「京楽、これを見てみろ。やはり伊勢はセンスが良いな」
「これは松本君からか?現世にはこんなものがあるんだな。知らなかったよ」
「こっちのは白哉からだな。何に使うのか分からないけど豪華だなあ」
7月11日。
今年もまた、同じ場面が繰り返される。
彩り鮮やかなラッピングペーパーに賑わう僕の部屋。
文机の上に並べられた誕生日プレゼントを、一つ一つ手に取って感想を述べる君。
無邪気な笑顔は、太陽みたいに眩しく輝いている。
「……なあ、京楽。本当に今年も酒を呑むのに付き合うだけでいいのか?」
ああ、またこの質問だ。
毎年毎年、どうして君は同じ事を聞くんだろうね。
もう何百回目になるだろう。
君に尋ねられる度に、僕は同じ答えを返しているのに。
でも今年もまた、君は少し不安げな表情で僕の顔を覗き込んで、「本当に欲しいもの は無いのか?」と首を傾げてみせる。
「欲しいものがあれば、遠慮しないで言ってくれ」
僕の欲しいものはここにあるから、もうこれ以上欲しいものなんてないよ。
そう言って君を抱き締めて、唇に軽く口付ける。
もう、幾度となく繰り返した儀式。
ねえ浮竹。
どんなに高価で珍しい「品物」を貰っても、君と過ごす時間に敵いはしない。
僕にとって一番大切なのは君だから。
ねえ浮竹。
僕が欲しいものは、君だけなんだ。
君と共に生きることが、僕の唯一つの望みなんだ。
だから不安にならないで。
他人と自分を較べたりなんかしないでよ。
穏やかな朝の海のように静かな君の笑顔。
恵みの雨のように澄んだ君の声。
朝露に萌え立つ若葉のように優しい君の匂い。
夜の闇のように心地良い君の体温。
真っ白な処女雪のように無垢な君の心。
全て、かけがえのない宝物。
君が僕の名前を呼んでくれる。
愛していると囁いてくれる。
それだけで、僕の胸は幸せに充ちる。
それだけで、闇に覆われていた僕の心に、無数の光が差し込むんだ。
ねえ浮竹。
君の全てが恋しくて
溜息すらも愛おしい。
ねえ浮竹。
君の存在が
君の愛が
僕にとっては最高の贈り物だから。
だから、僕はもうこれ以上欲しいものなんて無いんだ。
「お前はそう言うが……俺はいつもお前の世話になってばかりだから、誕生日くらい お前に何かしてあげたいんだ」
うん、分かってるよ。だからこの日の夜は僕のために空けておいてね、って毎年言っ てるでしょ?
君を独り占め出来るなんて、最高の誕生日プレ ゼントだよ。今夜は朝まで呑むから付き合ってね。
僕がそう言って笑うと、君はまだ少し不満そうな顔をしているけれど、渋々「酒はほ どほどにしろよ」と言って僕の背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。
ねえ浮竹。
君はいつも、僕から貰うばかりで何もしてやれないと嘆くけれど、それは違う。
僕はもうずっと前に、とても大切なものを君に貰った。
何よりも貴いものを、君は与えてくれたんだ。
***
あれは遠い昔、僕達が死神になって間もない頃。
虚討伐隊に選ばれた僕と浮竹は、現世の――へと派遣された。
その地域では何十年もの間戦争が繰り返されているらしく、犠牲となった人間の霊が 夥しい数の虚となって彷徨っていた。
斬っても斬っても後を絶たない虚の大群に、仲間が一人、また一人と倒れていく。
戦闘は苛酷を極め、僕が最後の一体に止めを刺す頃には、僕と浮竹が配属された小隊 の隊員は僕達二人を残して全滅していた。
我に返って辺りを見回すと、瑠璃色の天幕に覆われた見渡す限り砂漠が広がる荒野に は、僕と浮竹だけが佇んでいた。
二人とも返り血と土埃に塗 れたぼろぼろの姿だったけれど、僕は兎に角浮竹が無事だったことにほっとしていた。浮竹も、長かった戦闘が終わって肩の力が抜けたのか、僕と目が合うと にっこり微笑んでくれた。
僕も浮竹も、虚は全て倒したと思って気が緩んでいたんだろう。
疲労も限界に達していたから、浮竹の反応が一瞬遅れたのも仕方の無いことだった。
突然地中から姿を現した一体の虚。
鋭い爪が、月の光を受けてギラリと鈍色に光る。
虚が背後から浮竹に襲い掛かる様子は、まるでスローモーション映像を見ているよう だった。
僕の強張った表情に気付いた浮竹が、ゆっくりと振り返る。
不恰好な爪が、浮竹の首筋に振り下ろされる。
全てが刹那の出来事だった――――
考えるより先に、身体が動いていた。
気が付けば、僕に突き飛ばされた浮竹は地面に倒れ、僕は浮竹を庇って虚の一撃を腹 に受けていた。
激痛に視界が真っ赤に染まる。
それでも、痛みに顔を歪めながら、あらん限りの力で虚の仮面に花天狂骨を突き立て た。
醜い咆哮を上げて虚が消滅したのを確認すると同時に、バランスを崩してどさりと地 面に倒れ込む。地面に叩き付けられた衝撃の激しさに呼吸が止まりそうだった。
傷口からどくどくと血が流れていく様が、朦朧とした意識の中でやけにはっきりと感 じられた。
京楽、と悲痛な声を上げて僕に駆け寄る浮竹が視界の端に映ったけれど、もう身体を 動かすことは出来なかった。
僕を抱き起こした浮竹は直ぐに治療を始めたけれど、僕は手遅れだと判断していた。
傷口を塞いでも、出血が多すぎる。
霊圧が底を付いた状態の僕では、衰弱が激し過ぎてとても救援が来るまで持ち堪えら れそうに無かった。
どうせ僕はもう助からない。だから君の霊圧を無駄使いしないで。
そう浮竹に告げようとしたけれど、口の中がからからに乾いていて言葉にならなかっ た。
朦朧とし始めた意識の中で、唯一つはっきりと確信していたのは、僕は死ぬのだとい うことだった。
不思議と恐怖は無かった。
それどころか、浮竹の腕の中で死ねるなんて幸福だとすら思っていた。
浮竹がこんなに近くにいて、僕のために泣いてくれている。
いつの間にか痛みも感じなくなっていた。
「京楽!死ぬな!!!」
薄れていく意識の中で、浮竹が僕の名を呼ぶ声が聞こえる。
ぼやけていく視界に、泣きじゃくる浮竹が映る。
白い頬を伝う涙が、月の光を浴びて星屑みたいに光っていた。
ありがとう、浮竹。僕のために泣いてくれて。
でも、僕は今とても幸福なんだ。だから泣かないで。
そう言って、浮竹を安心させるために涙を拭ってあげたかったけど、僕にはもう手を 挙げる力さえ残っていなかった。
「俺はまだ、お前に好きだって……愛してるって告げてない!!!京楽!!!!!」
もうその頃になると五感も鈍り始めていたから、とうとう幻聴まで聞こえ始めたのだ と思っていた。
何て都合の良い幻聴だろうと自嘲しながら、それでも、最後の最後に耳の奥に響く浮 竹の言葉が、「アイシテル」だなんて最高だと、思わず笑みが零れた。
生きてて良かったと、心の底から実感した。
「京楽……」
流れ星のようにぽろぽろと降り注ぐ涙の雫を受けながら、そういえば今日は僕の誕生 日だったな、とぼんやり思い出していた。
浮竹からの愛の言 葉なんて、最高の誕生日プレゼントだ。
生まれてきて良かった.――――
そう感じることの出来る喜びを、僕に教えてくれたのは浮竹だった。
君と出会えて良かった――――
「ありがとう、浮竹…」
愛してる――――
ずっと浮竹に伝えたかった言葉。
こんな形になってしまったけれど、最後に告げることが出来て良かった。
――ねえ浮竹。
――僕は君に愛することの素晴らしさを教わった。
――だから……――
――君への愛に包まれて死んでいけることを、幸福に思う。
意識を失う寸前に僕の瞳に映ったのは
満点の星空と
最愛の彼だった。
*
目を覚ました僕の目に最初に飛び込んできたのは、真剣な表情で僕を見詰める浮竹の 姿だった。
起きたばかりで頭がぼうっとしていた僕は、息を飲んで僕を見守る浮竹を見ても状況 を理解出来ずに、どうして浮竹が僕の部屋にいるんだろう、なんて的外れなことを考えていた。
ぱちぱちと不思議そうに瞬きを繰り返す僕に何を思ったのか、浮竹は何も言わずに俯 いてしまうからますます訳がわからなくなって、取り敢えず、浮竹、と声を掛けようした。
すると、浮竹ががばっと勢いよく顔を上げて僕の胸倉を掴んだかと思うと、突然「馬鹿野郎!!!!!」と叫んだのだ。
あまりに突然のことに驚いて僕も思わず声を上げそうになったけれど、きっ、と僕を 見詰める浮竹の瞳が潤んでいることに気が付いてしまい、はっと息を飲んだ。
「あんなこと言い残して気絶するなんて―――-!俺がどんな思いでお前が起きるのを待っていたと思うんだ!!!危うくお前の誕生日が命日になる所だったんだ ぞ!!!」
そう勢いよく捲くし立てたかと思うと、次の瞬間浮竹は思いっ切り僕の頬を殴ってい た。
「今度あんな真似したら、絶対に許さないからな!!!!」
そして、ぼろぼろと零れる涙を拭うこともなく、浮竹は混乱している僕に口付けたの だった。
その後、僕は泣きじゃくる浮竹に頭を抱えられたまましばらくの間呆然としていた。
けれど、間近にある浮竹の心臓の鼓動を耳にする内に、やがて全てを理解したのだっ た。
自分はまだ生きているのだ。
生きて、ここにいるのだ。
そう悟った時、一筋の涙が頬を流れた。
無自覚に零れた涙の理由(わけ)は、殴られた頬の痛みだけではなかった。
***
後で聞いた話によると、あの後完全に意識を失ってしまった僕に、浮竹は自分の残り 少ない霊圧を口移しで半分分け与えてくれたのだそうだ。
そ のせいで僕も浮竹も動けない程消耗してしまったのだけれど、幸運なことにその直後に四番隊の隊士に発見され治療を受けた。
治療に当たった死神によれば、僕は消耗が激しく、浮竹の霊圧を貰っていなかったら 本当に危なかったらしい。
「ねえ浮竹」
「ん?」
君は、命を懸けて僕を救ってくれた。
僕は、君にこの命を貰ったんだ。
「もう一度、あの言葉を言ってくれないかい?」
「あの言葉?」
「うん、君からのお祝いの言葉。聞きたいんだ」
僕の胸に埋めていた顔を上げると、浮竹はふわりと笑って僕の頬に両手を添えた。
掌から伝わる温もりに、胸が熱くなる。
「……お前が望むのなら、何度でも言ってやるさ」
ねえ浮竹。
君はいつも、僕から貰うばかりで何もしてやれないと嘆くけれど、それは違う。
僕はもうずっと前に、とても大切なものを君に貰った。
何よりも貴いものを、君は与えてくれたんだ。
「誕生日おめでとう、京楽。
生まれてきてくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。
これからも、一緒に生きて行こう」
君が点してくれた命の灯りは、今も輝き続けている――――
11.07.10
京楽さん、お誕生日おめでとう!
タイトルはラテン語の格言で「生きる限り、希望を持つことが出来る」という意味です。