Side K
くしゃくしゃと髪を掻き回す手の感触に僕はゆっくりと目を開けた。寝ぼけ眼に最初に映ったのは、真っ白な髪と翡翠の瞳。
「浮竹・・・」
自然と笑みが零れてしまう。僕を夢の世界から連れ戻したのは僕の親友、浮竹十四郎。
・・・・・・僕の片想いの相手だったりする。
「すまない、起こしてしまったか?」
浮竹は少し気まずそうな顔をしているけれど、その手はまだ僕の頭に置かれたままだ。
今日は休日でしかもぽかぽか陽気だからって統学院の裏山にある大きな桜の木の下で浮竹は読書、僕は昼寝を決め込んでいた。
浮竹と出会ってから知ったんだけど、好きな人の隣で眠るのはとても気持ち良いことだ。
それに特に何をするわけでもないのに、ただ浮竹と一緒にいるだけで僕の心は満たされる。二人の間に流れる静かで穏やかな時間が好きだった。
「まあね、でも気にしないで。それより浮竹さ、本当に僕の髪触るの好きだよね」
別に文句を言ってるわけじゃなくて、ただ純粋に興味があった。
浮竹は何故か僕の髪が好きだ。僕からすれば浮竹の白くて真っ直ぐな髪のほうがよっぽど綺麗なのに、何が楽しいのかことあるごとに浮竹は僕の髪をくしゃくしゃとする。
勿論それが嫌な訳じゃない。むしろ浮竹に頭を撫でられるのは気持ち良くて大好きだから本当はもっとして欲しいなんて思っている。
「そうだなあ。ほら、お前の髪って柔らかくてふわふわしてるだろう?何ていうか、昔近所にいた犬の毛の感触によく似てるんだよな」
満面の笑みでそう言われて思わず耳を疑った。
浮竹、今犬って言わなかった・・・?
「何ていう種類かは分からないんだけど、結構毛が長くて癖毛で、本当に可愛かったんだよ。人懐こかったし。お前の髪を触ってるとあの犬を思い出して嬉しくなるんだよなあ。だからつい、な」
「ふぅん・・・」
僕って犬の代わりなの?って言うか、もしかして僕って浮竹にとって犬以下?なんてちょっとショックを受けたけど、にこにこと本当に嬉しそうに僕の頭を撫でる浮竹を見ていると、犬でもいいかななんて思ってしまう。
・・・・・・これって相当浮竹に参ってる証拠だよね。
ああでも今の僕は犬と大して変わらないかもしれない。浮竹っていう御主人様の後をどこまでもどこまでも追いかける忠犬みたいなものなのだから。
「もっとお前の髪が長かったら、きっとあの犬そっくりの感触になるんだろうなあ」
くすくすと笑いながら浮竹がそんなことを言う。昔を思い出して懐かしくなっているのかその横顔はひどく優しかった。
ああ、君のそんな表情が見るためだったら僕はどんなことでもするよ。
君の願いならどんなものでも叶えてみせる。
優しく髪を撫でる浮竹の手の感触を心地良く感じながら、僕はふと髪を伸ばそうかな、なんて思ったのであった。
Side U
「浮竹の髪って、ほんと綺麗だよね」
心の底から感心したといった風情の京楽の言葉に、握り飯を食べようと大きく開けた口を閉じるのも忘れて俺はぽかんと京楽を見詰めてしまった。
傍から見れば相当間抜けな格好だと思うがそれだけ驚いてしまったんだから仕方が無い。
「・・・そういう台詞は言うべき相手が違うだろう」
返す声音がちょっとだけ剣呑なものになる。そんな女性を口説くための常套句みたいな台詞を俺なんかに告げて何の得があるのか。それにどうして昼休みに弁当を食べながら俺の髪の話になるんだ?
京楽は時々こうやって脈絡の無いことを言い出す。
しかし俺の不機嫌なんて気にも留めず、京楽はひたすらじっと俺の髪を見詰め続けている。なんだか居心地が悪くなって手にしたままの握り飯を包みに戻した。
「本気で言ってるんだよ。ほら、今だって日光を浴びてきらきら白金に光ってる。それに最高級の絹糸よりも艶があるんだ。僕が言うんだから間違いないって」
「お前の目が腐ってるだけだろう」
そっけない態度で憎まれ口を叩いたのは、こいつの言葉に顔が赤くなってしまったのを悟られないためだ。京楽に手放しで褒められて、嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。
家族以外で俺のこの髪を美しいといってくれたのは京楽が初めてだった。
白い髪なんて不吉だとか気味が悪いと疎まれたり病気のせいでこんなことになって可哀想にと同情されたりするのに慣れていた俺は、最初京楽にこの髪を褒められた時馬鹿にされているのかと思って憤りを覚えた。
でも、まるで眩しいものを見詰めるような真っ直ぐな京楽の瞳にそれは本心からの言葉なのだと理解して、俺はその時生まれて初めて嬉しくても泣きたくなるのだということを知った。
それ以来こうして京楽と親友なんて呼べる仲にまでなったのだが、いつの間にか俺は親友という立場だけでは物足りなくなっていた。
それが恋心だと気付いたのはいつのことだろうか?
「本気だって~ねえ、触ってみてもいいかい?」
「え?」
どきん、と心臓が大きく跳ねる。
「ちょっとだけでいいからさ。ね、浮竹?」
「うぅぅ」
こいつは俺の気持ちなんて知らないから他意は無いんだろうけど、俺からすれば京楽に触れられるなんて期待と緊張で心臓が爆発しそうだ。
ああでもやっぱりこいつに仔犬みたいな目で頼まれたら「うん」と肯くことしか俺には出来ない。これが惚れた弱みって奴なのか?
「し、仕方ないな」
「わぁい、ありがとう」
京楽の長い指が伸びてきてそっと俺の髪に触れる。ただそれだけのことなのに、どうしようもなく胸が高鳴るのがわかった。
京楽の着けている香の花の香りに混じって、京楽自身の匂いがする。京楽の体温をすぐ傍に感じて、俺はうっとりと瞳を閉じた。
「思った通り、さらさらでしなやかで気持ち良いなぁ」
ちらと盗み見た京楽は機嫌よく俺の髪を弄んでいる。男の髪なんか触って何が楽しいのかにこにこ笑っている。
「伸ばせばいいのに。きっと似合うよ」
「長い髪なんて邪魔になるだけだろう」
「うーん、でも一旦ある程度まで長くなったら後は放っておけばいいんだから楽だと思うよ」
「そこまで根気が続かないよ」
「勿体無いなあ」
京楽はそう言って本当に残念そうな顔をする。どうしてそこまでこだわるのか、わからない奴だ。そんな京楽を見て、気を惹くために伸ばしてもいいかな、なんてちょっと思ってしまった。
結局俺はこいつの言葉で一喜一憂しているのだ。
「でもさ」
不意に京楽が俺の瞳を捉えた。今まで見たことも無い光が京楽の琥珀色の瞳に宿っている。
「好きなんだよね」
好きという単語に思わずどきっとする。
好きって、まさか・・・
「浮竹の髪」
にこりと微笑んだ京楽とは反対に、俺は恥ずかしさにぷいっとむくれてそっぽを向いた。顔が茹ったように熱い。
そうだよな、何馬鹿な期待してるんだ、俺は。一瞬京楽に告白されたと勝手に早合点してさ。ああ、穴があったら入りたい!むしろ埋まってしまいたい!!
京楽はそんな俺の内心の混乱なんて露知らず「どうしたの?」なんて涼しい顔して聞いてくるものだから、可愛さあまって憎さ百倍って気分で力いっぱい殴っておいた。
「痛いよー僕が何したって言うんだい?」なんて頭を抱えて情けない声を出しているけど構うもんか。全部京楽が悪いんだ!
でも・・・
「髪、伸ばそうかな・・・」
天邪鬼な態度を取ってしまったけど、やっぱり京楽にほめられたのは嬉しくて。
京楽が好きだというのならこんな髪でも伸ばす価値があるのかもしれないなんて思ったのだ。
「え?何か言った?」
痛みに苦しんでいる京楽には俺の呟きは届かなかったみたいだ。不思議そうな顔をして俺を見ている。
こんなへたれな男なのに、やっぱり俺は京楽が大好きで、京楽が喜ぶなら髪を伸ばしてもいいかななんて思っている。そう思うと何だか少し恥ずかしくて、何だか少し悔しかった。
だから絶対京楽には俺が髪を伸ばす理由を教えてやらない。
そう誓うと、俺は振り向いて「何でもないよ」と笑って見せたのだった。
*****
それから月日は流れて・・・
「そういえば、どうして浮竹隊長も京楽隊長も髪を伸ばそうって思ったんすか?」
「んー?僕は癖っ毛だから長いほうが髪が落ち着くんだよ」
「俺も大した理由は無いんだが、まあ強いていえば長いと髪を切る手間が省けて便利だからかな」
「へえ。じゃあ別に二人でお揃いにしようとかって決めたわけじゃないんですね」
「当たり前だろう、どうして俺がこいつのために髪を伸ばさなきゃいけないんだ」
「ちょ、ひどいよ浮竹~!」
「ああもう、うるさい!寄るな!くっつくな!!!」
二人が髪を伸ばす理由は、今でもそれぞれの秘密のまま。
05.09.09
花くまさまからのリクエスト「髪」に関するお話でした。
なんだか微妙な話になってしまってごめんなさいorz
要するに二人とも相手にべたぼれなんだよ、ってお話です^^;