「何や、思ったよりも元気そうやないか」
浮竹と京楽がリサの病室を訪れると、リサは寝台の上で上半身を起こして本を読んでいるところだった。
少し顔色が悪いが目立った外傷も無く、浮竹が心配していたよりも毒の影響を受けていないようだ。
「や、矢胴丸こそ、元気そうで良かったよ」
今まさに自分が口にしようとしていた言葉をリサに先に言われてしまい、少々面食らいながらも浮竹は気を取り直して声を掛ける。
「調子はどうだい?」
「平気や。ちょっと毒を吸っただけやからな。二、三日もすれば退院できるやろ。ウチはそないヤワに出来てへんよ」
「そうか。それは良かった……」
カサリ。
二人の会話が途切れると、図ったように京楽がリサに小さく畳まれた紙切れを差し出した。
ここに来る前に京楽が走り書きしたものだ。
黙って紙を広げたリサは、そのまま無表情でそこに書かれている文字に目を通す。
見てはいけないと思いながらも、『ごめんね 僕の力が足りないばっかりにリサちゃんに怪我させて』という文字が、ちらりと浮竹の視界に映った。
はっとして浮竹が視線を逸らすと同時に、クシャリ、と勢いよく紙を丸める音が部屋に響いた。
「アホか」
ぽい、とリサが丸めた紙を放ると、吸い込まれるように屑籠に落ちて行く。
「何が『僕の力が足りないばっかりに』、や。あれだけ虚が毒吐きまくって、これだけの被害で済んだのが信じられへんくらいなんやで?いらん心配する暇あるんやったら、上手いもんでも買うてきてや。
ほんまは春画がええけど、隊長とは趣味が合わへんから勘弁したるわ」
「しゅ、しゅんが……?」と、目を白黒させる浮竹とは対照的に、リサの歯に衣着せぬ物言いに慣れている京楽は「参ったねえ」とでも言うように苦笑した。
病室に入ってきてから初めて京楽が見せた笑顔に、リサの頬がほんの少し緩む。
「それより隊長達はどないやねん?」
「俺達?」
「京楽隊長の声が出―へんようになった、って聞いて、二人とも落ち込んでるかと思っとったけど、意外と普通やないか。拍子抜けしたわ」
成る程、それであの台詞かと、二人の顔を見たリサの開口一番の言葉を思い出して浮竹は納得する。自分だって負傷しているにも拘らず、直属の上司である京楽だけでなく浮竹のことまでリサは思い遣ってくれていたのだ。
ぶっきらぼうな物言いはするが、根は優しい子なんだな、と浮竹は改めてリサに好感を覚えた。
「俺も最初に聞いたときは驚いたが、数日すれば元に戻るようだから、それ程心配はしていないんだ。な、春水?」
浮竹の問いに京楽がこくりと肯き、心配しないでというようにリサに向かって微笑んで見せる。
するとリサは何を思ったのか、にぃ、と口角を上げて意地悪く笑うと「京楽隊長は心配した方がええんやないの?」などと言い出した。
「口が上手いのだけが取り柄なのに、口が利けなくなったら隊長ええとこなしやん。浮竹隊長に捨てられてまうで?」
「なっ……」
「飽きられる前に早よ声取り戻さんとな」
思ってもみなかったことを言うリサだが、京楽は慣れているのか肩を竦めて苦笑するだけである。
「おいおい、矢胴丸」
しかし浮竹はリサの言うことを真に受けてしまい、急に真剣な顔になったかと思うと堰を切ったように語り始めた。
「確かに春水は口が達者だがな、こいつの良い所はそれだけじゃないぞ。軽口を叩くことは多いが実際は真面目で他人への気配りが出来る奴だし、仕事だってやれば出来る奴なんだ。
確かにサボり癖はあるが、それだって優秀な部下を信頼してのことだ」
そして、それから数分間、ぽかんと目を丸くして絶句しているリサと、照れてぽりぽりと頭を掻く京楽を前に、浮竹はどれ程京楽が素晴らしい男なのかを熱く語り続けた。
「だから、声が出なくなったくらいで俺が春水に飽きる訳がない。春水が心配する必要なんてどこにも無いんだ」
そう勢いよく言い切った所でぽん、と京楽に肩を叩かれて、浮竹ははっと我に返る。
隣では、もうよしなよ、と言う風に京楽が首を振っていた。
(し、しまった……)
すっかり夢中になって京楽を褒めちぎっていたことに気が付いて、思わず顔が赤くなる。
「何や、からかおうと思っただけやのに、ミイラ取りがミイラになった気分や……」
と、すっかり脱力したリサが漏らした呟きに、浮竹の顔はますます赤く染まった。
「そ、そうだ」
ごほん、とわざとらしい咳を一つして気を取り直すと、浮竹はリサに聞きたいことがあったのだと思い出した。
「俺はまだ詳しい状況を聞いていないんだ。敵はどんな奴だったんだ?君や春水がやられるということは、相当強かったのだろう?」
「そうやな……確かに霊圧は強かったけど、ウチでも相手できるレベルやった。ただ、とにかく毒を吐きまくるから周りの魂魄への被害を食い止めるんが厄介やった……けど」
「けど?」
「もっと詳しく知りたいんやったら、京楽隊長が説明する方がええんとちゃう?実際作戦を指揮したんは隊長なんやし。ウチはまだ安静にしてなあかんから、仕事は出来へんやろ?だから今回の任務の報告書は隊長が書くことになるから、それ読んだ方が分かり易いと思うわ」
「そうか、そう言われればそれもそうだな」
確かにリサの言う通り、事件の全容を把握しているのは(一応)無傷だったために現場で意識を失わなかった京楽だけである。
京楽の声が出ないため説明するには一苦労だと考えたのだが、どうせ報告書は手書きなのだから、自分に説明させるついでに仕事をさせた方が合理的かもしれない。
そう考えてリサの言葉に素直に納得した浮竹は、京楽を横目で見ながら意味深な笑みを浮かべるリサに気が付かなかった。
「それじゃあ、これ以上邪魔するのは悪いから俺達は帰るよ。安静にするんだぞ」
「卯ノ花隊長が怖いから大人しくするしかないやろ」
「はは、それは言えてるな」
「ウチが見て無いからって、仕事サボるんやないで」
京楽を真正面から見据えながらリサが釘を刺す。もっとも、八番隊が大変なこの状況で京楽が執務を疎かにするようなことはないと信じているからか、きつい言葉とは裏腹にリサの声には僅かな笑みが含まれていた。
京楽もリサの気質をよく理解しているからか、少し嬉しそうに笑いながら了解したというようにひらひらと手を振るのだった。
また来るよ、と言ってリサの病室の扉を開いて外へ出ようとする浮竹と京楽の背中に、ふと思い出したというように「そうや」とリサが声を掛けた。
「隊長が何で毒を吸ったか、って部分は報告書には書かん方がええで」
「え?」
リサの言葉の意味に考えを巡らせる間も無く、浮竹の背後で扉は閉ざされた。
扉が閉じる瞬間、「ほんまアホやな、ウチの隊長は」と笑うリサの声が聞こえた気がした。
01.09.10