俺は今、家族の寝息を背中に聞きながらこの手紙を書いている。半年は瀞霊廷に帰って来られないからと、特別に貰った休日を利用して実家に戻って来たのだ。
皆突然の辞令に驚いていた。特に小百合と秀はしばらく俺に会えなくなると聞いた途端、わんわんと泣き出してしまって慰めるのに一苦労だったよ。
最後にお前が秀と小百合に会ったのは昨冬だったろうか?あれから二人とも随分大きくなったけれど、泣き虫なのは相変わらずだ。末っ子だから、俺達皆甘やかしてしまうのかもしれない。
そう言えば、二人はお前によく懐いていたな。初めて会った時は、図体のでかいお前を怖がって押入れに隠れてなかなか出てこなかったのに、いつの間にかすっかりお前のことを気に入っていたのには驚いたよ。一体どういう心境の変化なのかと二人に聞いても、お前との秘密だと言って教えてくれないんだ。お前に聞いても同じ答えが返ってきたんだっけ。
結局どうしてお前達が仲良くなったのか分からずじまいだが、三人一緒に遊ぶ姿を見て俺は心の底からほっとしたんだ。
実を言えば、お前を家族に紹介するのに俺は相当の勇気が必要だった。それまで友達を家に招待したことが無かったから、皆がどんな反応をするのか想像も付かなくて不安だった、と言えば大したことの無いように聞こえるかもしれない。でも、あの頃の俺にとってそれはとても重要な問題で、それこそ何日も悩んだ末での結論だったし、実際お前を家族に引き合わせた時だって心臓がばくばくしていて今にもはちきれるのではないかと思った位だ。どうしてそんなに緊張していたのかと、お前は不思議に思うだろうな。
でも、俺がどれだけお前と家族を大切に想っているのかを知ったら、きっと俺の緊張も当然だと納得してくれる筈だ。
俺は物心つくまで自宅で療養していたから、同い年の子供と遊ぶことなんて殆ど無かったし、外に出られるくらい元気になった頃にはもう遼が生まれていて、それからは弟達の世話に掛かりきりだった。だから、死神統学院に入るまで俺には友達と呼べるような奴がいなかったんだよな。そんな俺にも、統学院では友達が沢山出来た。
その中でもお前は特別な存在で。
俺は生まれて初めて、家族と同じ位――いや、それ以上に――大切だと思える存在に出会ったんだ。
それまで、俺の世界は家族を中心に回っていた。俺にとっては家族が全てで、父さんや母さん、弟達と一緒にいられればそれで幸せだった。一つ屋根の下、皆と笑って暮らし続けることが、俺の唯一つの望みだった。今になって考えてみれば、それは酷くささやかで狭い世界だったけれど。それでも当時の俺は、その居心地の良い世界が壊れることを恐れていた。
だから、あの家に部外者を招き入れることが怖かったんだ。
子供の頃俺の肺を侵した病魔のように、俺達家族を脅かすかもしれない存在として外部からの侵入者を酷く恐れていたんだ――――
子供だったんだよな、結局。俺達家族の秩序が乱れたら何もかも終わりだと、根拠も無く思っていたんだよ。
自分の居場所は家族の中にあるのだと、家族の中だけにあるのだと思い込んでいたから、家族を失うことは、俺にとって自分自身を失うことと同義だったんだ。
でも、お前と出会って俺は変わった。お前を知って、俺の世界は大きく拡がった。
お前と知り合った頃の俺の気持ちを、どうやって表現すれば伝わるのだろう。それはまるで、果てしなく続く草原に佇みながら、雲一つ無い青空を見上げるような。
世界の広大さを肌で感じた時の、あの畏敬にも恐怖にも似た感動を、お前は教えてくれた。
お前は俺を新しい世界へと連れ出してくれたんだ。
家族のいる世界とお前のいる世界。
二つは全く別々のものだったけれど、俺にとってはどちらも等しく美しく、等しく愛しい世界だった。
お前とは統学院で、家族とは家で過ごすことが多かったのだから、あのまま俺は二つの世界で生きていても問題はなかったのかもしれない。
でも、俺は欲を出してしまったんだ。
お前のいる世界で生きる俺と、家族のいる世界で生きる俺。どちらも俺でありながら、どちらも俺ではない。お前の知っている「浮竹十四郎」は、本当の浮竹十四郎の半分でしかない。それが怖かった。
俺は、本当の俺をお前に知って欲しかった。家族の中にいる俺を、見て欲しかった。
俺の全てを見て欲しかった。
今思い返せば、お前と皆が上手くいかないかもしれない、なんて心配は全くの杞憂だったんだけどな。お前の性格を考えれば、俺の家族がお前を好きにならない筈がないのだから。
でも、当時の俺はそんなことも分からないくらいに思い詰めていた。あまりにも多くのことを考え過ぎていて、混乱していたのだろうな。
だが、今までの説明で分かってくれたと思うが、俺の混乱も仕方のないことだったんだ。今までの説明で分かると思うが、お前と俺の家族が会うということは、俺にとっては二つの世界が交錯することに等しかった。二つの世界が接触した時、何が起こるか俺には予想もつかなかった。ぶつかって二つとも壊れてしまったらどうしよう。俺の居場所がなくなってしまったらどうしよう。そんなことばかり考えて、不安になっていた。
だからこそ、お前と末っ子達が仲良く遊ぶ姿を見て、心の底から安堵したんだ。二つの世界は、壊れることなく一つに交じり合ったのだ、って。喩えるなら、それは、二つの絵の具を混ぜてみたら、見たこともない全く新しい色が出来上がった時の喜びに似ているかもしれない。子供の頃、赤や青、黄色の絵の具を思いつくままに紙の上に乗せてみたら、予想もしなかった色になったことがないか?大抵の場合、黒ずんだおかしな色になってしまうけれど、ごく稀にとても美しい色が紙の上に現れるんだ。その時胸に広がった、まるで手品を見ているような、驚きと感動の入り混じった不思議な気持ち。その時の気持ちに似ている。
ああ、どんなに言葉を尽くしても、あの時の俺の喜びの十分の一もお前に伝えることが出来ない。
お前の笑顔と弟達の笑顔を目にした時全身を駆け抜けたあの感覚を、どうすればお前にも感じてもらえるだろう。こんな時、俺達が別々の存在であることをもどかしく思うよ。
あれから、何年も経って、小さかった俺の世界は更に大きく拡がった。
でも、俺の世界の中心には何時だって、家族とお前がいた。
いや、それは違うな――――
いつの間にか俺の世界の中心にいたのは、春水、お前だけだったんだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
どうして、こんなにもお前を愛してしまったのだろう――――