テーマ
新型出生前診断と現代の「障害」差別
問題関心
妊婦の血液から胎児の病気の有無がわかる「新型出生前診断(NIPT)」が2012年に日本で開始され、2016年には約2万7千人が受診した。NIPTは「命の選別」と指摘がある一方で、NIPTを受診し、染色体異常が判明した妊婦のうち96.5%が人工妊娠中絶を選択しており、さらに新型出生前診断を受診する妊婦は年々増えている。これらの現状からわかるように障害を持つ胎児の排除、つまり「障害」という現象そのものが社会から排除を受けているように見える。私は、新型出生前診断を受診した妊婦と「障害」、そして妊婦による中絶を容認する社会の三者の間には隠れた権力構造があると考える。それは一見選択の権利を与えているようで、経済や福祉、そして費用対効果のイデオロギーによって中絶へと導きながら、その選択の帰結を妊婦に負わせるという構造なのである。この「障害」差別の持つ構造、また、その構造が障害者に与える影響を明らかにしたい。
基礎概念
新型出生前診断…無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic testing; NIPT)、母体血細胞フリー胎児遺伝子検査(maternal blood cell-free fetal nucleic acid (cffNA) test)、母体血胎児染色体検査、セルフリーDNA検査などとも呼ばれる、妊婦から採血しその血液中の遺伝子を解析することにより、胎児の染色体や遺伝子を調べる非侵襲的検査である。出生前親子鑑定として父親の判定にも使用される。 母体中の血液には、母親のDNAの他に胎児由来のDNAも10%ほど含まれる。胎児由来のDNAは、血漿中セルフリーDNA(cell-free DNA:cfDNA)という分類に含まれ、胎児由来遺伝子をMPSという方法で解析することで、胎児性別診断、RhD陰性妊婦での胎児のRhD血液型診断、胎児の単一遺伝子病や染色体異常の診断、さらには妊娠高血圧症候群の発症予知・胎盤機能評価の評価、父親の確認などを目的に検査を行う。妊娠8-10週目から検出可能となる。結果が出るまでは数日から2週間程度かかる。 (Wikipedia)
差別の三者関係…一般的に差別を語る場合、差別者と被差別者のみの二社関係で語られることが多いが、差別の排除行為は三者関係で語られなければならない。(佐藤,1990)この三者は差別者、被差別者、そして共犯者で構成され、共犯者とは差別者による同化によって成立する。差別者は被差別者を排除することによって共犯者と「われわれ」というカテゴリーを形成し、「われわれ」からの排除こそが差別となるのである。
新自由主義…アメリカにおいて1970年代のスタグフレーションを契機に物価上昇を抑える金融経済政策の重視が世界規模で起き、レーガノミックスに代表されるような市場原理主義への回帰が起きた。自己責任を基本に小さな政府を推進し、均衡財政、福祉・公共サービスなどの縮小、公営事業の民営化、グローバル化を前提とした経済政策、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などの経済政策の体系。競争志向を正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済体制をいう。新自由主義を信奉した主な学者・評論家・エコノミストにはミルトン・フリードマン、フリードリヒ・ハイエクなどがいる。また新自由主義に基づく諸政策を実行した主な政治家にはロナルド・レーガン、マーガレット・サッチャー、中曽根康弘、小泉純一郎などがいる。
現状
・厚生労働省平成25年度衛生行政報告例の概況
・妊娠週数別の流産確率と年齢別の流産確率(http://ikuji-log.net/entry/prevention-of-abortion)
・新型出生前診断は2013年4月から日本医学会が認定した87施設(17年7月末時点)で臨床研究が始まり、2017年3月末までに4万4645人が受診した。そのうち、陽性と判定されたのは1・8%にあたる803人で675人が羊水検査などの確定検査に進み、陽性と確定した人は605人。その後、94%にあたる567人が人工中絶を選択していた。(http://database.asahi.com/library2/main/top.php)
主な研究者
立岩真也…日本の社会学者。立命館大学先端総合学術研究科教授。 新潟県両津市(現・佐渡市)生まれ。新潟県立両津高等学校を経て1983年東京大学文学部社会学科卒業、1990年同大学院博士課程単位取得満期退学。日本学術振興会特別研究員、千葉大学文学部助手、信州大学医療技術短期大学部講師・助教授、立命館大学政策科学部助教授、立命館大学大学院先端総合学術研究科助教授を経て、2004年から現職。
研究者の主張
考察
新型出生前診断による「障害」差別を三者関係で捉えるとき、差別者は障害を排除しようとする社会で、被差別者は障害を持つ出生児や障害者であり、共犯者は出生前診断を受診した妊婦となる。「われわれ」を形成する共通の認識は自己責任を当たり前とするネオリベラルな認識があると考える。あらゆる選択を自己責任として背負わせる新自由主義社会でるが、実際は機会の平等は保障されておらず、人々の持つ文化的資源は不平等であるため、選択することは不可能となっているのが現状である。障害児を生もうが生まないがその選択の帰結を自己責任として妊婦に背負わせるが、実は経済的、社会的また制度的に障害の排除を行う社会のもとでその選択は一方に迫られているのである。
○統計
・新出生前診断、拡大を検討 研究から診療扱いに, 朝日新聞, 2018年02月14日 (http://database.asahi.com/library2/main/top.php)
・(今さら聞けない+)出生前診断 「新型」が普及、4万5000人受診, 朝日新聞, 2017年09月16日 (http://database.asahi.com/library2/main/top.php)
[メモ]
新型出生前診断は2013年4月から日本医学会が認定した87施設(17年7月末時点)で臨床研究が始まり、2017年3月末までに4万4645人が受診した。そのうち、陽性と判定されたのは1・8%にあたる803人で675人が羊水検査などの確定検査に進み、陽性と確定した人は605人。その後、94%にあたる567人が人工中絶を選択していた。
○検索語
出生前診断、障害者差別
○文献
〇元々知っていた文献
・柴田保之 2016 新しい出生前診断と知的障害当事者の言葉
・佐藤裕 1994「差別する側」の視点からの差別論
・佐藤裕 1989 見下しの理論と差別意識
・佐藤裕 1990 三者関係としての差別
〇出生前診断(データベース) ※複写以来済み
◎・生命倫理研究会生殖技術研究チーム ,1992『出生前診断を考える:1991年度生殖技術研究チーム研究報告書』. //JPN
◎・立岩真也 1992「出生前診断・選択的中絶に対する批判は何を批判するか」,生命倫理研究会生殖技術研究チーム(編)『出生前診断を考える : 1991年度生殖技術研究チーム研究報告書』: 95-112,生命倫理研究会. //JPN
◎・立岩真也 1992「出生前診断・選択的中絶をどう考えるか」,江原由美子(編)『フェミニズムの主張』: 167-202,勁草書房. //JPN
◎・武藤,香織 ,2000「<文献紹介> 坂井律子著『ルポルタージュ 出生前診断』/佐藤孝道著『出生前診断』」,日本家族社会学会(編) 『家族社会学研究 』12(1): 123-124,日本家族社会学会 //JPN (電子ジャーナル)
〇障害者差別(データベース)
・立岩真也 1991「どのように障害者差別に抗するか」,『仏教』15: 121-130,法蔵館. //JPN
・要田洋江 1999 『ジェンダー・家族・国家』岩波書店 //JPN
・楠敏雄 1998「震災復興と住民 : 障害者差別の現状と法制度上の課題(ミニシンポジウム) 」,日本法社会学会(編) 『法社会学 』50: 124-126,288,有斐閣 . //JPN
・小川登 1990「障害者差別とノーマライゼーションの思想 」,『桃山学院大学社会学論集』23(2): 45-63,桃山学院大学総合研究所. //JPN
〇「立岩真也 出生前診断」(Cinii)※複写依頼済み
◎・横瀬利枝 2008「出生前診断をいかに受けとめているか」(抄録あり)
◎・通山久仁子 2006「「障害」をめぐる理解の差異はどのようにのりこえられるか」(保健福祉学部 福祉学科)(抄録あり)
◎・大鹿勝之 2002「自己決定の諸問題 : 自己決定と関係性」医学哲学 医学倫理 20(0), 154-165, 2002 日本医学哲学・倫理学会(電子ジャーナル)
◎・山本英輔 2001「選択的人工妊娠中絶をめぐる倫理的問題」流通經濟大學論集 36(1), 29-37, 2001-07 流通経済大学
〇「立岩真也 女性」(google) ※複写依頼済み
◎・立岩真也 1996「女性の自己決定権とはどのような権利」『現代生命論研究――共同研究「生命と現代文明」報告書』,国際日本文化研究センター,日文研叢書9,pp.89-95 25枚
↳ 選択的中絶に対する決定権を巡って、胎児を一個人としてみなすことによる生命倫理的な価値判断は誰にでもすることが出来るが、妊婦の場合は、胎児が身に宿り誕生するという経験を内部で経験するため、妊婦当事者の決定権が特権化される。
〇「江原由美子(1992)」(google)
・江原由美子編著 1992『フェミニズム論争--70年代から90年代へ』ソシオロジ 37(1), 105-113, 1992社会学研究会
・江原由美子著 1992『ラディカル・フェミニズム再興』ソシオロジ 37(1), 105-113, 1992社会学研究会
・江原由美子 1992『フェミニズムの主張』勁草書房
〇フェミニズム側の出生前診断の論文(google)
・菅野摂子 2013 「選択的中絶とフェミニズムの位相」社会学評論64(1), 91-108, 2013
・加藤秀一 1996 「女性の自己決定権の擁護ーリプロダクティブ・フリーダムのために」江原由美子編『フェミニズムの主張3 生殖技術とジェンダー』勁草書房, 41-79