★「問題意識」に加筆するか、「考察」という別コーナーを作って、現代社会における身体加工が自己の確認・表現になっているということを、自分の見方として論じてみる。「例えば美容整形は、~という意味で、自己の確認・表現になっている」。その際、(1)考えがまとまらなかったら、谷本(2008)を読み直してもよい、(2)書こうとして「本当にそう言い切っていいのか」と思った場合、それを素直に表現する。「~かもしれないが、異なっているかもしれない」。
テーマ「身体加工について――美容整形を中心に――」
*問題意識
古代から身体加工は頻繁に行われていた。かつては、習慣や刑罰等として身体加工を行うことが多かったのだが、現代では、ファッションとして身体加工を行う人が多くなってきている。昔と今では、身体加工の社会的な意味づけはどのように変化したのであろうか。また、現代の人々は、どのような理由で身体加工を行っているのであろうか。主に美容整形に焦点をあてて調べていく。
*基本概念
・身体加工(身体改造)・・・習慣やファッション、刑罰等として身体の形状を変更すること。(Wikipedia)
例:美容整形、刺青、ピアス、抜歯、コルセット等
水川(1993)によると、身体加工とは「生きている人間の身体を少なくとも一定の期間、不可逆に変化させること」であり、化粧や染髪等も身体加工に含めるとしている。水川と同様に谷本(2008)もダイエットや化粧なども「一般的な」身体加工に含めるとしている。一方、西山(2008)によると、身体加工とは「痛みを伴うものであり、一度してしまえば基本的に元に戻せないもの」であり、化粧や染髪等は身体加工に含めないとしている。論者により、どこまでを身体加工に含めるのかが異なっている。
*主な研究者
谷本奈穂(たにもと なほ)
大阪大学大学院人間科学研究科修了、博士(人間科学)。
現在、関西大学総合情報学部准教授。専門は現代文化論。
水川喜文(みずかわ よしふみ)
慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。
現在、北星学園大学社会福祉学部共通部門教授。研究領域はエスノメソドロジー。
西山哲郎(にしやま てつお)
大阪大学人間科学部卒業。大阪大学博士課程人間科学研究科中退。博士(人間科学)。
現在、関西大学人間健康学部人間健康学科教授。専門は文化社会学、メディアとコミュニケーション、現代社会論。
*身体加工の社会的な意味づけ
谷本(2008)
かつて身体に変形を加える施術は、「儀式」として行われていた。整形手術も古くから行われており、「身体的欠如を治療する」という医学的な意味を持つものであったが、一般的ではなかった。
「社会・文化に煽られる形で、自己表現のために身体を変える」というのが現代の特徴であり、身体の変更を通して、自己アイデンティティを形成し、維持する。身体は、自己アイデンティティを表現する道具となっており、身体を変化させる行為や、身体に関する感覚そのものが、自己のよりどころとなっているといえる。
水川(1993)
前近代社会において身体加工は、共有された儀礼によって、行われる時と場面が厳格に決められ、対象となった人の共同体における地位や役割を示すものだった。すなわち、共同体に対する帰属や排除を示す徴として用いられ、それによって人々は共同体の秩序の中に埋め込まれていた。身体加工は、「共同体のアイデンティティ」を示すものであり、身体や身体加工は「自己」によって管理されるのではなく、共同体という聖なるもののうちに意味づけられ、統制されていた。
近代社会においては、共同体の秩序から「個人」が離れていったと同時に、自己をどのような規範に同調させるか選択可能になった。しかし、その規範から逸脱する可能性が出てきたため、同調していることをいつも確認(アイデンティファイ)していなければならなくなった。そのために、身体加工は「自己の存在証明」を行う、個人のアイデンティティを確認する手段となった。あくまで身体加工は、自己のアイデンティティを確認する手段であり、身体加工によって個人の内面(アイデンティティ)が変化するのではない。
西山(2008)
かつての身体加工は、共同体のなかでなんらかの役割を果たせるようになったことを証明するため、通過儀礼とともに行われるものであり、生活と職業をともにする「身内」に見守られながら、仲間によって施行されるものであった。いわば、かつての身体加工は、きわめて共同体的なものであった。
現代の身体加工はまさに「ファッション」であり、あまり社会的な意味はない。しかし、現代の身体加工は、強烈な自己表現・自己主張と結びついている。身体加工によって「より自分らしい自分」や「本当の私の個性」を表現できる。身体に加工をほどこすという行為は、その身体の持ち主にしかできないことであるため、自己の存在を確かめるためには有効な方策である。
〇身体加工の社会的な意味づけに対する考察
昔と今の身体加工の社会的な意味づけを比較して、昔は「共同体のアイデンティティ」を、今は「自己のアイデンティティ」を表現するために行われているということが分かった。これは、三人の論者とも共通した主張であるといえるだろう。しかし、現代の「自己のアイデンティティ」を表現するために身体加工を行う、ということはどういう意味なのであろうか。谷本(2008)『美容整形と化粧の社会学』を参考に、美容整形を例にして考えてみる。
人間には、想像力を駆使して自分の頭の中で作り出した自己像が存在するという。しかし、その自己像だけでは自分自身を評価することができない。人が自分を評価するときには、他者の視線を借りて自己を対象化することが必要である。自己を対象化したときに、自分が作り出した自己像と現実の違いに気づき、違和感が生じてしまう。美容整形は、その違和感が身体的なものであったときに、解消するための手段となりうると考えられる。美容整形を行い、違和感が解消されることで、自分の身体が「想像上の自己」の身体と一致したと感じ、自分自身に対する評価が満足のいくものとなる。この、美容整形により自己評価が満足のいくものとなることが、自分の存在を確認し、自己のアイデンティティを表現することにつながる、ということではないかと考える。
*調査データ
◇アンケート調査「美容整形に関する意識」 (谷本奈穂『美容整形と化粧の社会学』より)
調査方法:約30分かけてアンケートに回答してもらい、その場で回収
調査時期:2005年11月
調査対象:関西圏・東海圏の大学生
回収数:765票(男性345名、女性408名、不明3名)
回収率:100%
整形したいと思っている人は全体の45.2%(男性24.5%、女性63.1%)にのぼる343名いた。これは、非常に高い数値で、美容整形への関心が高くなっていて、抵抗感は少なくなっていることを表しているといえる。
次に、美容整形をしたい理由について、2002年に行ったプレ調査の自由回答から項目を作成しアンケートを行った。
整形したい理由の類型は5つに分けられ、それぞれの割合は以下のようになった。
A 群 「自己満足のため」40.7% 「理想の自分に近づきたいから」36.2% 「自分を変えるため」19.0%
B 群 「モデルや芸能人が整形しているから」4.6% 「整形の情報が雑誌やテレビなどで報道されているので」7.3% 「身近な人がしたから」3.4% 「身近な人もしたがっているから」2.5%
C 群 「同性から注目されたいから」5.7% 「異性に好かれたいから」15.1% 「すてきな同性の人を見たとき」12.6%
D 群 「同性の人にバカにされたくないから」5.9% 「異性にバカにされたくないから」8.2% 「人並みの外見になりたいから」13.8%
E 群 「より自分らしくなるため」3.8%
◇アンケート調査「一般的な身体加工に関する意識」 (谷本奈穂「一般的身体加工への意識 : 現代の身体観に関する一考察」より)
調査方法:約30分かけてアンケートに回答してもらい、その場で回収
調査時期:2005年11月
調査対象:関西圏・東海圏の大学生
回収数:765票(男性345名、女性408名、不明3名)
回収率:100%
一般的な身体加工(髪を切ったり洗顔したりなど)を行う理由について、2002年に行ったプレ調査の自由回答から項目を作成しアンケートを行った。
一般的な身体加工をする理由の類型は4つに分けられ、それぞれの割合は以下のようになった。
①自己系 「自己満足のため」66.1% 「自分らしくあるため」42.9% 「イメージチェンジをするため」25.8%
②他者(消極)系 「人に笑われないため」26.8%
③他者(積極)系 「好きな人に好かれるため」43.8% 「異性にもてたいから」32.8% 「同性に注目されたいから」26.5%
④社会系 「その場にふさわしい身だしなみのため」45.5% 「清潔感を保つため」38.0%
〇二つのアンケート結果から
身体加工において準拠されるのは「自己自身」、「他者の視線」、「社会の視線」であり、美容整形と一般的な身体加工、どちらに関しても「自己満足のため」などの自己系の類型が最も支持されていることが分かった。ここから、身体を自分以外の誰か(神や親)のものとする意識が希薄化し、自分個人が好きにしていいものだ、という感性が表れてきていることがわかる。また、人は他者や社会のためというより、自分のために身体加工をおこなっているといえる。これは、A・Giddens(1991)のボディプロジェクト(現代人は身体加工を通して自己アイデンティティを構築し維持する)を裏付ける結果となっている。
*美容整形の理由づけ
ハイケン(1997=1999)によると整形が普及したのは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間であるという。まず第一次世界大戦のころ、欧米で、戦争で傷ついた兵士の顔や体を治療することから広がり、形成外科が医学の一部門として成立するようになった。ただ、整形が普及したといっても、「外見的な美しさのために」手術を行うことへの抵抗はまだ強かった。しかし、第二次世界大戦にいたる時期に、外見を大切にする風潮が強まってきた。その要望にどう応えたらいいか頭を悩ませた医者たちは、身体の美醜をある種の病気にすり替える論理を必要とするようになった。彼らは、その答えを心理学に求め、「劣等感」という概念に飛びついた。劣等感は、もともと精神の問題であったはずだが、その原因を肉体に帰して「劣等感を治してやるためには肉体を変えてあげる必要がある」という論理にすりかわり、美容整形への「正当な」理由となっていった。また、そのような劣等感が生まれる原因には、他者(主に異性)の評価が関連しており、他者の評価も美容整形への理由となっていった。したがって、美容整形が普及する過程において、「劣等感を克服したいから」「異性にもてたいから」という理由が成り立つようになっていった。
しかし、谷本(2008)のアンケート調査により、美容整形の理由づけは変化してきていることがわかった。美容整形の普及とともに成立してきた「劣等感を克服したい」(D群)や「異性にもてたい」(C群)という理由で美容整形をしたいと考えている人も少なからずいる。しかし、それ以上に「自己満足」が美容整形へのモチベーションとなってきている。歴史的に正当化されてきた動機から、美容整形に関わる身体意識が脱却しつつあることがわかった。身体加工の社会的な意味づけが変化するとともに、身体加工(美容整形)の個人の理由づけも変化してきたといえる。
*文献リスト
2016.5.26「化粧」
・藤井,正雄 (Fujii,Masao),1982「化粧とからだ」,『化粧文化』7: 12-20,ポーラ文化研究所. //JPN …2016.6.2 附属図書館にあり
・谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2001「化粧品広告における身体のイメージ : 美の問題を中心に」,『大阪大学人間科学研究科博士論文』: ,大阪大学 (Osaka University). //JPN
〇堀内(牧野),圭子 / 高木,修(監修) (Horiuchi(Makino),Keiko / Takagi,Osamu),1996『被服と化粧の社会心理学 (Social Psychology of Clothing and Makeup)』北大路書房 (Kitaogi Shobo). //JPN …2016.6.2 附属図書館にあり
〇谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2008『美容整形と化粧の社会学 (Sociology of Plastic Beauty)』新曜社 (Shinyosha). //JPN …2016.6.2 附属図書館にあり
【メモ】 美容整形を人々に広く普及した一般的現象と捉え、現代人のアイデンティティのあり方を幅広く考察する。具体的には、整形をはじめとする一般的な身体加工へのモチベーション、およびモチベーションを支えるメカニズムに注目し、先行研究の検討、アンケート調査、インタビュー調査、言説資料調査を行った。
・「自己」は「身体」や「内面」に宿るというより、加工するという「行為」や、このパーツが好きであるという「感覚・嗜好性」に宿り、身体は、自己アイデンティティを表現する道具となっている。身体を変化させる行為や、身体に関する感覚そのものが、自己のよりどころとなっているといえる。
・人が自分を評価するときには、他者の視線を媒介し、自身をイメージとして見ること(自己対象化)が必要。しかし、整形をしたい理由には、他者の視線はあまり必要としてはいなかった。ここから、自己評価をするときには、「他者の視線」に加え、身体に関する「自分自身の想像力」が重要となるといえる。
2016.5.26「身体加工」
〇水川,喜文 (Mizukawa,Yoshifumi),1993「身体加工とアイデンティティ変容」,山岸,健(編) (Yamagishi,Takeshi (ed))『日常的世界と人間』: 140-155,小林出版. //JPN …2016.6.2 附属図書館にあり
【メモ】 身体や身体加工に対する考え方の変容を考察。ゴフマン(E・Goffman,1963=1980)のスティグマとアイデンティティ管理の議論を参考に、対面的相互行為の場面において身体加工がどんな意味を持つのか考察。
・身体のあり方は、見られることによって厳しく規制されていると共に、自分がどのような人間なのか示す根拠として存在している。
・近代以前は身体加工は「共同体のアイデンティティ」を示すものであったが、近代では「自己の存在証明」を行う、個人のアイデンティティを確認する手段となっている。
・身体加工によってアイデンティティという個人の内面が変化するのではない。
・現在の自分の身体に関する違和感に気付いた時に、身体加工は始まる。
・スティグマを取り除くために身体加工をする場合とスティグマを身体に刻みつけるために身体加工をする場合がある。
・スティグマを持つ人は、他者と接しているときに、スティグマを無視したり、隠したり、加工するといった「印象管理」を行って自己のアイデンティティを維持する。
〇谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2007「一般的身体加工への意識 : 現代の身体観に関する一考察 (Awareness of general body processing : body consciousness in the present day)」,『情報研究 (Journal of Informatics)』27: 57-67,関西大学総合情報学部 (Faculty of Informatics, Kansai University). //JPN …2016.6.2 CiNiiにあり
【メモ】 アンケート調査により、一般的な身体加工(顔を洗ったり、髪を切ったりすること)に関する意識を考察。
〇西山,哲郎 (Nishiyama,Tetsuo),2008「現代の身体加工にみる自己アイデンティティ構築のエコノミー (The Economy in the Construction of Self-Identity as Seen Through the Contemporary Body Modification)」,『中京大学現代社会学部紀要 (Chukyo University Faculty of Contemporary Sociology Bulletin)』1(2): 121-139,一誠社 (Isseisya). //JPN …2016.6.2 CiNiiにあり
【メモ】 難しかった。結論がよくわからなかった。
・身体加工というファッション(入れ墨やピアス等)は、他人の印象を良くするという一般的な目標から逸脱し、コミュニケーションから排除される原因になることもある。(例:「入れ墨の方はご遠慮願います」と書かれた温泉の張り紙)
・伝統的な身体加工と現代の身体加工の比較
・私的所有権を起点とし、身体とは誰のものであるかという考え方の変化を、社会の変化と比較しながら述べている。
2016.6.16「谷本 奈穂」
○・谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2008「どうして美容整形をするのか」,羽淵,一代(編) (Habuti,Itiyo (ed))『どこか <問題化> される若者たち』: 201-220,恒星社厚生閣 (Kouseisha-Kouseikaku). //JPN...2016.7.3 富山県立図書館にあり 入手済み
○・谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2001「視覚社会における見ることの経験 (Seeing in Visual Society)」,『人間科学研究 (Annals of Human Sciences)』3: 163-181,大阪大学人間科学研究科 (Faculty of Human Sciences Osaka University). //JPN ...2016.7.3 附属図書館にあり
○・谷本,奈穂 (Tanimoto,Naho),2004「ビフォー/アフターなき整形 : 過程としての自己・妄信する自己」,阿部,潔 / 難波,功士(編) (Abe,Kiyoshi / Nanba,Koji (ed))『メディア文化を読み解く技法』: 51-76,世界思想社 (Sekaishisosha). //JPN...2016.7.3 附属図書館にあり
CiNii検索
2016.6.2 「化粧 社会 意識」
○・柳澤 唯 , 安永 明智 , 青栁 宏 , 野口 京子「女性における化粧行動の目的と自意識の関連」CiNiiにあり 入手済み
○・金 聡希 , 大坊 郁夫「大学生における化粧行動と主観的幸福感に関する日韓比較研究」CiNiiにあり 入手済み
2016.6.2「化粧 社会 意味」
・石田 かおり「わが国における化粧の社会的意味の変化について : 化粧教育のための現象学的試論」
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2016.6.16「社会学 化粧」
・大坊 郁夫 (著), 高木 修 (監修) 2001/10「化粧行動の社会心理学―化粧する人間のこころと行動 (シリーズ21世紀の社会心理学)」北大路書房
○・平松 隆円 (著) 2009/9/10 「化粧にみる日本文化 だれのためによそおうのか」水曜社...2016.7.3 富山県立図書館、富山市立図書館にあり
・石田かおり(著)2003/10「お化粧大研究―すてきな自分になるために (ノンフィクション未知へのとびら)」 PHP研究所