よく知った霊圧が近付いてくるのを感じて浮竹は布団に入ったまま上半身だけを起こす。枕元に置いてあった上着を羽織ると同時に扉が開いて、日暮れの菫色の空を背景にして京楽が姿を現した。
逆光で浮竹からは京楽の表情はよく見えなかったが、少しだけ乱れた霊圧から京楽が部屋に入るのを逡巡しているのを察して、浮竹はふわりと微笑んで見せると視線だけで自分の隣に座るように促した。
「こんな格好ですまないな。清音と仙太郎がどうしても寝てろってうるさいんだ」
寝間着の襟を正しながら浮竹は苦笑する。
その顔は確かに京楽が最後に見た時より血の気が戻っているようだった。
浮竹の隣に腰を下ろすと京楽は浮竹の具合について訊ねた。
「元々ただの寝不足なんだ。今日一日ゆっくり眠ってもうすっかり元気になったよ」
「それは良かった」
明るい口調の浮竹に京楽はほっとしたようだった。
ほんの一瞬二人の視線が絡み合うが、すぐに京楽も浮竹も顔を逸らせてしまう。ぎこちない沈黙が二人の間に流れた。
「そ、そういえば」
先に口を開いたのは浮竹だった。気まずい雰囲気を打ち消すために努めて明るい声を出す。
「驚いただろう?いきなり倒れたからなあ。卯ノ花隊長から話を聞いたと思うが、俺は、その、子供の頃から少し身体が弱くてな。あまり無理がきかないんだよ」
情けないだろう、死神の癖にと浮竹は笑って見せるが京楽の反応は無い。
恐る恐る首を動かして京楽の方を向くと俯いてきつく唇を噛み締めている姿が目に入った。
「怒って、いるのか?持病のこと黙ってたから・・・」
その言葉に弾かれたように京楽は顔を上げる。
「まさか・・・!僕に心配をかけまいと、敢えて教えなかったんでしょう?それくらいのこと、僕にも分かりますよ。ただ・・・」
そこまで言いかけて迷うように京楽は言葉を切った。ぎゅっと握り締めた手が心なし震えている。
訝しげに自分を見詰める浮竹の視線を受けながら、京楽はつい最近自覚したばかりの浮竹への想いを言葉にするべきか自問していた。
浮竹を愛しているという想いに嘘偽りは無い。
ただ、それを口にするのを躊躇うのは、この想いがいつまで京楽の中に在るのか分からないからだ。
記憶が戻った時、自分が今身の内に抱えている溢れんばかりの愛はどこへ行くのかと京楽は問わずにはいられなかった。
もし記憶と共に消えてしまう陽炎のような脆い感情だとしたら、今ここでそれを浮竹に告げて何が得られるというのか。どうせ失くしてしまう想いならば、最初から存在しないとして無視すべきではないのか。
京楽の記憶さえ戻れば、全て丸く収まるのである。京楽は浮竹を愛していたことを思い出し、二人の仲はまた元通りになるのである。
だとすれば、今ここで京楽が浮竹に愛していると告げることに何の意味があるのか。
そう思いながらも、京楽は胸の内に滾る感情から目を背けることが出来なかった。
この愛は、自分の中にある唯一確かなもの。
それは永遠ではないかもしれない。
それでも、今この瞬間の、この気持ちだけは、決して疑う余地の無い真実だから。
だからこそ、この想いが存在している証を残しておきたかった。
それは単なるエゴだということも自覚している。
それでも。
「今現在」、「ここにいる自分」が浮竹を愛しているのだと、浮竹に知っていて欲しい。
そう心を決めると、京楽は真っ直ぐ浮竹を見据えた。
「十四郎さん」
「な、何だ?」
「僕は、貴方に独りぼっちで苦しんで欲しくない。だから、辛い時はちゃんと伝えてください。僕は大した役には立たないだろうけど、それでも貴方の傍にいることは出来ます。自分独りで何もかも抱え込まないで下さい」
「きょうら」
「貴方の傍に、居たいんです」
溢れんばかりの感情を抑えるために殊更ゆっくりと静かに告げる。抑揚の無い声は、だからこそいっそうその言葉の真実味を雄弁に語っていた。
少しだけ掠れた声音に京楽の余裕の無さを感じ取って浮竹は息をするのも忘れて目の前の男を見詰めた。
「十四郎さん」
京楽が熱に浮かされたように浮竹を呼ぶ。
琥珀の瞳に宿る強い光に射抜かれて、ぞくりと背筋を悪寒にも快感にも似た震えが走るのを浮竹は感じた。
「十四郎さん」
渇ききった喉からやっとの思いで絞り出される声はひどくしゃがれていた。
想いを伝えるなんて簡単なことのはずなのに、どうしてこんな切羽詰ったような気分に陥っているのだろうかと京楽は頭の片隅で冷静に観察するが、このどうしようもない焦燥感は薄れない。
京楽を支配する圧倒的な感情は「好き」なんて陳腐な言葉ではとても言い表せない。
浮竹への愛は、生まれたばかりの星のように強く激しい輝きを放ちながら京楽の心の中で息衝いているのだ。
それはきっと魂と魂を触れ合わせることでしか伝わらないものなのかもしれない。
この想いを伝えるには、言葉はあまりにも不完全な道具だ。
それでも京楽は浮竹に伝えたかった。
どれほど彼を愛しているのかを。
だから、ありったけの想いを込めて、京楽は言う。
「愛しています」
*
「・・・・・・な」
突然の京楽の告白に浮竹の身体が強張る。大きく見開かれた深緑の瞳が映し出すのは京楽だけだ。
「何を言って・・・?だって・・・お前、昨日までそんなこと・・・・・・っ!まさか!?」
怒りとも悲しみとも付かない表情で浮竹はきっと睨み付ける。
「まさか、俺の病を知って同情して」
「違います!」
浮竹の言葉を遮って京楽が鋭く叫ぶ。挑むような視線に浮竹の肩が小さく跳ねた。
「じゃ、じゃあ、どうして・・・・・・?」
「気が付いたら恋に落ちていた、では駄目ですか?」
気が付いたら、既に京楽は浮竹を愛していたのだ。くだらないことに囚われて自分自身の心が見えていなかっただけで、浮竹がありのままの自分を受け入れてくれた時にもう自分は彼に恋していたのだ。
自分でも馬鹿な話だと思うがそれが事実だった。
だがどうすればそれを浮竹に伝えられるのか京楽には分からない。どんな言葉も京楽と浮竹の心を繋ぐにはあまりにも不十分だった。
「そんなこと・・・お前は俺のことなんてなんとも思ってないんじゃなかったのか?」
「切っ掛けなんて重要なことですか?苦しむ貴方を前にして、突然貴方への想いに気が付いた。それの何がいけないんですか?」
「そんなの・・・やっぱり同情じゃないか!」
「僕は同情でこんなことを言う男じゃない!!」
愛の告白のシーンの筈が話が噛み合わない。いつの間にか京楽も浮竹も興奮のあまり喧嘩腰になっていた。二人とも声を荒げそうになるのを必死で抑えるが、それでも語尾がきつくなってしまう。
肩で大きく息をしながらしばらく京楽と浮竹は睨み合っていた。
やがて視線を浮竹から逸らしてふぅ、と大きく深呼吸すると京楽は努めて穏やかな声を出しながら「十四郎さん」と切り出した。
「何故か、なんて正直言って僕にも分からないんです。強いて言えば『貴方が貴方だったから。そして、僕が僕だったから』としか答えようが無いんです」
「京楽・・・」
「愛しています、十四郎さん。他にどうすれば僕の気持ちが貴方に伝わるのか分からない。こうやってアイシテルと言うことくらいしか僕には出来ません。でも、この気持ちに嘘は無いんです。だから」
逸らした視線を元に戻すと、京楽はもう一度真っ直ぐ浮竹を見据えた。
「何度でも繰り返します。貴方が僕の言葉を信じてくれるまで、何度も何度も何度でも」
切なく震える声が浮竹の耳の奥で響く。
栗色の瞳に秘められた柔らかな光が、心の一番深い所を照らしていく。
吸い込まれそうに深く
泣きたくなるほど優しい光は
生まれたばかりの星のような煌きを浮竹の心に降らせる。
(俺は・・・以前にもこの光を見たことがある・・・)
初めて京楽に好きだと言われた時も、京楽は今と同じ瞳をしていた。
その瞬間、京楽は真実を語っているのだと浮竹は理解した。
京楽は自分を選んでくれたのだ。記憶を失くしてしまっても、もう一度自分を愛してくれたのだ。
夢を見ているようだと思いながら、浮竹は京楽の胸にそっと手を置くとそのまま顔を埋めて京楽に体重を預けた。
とくとくと規則正しく脈打つ京楽の心臓の鼓動を身体中で感じる。
「あたたかい・・・」
はらはらと零れ落ちる真珠のような涙が京楽の胸を濡らした。
「十四郎さん・・・」
ただ静かに涙を流し続ける浮竹に戸惑いながらも、京楽はおそるおそる両手を浮竹の身体に回す。
「好きです」
浮竹がこくりと頷いたのを感じて、回した腕に力を込める。
しっかりと浮竹を抱き締めながら、京楽は生まれて初めて味わう幸福を噛み締めた。
*
しばらくして徐に京楽が口を開くと「・・・・・・花天狂骨と『対話』してきました」と呟いた。
「本当か?!」
驚いて浮竹は顔を上げる。
「戦う、覚悟が出来たんです。貴方と一緒に戦うためには力が必要だから」
「京楽・・・」
「十四郎さん、今の僕なら、花天狂骨に認められた僕なら、貴方の隣に立つ資格がありますか?」
「どういう意味だ?」
「今の僕には貴方と過ごした二千年分の記憶は無いけれど、貴方への想いは本物だと確信を持って言えます。貴方の知っている『僕』を忘れてくれとはいいません。でも、これからは『今』の僕を愛して欲しいんです。
今、この瞬間に貴方の前に居る僕という存在を見て下さい」
「記憶があろうと無かろうと京楽は京楽だろう・・・?」
浮竹には京楽の云わんとしていることがよく分からない。「今」の京楽も「以前」の京楽も、浮竹にとっては同じ京楽なのだ。どちらかを選ぶ必要など無い。
それなのに何故京楽はこんなにも不安な表情をしているのだろうか。
「それは分かっています。それでも、貴方に『僕』を愛していると言って欲しいんです」
子供の我侭のようだとは知りながらも、京楽は浮竹に記憶の無い今の自分を選ぶと言って欲しかった。
浮竹にとっては自分も記憶を失くす前の自分も関係無いのだからこんなことは意味が無いと理解しながらも、京楽はどうしても浮竹に自分だけを愛して欲しかった。
そんな京楽の気持ちを理解出来ずとも何かを感じ取ったのか、浮竹は仕方がない奴とでも言うようにふわりと微笑む。
そして「愛してるよ」と囁きながら自分の唇を京楽のそれに重ねたのだった。
触れるだけの口付けは、全身が蕩けそうなほど甘かった。
そっと京楽の頬を両手で包み込むと、浮竹は何度も何度も啄ばむような短い口付けを繰り返す。浮竹の唇の柔らかさに陶然として京楽は目を閉じた。全神経を己の唇に集中させながらも、半ば夢心地で浮竹の唇の感触を味わう。
しかしやがてそれだけでは物足りなくなった京楽が舌でぺろりと浮竹の唇を撫でると、まるでそれを待っていたかのように容易に浮竹は口を開き京楽の舌を咥内へと招き入れた。
ぴちゃぴちゃという濡れた音を響かせながら互いの舌が絡まり合う。京楽は浮竹の巧みな舌の動きを少し意外に思ったが、すぐに二人の唾液が混ざり合うこの甘い行為に没頭していく。
「んんっ・・・!」
咥内で暴れ回る京楽の舌に反応してびくびくと小刻みに身体を震わせる浮竹にすぐに我慢が出来なくなり、京楽は口付けをしながらとさりと浮竹を布団の上に押し倒した。
そして一端唇を離して見詰め合う。快楽に潤んだ浮竹の瞳に理性が吹き飛ばされそうだった。
「どうしよう・・・・・・貴方が欲しくてたまらない・・・」
全く余裕の無い表情をして熱っぽく上擦った声でそう告げるのが精一杯だった。
我ながらガキみたいな頭の悪い台詞だとは思ったが今の京楽は格好付ける余裕も無いほど浮竹が欲しくて欲しくて堪らなかった。
京楽の言葉に浮竹は一瞬目を見張るが、直ぐに京楽が自分を抱きたいと言っているのだと理解する。
いつもは微笑を湛えて巧みな技術で自分を翻弄する男の、常に無い緊張した表情を見て取って妖艶に微笑むとそっと京楽の頬に手を添えて了承の意を示した。
誘われるままに覆い被さってくる京楽の体重を受け止めながら浮竹は満足そうに喉を鳴らしたのだった。
*****
眼下に広がる淫靡な光景に京楽は思わずごくりと唾を飲み込んだ。ゆらゆらと上下する髪の白と時折覗く舌の紅さのコントラストに頭がくらくらする。
熱い溜息があとからあとから唇をついて溢れ出す。声が出そうになるのを意地だけで押さえ込んだ。
「じゅ、十四郎さん・・・」
「ん?」
自分の雄を銜え込んだまま上目遣いで答える浮竹の姿は刺激が強すぎて、京楽のそこは一際大きさを増す。
「こ、こんなこと、貴方がしなくてもいいのに・・・」
「いいんだよ、俺が好きでやってるんだから。全部俺に任せてお前は気持ち良くなることに集中していればいい」
「でも・・・って、うわぁ!」
一気に根元まで含まれて一瞬快感の波に持っていかれそうになるのを必死で耐えた。
自分の愛撫に面白いほど素直に反応する京楽を見て浮竹は気を良くしていた。普段なら京楽の手練手管に翻弄されて快楽に溺れてしまうのは浮竹の方だ。
だからこうやって自分の与える刺激で快楽に顔を歪める京楽を見るのがひどく嬉しかった。それに、今の京楽と比べれば自分の方が何倍も経験豊富であるという事実が浮竹の気を大きくさせていた。
だからこそいつもならしないようなことですら出来てしまう。自ら寝間着を緩め下帯を脱ぎ捨てると浮竹は既に勃ち上がり始めている自身を扱き始めた。
すぐに先端からは透明なものが滲み出し淫猥な音と共に浮竹の白い手を濡らす。そして京楽に見られているにも拘らずたっぷりと濡れた指を後孔に這わせた。抽挿を繰り返す度にぐちゅぐちゅという卑猥な水音が響く。
目の前で繰り広げられる淫らなシーンに京楽は食いしばった歯の間から熱い吐息と一緒に呻き声を漏らした。
どうかすると目の前の眺めだけで達してしまいそうになるのを今にも砕け散りそうな理性を総動員して堪える。
「十四郎さん・・・・!」
切羽詰った声と共に下腹部に散らばった髪を一房掬うと、京楽は身体を起こした浮竹に視線だけで懇願する。
チョコレート色の瞳は劣情の光に揺れて今にも溶け出しそうだった。
「・・・んぁっ・・・!」
視界を覆う白の鮮やかさはひどく幻想的で、京楽は夢でも見ている気分だった。しかしこれが現実なのだということは自身の昂ぶりに感じる灼熱が証明している。
京楽を根元まで銜え込んだ浮竹の中はひくひくと収縮を繰り返しきつく絡み付いてくる。
生まれたままの姿になって京楽の上で淫らに腰を振る浮竹は壮絶な色香を放っていた。
汗ばむ肌。
激しい息遣い。
浮竹が動く度に響く卑猥な水音。
脳髄まで射るような快感と熱に京楽は眩暈を覚えた。
「しゅ・・・すい・・・気持ち良い、か・・・?」
「・・・!十四郎っ・・!」
いじらしくもそんなことを尋ねてくる浮竹に京楽の胸は一杯になる。
堪らず勢いよく身体を起こして浮竹を押し倒した。突然体位が変わった反動で二人を繋いでいた楔が外れる。
しかし、突然自分の中から消えた質量に浮竹が驚いて声を上げる間も無く、京楽は昂ぶり切った自身を濡れそぼったそこに押し当てる。
そして一息に奥まで突き入れた。
「あぁぁぁ!!!」
駆け引きもテクもない京楽の若さと欲だけに突き動かされた余裕の無い突き上げに、それでも浮竹は感じてしまい悲鳴にも似た喘ぎ声を上げる。
浮竹が激しく首を振る度に乱れる艶やかな銀白色の髪が京楽の欲情を更に煽っていく。
浮竹が自分に感じて乱れているという事実が嬉しくて、それがまた強烈な官能を誘い、京楽はもう完全に我を忘れる寸前だった。
「春水・・・!春水・・・!!!」
「好きです!愛してます!!」
抱き締め合いながら夢中になって口付けを交わす。
心も身体も溶け合って一つになるような錯覚をしながら二人は高みへと登り詰めて行く。
「ぁああああ!」
浮竹の内壁が一際強く締め上げるのを感じて京楽はもうこれ以上は入らないというくらい思い切り深く突き上げた。
浮竹が達した後一瞬遅れて京楽も吐精する。
その瞬間、脳髄を電流のように駆け抜けた快感と共に強烈な光が瞼の奥で爆発して、目の前が真っ白になった。
*****
少し高い位置から呆然と見下ろす「自分」を見て、京楽は全てを理解する。
視線を移せばまだ完全には発育しきっていない両腕が目に入る。髪に手を遣ればそれは記憶にある通りの長さだ。身に着けているのは気に入っていた着流しだ。
それに引き換え目の前にいる男は死覇装に身を包み、長い髪は風に靡いている。
辺り一面真っ白な花弁に覆い尽くされた世界で、青年の姿の京楽と壮年の姿の「京楽」は向かい合っていた。
京楽が若い頃の姿でいるということはつまり、この白い世界は京楽の精神世界である。
「そうか・・・貴方はずっとここで、この白い世界を守っていたんだね・・・・・・」
自分の役目は終わったのだと理解した。
「君は、一体・・・?」
戸惑った表情の男に微笑みかけると、青年は一歩前へ踏み出す。
同時に青年の身体が淡い光を放ち始めた。
「十四郎さんは、僕のことを好きだと言ってくれたけれど、その言葉に嘘は無いと思うけれど、きっとあの人のためにはこうするのが一番良いんだろうな」
誰よりも浮竹を愛すると誓うことは出来るけれど、浮竹が本当に必要としているのは、彼と同じ時間を共有した京楽なのだ。
二千年もの長き時を生き、多くの出会いと別れを経験したあの人から、共に生きてきたたった一人のかけがえの無い存在を奪うことなど出来ない。
だから、これでいい。
浮竹を愛してるから。
浮竹の幸せを願っているから。
一歩踏み出すごとに青年の京楽の身体が少しずつ透け、光の粒になっていく。
「もう、十四郎さんを悲しませるようなことはしないでくれよ」
ゆっくりと、男の心臓に手を伸ばす。
「あの人と、幸せになってくれ・・・」
最後に青年が微笑むと、ぱん、という音ともに青年の京楽の身体は完全に光の粒へと変わった。
そして、見る見るうちに残された京楽の胸に吸い込まれていく。
最後の一粒の光が消えると同時にざあっという音と共に風が吹き荒れ。白い花弁を吹き上げる。
花吹雪が視界を純白に染める中、微かな声が木霊した。
・・・・・・ありがとう、十四郎さん
*****
「京楽?おい、京楽、どうしたんだ?どこか痛むのか?」
京楽が目を開くと、そこには心配そうな表情の浮竹がいた。
「良かった・・・眠ったまま泣いているから、驚いたよ」
浮竹の言葉に頬に手を遣ると、確かにそこには涙の跡がある。
何かとても切ない夢を見ていた気がするが、まるで頭に霧がかかったように何も思い出せない。
「京楽・・・?」
頬に添えられたままの京楽手に白い手が重ねられる。ひんやりとした感触にはっ、と突然意識を失う前の出来事を思い出して京楽は身を起こした。
「浮竹・・・!大丈夫!?鬼道衆は?」
「え・・・?」
「あれ?ここは雨乾堂じゃない。どうして僕達ここに・・・?それよりどうして僕達裸なの??」
「京楽!お前、思い出したんだな・・・!」
「え?何のことだい?」
困惑している京楽を無視して浮竹はがばりと京楽の首に抱きつくと、そのままぽろぽろと涙を流し始めた。突然泣き出してしまった浮竹に京楽が驚いて息を呑むのが分かったが浮竹は構わず京楽の胸に縋って泣き続ける。
喜びと安堵で胸が一杯で、他のことなど考えられなかった。
浮竹が泣いている理由は分からないがとにかく浮竹を安心させたくて、京楽は子供のように泣きじゃくる浮竹の小刻みに震える肩をそっと抱きしめる。
そして、大丈夫だよ、僕はここにいるよ、と優しく浮竹の耳に囁くのだった。
僕はここにいるよ。
愛してるよ、十四郎。
腕の中で小鳥のように震える浮竹の涙が乾くまで、京楽は何度も何度も愛の言葉を呟くのだった。
12.09.09