All you need is love
現世で浮竹とデートの最中、たまたま入ったカフェでコーヒーを飲んでいたらどこかで聞いたことのあるメロディが流れてきた。
この曲何てタイトルだっけ、と浮竹に尋ねたら、ビートルズというバンドの「愛こそはすべて」という歌だという答えが返ってきた。
「愛こそはすべて、か。何て言うか、子供染みてるっていうか、若者の考えそうな台詞だよね」
思わずそんな皮肉が口をついて出る。
僕の言葉に一瞬目を見開いた浮竹は、「シニカルな奴だな」と苦笑した。
「だってそうでしょ?愛が全てなんてさ、現実を知らないだけじゃない。世の中は愛だけじゃ解決出来ないことだらけなのにさ。愛があれば何でも出来ると信じるなんて馬鹿げてるよ」
浮竹がいればそれでいい、他には何もいらない。
心のどこかでそう願う自分が確かにいる。
でも、僕は僕達の世界がお互いの存在だけで構成されているのではないことを痛いほど知っていて。
僕達は護廷十三隊の隊長としての責任がある。
家族に対する務めがある。
僕達には、お互い以外にも大事にしたい存在がある。
山じいや七緒ちゃん、清音ちゃんや仙太郎くんだけじゃなくて、僕達を慕ってくれる隊士の皆がいる。
それを全部切り捨ててしまうことは、今の僕には出来ない。
浮竹もそれを望んではいない。
浮竹のことを誰よりも愛しているけれど
浮竹と二人だけでずっと暮らしている世界を夢見ているけれど
それは所詮夢でしかない。
愛こそがすべてなんて
夢物語もいいところだ。
そんな僕の考えを読み取ったのか、浮竹は「やっぱりお前は優しいな」と微笑んだ。
「でも、俺はこの歌はそういう意味じゃないと思うんだ」
「え?」
ふわりと綺麗に笑うと、浮竹は低い声で歌い始めた。
「There's nothing you can do that can't be done
Nothing you can sing that can't be sung
Nothing you can say
But you can learn how to play the game
It's easy
Nothing you can make that can't be made
No one you can save that can't be saved
Nothing you can do
But you can learn how to be you in time
It's easy
All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need
Nothing you can know that isn't known
Nothing you can see that isn't shown
Nowhere you can be
That isn't where you're meant to be
It's easy
All you need is love
All you need is love
All you need is love, love
Love is all you need
(思ってもみなかったことしようとしても
心に浮かんだことのない調べを歌おうとしても
耳にしたことのない言葉を話そうとしても無理さ
でもいくらでも 楽しくなれる
簡単さ
作れないものを作ろうったって無理さ
救いようのない人を救おうったって無理さ
君は無力に等しい
でも おいおい自分らしさを身につけることはできる
簡単さ
愛があればそれでいい
愛があればそれでいい
愛さえあれば何もいらない
愛こそはすべて
未知のものを知ろうったって無理さ
見えてもいないものを見ようったって無理さ
本来自分の居場所でないところに
落ち着こうとしても落ち着けるわけがない
だけど 簡単さ
愛があればそれでいい
愛があればそれでいい
愛さえあれば何もいらない
愛こそはすべて)」
浮竹の歌声が僕の耳に心地良く響く。
僕はただ、魅せられたように浮竹の歌う姿を見詰めていた。
「この歌は、ちゃんと『どんなに頑張っても出来ないことは沢山あるんだ』、って言ってるだろう?出来ないことは出来ない、それは仕方の無いことだ、って。
でも、出来ないことはいっぱいあるけど、それでも自分に出来ることはある。
自分に出来ることをするって、つまり自分に正直でいるってことだと思うんだ。自分自身でいること、とでも言うのかな?
俺は、俺が俺自身であるためには、愛があれば十分だと思うよ。お前を好きでいることは、俺にとって自分に正直でいることだから。だから、愛があれば俺は俺でいられる」
思いも掛けない熱烈な告白に、僕は呆気に取られてしまう。
僕のぽかんとした表情に気が付いた浮竹は、一瞬はっとした表情をするとみるみるうちに真っ赤になった。
「い、いや、俺はそう思うってだけで・・・!一般的な解釈についての話をしてるだけなんだ!!べ、別に俺とお前のことを言ってる訳じゃないからな!!!」
浮竹は必死に言い訳するけれど、勿論僕が信じる筈も無く。
「参ったねぇ・・・」
やっぱり浮竹には敵わない。
浮竹はいつだって僕には思いもよらない考え方を示してくれる。
そして、僕の世界を広げてくれるんだ。
「浮竹ェ」
浮竹の言葉は真実(ほんとう)だ。
浮竹を愛する気持ちが、僕を僕でいさせてくれる。
僕が僕自身であり続けるための力を与えてくれるんだ。
「好きだよ」
「・・・・・・知ってるよ・・・・・・」
まだ照れているのか浮竹の返事は少しぶっきらぼうだけど、小さな声で「俺も」と付け足したのを僕は聞き逃さなかった。
愛だけでは不可能なことは沢山あるけれど。
でも、きっと、愛があれば僕は僕でいられる。
だから
僕が僕でいるために
愛こそはすべて―――
02.04.10
バレンタインデーがテーマの小話でした。
バレンタインだから「愛だよね、愛」ってことです(笑)
(作中の歌詞はこちらから http://beatlesbeatles.blog39.fc2.com/blog-entry-99.html)