お弁当
「キャラ弁当って知ってるか?」
突然の浮竹の質問に、海燕は読んでいた書類から目を放して胡散臭そうに浮竹を見詰めた。
「・・・知ってますけど、何ですかいきなり」
突然部屋にやってきたかと思うと、何の脈絡も無くそんなことを言い出した浮竹に、海燕は不審の目を向けずに入られなかった。
思わず答えの前に間が空いてしまったのも警戒してのことだ。
「最近現世で流行ってるんだってな」
「そうですけど・・・だからどうして突然そんなこと言い出したんすか?」
「いやあ、現世任務から帰ってきた女性隊士達が話しているのを耳に挟んでな。面白そうだから俺も作ってみようと思ったんだ」
「へえそうですか・・・って、隊長が作るんですか?!?!」
流石の海燕もこの展開は予想していなかった。
どうせキャラ弁を食べたいからと言って自分に作らせるのだろうくらいに思っていたのだ(勿論海燕自身は断るつもりであったが、浮竹に懇願されれば嫌とは言えない海燕のこと結局自分で作る羽目になっただろう)。
だからまさか浮竹が自分で作りたいなどと言い出すとは思っても見なかったのだ。というか、浮竹が料理をするなんて考えただけで恐ろしいと海燕は内心で青くなった。
味オンチというわけではないが、腹に入ってしまえばどれも同じだというよく言えば大らかな、悪く言えば大雑把な考えで料理をする浮竹のこと、細かい味付けなど到底無理である。
それにそもそも不器用、というか細かい作業の苦手な浮竹が繊細な作業を必要とするキャラ弁作りなど出来るわけがないと海燕は確信していた。
「そんなに驚かなくてもいいだろう?まあ最初から凄いものが出来るとは俺も思っていないからな。とりあえずキャラをイメージできるような素材で弁当を作ってみようと思ったんだ」
「キャラをイメージ、ですか?」
それってもう既にキャラ弁じゃないんじゃないかという疑問が喉まで出掛かったが敢えて飲み込んだ。満面の笑みの浮竹に水を差すようなことは隊長思いの海燕には出来なかったのである。
もっともそれが災いしていつも浮竹のペースに巻き込まれ泣きを見ることに当の本人は気付いていない。
「そうなんだ。まあ最初だからイメージしやすい奴ってことで京楽のキャラ弁を作ってみたんだが」
「きょ、京楽隊長ですか?!」
京楽隊長のキャラ弁ってどーなんだ、っていうかあのオッサンのキャラ弁なんて誰が食べるんだ、と海燕は突っ込みを入れずにはいられなかった。
そもそもイメージしやすいとは一体何を基準にして言っているのか。浮竹の美的センスを信用していない海燕は、浮竹の持つ京楽のイメージが想像できない。
いや、怖くて想像したくないと言った方が正しいのかもしれないが。
「京楽隊長のイメージの素材で弁当なんて作れないと思うんですけど・・・」
「いやいやそんなことはないぞ。実際もう作ってあるし」
「え!?!?」
驚く海燕をよそにどこに隠していたのかおもむろに浮竹は大皿を取り出すとどんっと勢いよく海燕の前に置いたのである。
しかも信じられないことに皿の上にはサンドイッチが山積みになっている。
(サンドイッチじゃキャラ弁の意味がねーだろーーー!!!!)
と心の中で叫びながら海燕は脱力せざるをえなかった。というかもうキャラ弁とは何の関係もなくなっている。ここまで来ると発想の転換と言うよりはキャラ弁と言う概念そのものを完全に無視している。流石天然である。
なんて恐ろしい人だ、と海燕は完敗した気持ちで一杯だった。何に負けたのかはわからないが、とにかくこの人にだけは絶対に何があっても敵わないと思った瞬間である。
しかしサンドイッチとは何ごとか。確かにあの顔から体毛から何もかも濃いオッサンには日本人の心ともいえる(と管理人が勝手に思っているだけかもしれないが)白米は似合わないかもしれない。
でもだからといってパンのイメージも違うだろう。いやしかしよく考えたら酒以外にあのオッサンのイメージと結びつく食べ物なんて無いだろう。って言うかあの人の好きな食べ物ってうきた・・・
浮竹のサンドイッチ攻撃(?)の前に海燕の脳はパンク寸前だった。
思考が全然キャラ弁とは関係の無い浮竹の痴態に飛びそうになったところで海燕は漸く重要なことに気が付いた。
「あの・・・このサンドイッチの中身って・・・」
「桜でんぶとモズク酢だ!」
自信満々に言い切った浮竹に、今度こそ海燕の頭の中は真っ白になった。
桜でんぶともずくって・・・!!!いや桜色は確かに京楽の好む色だし、もずくも何となくイメージとしてはわかる(もじゃもじゃだからね)。
でもだからと言ってその二つの食材を一緒にするのはどうなのだろう。
しかもサンドイッチの具として。
「う、浮竹隊長・・・これはいったい・・・」
「やっぱり具が足りなかったか?本当はひじきとふえるワカメも入れようと思ったんだがそれだとちょっと見た目が良くないかと思ったんだよ」
「ひじきとふえるわかめって・・・」
これ以上もじゃもじゃにしたかったのか!!いやそもそもあんたの中の京楽隊長のイメージってピンクと体毛しかないのかよ!!!!!それってどんなイメージなんだ!!!!!
って言うか一応あんたの恋人だろう!他にもっと表現するべきことはあるだろうが!!!
と、海燕の頭の中ではあまりにも多くの突っ込みが駆け巡り収集がつかなくなっていた。
桜でんぶとモズクが具のサンドイッチと言う時点であまりおいしそうな見た目ではないにもかかわらず、見た目を気にしてひじきとわかめを入れなかったと言う浮竹の思考のおかしさには気付いていないところが海燕の錯乱振りを表している。こうやって完全に浮竹のペースにはまっていくから苦労が多いのだと言うことをまだ理解できないあたり、海燕の副官としての経験値の低さが窺われる。
「ま、とにかく食べてみてくれ!」
全く邪気の無い笑顔でそう言い放つ浮竹に海燕は青くなった。
パンは嫌いではない。桜でんぶも好きか嫌いかと問われれば好きである。モズクは・・・まあ特に好きと言うわけではないが、食べられないわけでもない。
だが、しかし。
その3つの具材を一つにしたものがうまいとは思えない。
桜でんぶの仄かな甘みと、モズク酢の酸味が食パンと一体に・・・なるなどとはとても思えなかった。
「あ、あのぅ、隊長は味見なさったんですか?」
「いいや?折角作ったんだから誰かに一番に食べてもらいたくてな」
「頼むから味見してください」
「いやでもおいしくなかったらちょっと傷付くだろう?」
訳のわからない浮竹の論理に、海燕は今度こそ頭を抱え込みたくなった。
確かに自分で作った料理が不味かったときの精神的ダメージは大きいものがある。だからと言って味見もしないで誰かに料理を食べさせるのはあまりにも大きな賭けではないだろうか。
と言うか、死ぬほど不味かった場合に被害に会うのは自分であることを認識しているため、海燕は何があっても浮竹のキャラ弁(もう既にキャラ弁という概念を超えているが)を食べるのを回避したかった。
「沢山作ったからいくらでもおかわりできるぞ」
「いや、俺腹減ってないんで」
「一口でいいから」
「いえ一口も入らないくらいおなかいっぱいな」
「何を言ってるんだ、昼飯前だぞ。おなかが空いてるに決まってる」
ひたすら笑顔でサンドイッチを勧めてくる浮竹に、海燕は泣きたくなった。
浮竹の菩薩のような笑顔が逆に怖い。
「な、海燕?」
「か、勘弁してください・・・!」
「ほら一口でいいから」
サンドイッチ片手に笑顔で迫ってくる浮竹に海燕は本気で身の危険を感じた。
「ほら、あーん」
(だ、誰か助けてくれーーーー!!!!!!!!)
海燕の悲痛な叫びは昼休みを告げる鐘の音に掻き消されたのだった。
お弁当 2
「おべんとついてるよ」
その人はそう言ってひょいと俺の頬についていた米粒を指で挟むと、そのまま口に運んで食べてしまった。
なんでもない動作だったのに、俺の心臓はどきりと跳ねた。
「ああーひどいよ浮竹ぇ。そんなこと他の男にするなんて」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。相手は子供だぞ」
子供、と言われて俺は少し傷付いた。
さっきの仕草は俺が子供だからしてくれたのかと、何故か悔しくなった。
***
護廷十三隊の隊長が二人、父を訪ねてやってきた。
小さかった俺は、護廷隊の隊長に会うのはその時が初めてで、志波家の跡取り息子として恥ずかしくない振る舞いをしなければとがちがちに緊張していた。
そんな俺の前に現れたのは、目の覚めるような真っ白な髪が印象的な男と、薄紅の着物を隊長羽織の上に着て編み笠を被った派手な男だった。
二人とも隊長なのに妙に威厳に欠けていて、なんだか拍子抜けしたというのが正直な感想だった。
白い髪の男は俺を見た途端にこにこと満面の笑みを見せ、派手な格好の男はだらしなく目尻を下げてその男を見つめるだけだったから。
一緒に食事をする間も、その印象は変わらなかった。
白い髪の男は仕切りと俺の好きなものを尋ねては自分の膳から俺の膳へと料理を移していき、もう一人は父と酒を酌み交わしながら、時折ひどく優しい目を白い髪の男に向けるのだった。
***
「何言ってるんだい。海燕君はもう立派なオトコだよ」
思わず顔を上げると、俺をじっと見詰める視線とぶつかった。
穏やかな表情にもかかわらずその男の目はひどく冷たくて、まるで底の見えない深海を覗いているようだった。
その目に見詰められると、まるで俺の心の中を全て見透かされるようで背筋が凍りつく思いがした。
「僕は浮竹のことになると嫉妬深いからね。だから僕の前で他の男に優しくしないで欲しいなあ」
男はくしゃりと笑って見せたけど、その言葉を本気で言ってるのだと俺は直感していた。
人は、自分以外の誰かに狂おしいほどまでに執着できるのだと悟った瞬間だった。
*****
「おべんとついてるぞ、海燕」
「うわ!ちょ、何するんですか、隊長!?!?」
「だってお前がほっぺたにおべんとつけてたから・・・」
「だってじゃないでしょう!子供扱いするのやめてくださいよ!!!」
「あああ!ひどいよ浮竹、他の男に優しくするなんて!」
あれから100年。
俺は成長して白い髪の男の副官になった。
「海燕君も油断も隙もあったものじゃないねぇ」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。海燕相手に嫉妬だなんて」
「だってねえ・・・」
意味深に京楽隊長は俺に視線を向ける。
相変わらず目は笑っていない。
「勘弁してくださいよ。俺は痴話喧嘩には巻き込まれたくないんです」
子供の頃に垣間見た、京楽隊長の浮竹隊長への狂気にも似た独占欲。
大人になった今も、それは俺の心に焼き付いている。
「俺は死の危険に身を晒してまで誰かのものを奪おうとするほど飢えてませんよ」
脈絡の無い俺の言葉に浮竹隊長は不思議そうな顔をして俺を見たけれど、俺はそれには答えない。
京楽隊長は口の端を少し上げて訳知り顔に笑っただけだった。
抹茶
「えぇ~と、今日って何か特別な日だっけ?」
と、思わず尋ねてしまったのも無理はないと思う。
だって僕の目の前に広がるのはいつもより数段豪華な料理の数々。
浮竹が凝った夕食を用意する時はいつもお祝い事のあるときだから、何か御目出度いことでもあったのかと思ったんだ。
「いいや。特にこれと言ってお祝い事はないな」
「じゃあ、どうして今日はこんなに豪勢なの?」
「たまにはいいだろう?お前が俺を訪ねてきてくれることほど喜ばしいことはないんだから」
そう言ってにっこりと微笑む浮竹に、僕は急に不安になった。
恋人にそんな可愛いことを言われて嬉しくない男はいないと思うけど、僕は喜ぶ前に浮竹が悪いものでも食べたんじゃないかと心配になってしまった。
愛されている自覚はあるけれど、僕の恋人はこんな風に面と向かって愛情表現をするタイプではない。
二千年以上も一緒にいるって言うのに、恥ずかしがり屋な僕の恋人は未だに「好きだ」とか「愛してる」っていうのは照れ臭いらしい(その分僕が沢山浮竹に愛を囁いている)。
ま、そういうところもかわいいんだけどね。
兎に角、そんな訳で僕は浮竹のいつもと違う様子に何だか嫌な予感がした。
「一生懸命作ったんだから全部残さず食べてくれよ」
「・・・って、えええええええ!これ君が作ったの!?」
「ああ」
浮竹が料理したと言う事実に、ますます僕は不安になった。
一体何か悪いことでもしただろうかとここ最近の記憶を高速再生で確認するほどに。
浮竹に優しくされて嬉しさよりも恐怖が勝るなんてちょっとどうかと自分でも思うけど、慣れてないものは仕方がない。浮竹が僕のために料理してくれることなんて、今までの経験でも数えるほどしかない。
もともと浮竹はそんなに器用な方じゃないから料理が苦手というのもあるけど、僕の方がおいしいものを食べて喜ぶ浮竹を見るのが好きだから、暇を見ては浮竹のために何か作ってあげることの方が多い。
それに自慢じゃないけど僕の方が浮竹より数倍器用だから、料理とか細かい作業には向いてるんだ。
それでも過去に浮竹が作ってくれた料理は、味はともかく浮竹の愛情がいっぱい詰まっていたから全部残さず食べたけどね。
ああ、僕ってほんと浮竹に尽くしてるなあ。愛だよね、愛。
「でも、ほんとにどうしたの?浮竹らしくないよね」
「そうかな?でも、本当に気持ちを込めて作ったんだ。春水のことだけを考えて」
そう言って浮竹はほんのりと頬を染めた。
それを見た僕はもう感動で胸がいっぱいになったんだ。色々考えすぎて何か裏があるんじゃないか、って浮竹を疑った自分が恥ずかしくなった。
僕のために一生懸命浮竹が作ってくれた料理なんだ、ありがたく頂くべきだよね、うん。
「そうか、そうだよね。ありがとう、浮竹。じゃあ遠慮なく頂くよ」
「良かった。じゃあこれから食べてみてくれ」
じーんと幸せを噛み締めながら、僕は浮竹に手渡された皿の上の料理をゆっくり口に運ぶ。
「!!!」
食べた瞬間口の中に広がったのは、抹茶の味だった。
「う、浮竹、これ・・・?」
「抹茶豆腐だよ」
極上の笑顔でそう告げた浮竹に、僕は絶句した。
だって抹茶は僕の大嫌いな食べ物だし、浮竹もそれを良く知っているのだから。
一口食べた抹茶豆腐は確かに豆腐の食感だったけど、大豆の味は殆ど無くて抹茶の味しかしないから抹茶を食べてるのと変わらない。
浮竹は怒っている。
満面の笑顔を浮かべて優しい言葉を僕に掛けながらも、浮竹は怒っていると僕は確信した。
それも、激怒しているのだ。
「こっちはかに身と湯葉の抹茶和え。これは百合根の抹茶がけだろ。抹茶味のお吸い物に、抹茶を衣に入れた天麩羅。それから抹茶蕎麦に抹茶茶漬け。
デザートは抹茶白玉に抹茶アイスクリーム、抹茶チーズケーキに抹茶シフォンケーキ」
見事に抹茶尽くしの献立に僕は顔面蒼白だ。
一つ一つ料理を説明する間も浮竹は笑みを崩さない。
その美しさは天使の微笑みとでも形容すべきなんだろうけど、逆にそれが僕を恐怖のどん底に叩き落す。
「う、浮竹ぇ・・・僕何か怒らせるようなことしたなら謝るから・・・」
半泣きで浮竹に縋り付く僕はカッコ悪いことこの上ないけど、背に腹は代えられない。
どうして浮竹がここまで怒っているのか僕には見当もつかなかったけど、浮竹の許しを請うためなら土下座しても構わないと思うほど僕は追い詰められていた。
抹茶如きで何を情けないと思うかもしれないけれど、自分の嫌いな食べ物だけを大量に食べさせられる苦しみは拷問以外の何者でもない。
だから何としてでも僕は浮竹に許してもらいたかった。
だけどそんな僕の哀願に、浮竹は笑って「全部食べてくれるだろう?」と言っただけだった。
これは全部食べ終わるまでは何があっても絶対に許す気はないと言うことだ。
こんな理不尽な罰を黙って受けるべきではないのだろうけど、そこはほら惚れた弱みって奴だよ。大嫌いな抹茶を食べるよりも浮竹に嫌われる方が僕にとっては大問題なんだ。
だから泣く泣く覚悟を決めるという道しか僕には残されていなかった。
抹茶豆腐の二口目は、やっぱり抹茶の味しかしなかった。
すいか
「あらぁ?京楽隊長、何読んでるんですか?」
久しぶりの休日に瀞霊廷図書館に出かけたら意外な人物に会った。
「松本君。珍しいねぇ、こんなところで会うなんて」
居酒屋でばったり出くわすことはあっても、図書館で京楽隊長に会うなんて初めてのことじゃないかしら。まあ私は普段図書館に来ることなんて滅多に無いから当たり前なのだけど。
「私だって図書館くらい来ますよ。で、さっきから熱心に何読んでるんですか?」
「はは、僕の小説の資料として軽い気持ちで読み始めたんだけどね、これが結構面白くて」
そう言って京楽隊長は表紙を見せてくれた。
「Watermelon。Marian Keyes著。なあんだ、ハーレークイーンじゃないですか」
「うぅん、まあ確かにハーレークイーンみたいなお約束の展開と言うかハッピーエンドは最初から決まっているみたいなお話ではあるけど、コメディ色が強いし、鬱とかドラッグ中毒とか女性の抱える問題にまじめに取り組んでる、なかなか読み応えのあるお話だよ。タイトルの西瓜だって、妊娠してからぶくぶく太ってしまった主人公が自分の身体が西瓜みたいにまんまるになっちゃったって自分を卑下してるところから来てるんだし」
そう言われてよく見ると、確かにその本はハーレークイーン社から出版されているものではないみたいだった。それにしても女性の体型をスイカに例えるなんて、なかなかやるわね、この作者。
「うわあ。なかなか厳しいわ・・・。でも、京楽隊長の小説とは趣が違うじゃないですか。参考にはならないんじゃないですか?」
「そうかなあ?」
京楽隊長が瀞霊廷通信で連載している「バラ色の小径」は前に一度読んだことがある。実に京楽隊長らしいというか、紆余曲折はあるけれど、基本は主人公とヒロインの純愛をテーマにした話だったと思う。
「そうですよ。だって京楽隊長の恋愛小説って、女性の好む話じゃないですし、男性受けは良いのかもしれないけど男って恋愛小説を読むぐらいなら死んだ方がマシって思うでしょ?だからあんまり人気ないんですよ」
「ま、松本君・・・ひどいことをそんなさらっと言わなくてもいいじゃない」
「でもほんとのことですし」
「うううん・・・でもどうして僕の小説が女性の好む話じゃないって思うんだい?出てくる女の子は皆必ずハッピーエンドだよ?」
確かに「バラ色の小径」に出てくる女は皆最終的には幸せになっている。主人公に選んでもらえなくても、失恋の痛手を癒してくれるいい男が必ず現れて、終にはその男との恋に目覚めるのだ。
でも、ハッピーエンドだからといって女性読者が幸せな気持ちになるか、と言えばそれはちょっと違うんじゃないかって私は思っている。
「それは・・・京楽隊長の女性観に問題があるんだと思います」
「僕の女性観?」
京楽隊長の、と言うより殆どの男の女性観なのかもしれないけど。
「京楽隊長の女性に対する接し方ってこういつも愛でるような、庇護するような、何て言うか砂糖菓子みたいな優しさで包み込むような雰囲気があるんですよね」
「え?そりゃあそうだよ。僕は女の子好きだから守ってあげたいし沢山甘やかして可愛がってあげたいと思うよ」
「どんなに我侭を言っても京楽隊長なら笑って何でも言うことを聞いてくれるんだろうな、ってわかるんですよ、やっぱり。でも、それってすごく寂しいんです、女からすると」
「寂しい?」
ちやほやされて蝶よ花よと甘やかされるのも悪くないけど、それだけで満足する女なんているのかしら?そんなの、「か弱いオンナ」が好きなだけで「ワタシ」のことを本気で愛してるわけじゃないって私は思うから。
「だってそれは本当の京楽隊長を手に入れたわけじゃないでしょ?京楽隊長だって怒ったり落ち込んだりするのに、そういう弱い部分を自分には絶対に見せてくれない。
京楽隊長のことが好きな女なら、京楽隊長の強いところも弱いところも全て欲しいと思うのに、京楽隊長は絶対にそれを許してくれない。それが直感的にわかるんですよね、女って。それに」
こんなことまで言ってしまっていいのかなと一瞬迷ったけど、なんだか引っ込みがつかなくなってしまって、結局私は言葉を続けることを選んだ。
「京楽隊長にはもういるじゃないですか、京楽隊長の全てを曝け出すことの出来る人が」
「僕に?」
「京楽隊長が落ち込んでいる時、訪ねるのは彼女でも花街でもなくて、雨乾堂なんでしょう?」
結局最後に選ぶのは、浮竹隊長なんでしょう?
アイツみたいに他の男の人と歩む道を選んでしまうんでしょう?女の私には何も言わずに。
「最初から勝ち目の無い勝負なんて真っ平じゃないですか。京楽隊長の小説を読んでいると、女であることが辛くなるんですよ。
愛されて猫かわいがりされても、女だから、決して好きな男の全てを手に入れることが出来ないんだ、って再確認するから。男ってそういうところありますよね。
友達の方が彼女より大事っていうか、男同士の間には女の私には想像もつかない何かがあって、それが悔しいんですよね。だから京楽隊長のことを好きな子は皆、京楽隊長の小説を読むのが辛いんですよ」
「松本君・・・」
女の私には男同士の友情なんて全然理解できないし、したいとも思わない。
でも。
やっぱり私は好きな男の全てを欲しいと、叶わぬ願いを胸に抱いてしまう。
それは女の悲しい性なのだろう。
「あーあ、やんなっちゃう。女って不便ね」
「これから呑みに行くかい?」
「あ、いいですね!京楽隊長のおごりですよ」
「ええ~勘弁してよ~」
「女に尽くすのが好きなんですよね?とことんまで尽くしてくださいね!」
とことん我侭で自分勝手な男達を、それでも女は許してしまうのだ。
そして、自分の所に帰ってきた男達を、何も言わずにその胸に抱きしめるのだ。
きっと、それが女の愛だから。
ライチ
「はい、あーん」
「あーん」
生きてて良かった!と心の中で感動の涙を流しながら僕はせっせとライチの皮を剥く。
現在親友の浮竹十四郎に絶賛片思い中の僕が味わえる、ほんのひとときの幸せ。
それは、浮竹のためにライチの皮を剥いて種を取り除き、口まで運んであげることだ。
子犬のように瞳をきらきらと輝かせて、浮竹は僕の指からぱくりとライチを口に含む。
たったそれだけ。
だけど僕にとっては至福の時間。
だって。
浮竹がライチを口にする姿が、僕のアレを咥える姿に見えるんだもん!!!(←どアホ)
嬉々として浮竹がライチを食べる姿を脳内で浮竹が嬉々として僕のXXをXXXXする姿に変換して、僕は密かに大興奮しているのだ!!!(←変態)
あ~~~幸せ・・・鼻血出そうだよ。もうどうしてこんなに無意識にエロいんだろうね、この子は!
「京楽、もっと欲しい」
「はいはい、ちょっと待っててね」
浮竹のライチをねだる言葉さえも脳内では別のおねだりに変換される。
ああ、願わくばこの時が永遠に続きますように!!!
(最初に戻る・・・)
31.07.09
海燕受難の話は人気がありました。
個人的には乱菊さんの話が書き易かった気がします。