「浮竹。」
「ん?」
「折角恋人同士になれたんだからさあ・・・」
「こ、恋人!?」
「え、違うの!?好きだ、ってそういう意味じゃないの!?」
「いや、違わないけど・・・」
「ああよかった。びっくりさせないでよ。僕の勘違いかと思ったじゃないかあ。」
「お前が変な物言いをするのがいけないんだろ!」
「ええーいいじゃない。親友から恋人になったのは本当のことでしょ。」
「それはそうだが…。名前が変わっただけで別に俺たちの関係に劇的な変化があるわけでもないだろう。」
「そんなことはないよ。だから僕は最初からそう言ってるじゃない。」
「言ってるって、何のことだよ。」
「だからあ、折角僕達恋人同士になったんだからぁ…。」
「な、なんだよ。」
「僕、浮竹にキスしたいんだけど。」
「…。」
「僕は浮竹に口付けしたい。接吻し」
「あああああああああああ。もうやめろ!お前はどうしてそういう直接的なことを平気で言えるんだ!」
「直接的って…。じゃあ詩でも詠うように言えばいいの?その桜貝のようなくちび…。」
「やめろおおおおおおおおおおお。」
放っておけば恥ずかしげもなく歯の浮くような台詞を紡ぎそうな京楽の口を浮竹は両手で塞いだ。浮竹の顔は羞恥のために真っ赤で、心なしか息も上がっている。
動揺している浮竹をよそに、京楽は己の口を覆う手を外し今度は真剣な声で問いかけた。
「僕は浮竹にキスがしたい。だめかな?」
真剣な目でそう問いかけられて、浮竹は言葉に詰まる。
「…お前、最初の時はそんなこと聞かなかったじゃないか。」
照れて赤くなった目元をを隠すためか、浮竹の顔は伏せられている。
「うん、ごめんね。奪った形になっちゃって。」
「いや、責めているんじゃないんだ…。」
「だから今度はちゃんと浮竹の了解を得てからしたいんだ。」
「…。」
「ねえ、浮竹。キスしてもいいかい?」
蕩けそうに甘い声で京楽にそう囁かれると、否と言うことが出来ず、朱に染まった顔はそのままに浮竹はこくりと肯いた。
恭しく、神聖なものを扱うかのようにそっと大きな両手を浮竹の頬に添えると、ゆっくりと京楽は唇を近づけた。
最初はそっと触れるだけ。
そして啄ばむだけのキスを繰り返す。
ふと、京楽が動きを止めた。
「浮竹ぇ。ちゃんと息しなきゃだめだよ。それに身体もこんながちがちで。力抜いていいんだよ。別にとって食おうって訳じゃないんだから。」
「わ、わかってるよ!」
照れちゃってかわいいなあ、などど不埒なことを思いながら、京楽はもう一度唇を重ねた。
頬に添えられた手から伝わる京楽の体温。
少しかさついた指の腹の感触。
京楽の吐息。
心臓の鼓動。
柔らかい唇。
触れるだけのそのキスがあまりに気持ち良くて、浮竹はうっとりと京楽のされるがままになっていた。
(あたたかい…)
春の優しい日差しを浴びているような
深い、光の海にたゆたうような
ただ唇を重ねるだけの行為でこんなにも心が満たされることを、浮竹は初めて知った。
しかし。
びくうぅ!
「ご、ごめん、浮竹!」
「い、いや、大丈夫だ。」
真っ赤になった浮竹の顔を京楽が慌てて覗き込む。
「びっくりさせた?」
唇が触れるだけのキスに浮竹が慣れてきたところで、京楽はほんの少し舌の先で浮竹の唇に触れた。そのまま深い口付けに移ろうとしたのだ。
しかし、京楽の舌を感じた途端、浮竹の身体が思い切り跳ねたのだ。
「本当にごめんね。」
「だ、大丈夫だ。ちょっと驚いて身体が勝手に動いてしまっただけだから!」
明らかに動揺している浮竹を目にして、京楽はまだ早かったかと舌打ちした。
しかしそれにしてはあまりにも初心な反応に、京楽はふと訝しく思う。
「ねえ、浮竹。僕達今までこういう話をしてこなかったけどさ。」
「な、なんだ?」
「君、あんまりキスの経験は豊富じゃないの?」
「・・・。」
黙ってしまった浮竹に、京楽は不躾なことを聞いて怒らせてしまったかと内心冷や汗をかいた。
京楽と浮竹は随分長い時間を共に過ごしてきたが、何故か互いの恋愛について話すと言うことが無かった。
京楽の方は別に隠していたわけではなく、自分から話すことをしなかっただけで、聞かれれば答えるぐらいのことはするつもりだったが、浮竹はそんなことをきいてきたためしがない。
また京楽も他人を詮索することなどしない性質だったから、浮竹に尋ねることもなかった。
そんなわけで気が付けば、京楽と浮竹は互いの恋愛事情について全く知らなかったのだ。
もっとも、京楽の女好きは有名だから尋ねるまでもなかったのかもしれないが。
「経験が豊富というか。」
頬を染めたまま、不意に浮竹が呟いた。
「その、なんだ、俺はこんな病気だろう?遺伝的なものだとは思わないがそれでも可能性はある。だから子供は作らないと若い頃から決めていた。俺は女性と付き合うなら結婚を前提に付き合いたかったが、子供の欲しくない男に嫁ぎたがる女性などいないだろう?だから俺は結婚できないだろうと思って、女性とも付き合わなかったんだ。中には結婚などしなくてもいい、子供もいらないからそれでも付き合ってくれと言ってくれた女性はいたが、俺の方でそこまでして付き合いたいと思う人がいなかったし・・・それに、俺は、その、ずっとお前という親友がいればそれでいいかなと思ってて、別に女性と付き合わなくても良いかなって。」
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと待って。」
浮竹の告白の意味するところを悟って、京楽は耳を疑った。
「浮竹、君、まさか、まさかだけど、何もかも初めてってことは無いよね?」
二千年近く生きててまさかそんなことはありえないと思いながらも、京楽はどうしても確かめなければと半ば強迫観念にも似た気持ちに駆られて言葉を繰った。
動揺のあまり、かなり失礼なことを浮竹に聞いていることにも気付いていない。
「う、浮竹?」
浮竹は赤くなって俯いたまま黙っている。
沈黙が肯定を表しているのだと理解して、京楽は言葉を失った。
(とんでもない子を好きになっちゃったのかな、僕。)
「け、経験が無い奴は面倒だから嫌か?」
おずおずと、上目遣いにそう尋ねる浮竹に京楽はくらくらした。
「そんなことあるわけないでしょ。もう好きになっちゃったんだから、経験の有る無しなんて関係ないよ。」
だからもう一回キスしよう?と言って、京楽は浮竹の口を塞いだ。
経験なんて無くても、京楽が浮竹を好きなことに変わりはないことを証明するために。
(しかし、まいったねぇ、どうも。無垢な処女を誘惑した気分だよ。こりゃあ覚悟を決めなきゃいけないかなあ。)
京楽が、己の全てを懸けて浮竹を愛そうと決心したのはこの時だった。
04.04.09
二千年も生きててヴァージンとかありえないけどね。あ、でも浮竹さんならありえるかなあ?天然キャラはわからない!
まあこのシリーズの浮竹さんは京楽さんに初めてを奪われると言うことで…。
浮竹さんの病気って一体何なんでしょうね?吐血するところをみると結核のようですがだとしたら伝染する危険性がある筈だけど誰もそんなこと気にしてないみたいだし。
まあ魂魄なんだから人間と同じ病気ではないんでしょうけどね。