五番隊隊舎の庭に佇む白い影を見付けて京楽は足を止めた。
同時に、近付いてくる霊圧に気が付いていたのであろう浮竹が振り返る。夜の闇を背景に、純白の長い髪が弧を描くように翻った。
「こんな所で一人で何してるんだい?パーティーはまだまだこれからだよ」
「京楽…」
少し離れた場所にある広間では、五番隊隊長平子真子による「クリスマスパーティー」が開かれている。
各隊の隊長と上位席官が招待されたそれは、現世の流行に敏感な平子が面白がって企画したものだったが、実質的には普段の宴会と何ら変わるところは無い。
要するに、単にお祭り騒ぎがしたいだけであって理由は何でもいいということだ。
「酔い醒ましに少し風に当たろうと思ってな」
髪を耳に掛けながら浮竹が応える。
少し疲れているのか声にいつもの張りが無い。
「酔うほど飲んでいたようには見えなかったけどねぇ」
「目聡いな。実際俺の誕生日の時も皆に祝ってもらっただろう?流石にこう宴会続きではあまり飲む気も起きないんだ」
「僕なら毎日でも平気だけどね」
「皆がお前みたいな酒飲みじゃないんだぞ」
「おやおや、手厳しいねぇ」
そう言って大袈裟に項垂れて見せた京楽に浮竹はたまらず吹き出した。
今宵初めて見る浮竹の心からの笑顔に京楽はどこかほっとする思いだった。
誰かが楽しそうに笑う声が風に乗ってここまで聞こえてくる。
離れた場所の喧騒が、二人のいる庭の静けさを一層際立たせていた。
「ああ、でも現世の珍しい料理が食べられたのは嬉しかったかな」
ふと思い出したように浮竹が呟く。
確かに今回のパーティーではクリスマスの伝統料理だという七面鳥の丸焼きやクリスマスプディングなど、見たことも無い食べ物が並んでいた。
現世の西洋料理であるそれらは、瀞霊廷での食事に慣れた浮竹にとっては面白い経験だったのだろう。
「全く人間という奴は色々な料理を考え付くものだ」
「やれやれ、君ってば相変わらず色気より食い気だねえ」
今度は京楽が声を立てて笑う番だった。
「ほら、見てごらん。クリスマスツリーの代わりだ、って言って、ひよ里ちゃんやリサちゃん、白ちゃんがここの庭の木を飾り付けたんだよ。綺麗じゃないか」
ぐるりと辺りを見回せば、確かに京楽の言う通り、五番隊の庭の全ての木には色とりどりの飾り付けが施されている。
「ああ!これも今回のパーティーの一部だったのか」
「まあちょっとやり過ぎと言えなくも無いけどね」
女性陣がはりきって監督したらしく、五番隊の木々は徹底的に飾り立てられている。
鮮やかな七色の球体は勿論のこと、金銀の模様が入った豪奢なもの、星や月、雪の結晶を模ったもの、松毬や天使、繊細なガラス細工など、一体どこからこんなに大量のオーナメントを手に入れてきたのかと思う程、
凝った飾り付けだった。
一夜の宴会のための準備としては少し度が過ぎているかもしれないが、華やかな装飾は見ているだけで心が躍る美しいものだった。
一つ一つクリスマスツリーのオーナメントを観察していた浮竹だが、不意に二人の傍に立つ木に取り付けられたものを見て、「あの輪になっているのは何だ?」と首を傾げた。
「どれどれ?」
京楽が浮竹の指差す方向、二人のすぐ真上を見遣ると、そこには赤い実をつけた緑の葉を黄金のリボンで結んだクリスマスリースがあった。
「ああ、クリスマスリースだね。これもクリスマスの飾りの一つだよ。あの葉の形はヤドリギかな」
「ヤドリギ?」
「うん。クリスマスには付き物の植物だったと思うよ。確か、クリスマスの風習の一つにヤドリギの飾りの下で出会った二人はキスをしなきゃいけないっていうのがあったかな」
「キスを?」
「ロマンチックだと思わない?」
「そうだな…」
と、そこまで言って突然二人共自分達がヤドリギの下に立っている事実に気が付いた。
一瞬互いに見詰め合うが、何を言うでもなくそのまま気まずそうに俯いてしまう。
居心地の悪い沈黙が二人の間を流れた。
ちら、と京楽が浮竹の方を見るが、俯いているため浮竹の表情は見えない。
ただ、髪の間から覗く耳が心なし赤く染まっている気がした。
「な、なあ」
「何だい?」
「……お、俺達もキスしなきゃいけないのかな?」
「え……?浮竹と、僕が…?」
「それは僕とキスをしてもいいってことなの?」と京楽が尋ねる前に、京楽の言葉の意味を誤解した浮竹は「い、いや、何でもない!!!」と大慌てで言い繕う。
「すまない!冗談だ、冗談!馬鹿なことを言ってしまったな…意外と酔ってるのかもしれないな、俺は」
不自然に明るい声で浮竹はそう言うと、急いで踵を返して京楽から離れようとした。
「ま、待ってよ、浮竹!」
自分の前から去ろうとする浮竹に驚いて、京楽は思わず手を伸ばして浮竹の腕を掴む。
そして勢いに任せて自分よりも一回り細い身体を振り向かせると、浮竹が抗議の声を上げる前に唇を塞いでいた。
予想もしていなかった突然の出来事に、京楽も浮竹も頭が真っ白になってしまう。
そして、唇を重ね合わせたままその場に固まってしまった。
頭で考えるよりも身体が先に動いてしまったため、京楽の行為はキスというよりは唇がぶつかった事故と言う方が正確なものだった。
しかし、だからこそ京楽と浮竹は互いの身体を抱き寄せるでもなく、ただ唇を合わせただけというぎこちない体勢のままぴくりとも動くことが出来なかった。
身体を密着させることなく唇が触れているだけという状態は、余計に互いの唇の柔らかさを二人に感じさせた。
浮竹の右腕を掴んでいた京楽の手は徐々に力を失い、やがて縋るように隊長羽織を弱々しく握るだけにある。
無意識の内に上げられた浮竹の左手は、京楽の背に触れるべきか迷うように宙に浮いたままだった。
唇が触れ合う瞬間反射的に目を閉じてしまっていた二人には、再び目を開けて互いの姿を視界に入れる勇気は無い。
―初めて味わう浮竹の唇の甘さに、京楽の意識は今にも飛びそうだった。
―至近距離で感じる京楽の体温の心地よさに、浮竹の身体は蕩けてしまいそうだった。
初めてのキスに完全に心を奪われてしまった二人は、時が経つのも忘れて夢中で互いの唇を貪っていた。
*
不意に浮竹が身を震わせたことで京楽は我に返り、慌てて身体を離す。
視線がぶつかると同時に、二人の顔が真っ赤に染まった。
「……え、っと……」
「その…」
何を言えばいいのかわからず、二人とももごもごと声にならない言葉を呟くことしか出来ない。
ぎこちない空気に京楽も浮竹もどうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。
そんな二人の元へ、空からゆっくりと白いものが降ってくる。
思わず京楽は空を仰いだ。
「……雪だ……」
真っ白な雪の結晶が、灰色の空から舞い降りてくる。
そっと浮竹が手を翳すと、白い花弁のような雪が掌の上に落ちては消えた。
「さっき何か冷たい物が耳に当たったと思ったけれど、あれは雪だったんだな」
しんしんと降る雪を、二人無言で見詰める。
冷えてきたのか浮竹がふるりと身体を震わせた。
「寒くなってきたな…そろそろ中に入ろうか…?」
「そうだね…風邪を引くといけない」
しかし五番隊隊舎に戻ろうと歩き出した浮竹の手を京楽が掴む。
驚いて京楽を見詰めた浮竹を捕らえたのは、劣情の光を宿した鳶色の瞳だった。
「ここからなら、僕の部屋の方が近いよね?」
京楽の意味するところを理解して浮竹ははっと息を飲む。
腕を掴む京楽の手は簡単に振り解けそうだった。
「……ああ、そうだな……」
仄かに頬を染めて浮竹が京楽の手を握り締める。
握り返された手は、温かかった。
Merry Christmas!!!!!!!
25.12.09
何回京浮の「初めて」を書いているのか分かりませんがやっぱり好きなんです^^;
二人とも好きなんだけど親友の域をなかなか超えられなくてもどかしい感じの京浮を書きたかったのですが玉砕した気がします。
メリークリスマス!!