人でなしの恋
その男とは流魂街の外れで出会った。
肩まで届く黒髪を無造作にひとつに束ねた碧玉の瞳のその男は、顔にあどけなさの残る若者だった。一目見て素人だと分かるその男は、金に困って春を売るようには見えなかったから、声を掛けられたときは少し驚いた。
正直男を知っているのかと信じらなかったのだ。
しかし、髪を下ろした途端その男は別人のように壮絶な色香を放ち、数多くの美しい女を見てきた俺でさえ思わずごくりと唾を飲むほど妖艶に微笑んだ。
その男との情事は、色事には長けていると自負する俺ですら我を忘れて夢中になるほどのものだった。
いったいこの男は何者だろうと思った。
だから、情事を終えてぐったりと布団に突っ伏している男に向かってどうして男娼のような真似をしているのかと問うたのだ。
「重いんだ、あいつの気持ちが。」
俺の質問に少し間をおいて、男はそう答えた。
「あいつって、恋人か?」
「なりふり構わず愛してくれても、俺はどうあいつの想いに答えていいのか分からない。」
「だからその恋人への当てつけにこんなことを?」
「・・・俺は飲み込まれたくないんだ。あいつの深くて重い気持ちがいつか俺を飲み込んでしまうのではないかって、怖いんだ。」
恋人のことを語る男の横顔はひどく空虚だった。
男と別れて暗い夜道を歩いていると、不意に目の前に若い死神が現れた。
どこの隊の所属だと尋ねる俺を無視して、その男は虚ろな瞳を俺に向けた。
「どうして同じことを繰り返すんだろうね、あの子は。こんなに好きなのに。」
目の前の男は、先程身体を重ねた男の恋人なのだと気が付いた。
そしてどうして彼が俺を選んだのかも。
目の前の男は俺とよく雰囲気が似ているのだ。
「こうやって僕の手を血で汚させて、あの子は僕をどうしたいんだ・・・」
気が付くと、胸から血飛沫が迸っていた。
身を切り裂くような痛みとともに、俺の身体が音を立てて地面を打つ。
俺を見下ろす男の目は生気が無く、まるで真っ暗な深淵を覗いてるようだった。
あの男は自分の恋人が罪を犯すのを承知で俺と寝たのだろうか。
狂ったもの同士、お似合いじゃないか。
薄れていく意識の中で、狂人達の恋に巻き込まれた自分の不運を呪った。
Star-crossed lovers
目を覚ますと、浮竹が泣いていた。
どうしたの、怖い夢でも見たのかいと囁いて、京楽は自分より一回り細い身体を胸へと引き寄せる。
子供をあやすように白い髪を優しく撫でた。
「とても・・・悲しい夢を見た」
「悲しい夢?」
涙の滲む声で浮竹がぽつりと呟く。
「夢の中で、俺とお前は人間で、敵対している部族の戦士だった。お前の部族が俺の部族を侵略しようと攻めて来て、戦争になったんだ。
俺達は何千人もの兵士を率いるそれぞれの部族の将で、血生臭い戦いに身を投じていた。
そして、戦場で俺はお前と初めて剣を交えた。
でも、刃越しに目が合った瞬間に気付くんだ。今目の前にいるこの男、俺が殺そうとしている男、俺を殺そうとしている男は、俺の運命の相手だと。俺達は愛し合う運命にあるんだと。
それは多分お前も同じだったんだろう。
でも、俺達は敵同士。俺は仲間を守るためにお前を倒さなければならない。愛する相手をこの手で討たなければならない。
・・・・・気が付くと、俺の剣がお前の腹を、お前の剣が俺の胸を貫いていた。
出会いから別れまでほんの10分足らずのことだった。
俺は、お前を殺してしまったのだと知って、悲しくて、最後の力を振り絞ってお前に触れようと手を伸ばした。そこで目が覚めたんだ」
浮竹の手が京楽の寝間着の襟をぎゅっと握り締める。
その手は微かに震えていた。
「大丈夫だよ、全部夢だ。夢なんだよ。僕達は敵同士なんかじゃない。こうして同じ布団で眠ることが出来る、幸せな日々を過ごしているのだから。だからもう泣かないで。そんな夢なんて忘れてしまえばいい」
そう言って京楽は涙に濡れる浮竹の頬に口付けを落としていく。
優しい仕草に浮竹の心は少しずつ慰められていった。
浮竹は知らない。
京楽も、浮竹と同じ夢を見ていたことを。
そして、浮竹の手にかかることに昏い喜びを感じていたことを。
浮竹を己の手にかけることに狂った幸福を見出していたことを。
もし殺されるのなら浮竹に。
誰かに奪われるくらいなら、いっそこの手で。
京楽の身の内に潜む歪んだ愛を
浮竹は知らない。
堕天使達の夜
Remember, remember the Fifth of November,
The Gunpowder Treason and Plot,
I know of no reason
Why the Gunpowder Treason
Should ever be forgot.
Guy Fawkes, Guy Fawkes, t'was his intent
To blow up the King and Parli'ment.
Three-score barrels of powder below
To prove old England's overthrow;
By God's providence he was catch'd
With a dark lantern and burning match.
Holloa boys, holloa boys, let the bells ring.
Holloa boys, holloa boys, God save the King!
教会の屋根から眼下に広がる街並を眺める影が二つ。
街の至る所で橙色の炎が揺らめき、火の粉がぱちぱちと爆ぜる音が夜の冷たい空気を伝ってこちらまで聞こえてくる。
「哀れだな、ガイ・フォークスという男も。絞首刑になってから400年以上も経っているのに未だにこうして民衆から憎まれ続けているとは」
誰にとも無くぽつりと呟かれた浮竹の言葉に、隣にいた京楽がくつくつと喉を鳴らす。
「今の時代の人間にはそんな男のことなんてどうでもいいのさ。むしろこの日の意味を知らない人間の方が多いんじゃない?皆単にお祭り騒ぎが好きだってだけさ。
それに、彼を罪人扱いするのはプロテスタントの多い地域だけで、カトリック教徒からすれば自由を求めて戦った英雄さ」
「ある人間にとってのテロリストは、別の人間のフリーダム・ファイターということか」
「そういうこと」
真っ赤な炎に包まれて燃え上がるガイ・フォークスを模した人形を見詰めながら、浮竹がふと
「俺達も、ガイ・フォークスのようにテロリストとして断罪されていたのかな」
と漏らした。浮竹が朽木ルキア処刑時のことを思い出しているのだと京楽にはすぐに分かった。
「・・・・・・そうだね。僕達は瀞霊廷の決定に背いたのだから、反逆者として処刑されても文句は言えなかったよねぇ」
死すら覚悟したあの日の出来事は、まだほんの数ヶ月前のことだというのにそれからあまりにも多くのことが起こりすぎて、今では遠い昔のことのように思えた。
「他に方法が無かったとはいえ、結果的に武力行使になってしまったからな」
後悔の色を滲ませながら浮竹が苦笑いを漏らす。
「暴力を使うのは誰だって避けたいさ。君だってぎりぎりまで四十六室に異議を申し立てていたじゃない。平和的手段で出来得る限りのことはしたけど、それでも駄目だった。でも、僕達は僕達の正義を貫くことを選んだ。
それで山じいと戦うことになったのは残念だったけどね」
「・・・・・・それが『世界の正義』を否定することだとしても、俺達は俺達の信じる道を進むしかなかった。それが、双極の破壊という行動に繋がった―――やはり俺達とガイ・フォークスは同じなのだな」
燃え尽きて灰になった人形は、流刃若火の炎に包まれた二人を浮竹に想像させた。
「仕方が無いよ。社会っていうのは現世でもソウルソサエティでも、慣習やステイタス・クオって奴を守るように出来ているものだからね。そうでなきゃ機能できないのさ。
だから社会の価値観に反抗するような異分子を取り除くための仕組みは上手く出来ている。社会に異を唱えるものをあの手この手で黙らせてるんだ。
だから、多くの場合、社会の『普通』から逸脱する者に残された道は武力しかない」
「だが、いくら自分の正義のためだからといって武器を手にして、誰かを―たとえそれが自分の敵であっても―傷付ける覚悟をしてしまえば、それは最早正義と言えるのだろうか?」
「自分の主義主張を通すために、自分の前に立ち塞がる者を排除するというのなら、悪と変わらないさ。どんな綺麗事を言っても武力行使に出た瞬間から、悪しか存在しない」
戦いに身を投じながら、それでも正義を語るなど滑稽なことなのかもしれない。
それでも、京楽も浮竹も剣を捨てることが出来ない。
守りたいもの、守るべきものがあるから。
「なあ、京楽」
「なんだい?」
「やはり、藍染も自分なりの正義のためにソウルソサエティを出奔したのだろうか?」
「うーん、どうだろうねぇ。惣右介君の意図はよく分からないからなんとも言えないな。
でも、仮に彼には彼なりの正義があって、そのために行動しているのだとしても、僕は戦うだろうよ。僕の大切なものを守るために」
「・・・・・・そうだな、俺達に出来ることはそれだけだよな」
「そうさ。そうやって僕達は戦い続ける。でもね」
「ん?」
不思議そうに振り向いた浮竹を京楽の少しだけ自嘲的な笑いが迎える。
「本当は、君にはこの綺麗な手を汚して欲しくないって思ってるんだ」
そう言って京楽は浮竹の手を取ると、きゅっと握り締めた。
愁いを帯びた鳶色の瞳に、ゆらゆら舞う紅の炎が映っている。
数秒程黙って京楽の眼を真っ直ぐ見据えると、浮竹は大げさに溜息を付いて見せた。
「何を言ってるんだ。お前が汚れ役を買って出るのに、俺だけ綺麗なままでいるなんて偽善だろう?それに、お前とならどんなに汚れても構わない。二人でならどこまで堕ちても怖くないさ」
「浮竹・・・」
「お前の瞳に映る俺が汚れていなければ、それでいい」
ぎゅっと力強く握り返された手は温かった。
気が付けば、街を鮮やかなオレンジ色に染めていた炎は消え、後には静かな涼風が残されていた。
片方の手で浮竹の手を握ったまま、京楽はもう一つの手でそっと浮竹を抱き寄せる。
「僕にとって、君はいつでも真っ白で、とてもとても美しいよ」
静かに、けれど力強く紡がれた言葉は、浮竹の胸に金色の火を灯す。
11月6日の始まりを告げる鐘を聞きながら、浮竹は自分は決してこの言葉を忘れないだろうと確信していた。
01.05.10
「歪んだ愛」がテーマのSS二篇と、「正義とは何か」がテーマのSS一篇。
個人的にはガイフォークスのお話が気に入ってます。