〇テーマ
ネット通販の拡大による社会への影響
〇問題意識
宅配最大手のヤマト運輸が、3月に宅配便の料金体系見直しを発表した。消費者のネット通販利用の拡大による荷物の増加や再配達の増加、ドライバー不足が原因だ。販売形態やサービス提供者も多様化している中で、近年ネット通販市場は日々進化している。消費者庁が発表している国民への調査データでも利用は増加傾向にあり、人々のニーズに合わせてますます拡大していくだろう。ネット通販はただ家に居ながらにして買い物ができる手軽な販売形態サービスではあるが、それを利用しなければ死活問題になる人も増えている。最近ではそういった”買い物難民”と呼ばれる人たちのためにネットスーパーも拡大を見せている。ネット通販はこういった人々に対し、どう貢献しどう対応していけるのだろうか。ネット通販の現状を探り、その拡大の社会への影響やライフスタイルの変化を調べたい。
〇基礎概念
1.ネット通販
・インターネットショッピング、オンラインショッピングとも呼ばれる。
インターネットを通じてオンラインで買い物やサービスを購入できるサービスのこと。一般的なインターネットショッピングでは、Webサイトに商品情報を掲載し、サイト内で受注から決済(支払い)まで一連の購入手続きを行うことができるようになっている。商品は通信販売と同様、宅配業者によって商品を配送する方式が多く取られる。決済方法はクレジットカードを使った引き落としが一般的といえるが、代金引換(代引き)、銀行口座への振り込み、コンビニエンスストアの端末で支払いを行うコンビニ決済、電子マネーを使用した決済などの方法が利用できる場合も多い。(IT用語辞典バイナリより)
・小売業態のうちの無店舗販売の一つで、店舗ではなくメディアを利用して商品を展示し、メディアにアクセスした消費者から通信手段で注文を受け、商品を販売する方法。主要なオンラインショップでは、Amazon.com、楽天市場、ZOZOTOWNなどがある。候補企業としては、Google、Apple、Facebook、Microsoft、Twitter、クレジットカード会社、セブンイレブン、ヨドバシカメラ等。ECサイトやネットオークション(Yahoo!オークションなど)もネット通販に含まれる。(フリー百科事典Wikipediaより)
2.ネットスーパー
・オンラインショップ(ECサイト)の種類の一つで、現実のスーパーマーケットと同じように生鮮食品や冷凍・冷蔵食品、惣菜、日用品などを販売するサービス。生鮮品や低温商品を扱うため商品の保管・配送が難しく、他分野の商品を扱うオンラインショップに比べなかなか本格的な普及に至らなかったが、近年になり大手スーパーマーケットチェーンが実店舗を拠点に周辺地域に限定して展開するなど、都市部を中心に広まりつつある。(ネットスーパーとは-IT用語辞典より)
・利用者がインターネットを通じて商品を注文すると、最寄の店舗からその日のうちに食料品・日用雑貨等が届けられるサービスのこと。現在、ネットスーパーには様々な業種から参入が増えており、スーパーマーケットの店舗運営を行っている「小売事業者」(例:イオンネットスーパー、ヨーカドーネットスーパー等)に加え、ECサイト等を運営するいわゆる「ネット事業者」(例:楽天ネットスーパー等)や商社が新規事業として参入する例も出ている(例:サミットネットスーパー等)。(総務省平成24年度版情報通信白書より)
3.フードデザート
「食の砂漠」(Food Deserts)のこと。消費者にとって半径約500メートル圏内に食品小売店がなく、栄養のある新鮮な食品を手軽に入手することが困難な都市内の地域。こうした地域に居住し、かつ自動車を持たない人々は、日常の買物を生鮮野菜などの品揃えが不十分な街角の零細店に依存せざるをえない。その結果、栄養状態が悪化しやがて深刻な健康被害を受けるにいたっているという問題。(フードデザートから地域の再生に向けて - 読売新聞ChuoOnline 木立真直より)
4.買い物弱者
流通機能や交通網の弱体化とともに、食料品等の日常の買物が困難な状況に置かれている人々のこと。徐々にその増加の兆候は高齢者が多く暮らす過疎地や高度成長期に建てられた大規模団地等で見られ始める。
経済産業省では、その数を700万人程度と推計。(経済産業省HPより)
5.ラストスマイル
もともと通信業界で使われていたもので、通信ネットワークを末端の家庭や企業に接続する最終工程のことを意味していた。
そこからネット通販でも最終工程である家庭や企業への商品の配送を表す言葉として使われている。注文された商品を購入者に届ける配送のことを呼ぶ。(齊藤実.2016.47p)
〇研究者
・齊藤実
法政大学経済学部卒業。同大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得。経済学博士。日通総合研究所で物流、交通に関する国内・国外の調査プロジェクトに従事。現在、神奈川大学経済学部教授。専門は物流論、交通論。
著書に『これからの物流』(東洋経済新報社)、『アメリカ物流改革の構造』(白桃書房、第一回日本物流学会賞などを受賞)、『宅配便の秘密』(御茶の水書房)、『よくわかる物流業界』(日本実業出版社)などがある。
★現代の物流の問題点として、ドライバーの長時間労働・低賃金、それに伴うドライバー不足、再配達を挙げている。
宅配便ニーズの変遷について次のようにまとめている。
①もともと家庭から出る小型荷物の宅配(消費者から消費者への輸送)としてスタート
②佐川急便が企業から出て企業に届ける宅配ニーズを確立し急成長
③カタログ通販・テレビショッピング・産直などの通信販売ビジネスによって企業から消費者への輸送という新しい需要が登場
④ネット通販の拡大によって企業から消費者への郵送需要が飛躍的に拡大←最近の宅配需要を支えている
・根本敏則
東京工業大学工学部社会工学卒業。同大学理工学研究科社会工学。工学博士。スウェーデン道路交通研究所客員研究員やフィリピン大学交通研究所客員教授、ブリティシュコロンビア大学交通研究センター客員研究員などを経て、一橋大学商学研究科名誉教授現職。日本物流学会会長。日本海運経済学会理事。日本交通学会理事。世界交通学会学術委員会委員。
研究分野は経済学・経済政策。 研究キーワードは、交通経済学、交通計画、社会工学、ロジスティクスマネジメント。
グローバル・ロジスティクスの基礎理論の研究、まちづくりの方法論に関する研究、交通サービスの受益と負担に関する研究など。
★ネット通販を交通の面から考え、「社会全体での交通量の増加」と「道路混雑の悪化」について分析。国民一人当たり宅配個数の多いという特徴のある日本では、ネット通販商品の同時配送による貨物交通量削減効果が重要。
ネット通販の拡大が不可避の現状であるため、自治体も積極的に取り入れ、買い物弱者対策としての「ネット通販及び見守りを兼ねた宅配」の活用を検討するべきとしている。
・柿尾正之
マーケティングコンサルティング会社を経て、1986年4月、社団法人日本通信販売協会に入局。おもに調査、研修業務を担当。主任研究員、主幹研究員を経て、理事、主幹研究員。2016年6月、退任。現在、企業顧問、社外取締役。
関西大学大学院商学研究科、東京国際大学商学部講師(非常勤)現職。日本ダイレクトマーケティング学会理事。
著書に「通販~不況知らずの業界研究~」(共著:新潮社)、「成功するインターネット通販の進め方マニュアル」(アーバンプロデュース)等多数。
★ネット通販事業の分類
①プラットフォーム型
ネット上に例えば「楽天ワールド」を作り、個人や企業などのプレイヤーが参加することで初めて価値を持ち、また参加者が増加するほど価値が増幅するという特徴がある。例としてはAmazonや楽天などの企業のこと。
最終製品やサービスを提供するのではなく、他社がそれを利用して製品製造やサービス提供を行えるような土台(=プラットフォーム)を創り出し、それを補完する製品やサービスを構築してよりよい「価値」を消費者に提供しようとするもの。
②オムニチャネル型
店舗小売業のネット対応(ネット通販事業への参入)を指す。
③独自企業型
楽天市場やAmazonがスタートする以前に主体だった、店舗になく、または並べられないような商品ジャンルやユニークな商品を取り扱う企業のこと。現在は下火だが、オリジナル商品を持っていたり、売り方に工夫をしていたり、地域ブランドのストーリー性を持っている企業が成功を収めている。
〇基礎データ
・ネット通販の支出額
・ネット通販の利用者数
インターネット利用者におけるインターネットショッピングの利用者は、平成14年の33.2%から平成22年の46.1%と12.9ポイント増加している。これは全人口と比較した場合、15歳以上におけるインターネットショッピング利用率は平成14年の20.8%から、平成22年には36.5%に達したことになる。年代別にみると、20代から50代までは上昇傾向にあるが、10代及び60代以上は横ばいとなっている。
【家計消費状況調査】
○ 世帯主の年齢階級別に見たネットショッピングを利用した支出総額は、50歳代が最も多く、ネットショッピングを利用した世帯の年間支出額は40万8千円
○ ネットショッピングによる支出の内訳では、「旅行関係費」が最も高く21.8%
総務省「家計消費状況調査」、「平成26年全国消費実態調査」の結果から http://www.stat.go.jp/data/joukyou/topics/pdf/topi920.pdf
「1世帯当たり1か月間のネットショッピングの支出総額」とはネットショッピングでの支出の1か月間の総額を全世帯数(ネットショッピングを利用しなかった世帯も含む。)で除したもの。年平均結果は、1月~12月の各月の結果を単純平均して算出している。(総務省統計局)http://www.stat.go.jp/info/today/076.htm
(出典)総務省「ICTインフラの進展が国民のライフスタイルや社会環境等に及ぼした影響と相互関係に関する調査」(平成23年)
(総務省「通信利用動向調査」により作成)
・買い物弱者の量的把握
日本全国の買物弱者数は約700万人※(平成27年)と推計され、前回調査時(平成22年)から増加
買物弱者問題は、既に顕在化している農村・山間部のような過疎地域に加え、今後都市部などでも顕在化することが予測されることがわかった。
※60歳以上高齢者人口4,198万人(総務省調査)に「日常の買い物に不便」と感じている高齢者の割合17.1%(内閣府調査)をかけて算出
(出典)農林水産省 http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/access1-1-1sec.pdf
単身高齢者は買い物を依頼できるひとがいないなどの理由から買い物弱者化する人が多い。5年後には11%、10年後には16%増加しているとみられる。
(出典)経済産業省 http://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/150430_report.pdf
〇質的データ
・「まごころ宅急便」
ヤマト運輸が自治体や社会福祉協議会と協力しながら展開している、65歳以上の要介護者が食品などを電話で注文すると地元スーパーが品物をそろえ、ヤマト運輸がそれを届けるサービスのこと。2014年から本格的に施行。
ネットスーパーの配達ではないが、ヤマト運輸が提供する高齢者を対象とした「買い物代行」及び「見守り」サービスのことをいう。
例えば、過疎地域に住む高齢者からヤマト運輸のコールセンターに商品の注文が届くと、それを受けて社会福祉協議会の職員が地元のスーパーで商品のピッキングと梱包を行う。それをヤマト運輸のセールスドライバーが、注文した高齢者の自宅に配送し、商品の配達と同時に購入代金の受け取りも行う。それとともに、配送先の高齢者の健康状態など、安否確認のチエックを行い、その結果を社会福祉協議会にファックスして報告するという仕組みである。
・「ネコピット」
ヤマト運輸が提供するネットスーパーサポートサービス。得意とする配送のみならず、商品の発注に使うタッチパネル式の専用端末「ネコピット」を団地の集会所や自治会の事務所、病院等に設置して、買い物の不自由に悩む生活者(事実上、高齢者やクルマを自由に利用できない交通弱者である)に活用してもらう。発注、決済を含めたネットスーパーの仕組み全体を提供している。
・ココネット株式会社
「ご用聞き」によるお買い物代行サービスやYahoo!ショッピングと共働で立ち上げた、注文後2時間以内に配送する「すぐつく」というサービスを提供している。
・北陸のスーパーの取り組み
平成24年から北陸では全国チェーンスーパーであるユニーが石川県、イオンが富山県、石川県を拠点店舗を核とするネットスーパーサービスを開始。イオンは全国でサービスを開始し、県内全域に配送する「広域型」を展開。店舗のない福井・徳島では隣県からの配送を対応。離島・山間部を除き、午前中に注文すれば商品が届く仕組み。ユニーでは、半径4キロメートルを配送エリアとして生鮮食品など1万3千品目を届ける。
北陸の地場食品スーパーである石川県の東京ストア、マルエー、ニュー三久、富山県の三喜有などがインターネットにて注文を受け自宅まで配送する、食材宅配サービスを展開している。
・金沢市「平成24年度買い物利便性向上事業」
民間事業者・商店街・福祉や地域団体が連携する新たなビジネスの起業を促進し(補助金)、育成を図ることにより、買い物弱者の支援を行ってる。
マルエーの「エール宅配クラブ」など
他地域の取り組み http://www.catv296.ne.jp/~seo_fukusikeikaku/tiikifukusi-6.pdf
〇リサーチクエスチョン
・買い物弱者(難民)に対して、ネットスーパーやネット通販、行政、宅配会社がどういった施策をおこなっているのだろうか。その現状、現時点での結果について詳しく知りたい。宅配会社は、ヤマト運輸、ネットスーパーはイオンやユニーなどに対して調査やインタビューを行いたい。行政は、金沢市「平成24年度買い物利便性向上事業」について調べたいと考えている。
・なぜネット通販を利用するのか、メリット・デメリット、生活に変化はあったかなどについてネット通販の利用者にインタビューしたい。
〇文献
・畢重麗 2016「ネット通販市場における消費者購買行動に関する研究」修道商学 57(1) 97‐124
・増田悦夫 2006「宅配便サービスの現状と今後の課題 」流通経済大学流通情報学部紀要 / 流通情報学部学術研究委員会 編 11(1) 31‐48
・根本敏則 2013 「宅配便によるネット通販の即日配送」運輸と経済 73(4)59‐62
・根本敏則 2014 「ネット通販の交通への影響」運輸と経済 74(2) 160-162
・柿尾正之 2017 「ネット通販 : 価値と使い勝手を求めネットとリアルの戦いが激化」激流 42(2) 64-67
・渡辺達朗 2016 「中国におけるネット小売市場の拡大とビジネスモデル進化に関する事例研究 : 品揃え・チャネル・国境の壁を超える展開の検討」日本ダイレクトマーケティング学会学会誌編集委員会編 15 33-56
・柿尾正之 2017 「無店舗販売の動向:ネット通販市場にスポットを当てて(ネット通販・ネットスーパーとシステム)流通とビジネス 169 3-8
・田中 耕市 , 岩間 信之 , 佐々木 緑 , 池田 真志 , 浅川 達人 , 駒木 伸比古 (2014)「持続可能な交通システムの構築に向けた地理学からのアプローチ:フードデザート問題と住民のモビリティ」日本地理学会発表要旨集 2014 100168
・村上稔 2015 「激増する買い物難民、「移動スーパーとくし丸」とローカルSMの挑戦(特集 買い物弱者とネットスーパー)流通ネットワーキング 287 43-48
・杉田聡 2016 「巨大流通資本と「買い物難民」問題:広がる食の砂漠(第29回全国大会統一論題:地域の再生と流通)流通 : 日本流通学会誌 38 87-94
・浅川 達人 , 岩間 信之 , 田中 耕一 , 駒木 伸比古 2016 「地方都市におけるフードデザート問題:都市・農村混在地域における実証研究」日本都市社会学会年報 34, 93-105
・岩間 信之 , 田中 耕市 , 駒木 伸比古 , 池田 真志 , 浅川 達人 2016 「地方都市における低栄養リスク高齢者集住地区の析出と移動販売車事業の評価:フードデザート問題研究における開聞弱者支援事業の検討(特集号 地方都市の現在)
地学雑誌 125(4), 583-606
〇書籍
・齊藤実(2016)『物流ビジネス最前線:ネット通販、宅配便、ラストスマイルの攻防』光文社
・芝山栄二(1987)『中国の流通ビジネス最前線』時事通信社
・井上哲浩 , 日本マーケティング・サイエンス学会(2007)『webマーケティングの科学』千倉書房