げると、そこには笑顔で俺を覗き込む京楽がいた。
いつの間にか俺の部屋に勝手に上がり込んできたのだろう。
京楽春水。
俺の級友であり、親友。
そして、片思いの相手。
「京楽、霊圧を消して近付くのはやめてくれと何度も言ってるだろう?」
「何言ってるの。僕はさっきから何度も話しかけてたよ。浮竹がずっと気が付かなかっただけじゃない。」
「え?そ、そうか?ちょっと考え事をしていたんだ。」
「あれ?これ何?」
京楽の視線が俺の机の上に注がれている。
はっとして俺は思わず手でそれを隠そうとしたが、京楽のほうが一瞬早く、気が付くと京楽の手にはさっきまで俺が凝視していた一枚の紙切れがあった。
「京楽!」
慌てて取り返そうとする俺を片手で制しながら読み進める京楽に、俺はパニックになった。
見られて困るようなことは書いていない。
書いていない、が、それでもやっぱり京楽には見つかりたくはなかったからだ。
俺が京楽が部屋にやって来たのにも気付かないほど真剣に考えていたこと。
それは。
Anyone who loves someone is happy.
J loves someone.
Therefore, J is happy.
(誰かに恋している者は幸せである。
Jは恋をしている。
従って、Jは幸せである。)
(∀x)((∃y)(Lxy) → Hx)
(∃y)Ljy
∴ Hj
|
(∀x)((∃y)(Lxy) → Hx)
(∃y)Ljy ∖ a
¬ Hj
|
Lja
|
(∀x)(Lxa → Hx)
|
Lja → Hj
∕ ∖
¬Lja Hj
X X
(∀x)((∃y)(Lxy) → Hx), (∃y)Ljy ├ Hj
書き殴ったのは、恋をしている俺は幸せだということを証明する筈の議論。
そのロジックに間違いは無い。
何度確かめてもこの議論は妥当だという結論に辿り着いた。
でも。
この議論は正しいはずなのに。
俺は幸せなはずなのに。
どうして京楽のことを思うだけで胸が苦しくなるのだろう。
どうして京楽のことを想うだけで泣きたくなるのだろう。
どうして
幸せとは程遠い感情が胸を占めるのだろう。
「浮竹、君さぁ、馬鹿だよね。」
びりり、と紙が破れる音がして
ふと気付くと京楽の顔がひどく近くにあった。
「恋に論理も哲学も通じるわけ無いでしょ。」
気が付くと、京楽に唇を奪われていた。
前触れもなく訪れたキスに、俺の頭の中のロジックも理性も、跡形も無く吹き飛ばされた。
03.04.09
馬鹿は私です。
本当にもう何と言って謝ればいいのかわからないくらいの完全自己満足SSです(汗)
数学や論理学をやっていない人には何のことだかさっぱりだと思いますが、途中の図はTree(木)と呼ばれる命題論理(Propositional Logic)や述語論理(Predicate Logic)の証明に使われるものです。多分、証明はあっていると思います(ちょっと自信はないのですが)。
初の院生SSなのに何やってんだ私・・・。
ちなみに時代的にはまだアリストテレスの論理学しか発達してないころなので浮竹さんが述語論理を知っているはずはないのですが。
洗い物をしているときに「何とかして論理学と同人活動を結びつけることは出来ないだろうか」と馬鹿なことを思いついた結果の産物です。
京浮界で一番「ロマンとはかけ離れた小説」が置いてあるサイトとであればいい。