研究テーマ
夫婦別姓に対する現代の人々の意識
問題意識
現在の民法では、結婚をした夫婦は夫か妻のどちらかの姓に変えなければならないという法が定められているが、近年は夫婦の同姓と別姓を自由に選択することが出来る「選択的夫婦別姓制度」を新たに法として導入すべきであるという考えが議論されている。夫婦が同じ姓を名乗るということが当たり前となっている現代の中で、人々は選択的夫婦別姓に対してどのような意識を持っているのだろうか。
基礎概念
・選択的夫婦別氏制度
夫婦が望む場合には、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める制度。一般的には「選択的夫婦別姓制度」と呼ばれているが、法務省では民法等の法律で「姓」のことを「氏」と呼ぶため、「選択的夫婦別氏制度」と称している。
法務省:選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について (moj.go.jp)より
・通称使用
婚姻届を出して戸籍上はパートナーの姓に変えるが、改正した方が日常的に旧姓を通称名として使う。これまでは多くの場合、夫の姓で届けたのち、妻が通称を使うケースが多かったが、最近では夫が妻の姓に改姓して届を行ったうえ、通称を名乗るケースもでてきている。
(高橋菊江・折井美耶子・二宮周平著、1993年)より
・事実婚
婚姻届を出さずに結婚する方法である。事実婚を研究している二宮周平さんは、事実婚を内縁や同棲と区別する意味で、「自分たちの主体的な意思で結婚届をしないカップル」と定義づけている。
(高橋菊江・折井美耶子・二宮周平著、1993年)より
主な研究者
・二宮周平
大阪大学法学部・同大学院法学研究科博士課程卒業、民法法学(主に家族法)を専門に研究、2011年12月5日~2014年12月までジェンダー法学会の第5期理事長に就任、現在は立命館大学法学部教授
著書 『家族と法』(岩波書店、2007年)、『事実婚の現代的課題』(日本評論社、1990年)、『夫婦別姓への招待』(有斐閣選書、1993年)など
・坂本洋子
熊本商科大学商学部卒業、2000年mネット・民法改正情報ネットワーク設立、2010年十文字学園女子大学非常勤講師、2017年東京女子大学非常勤講師、現在はNPO法人 mネット・民法改正情報ネットワーク理事長、民法改正・ジェンダー(主に男女共同参画)を専門としている。
著書 『法に退けられる子どもたち』(岩波ブックレット、2008年)、『よくわかる民法改正 選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて』(朝陽会、2010年)
など
量的データ
・法務省 選択的夫婦別氏制度に関する調査結果の推移(総数比較)
http://www.moj.go.jp/content/001271412.pdf
このデータから、年ごとに波はあるものの、近年は夫婦が別の姓を名乗ることができるように法律を変えることに対して賛成する割合が多くなってきていることが分かる。
・内閣府 世論調査 平成29年家族の法制に関する調査 家族の法制に関する世論調査 2 調査結果の概要 2 - 内閣府 (gov-online.go.jp)
調査対象 母集団、全国18歳以上の日本国籍を有する者
左のデータから、ほとんどの年代では約半数が選択的に夫婦が別の姓を名乗るように法律を変えてもかまわないと答えており、男女でも大きな差は見られない。一方で、70歳以上の人は半数が夫婦別姓にする必要はないと答えており、年配の人は夫婦別姓に対して反対の意向を示す傾向があることが分かる。
また、右のデータから、どの年代でも別姓を希望しないという割合が最も多く、このことから法律を変えることはかまわないが、実際に別姓をしたい人は少ないことが読み取れる。
・内閣府世論調査 仕事と婚姻による名字の変更
https://survey.gov-online.go.jp/h29/h29-kazoku/zh/z03.html
このデータから18歳から59歳の男女、つまり仕事をしている人々は結婚して姓が変わった際に仕事上何らかの不便があると感じる割合が高い。このことから、別姓を希望する人々の要因の一つは姓を変えた際に不便が生じるためだと考えられる。
・内閣府世論調査 家族と名字に対する意識
https://survey.gov-online.go.jp/h29/h29-kazoku/zh/z02.html
このデータから名字について先祖から受け継がれてきた名称だと考える割合がもっとも高く、特に高齢者にこの意識が強く表れていることが分かる。このことから、高齢者は夫婦が同じ姓を名乗ることを伝統のように捉えているため別姓に賛成する割合が少ないと考えられる。
質的データ
・夫婦別姓訴訟最高裁判決
「夫婦は、婚姻の歳に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」という民法750条の条文に対し、この条文が憲法13条、14条1項、24条、女性差別撤廃条約等に反しているとして、法律を改正しない国家の立法不作為であるとして国に対して損害賠償を求めた。最高裁はこれを受け2015年12月16日に民法750条は憲法に違反していないとして国家賠償請求も認めなかった。理由としては、まず民法750条の規定には自分の意思に関係なく氏を改めることが強制されるものではないこと、夫婦がどちらの氏を称するのかは夫婦同士の協議によって決められるため性別に基づく法的な差別的取り扱いを定めているわけではないことから憲法13条、14条1項に違憲していないとされた。また、氏の通称使用が広まれば夫婦同氏制の不利益が一定程度緩和されるため、夫婦同氏制がただちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度だと認められないことから憲法24条に違反しているものではないと判断された。この最高裁判決はマスコミでも広く報道された。
2021年にも夫婦別姓での結婚を認めない戸籍法の規定は憲法に違反するとして東京のソフトウェア開発会社「サイボウズ」の青野慶久社長が国に対して賠償を求め上告したが、最高裁は旧姓の使用が社会的に広まることで不利益が一定程度緩和されるとして憲法に違反していないと判断し、6月23日に上告を退けた。この判決もマスコミで広く報道された。
・民法改正法案
1996年に法制審議会が女性差別撤廃条約を受けて、家族法の見直しや選択的夫婦別氏制度の実現などの民法改正案要綱を法務大臣に答申した。この内再婚禁止期間の短縮や婚外子の相続分差別の廃止など一部の改正案は認められたが、選択的夫婦別氏制度は実現されなかった。この後も2002年に自民党内の「例外的に夫婦の別姓を実現させる会」が職場の事情や特段の理由がある場合に家庭裁判所の許可を得て別姓を認めるとする「家裁許可制選択的夫婦別氏案」を議員立法として提出した。またこの他にも超党派野党や公明党が改正案を提出しているが、いずれも実現には至っていない。
年表
1979年 国際連合が「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」を採択
1985年 日本が「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」を批准
1988年5月 事実婚夫婦が住民票続柄記載の差別に関して東京地裁で訴訟を起こす(2005年に最高裁で棄却)
1988年11月 国立大学女性教授が国に対して、職場で通称を使用することを主張し、また戸籍名の使用を強制されることの損害賠償を求める訴訟を起こす(1998年に東京高裁で和解)
1988年12月 富士ゼロックスが日本で初めて業務上の旧姓通称使用を実施
1999年 男女共同参画社会基本法施行
2001年3月 女性取締役が会社から戸籍上の姓を名乗るように命じられたことに対し、人格権侵害として大阪地裁で慰謝料を求める(慰謝料が認められる)
2001年10月 国家公務員の旧姓通称使用が可能になる
2003年 国連女子差別撤廃委員会が日本に対して夫婦別姓への改正を勧告
2006年 別姓婚姻届不受理処分の撤回を求めて東京家裁で不服申し立てが起こり、却下される(その後2011年に東京地裁、2013年に最高裁で却下される)
2009年 国連女子差別撤廃委員会が日本に対して夫婦別姓への改正を再度勧告
2011年 男女5人が違憲を主張して夫婦別姓を求める損害賠償を提訴(その後2013年に東京地裁で棄却され、2014年に東京高裁で控訴棄却される)
2015年2月 役員登記における旧姓の併記が認められる
2015年12月 男女5人が違憲を主張して夫婦別姓を求めた訴訟に関して、最高裁大法廷が棄却をする
2016年3月 国連女子差別撤廃委員会が日本に対して夫婦別姓への改正を再度勧告
2016年6月 東京都町田市の女性教諭が旧姓の使用を求めて提訴(東京地裁は棄却するが、後に和解して旧姓使用を認める)
2017年 全職員の旧姓使用が可能になる
2018年 ソフトウェア開発会社社長ら4人が選択的夫婦別姓を求めて提訴(その後2019年に東京地裁、2020年に東京高裁で棄却される)
2019年 住民票、マイナンバーカード、運転免許証への旧姓併記開始
2021年 ソフトウェア開発会社社長ら4人が選択的夫婦別姓を求めた訴訟に関して、最高裁が上告棄却
調査計画
調査対象 10代~20代の男女、特に大学生・高校生・中学生ごとに分類して調査する。
調査方法 選択的夫婦別姓が法律化されることに賛成か反対か、また法律化された場合に実際に別姓にしたいと思うのかについてアンケート調査を行う。
調査からわかること 調査から、若者の年代ごとの夫婦別姓に関する意識を知ることができ、そこから今後の夫婦別姓の意識に対する傾向が分かる。
文献リスト
〈論文〉
・金田正一、1993年、「〈資料〉家族社会学研究のための調査資料(2):「夫婦別姓」に関する意識」、旭川大学女子短期大学部紀要、16号、239~242ページ
・斉藤慎一、2011年、「Refereed Paper 政治的争点に関する世論調査とそれにまつわる問題ーー選択的夫婦別姓を事例として」、社会と調査、6号、57~67ページ
・鈴木亜矢子、2015年、「「旧姓」通称使用の広がりとその問題点:当事者の事例研究から」、生活社会科学研究、22号、65~77ページ
・棚村政行、2021年、「選択的夫婦別姓に関する全国調査(特集 選択的夫婦別姓の実現を)」、人権と部落問題、73巻4号、30~34ページ
・二宮周平、2018年、「改姓の強制は人格権の侵害:選択的夫婦別姓をめぐって(特集 女性と人権)、人権と部落問題、70巻12号、30~37ページ
・松本タミ、1997年、「民法改正・夫婦別姓に関する意識動向:地域・地方の視点で」、香川法学、16巻3・4号、374~388ページ
・山田昌弘、2017年、「「夫婦別姓問題」の社会学:「多数派への同調」の強要をよしとする社会(特集 選択的夫婦別姓をめぐって)」、中央評論、69巻2号、44~51ページ
〈書籍〉
・阪井裕一郎著、2021年、『事実婚と夫婦別姓の社会学』、白澤社、現代書館
・高橋菊江・折井美耶子・二宮周平著、1993年、『夫婦別姓への招待』、有斐閣選書