美容整形 ~整形はためらうべきものなのか~
<問題意識>
最近、女性で美容整形をする人が増えている。テレビや雑誌でも美容整形を特集するものがある。なぜ健康な身体を自ら加工するのか。また、美容整形をすることに対してためらいや後悔は生じないのか。
<美容整形の歴史>
美容整形は長い間、あまり一般的ではなかった。その原因として、1)医学において健康な体を改造することへのタブーがあること 2)西洋では18世紀の終わりまで、外科の手術は理髪師が兼業で行っており、簡単な技術しかなかったこと 3)19世紀後半まで麻酔が普及しなかったこと があげられる。そして、美容整形が普及しなかった大きな原因が、身体を自分以外の誰か(神であれ親であれ)がもっているとする意識があったということである。(その意識は現代まで続いていると考えられる。)
第一次世界大戦のころ、欧米で傷ついた兵士の顔や体を治療することが広がり、形成外科が医学の一部門として成立した。そして第二次世界大戦のころには外見を重要視する風潮が強まってきた。そこで医者は、身体の美醜をある種の病気にすり替え、身体に対する不満を劣等感とし、劣等感を治すには肉体を変える必要があるという論理にすり替えた。これが美容整形の正当な理由となっていった。
その後美容整形は1978年に医療行為として正式に認定された。
<美容整形に対する見解>
以下はどの文献からひいたものですか。あとの谷本(2008)のように、出所となる文献を挙げてください。
美容整形自体を非難
(谷本奈穂,2008,『美容整形と化粧の社会学』新曜社より)
◆S・ジェフェリーズ…美容整形実践を「代理による自己切断」。
◆V・ブラム…美容整形を「デリケートな自己嫌悪症候群」。
美容整形を、リストカットのような自傷行為と見なし、自傷を繰り返すことを特徴とする心理的な障害と同様のものとして捉える。美容整形を実践する人は「何らかの心理的弱さを持つ人」として捉えられ、美容整形は一種の「病理」として扱われている。
(西倉実季,2006,「美容整形を読み解く」江原由美子・山崎敬一『ジェンダーと社会理論』有斐閣,p.166-168より)
◆スーザン・ボルドー…美容整形は苦心の払拭を目的とし、美の追求を目的とする行為。
アングロサクソン系の白人美や「若さ」を基準とした手術ばかりが横行する。こういった基準にそった美容整形が行われるのは、美の追求を目的とする行為であり、美容整形は「美」への服従であると考える。
美容整形をさせる社会を非難
(西倉実季,2006,「美容整形を読み解く」江原由美子・山崎敬一『ジェンダーと社会理論』有斐閣,p.166-168より)
◆ ナオミ・ウルフ…美容整形は医学やメディアによる女性への「暴力」。医学やメディアによって女性は自分の外見に対する不安を植えつけられ、これが美容整形の動機となる。
社会には 「美の神話」が存在し、それは女は美しくなければならないし、美しさによって判断されるのが当然だと呼びかけている。
美容整形とアイデンティティの関連をとく
(谷本奈穂,2008,『美容整形と化粧の社会学』新曜社より)
◆アンソニー・ギデンズ…身体(外見)の問題は自己(アイデンティティ)の問題と密接に結びついていると考える。ライフコースを通して本質的に身体が「未完成」のものであることを指摘 し、同時に、身体を変形させて完成させるような文化的圧力がかかっていることも示唆している。身体を変形させることを通じて、人は自己アイデンティティを作り出したり維持したりするということも示唆している。(これをボディプロジェクトと呼ぶ。)※ボディプロジェクトとは身体(特に外見)の変更を通して、自己アイデンティティを形成し、維持しようと試みるもの。
(西倉実季,2006,「美容整形を読み解く」江原由美子・山崎敬一『ジェンダーと社会理論』有斐閣,p.166-168より)
◆キャシー・デイヴィス…生まれ持った体型や顔が自己意識と折り合いがつかないとき(自分は何者かという意識にぴったり合わない身体にとらわれたと感じている女性にとって)、美容整形は身体を通してアイデンティティの再交渉をする方法になる。美容整形は美ではなく、アイデンティティに関係している。
<美容整形を行う理由>(谷本奈穂,2008,『美容整形と化粧の社会学』新曜社より)
●アンケート回答者の一般的な身体加工(髪を切ったり洗顔したりすること)は、「自己満足のため」「自分らしくあるため」が高い割合を占める。人が身体に手を加えるのは自己・他者・社会のいずれかに照準を当てながらであるが、その中でも現在では自己を照準にした理由が主流であるといえる。
→仮説「人は他者や社会のためというより、自分のために一般的な身体加工を行なう」の成立
これはギデンズたちによる「現代人は身体加工を通して自己アイデンティティを構築し維持する」という主張を裏付ける結果となる
また、美容整形をしたい理由においても、「自己満足のため」「理想の自分に近づきたいから」が 高い割合を占めている。
●(美容整形実践者のインタビューから)大事なのは、他者からの評価ではなく、自分の想像上の他者からの評価である。
自分の顔は自分では見えない
↓
自分の顔は、頭の中で自分が想像した像としてとらえることができる
このように、身体を像としてとらえることや、CT・レントゲン・胃カメラなどの技術により、自分の身体は「部品」としてみることが可能になってくる。
想像した像はイメージ変換できる→顔が想像した像としてイメージ変換できるというのは、衣服を取り換えるという行為に似ている
↓
身体は一種の衣服になる
↓
身体も服のように着替えられる
このように身体を部分として、身体は自由に加工できる「自分の部品」となっていく。これは、美容整形を軽いものとしてとらえることにつながる。
~美容整形実践者へのインタビューから~
美容整形実践者の一人は、「自分らしさ」とは、今持っている身体がキレイに出ている状態であると定義している。つまり、今の自分の魅力が最大限に引き出された状態が「本当の自分」なのである。
美容整形をするのは、コンプレックスから逃れるためだとか、他者の評価をあげるためだとかいった理由はあまり見られなかった。むしろ実践者が意識するのは自分の中で想像した他者評価であり、自分が盲信する自己イメージ(自己像)である。
<まとめ>
谷本によると、美容整形実践者や美容整形をしたい人は自分の中で理想の自分のイメージを持っており、それに近づくために、元から持っている自分の身体を生かしつつ変えていく。つまり、彼女たちは他者からの評価をあげるためではなく、自分の理想に近づくために美容整形を行うのである。また、『美容整形と化粧の社会学』(谷本奈穂,2008新曜社)の美容整形実践者へのインタビューによると、彼女たちは美容整形をすることに対してためらいや後悔はなく、「やってよかった」と話している。これは、彼女たちが、素の自分が「本当の自分」ととらえているからではなく、自分のもっている味をキレイな形で出した自分こそが「本当の自分」だととらえているからではないか、と谷本は述べている。美容整形をすることが新しい自分になることではなく、整形前も整形後もそれぞれに「本当の自分」が存在し、どちらも自分であるから、彼女達は美容整形に対して抵抗や後悔がないのではないかと私は思う。
美容整形に対してさまざまな見解が存在するが、美容整形を知るにあたって、結局は美容整形実践者の率直な意見が重要となってくるのではないかと感じた。
まず、この考察は(村中さんでなく)谷本さんによる考察でしょうか。もしそうなら、まぎらわしいので、ここでもう一度、「谷本によれば…」とか「以上は谷本(2008)p.203より」とか入れた方がいいでしょう。
それから、私には、この前のインタヴューのところからこの考察にかけて、何がいいたいのかよくわかりませんでした。村中さんは、谷本さんがどのようなデータをどのように分析してそこから何を主張しているのか、わかりましたか。そこが確かでないなら、もう一度読み直して、少しでもわかりやすくまとめてください。(結局わからない部分がある場合は、「この点がわからない」と明記してかまいません。)
<参考文献>
谷本奈穂,2008,『美容整形と化粧の社会学』新曜社
谷本奈穂,2008,「どうして美容整形をするのか」羽淵一代『どこか<問題化>される若者たち』恒星社厚生閣,p.201-220
谷本奈穂,2004,「ビフォー/アフターなき整形 : 過程としての自己・妄信する自己」阿部潔・難波功士『メディア文化を読み解く技法』世界思想社,p.51-76
西倉実季,2006,「美容整形を読み解く」江原由美子・山崎敬一『ジェンダーと社会理論』有斐閣,p.166-168
養老 孟司・鷲田 清一,1997,「悲鳴をあげる身体 ピアス,美容整形,拒食症…。なぜ現代人は自分の身体を否定するのか」『中央公論』112(6): 224-239
Elizabeth,H,1997,Venus Envy: A History of Cosmetic Surgery, Johns Hopkins University Press(=野中邦子訳,1999,『プラスチック・ビューティー : 美容整形の文化史』平凡社