豚に真珠
「あ、これなんかいいんじゃないか?」
「駄目だよ、そんな地味なの。慶事なんだからやっぱり派手な方がいいんじゃないの。」
「そうか?」
「それに都ちゃんは美人だからね、結構豪華なのでも似合うと思うよ。」
「それにしても、簪って結構値の張るものなんだな。」
「そうだよ。でも折角のお祝いなんだもの、ぱーっといかなくちゃ。」
大の男二人が肩を並べてあれでもないこれでもないと簪を選ぶ姿は、はたから見ればかなり奇妙なものに映るだろう。
その証拠にさっきから道行く人がちらちらと好奇の視線を向けている。
でも、僕はそんなこと全然気にならないくらい上機嫌だし、浮竹は全く気付いてないから僕も無視を決め込んだ。
志波くんと都ちゃんの結婚祝いを選ぶのに付き合ってほしいと浮竹に頼まれた僕は、じゃあ僕からの贈り物も一緒に選んでよと言って、浮竹を流魂街に誘ったのである。
ちなみに今選んでいるのは都ちゃんへ贈る簪だ。
僕は二人が末永く幸せであるためにはどんな努力も惜しまないつもりだし、そのためには結婚のお祝いの品をかなり奮発してもいいと思っている。
浮竹は僕が純粋に志波君の結婚を喜んでいると思っているけれど、それは違う。
志波君が結婚することで恋敵が一人減るのが嬉しいだけなんだ。
浮竹には、お前じゃあるまいし自分の十分の一しか生きてないような奴に懸想するわけないだろうと言われるのだけど、それでも志波君が浮竹の副隊長になってから心中穏やかじゃなかったんだよね。浮竹は志波君のことをすごく頼りにしているし、志波君だってまんざらでもないようだったから。
だから正直志波君が都ちゃんと結婚することになってかなりほっとしている。
もしかしたら浮竹よりもこの結婚を喜んでいるのは僕かもしれないね。動機は不純だけど。
ま、そんな訳で、都ちゃんにはしっかり志波君を捕まえてもいてもらわないといけないから、結婚祝いを選ぶのにも力が入るってもんさ。
ま、あの娘は賢いから僕のそうした胸中もちゃんと知ってるんだろうけど。
「京楽、これは?」
「ああ、それはいいね。都ちゃんにぴったりだ。」
浮竹の手にした簪は真珠と銀細工の桜の花を模ったものだった。銀と螺鈿で出来たいくつもの桜の花びらの中央に柔らかな乳白色の光が美しい真珠がはめ込まれている。
細工の凝った非常に美しい簪だった。
都ちゃんじゃなくて浮竹に買ってあげたいなあなんて、当初の目的も忘れて思ってしまったくらいだ。
髪を上げてこの簪を挿した浮竹を想像して僕はちょっと鼻の下を伸ばしてしまった。
だって、普段髪で隠れているから分からないけど、浮竹の項ってすごく色っぽいんだよね。犯罪的な色気だね、あれは。
ああでもそんな姿を誰かに見られたらただでさえ多い恋敵がますます増えてしまうかな。それは困るなあ。じゃあやっぱり二人だけの時に…。
「京楽?」
「え?ああ、なんだい、浮竹?」
「ぼーっとしてどうしたんだ?俺はこれに決めようかと思うんだけどお前はどう思う、ってさっきから聞いてるんだ。」
「ああ、ごめんごめん。僕はいいと思うよ。それに真珠は結婚を長続きさせるお守りって言われてるらしいし、ぴったりじゃない?」
「へえ、そうなのか?お前物知りだなあ。」
「いや、そんなことないよ。昔…。」
とそこまで言って僕は固まってしまった。
危うく、昔付き合ってた女の子に教えてもらったんだって口を滑らせてしまうところだった。
ああ、でももう遅いかもしれない。
浮竹の目付きが剣呑なものに変わってしまった。
きっと僕が言おうとしたことなんてお見通しなのだろう。変なところで鋭いんだよねえ、この子は。
それにもう千年以上も前のことなんだから時効だと思うんだけど、どうも浮竹は違う考えらしい。
まあ確かに女癖の悪かったのは本当だから仕方がないのだけど、今は浮竹一筋なんだから昔のことは多めに見て欲しい。
「し、真珠といえば、ギリシャ神話によると性愛と美と情熱の女神アフロディーテが生まれた時に彼女の身体に纏わり付いていた泡の水滴が海に零れ落ちたものが真珠になったそうだよ。
他にも人魚の涙とか月の雫って呼ばれてるし、ロマンチックな宝石だよね、真珠って。」
ははは、と笑って見せても浮竹の表情はやっぱり不機嫌なままだ。
一度こうなると後が大変なんだよね。さてどうやってご機嫌をとろう。
「アフロディーテといえば。」
急に浮竹の表情が明るいものになった。何か良いことでも思い出したらしい。
どうやら危機は脱したらしいと胸を撫で下ろした僕だったけれど、浮竹の次の言葉を聞いてその場に凍り付いた。
「時空神クロノスが父親の天空神ウラノスを鎌で去勢して、その男性器を海に投げ捨てたところ泡が集まってアフロディーテになったそうだ。この話を考えたのは絶対男だよな。
よりにもよってあんなものが美の女神になるなんて、自意識過剰の性欲過多の男の考えそうなことだろう。
それに俺だったら海に投げ捨てるような環境汚染すれすれのことはしないで、さっさと犬の餌にでもするよ。」
そう言ってにっこりと微笑む浮竹は惚れ惚れするほど美しい。
でも僕はそんな浮竹の笑顔よりもその発言に冷や汗が止まらない。
だって、環境汚染って。
犬の餌って。
それよりなにより「あんなもの」ってどういうことさ!
これは暗に僕のを切り捨てて犬の餌にするってことなの?!
「う、浮竹~」
顔面蒼白で情けない声をあげる僕を無視して、浮竹は会計を済ませるために店の奥へ行ってしまった。
これじゃあ怖くて本当のところが聞けないじゃないか!
それにあんな爆弾発言をさらりと言うなんて、誰からも敬愛される十三番隊隊長のすることじゃないよ!
なんて心の中で悪態を付きながらも、やっぱり僕は浮竹の機嫌を損ねたことに怯えていて、今晩は浮竹の言うことを何でも聞こうとこっそり誓ったりなんかしてるのだった。
ルシフェルのエメラルド
その昔天上の世界で大天使ミカエルが率いる天使軍と堕天使ルシファーの率いる悪魔軍との戦いにおいて、ミカエルの炎の剣がルシファーの冠からエメラルドを叩き落したときにルシファーの敗北が決まったという。その時ルシファーの冠から落ちたエメラルドは大地に衝突して粉々に砕け散った。だから傷の無いエメラルドは見つからないのだそうだ。
でも僕の手の中には傷一つ無い大きなエメラルドが二粒もある。
白い大理石に埋め込まれたそれは、今はもう僕以外映さない。
「しゅんすい、もう…!」
その奥で揺らめくのは悪魔の誘惑の炎だろうか。
でももう遅い。
例え天に背こうとも。
「光り輝くもの」の称号を失おうとも。
この手の内の宝石を手放すことなど出来ないのだから。
世界の命運さえも狂わす、その輝きの虜になった愚かな僕。
13.04.04
旧日記からサルベージ。
宝石をテーマにしたSSでした。