<テーマ>
喫煙規制の課題と今後
<問題意識>
たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の発効や健康増進法の施行などにより、近年喫煙規制が進んでいる。公共施設や飲食店では禁煙や分煙が強く望まれるようになった。また2020年東京オリンピック開催に向けて、今後より一層喫煙規制が強化されることも予想される。しかし今の現状では十分な喫煙規制がなされているとは言えない。その理由として日本には公共空間での喫煙を規制するための罰則付きの法律が存在しないことが挙げられる。主要国の中でそのような法律が制定されていないのは日本のみである。この地図では喫煙規制の現状と課題を明らかにした上で、喫煙規制の今後について考察していきたい。
<基礎概念>
・受動喫煙
タバコを吸わない人がタバコの煙の混ざった空気を吸わされること。(日本禁煙学会.2014年)
武田(2007年)によると、受動喫煙対策が急速に進められるようになったのは、「生活習慣病」という言葉を登場させた1997年の『厚生白書』の発行以降であり、その後は健康増進法の施行(2003年)や受動喫煙の被害訴訟の増加により「受動喫煙有害論」がすっかり定着していったという。
・健康増進法
「健康日本21」を中核とする国民の健康づくり・疾病予防をされに積極的に推進するため、医療制度改革の一環として成立。2002年8月2日公布。(健康日本21より)
第25条に「受動喫煙の防止」が規定されている。多数の者が利用する施設を管理する者に、受動喫煙の防止の努力義務を規定している。法自体に罰則等の強制力はないもののタクシー業界でも2007年頃から禁煙タクシーが普及して9割が禁煙になるなど、自主的な禁煙が広がっている。(日本禁煙学会.2014年)
健康増進法の成立を機に各方面(学校やタクシーなど)での禁煙化が進められるなど、喫煙規制を進める上で重要な法律となっている。ただ上記の通り、この法律は自主的な対策を促すもので、法自体に罰則等は設けられていない。今後より強固な喫煙規制を実施するためには、この法律を罰則付きの法律へと改正する必要がある。
・たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約
たばこに規制に関する世界保健機関(FCTC)は2005年2月27日に発効。世界保健機関(WHO)の下で作成された保健分野における初めての多数国間条約であり、これまで各国が個別に実施していた、たばこ政策について国際協力の枠組みを与える第一歩となった。日本を含む172カ国が締結している(2011年1月現在)。たばこの消費等が健康に及ぼす悪影響から現在および将来の世代を保護することを目的とし、①受動喫煙の防止②たばこ製品の包装及びラベルについて主要な表示面の30%以上を健康警告表示に充てる。③たばこ広告、販売促進及び後援の禁止・制限④たばこ製品の不法な取引の防止⑤未成年者に対するたばこの販売の禁止⑥締約国会議の設置、などを定めている。(外務省より)
2008年には、未成年者へのたばこ販売防止のため、「taspo(タスポ)」対応のICカード方式成人識別たばこ自動販売機が全国で導入された。
日本のみならず世界各国で、喫煙規制対策を進めるための根拠としてこの条約がよく用いられる。
<研究者>
・大和浩
産業医科大学産業生態科学研究所健康開発科学研究室教授。現在、喫煙者の健康のために、喫煙しにくい環境づくり=建物内・敷地内禁煙+就業時間中の喫煙禁止を広めるべく、全国の自治体、企業に情報を提供中。
日本の受動喫煙規制を妨げる要因として「たばこ事業法」の存在を挙げている。たばこ事業法はたばこ産業の健全な発展を図り、もって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的に、1986年、専売公社が民営化して日本たばこ(JT)となったときに成立した。受動喫煙規制を進めるためには、JTを完全な民間企業としたうえで有害物質を販売する会社として規制すること。もしくは管轄を厚生労働省に移管し、国策としてたばこの生産と消費を縮小されていくことが必要だと述べている。
・田中謙
関西大学法学部教授。日本公法学会、環境法政策学会、日本公共政策学会所属。行政法学・環境法学を専門分野としている。近年は環境学やたばこ規制を研究課題にしている。
●パターナリズムによるたばこ規制の必要性
日本を含めてどの国でも「パターナリズム」(Paternalism:父権主義・温情的介入主義)に基づく政府の規制がみられる。しかし個人の自己決定の尊重の観点からみると、過度の政府の介入は哲学的に大きな問題となる。喫煙は自己決定権に深く関与しているため、安易な介入は賢明ではない。それでも田中はパターナリズムに基づくたばこ規制の必要性を訴え、①「喫煙の自由」の内在的制約に基づくたばこ規制②「個人の自己決定能力の欠如」を理由に行われるたばこ規制③「完全な情報提供を確保」するためのたばこ規制などには正当性があるとしている。
●「喫煙の自由」と「非喫煙者の権利」の関係
喫煙の自由 :喫煙するかどうかは個人が自由に決定できると言っても、「他人の生命や健康、人権を害するものではない」ということが大前提にある。言い換えれ
ば、「喫煙の権利」は人権の本質上、「他人の生命や健康、人権を害するものではない」ことを「内在的制約」としている。
非喫煙者の権利:非喫煙者は喫煙者に公共的な場所における喫煙の制限を要求しているにすぎない。公共的な場所での喫煙は受動喫煙の被害を発生されるからだ。つま
り、受動喫煙の被害を被ることのない私的な場所での喫煙は許可しているということである。
⇒①非権利者の権利は「他人の生命や健康、人権を害するものではない」という喫煙の権利の内在的制約を顕在化させているにすぎない。
②非喫煙者の権利は喫煙の自由になんら干渉していない。③全面的な禁煙を押し付けているわけではない。
<基礎データ(量的)>
●成人喫煙率 (厚生労働省の最新たばこ情報)
●自分以外の人が吸っていたたばこの煙を吸う機会(受動喫煙)を有する者の割合 (厚生労働省 平成27年「国民健康・栄養調査」)
●飲食店などでの完全禁煙化に対する賛否<性・年代別> (インテージリサーチ「全国1万人の飲食店禁煙化に関する意識調査」)
・主要国の受動喫煙防止法の施行状況(2012年) (厚生労働省 e-ヘルスネット)
<質的データ>
・神奈川県の受動喫煙対策
2010年(平成22年)4月1日、神奈川県は全国で初めて受動喫煙防止条例(神奈川県公共施設における受動喫煙防止条例)を施行した。 これは不特定または多数の人が出入りすることができる空間(公共的空間)を有する施設(公共的施設)において、受動喫煙を防止するためのルールを定めた条例である。規制の概要は以下の三点①公共的施設を「第1種施設」と「第2種施設」に区分し、第1種施設は原則禁煙(喫煙所の設置は可能)、第2種施設は禁煙又は分煙を選択する。特例第2種施設は努力義務とする。②施設管理者はその管理する施設の区分に応じた表示(禁煙・分煙)をしなければならない。③罰則として、虚偽の報告や立ち入り調査の拒否、虚偽の答弁等の施設管理者の義務違反には5万円以下、喫煙禁止区域での喫煙には2万円以下の過料を科す。
神奈川県が実施した「平成27年度受動喫煙に関する県民意識調査及び施設調査の結果報告」によると、第1種施設の95.0%、第2種施設の79.4%が受動喫煙防止対策に取り組んでいるものの、小規模な飲食店やキャバレーといった特殊第2種施設の場合、その割合は45.5%と、過半数に達しなかった。
また、受動喫煙防止条例について「知っている」と答えた人は56.6%で、「知らない(今回の調査で初めて知った)」と答えた人は41.9%だった。
なお神奈川県公共施設における受動喫煙防止条例が施行された後に、受動喫煙防止条例を施行したのは兵庫県のみであり、全国に影響が広がっているとは言い難い。
(神奈川県における受動喫煙の現状 平成27年度)
<リサーチクエスチョン>
喫煙規制賛成の世論や他の主要国との比較を踏まえると今後の喫煙規制の必要性が大きいことが分かったが、規制される側である喫煙者はこのことについてどう思っているのか知りたい。
調査方法としては、喫煙者へのインタビュー調査を実施する。富山大学五福キャンパス、富山駅南口、ファボーレ富山の3か所を調査場所とし、各調査場所の喫煙所から出てきた人を調査対象とする。喫煙規制に対する賛否や具体的な喫煙規制方法等について聞く。
<文献リスト>
●論文
田中謙.2014.「「非喫煙者の権利」は,「喫煙の自由」の内在的制約を顕在化させたものである」.關西大學法學論集.Vol63,No.6.103-129
田中謙.2013.「パターナリズムに基づくたばこ規制の必要性」.關西大學法學論集, 62(4-5): 1445-1480
大和浩.2009.「受動喫煙のない社会にするには」.日本循環器学会専門医誌 17(2), 346-351
望月友美子.2016.「タバコ産業も狙う21世紀脱タバコ社会の夜明け―新型タバコ製品の登場―」.日本禁煙学会雑誌.Vol.11,No.5.122
寺原明祐.2015.「厚生労働省が進めるたばこ政策」.保健医療科学.Vol.64,No.5.407-418
●書籍
武田良夫.2007.『「タバコは百害あって一利なし」のウソ』.洋泉社
日本禁煙学会編.2014.『禁煙学』.南山堂
伊佐山芳郎.1944.『現代たばこ戦争』.岩波書店
村田陽平.2012.『受動喫煙の環境学:健康とタバコ社会のゆくえ』.世界思想社
田中謙.2014.『タバコ規制をめぐる法と政策』.日本評論社
・参考HP
健康日本21 http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/law/index_1.html
外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/who/fctc.html
厚生労働省の最新たばこ情報 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/who/fctc.html
厚生労働省「国民健康・栄養調査」 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h27-houkoku.html
厚生労働省 e-ヘルスネット https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-05-002.html
インテージリサーチ「全国1万人の飲食店禁煙化に関する意識調査」 http://www.intage-research.co.jp/service/report/20170419.html
神奈川県における受動喫煙の現状(平成27年度) http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f6955/p1000794.html