先日、花を一輪贈った。見事なバラの咲きかけの一番美しいつぼみを一輪。箱もラッピングもなく、ただ同色の絹のリボンを添えて。
隊主会の 朝、一番隊への長い通路で、前を歩く小柄な隊長に声をかけた。
「おはよう、卯の花隊長」
「まあ、京楽隊長、お花ありがとうございました。」
「あれ?わかっ た?」
「他にあのような戯言をなさる方の心当たりもございませんし。でも、大変うれしゅうございました。」
「実はさ」
「わかっております。私もあの方が最 近ちょっと余裕がない、いわゆるストレスというものを感じていらっしゃることはうすうす気づいておりました。主治医としてこちらからも よろしくお願いい たします」
「恩にきるよ 卯の花隊長」
「・・・以上である!!」
山じいの訓話が終った。
ボクはすかさず手を挙げた
「おーい 山じい」
「何 じゃ?」
「明日から、3日間の休暇申請したいんだけど?」
「何じゃと?」
「いやあ、今 待機時期だし良いでしょ?幸いウチも13番隊も後進がしっかりして るから、ボク達抜けても 大丈夫というか、例の計画の時は、ボクらだけで出るわけだからサ、隊長不在の場合もみっちり経験をつませたいなー なんて」
「ボ ク達じゃと!?」
山じいの眉間のシワがぐわわっと盛り上がった瞬間、卯の花隊長が声を発した。
「主治医としても、ぜひ お願いいたします」
りんとした声。
「お、俺は大丈夫です。春水、卯の花隊長、あまり俺を甘やかさないでください。示しがつかない」
「春水、十四郎の休暇の付き添いを許可する」
トン!山じい の一言で隊主会は終了となった。
そんなわけで、今回は浮竹をしずかな、山間の別荘につれてきた。十四郎が気を使わないで、ゆっくり休める ように、ある程度の準備をしてもらって、使用人は返した。
暖炉のそばで座椅子に背を持たせかけ、湯豆腐やら、山海の幸やらをつまみに 酒を少しだけ飲む。
「まだ、寝ないでよね。今晩見せたいものがあるんだ。」
「なんだ?」
「まあ、ついてきてよ」
ボクは素焼きのつぼと、おなじく素焼きのぐい飲みを持って歩き 出す。行く先は湯殿だった。
脱衣所にはタオルもあるし、浴衣、どてら も用意した。
「風呂!」と十四郎は喜び、ささっと着流しにした紬や らなにやらをぽんぽん脱いで浴室に入っていく。
「うわ」
「大丈夫~?十四郎」
「驚いただけだ、深いぞ」
「うん 気をつけて。浴槽の床も石敷いてあるから、 つまづかないでよー」といいながら、脱衣所の隣の風通しの良い 涼しいというよりこの季節寒い部屋に素焼きのつぼを置く。
「立ち湯ってい うんだよ。気持ちいいでしょ?」
立ったままでボク達の胸のちょっと下あたりまでくる浴槽はこの別荘お気に入りの一つだった。
浴槽は横に広く、一番左は今 入っている立ち湯、真ん中は普通、そして一番右は寝湯になっていて、御簾を通して外を眺めることができるのだ。
「暖まった?」
赤い顔に なってきた十四郎に尋ねる。
「暑い」
ちょっとへこたれた上目遣いで十四郎がこちらを見てくる。うわぁと思いながら、ボクは一旦浴室を出た。十四郎の視線が 背部にまとわりついてくる。
「あのさ、寝湯が反対側にあるから、ちょっと、そっちに移動しててよ」
「ねゆ?反対側だな?」
ボクは先ほど避難させておいた 壷とぐい飲みをとりに行く。
戻ると 十四郎が寝湯のほうでうつ伏せになっていた。白い体躯が湯の中でまぶしいみたいだ。
「お待たせ はい どうぞ」
壷の中身はシードル。アルコール度数も高くなく、自然な甘みがあって、炭酸が程よくきいていて、素焼きを通して、気化熱で温度が一定に保たれる ため、冷たすぎず、こんなときに丁度良いとボクは思っている。
「いいにおいだな 何だ?リンゴ」
十四郎が体を反転させ、ぐい飲みを受け取る。ボクは不自然 じゃない程度に目をそらす。実は手は冷たいし、自分の鼓動が耳に聞こえている状態だ。
ぐい飲みを持って、仰向けになった十四郎のとなりに ボクも横たわった。
「見てこらんよ」
御簾のおかげて遠くの風景までとてもはっきりくっきり見える
「え?流れ星?え?また?」
「今日は流星群の見ごろの日ら しいよ。」
「へえ さすがというか いつもすまない。ありがとう。嬉しいよ」
十四郎の素直な言葉にこっちは耳まで赤くなりそうだ。
「あのさ、流れ星が落ち る前に3回 願い事を唱えるとかなう なんていう言い伝えがあるらしいよ。」
「へえ」
十四郎はしばらく 寝たまま空を真剣に見詰め、やがてふっと全身の力 を抜き、ボクのほうを向いた。
「願い事 終ったの?」
「ああ。何があっても、どんな戦いの時でも絶対に生きて、お前のとなりに帰れますよ うにってな。俺がいないとお前 すぐ後ろ向きっていうか絶望的っていうか ダメじゃん」
ボクの瞳にうつっていた御簾や湯気や暗い空が涙でにじんだ。幸い浴 槽内なら、ばれはしない。
結局 守っているつもりでも、キミに守られている、キミに大切にしてもらっているというのを、こんな風にストレートに伝えてくれ る十四郎がいるから、ボクは飄々とした「京楽隊長」を演じていられるんだ。
「ありがとう」
「何だよあらたまって」
ボク達はその後3日間の観光をゆったり楽しんだのだった。