シンデレラ
シンデレラのお話って好きじゃないんです。
私がそう言うと、京楽隊長は少し驚いた顔をした。
「女の子は皆シンデレラに憧れるものだと思ってたんだけどねえ。どうしてか、聞いてもいいかい?」
「・・・私には王子がシンデレラを選んだ理由に納得がいかないのです。王子が恋したシンデレラは綺麗なドレスを着てガラスの靴を履いた美しいシンデレラです。
でも本当のシンデレラはみすぼらしい格好をして下働きをさせられている灰かぶりの労働者じゃないですか。私には王子はシンデレラの美しい容姿に恋をしたのであって、本当のシンデレラに恋したわけではないと思うのです。」
私だったら、どんなにみすぼらしい姿でも本当の私を好きになって欲しい。綺麗な服を着ていなくても、美人じゃなくても、そのままの私でいいと言ってくれる人がいい。
そんな人に出会う方が、王子に見初められてお姫様になるよりも幸せだと私は思う。
「いやあ、七緒ちゃんらしいねえ。なかなか手厳しいな。でもね。」
不意に、京楽隊長はひどく優しい目をした。
普段私の前では見せることのない、「あの人」のことを考えるときだけみせる優しい優しい表情。
「僕はシンデレラはちゃんと自分の力で王子の心を掴み取ったと思うよ。」
「何故でしょうか?」
「だってさあ、いくら急いでたからって都合よくガラスの靴を落とすわけないじゃない。僕はさあ、あれ計算だったと思うよ。」
「計算ですか?」
そんな姑息な真似を御伽噺のお姫様がするとは思えなかったから、私は京楽隊長の言葉に半信半疑だった。
そんな私の心の内が声に現れたのか、京楽隊長は私を見てふわりと笑った。
「計算だよ、計算。好きな男を捕まえるためになりふりかまわず罠を仕掛けてくるなんて、いじらしいじゃないか。僕だったらそんな卑怯な手を使ってまで、振り向いてもらおうと努力する子が可愛くて可愛くて仕方ないよ。」
そう言葉を紡ぐ京楽隊長の脳裏にはきっとあの人の姿が映っているに違いない。
だって、ほら。
笠から覗く口元にはいやらしい笑みが張り付いている。
隠れている目はどうしようもなく垂れているに違いない。
あの人が京楽隊長の気を引くために計算付くで何かするなんて信じられないけれど、きっとそれは彼が京楽隊長だけに見せる一面なのだろう。
そして京楽隊長はそんな彼の努力を何もかもお見通しで、騙されたふりをするのだ。
一途に自分を想い、必死になって心を繋ぎとめておこうとするあの人を、京楽隊長は可愛らしいと思うのだろう。
「悪趣味ですね。」
「いやあ、やっぱりそう思う?」
「思います。」
きっと京楽隊長はあの人の綺麗なところも汚いところも何もかもひっくるめて好きなのだ。
灰かぶりに戻ってしまったたシンデレラを、変わらず愛した王子のように。
恋の魔法は12時の鐘が鳴っても消えることはないのだから。
人魚姫
「え、人魚姫ですか?」
正直言って意外だった。
浮竹隊長ならもっと明るい話を好むと思っていたからだ。
俺も隊長も長男だから弟妹たちが小さい頃は御伽噺を読み聞かせていた、って言う話から始まって女の子は(内の空鶴でさえ)御伽噺のお姫様に憧れるみたいだって話になった。
それで俺は興味半分に浮竹隊長はどのお姫様が好きですか、なんて聞いたわけだ。
ただの冗談のつもりだったから、人魚姫なんて答えが返ってくるとは思わなかった。
「人魚姫って言ったら悲劇のお姫様じゃないですか。恋に破れて片思いのまま結局泡になって消えてしまう運命の。
辛気臭い話っていうか、御伽噺のお姫様って言ったらめでたしめでたし、末永く幸せに暮らしました、っていうのがお約束なのに・・・」
どうして人魚姫なんか、と俺は不思議だった。明るく優しい陽だまりのようなうちの隊長が悲恋の話に心惹かれるなんて。
「まあ確かに悲劇なんだろうけどな、俺は好きなんだよ、人魚姫。美しい声も愛する家族も何もかも捨ててでも愛する人と一緒に居たいなんて、健気じゃないか。」
「でも結局王子は別の人を選んだじゃないっすか。」
「一緒に居られるだけで幸福だったんだよ。王子の幸福のためなら自分の命を犠牲にすることすら厭わない。俺は一途に王子を愛したそんな人魚姫が愛しくて仕方がない。」
そう呟いた隊長の横顔はひどく儚げで、まるで人魚姫に自分の姿を映しているような印象を受けた。
もしかして、隊長は片恋をしているのだろうか?
人魚姫のように苦しい恋をしているのだろうか?
不意にそんな考えが頭をよぎった。
「・・・報われなくても幸せだったのでしょうか?」
人魚姫は。
あんたは。
「俺は、幸せだったと思うよ。見守るだけの愛があっても、そんな幸福の形があってもいいと思わないか?」
その問いはきっと隊長自身に向けられたものなのだろう。
「・・・それとも叶わぬものを望む恋は愚かなものなのだろうか。」
ぽつりと呟かれた独り言は、聞こえない振りをした。
眠り姫
京楽隊長率いる虚討伐隊が現世で行方不明になって10日。
浮竹隊長が意識不明の重体に陥って3日が経った。
「討伐隊の消息は未だに不明とのことです。生存は絶望的かと・・・」
「そうか。御苦労だったな、清音、仙太郎。お前達はもう下がって休め。」
「しかし副隊長・・・!」
「二人とも昨日から寝ていないだろう。隊長が意識を取り戻したらすぐ知らせるから心配するな。それにお前たちまで倒れたら隊長が悲しむ。」
「・・・わかりました。副隊長も御無理はなさらずに。失礼します。」
清音と仙太郎が去った後、俺は雨乾堂で眠り続ける浮竹隊長の顔を見つめたまま動けないでいた。
10日前京楽隊長の行方がわからなくなったと知ったときの隊長の顔が何度も何度も頭に浮かぶ。
あの時少し驚いた表情をしただけで、きっと京楽は大丈夫だと笑ってみせたけれど、本当は心の中は不安に荒れ狂っていたのだろう。
京楽隊長が現世に赴いて一月。その間雨乾堂で帰りを待っていた浮竹隊長は、心配に身も心も憔悴しきっていたのかもしれない。
「いっそこのまま目を覚まさないほうが浮竹隊長にとっては幸せなんじゃ・・・」
もし京楽隊長が生きていなかったなら、このまま何も知らずに息を引き取るほうが浮竹隊長のためなのではないか。
そんな俺にしては随分と消極的な呟きが漏れた。
「何馬鹿なこと言ってるんだい、志波君。こんなハンサムな男が現実にいるのに夢なんか見てる場合じゃないでしょう。」
「きょ、京楽隊長!!御無事だったんですね!」
音もなく現れたのは浮竹隊長の待ち焦がれた京楽隊長その人だった。
瀞霊廷に帰ってきたその足でここに来たのだろう、髪は乱れ、顔は血と土埃で汚れている。
いつもの編み笠と派手な着物はどこかに置いてきたのか、普段は目にする機会のない八番隊の隊長羽織はぼろぼろで血糊がそこかしこに付いていた。
「まったくちょっと僕が留守にしているとすぐ寂しくて拗ねるんだから。モテる男は辛いねえ。」
軽口をたたきながらも京楽隊長は少しだけ目を細めると、浮竹隊長の寝ている布団の傍らに座った。そして血のついた手で浮竹隊長の顔をそっと包むと、俺の目の前で長い長いキスをした。
「ん・・・京楽・・・?」
「目が覚めたかい、眠り姫?」
「おそ・・・いぞ・・・待ちくたびれた・・・」
「うん、ごめんね。ただいま。」
「おか、えり・・・京楽。」
京楽隊長の顔を見て安心したのか、それだけ言うと浮竹隊長はまた目を閉じて眠りに落ちた。
京楽隊長はそんな浮竹隊長を見て優しく微笑むと、嬉しさのあまり泣きそうになっている俺の目の前で意識を失った。
浮竹隊長の手をしっかりと握ったまま。
結局、それから約一週間二人とも雨乾堂で寝たきりの状態だった。
なんでも帰還するまでの10日間、隊のほとんどが負傷して戦闘不能に陥った中、唯一ほぼ無傷だった京楽隊長が、それこそ鬼神の如く虚を倒し一人の死人を出すことなく仲間たちを守りきったのだという。
そして疲労困憊して瀞霊廷に帰ってくると、浮竹隊長の元に向かったのだ。
重体の浮竹隊長を前にして京楽隊長が何を思ったのか俺は知らない。
ただ、立ってることさえやっとだったはずの京楽隊長は、浮竹隊長を目覚めさせるため自分の残りの霊圧全てを口移しで浮竹隊長に注ぎ込んだ(ショック療法のようなものだったらしい)。
まあそれで限界が来てその後気を失ってしまったのだが。
雨乾堂で図体のでかい男二人が昼も夜もいちゃいちゃするのを見るのは非常に鬱陶しかったが、俺を含め清音も仙太郎も矢胴丸副隊長も卯ノ花隊長すらも、文句を言うものはいなかった。
それは、二人一緒にいるほうが回復も早いだろうと思ったこともあるが、俺たち皆二人の絆の強さに改めて感動したからだと思う。
王子様のキスで目覚めた眠り姫は、恋焦がれた待ち人に会えた今、幸せそうに笑っている。
ラプンツェル
「はい、これでお終い。」
「すまないな、いつも。」
「なーに、こっちが好きでやってるんだから気にしなさんな。」
「しかしお前も物好きな奴だな。髪の手入れなんて面倒くさいだけなのに。」
「そりゃあ僕は十四郎の髪が大好きだからね。こんなに綺麗な色でさらさらで。ずっと触ってたいくらいだよ。」
「なんだよ、俺じゃなくて俺の髪が好きだったのか?」
「いやいやどっちも好きだよ。僕は十四郎のどこもかしこも隅から隅まで好きだからね。」
「ありがとう、春水。でも、俺もお前の髪が好きだぞ。艶やかな鴉の濡れ羽色で、やわらかいのに弾力があって。くるくるしているのが指に絡まるところも好きだ。」
「そいつはどうもありがとう。十四郎がそんなに好きだって言うのなら僕もちゃんと髪の手入れしないといけないね。」
「あ、じゃあ今度は俺がお前の髪を洗ってやるよ。」
「本当かい?じゃあ頼もうかな。」
「昔は弟たちの髪を洗ってやっていたからな。結構慣れてるんだ。」
「はは、君はいつまでたってもお兄ちゃんだねえ。」
「・・・こんなところで何をしている、檜佐木、吉良。」
「日番谷隊長・・・それがですね。」
「僕と檜佐木さんとで風呂に入りにきたんですけど、京楽隊長と浮竹隊長が先に入ってまして・・・」
「あまりに二人の世界に入り込んでいるのでどうも入るに入られなくて・・・」
「ですからこうしてお二人が出てくるまでここで待っているというわけです。」
「あ・の・オ・ヤ・ジ・たちはぁぁぁ・・・!!時と場所を考えろといつもいつも言ってるのに・・・!公共の場でいちゃいちゃするのは公害だ、公害!!!」
31.05.09
個人的にはラプンツェルが好きだったりします。いやあの二人を見てると普通にオフィシャルでああいうことをしていそうだなと思いませんか?私だけですかね(汗)