男女別大学生が捉える「男らしさ」に違いがあるか(仮)
・問題関心
警視庁の調査により、男性による犯罪の案件数が女性による犯罪の案件数と比べたら、圧倒的多いである。令和1年のデータによれば年間刑法犯での検挙者32万人のうち79%は男性だった。一方で、1998年以降、全国の自殺者は年間3万人を超え続けているが、女性より男性が多く存在し、七割以上は男性である。この現象の背景には、男性特有の脅迫的に他人に対する「支配・優越志向」と悩みや不満を自己の心の中に押しとどめようとする「自ずの感情抑制」という傾向がある。これまでは成年社会人の男性を対象とする研究が多いが、価値観や世界観が形成する最も重要な青年期における大学生に関する研究が欠けている。
それに、今まで男女関係に関する意識変化を究めることを目的とする先行研究が多いですが、女性の活躍を妨げ、ジェンダー平等の社会の実現にとって阻害要因となっているだけでなく、男性の生きづらさの要因にもなっている二つ傾向の背景にあることを明らかにし、「男性」に焦点を当てる調査研究もすくなっかた。
本研究では,犯罪や自殺を控え、男らしさ形成への意識や男性特有な二つ傾向に着目し、本格的な社会参加への過渡期である青年期後期の大学生を対象として、アンケート調査を行いたいと考える。男性大学生が捉えている「男らしさ」と女性大学生が捉えている「男らしさ」を比較したうえで、上記の二つ傾向がどのような形で存在しているのかを比較・検討することを目的とする。さらに男女大学生がそれぞれ捉えている「男らしさ」がどのような概念で構成されているかに着目して知見を整理していきたいと考える。
・先行研究
1.男性学
日本の男性学は、フェニズムの隆盛による女性をめぐる議論の成熟を背景として、男性というカテゴリーの自明性が揺らぎはじめる1980年代後半から開始された。
1986年の渡辺恒夫による「脱男性の時代―――アンドロジナスをめざす文明学』(勁草書房)をはじめとして、1989年には渡辺が編者となった『男性学の挑戦|Yの悲劇?』(新曜社)、1996年になると日本のメンズ・リブ運動を主導した伊藤公雄の『男性学入門』(作品社)が出版されるなど、1990年代後半には男性学が独自の領域をもった学問分野として確立している
今までの研究の中で、男性学が下記のよう定義づけられている。
女性学の視点を通過したあとに、 女性の目に映る男性像をつうじての、 男性自身の自己省察の記録 (上野、1995)。
男性が自分らしく生きることができるように、現代の男性中心社会を男性の視点から、批判的にとらえ直そうとする実践的な学問 (大山、 2000)
本来の男性学とは、女性学の影響を受けて誕生したもので、男性の視点から、現代の男性中心社会を批判的にとらえ直そうと実践的な学問であるといえる。こういう男性学は、フェミニズムや女性学から生まれてきた、下記の2つの概念を受け入れている。それは、①男性支配と、②ジェンダーの非対称性である。
① 男性支配
男性支配とは、家父長制 (patriarchy)という男性が女性に対して圧倒的に優位な立場に ある社会状況のことである(多賀、2016 )。男性支配のもとでは、男性は全体の女性/他の男性に対して加害者になるのである。
② ジェンダーの非対称性
ジェンダーの非対称性とは、女性男性の性別カテゴリー、すなわちジェンダー・カテゴリーが、対等なものではなく、上下に階層化されており、さらには、男性が主体、標準、中心となり、女性は客体、特殊、周縁として、差別されている状態のことである。(大山、2010)
多賀により、男性学がこだわる視点
多賀(2006)は「男性を 「ジェンダー化された存在」としてとらえることとは、男性を人間一般とみなすのではなく、男らしさを期待され、それを実践するジェンダー化された "特殊な" 存在とみなすということである」と主張している。
3.男性問題
男性であるがゆえに、男らしさや男性役割を期待されるがゆえに生じる問題、 男性のジェンダー問題のことである。男性支配の社会において、男性問題が問題視されてない。男性役割や男らしさは、女性役割や女らしさに比べて高く評価されているため、それらを批判的に検討することはほとんどない。
男性問題が大きく2つに分類してている。 その一つは 「男性が女性を苦しめている」という意味での男性問題である。もう一つは、「男性自身が困っている」という意味での男性問題である。
a.女性学的な男性問題
男性が女性/他の男性を苦しめているという意味での男性問題。男性が女性/他の男性を抑圧する側面、すなわち男性の加害者性に焦点をあてるものである。 “女性問題は男性問題だ” といわれることがある。それは、女性/他の男性が問題なのではなく、女性/他の男性を苦しめている男性こそが問題だということを示している。「男性が女性/他の男性を苦しめている」という意味での男性問題では、こうした女性たちの思いを受けとめ、女性問題の解決に重きにおくものとなる。(多賀2006)
b.男性学的な男性問題
「男性自身が困っている」という意味での男性問題とは、男性が何らかの困難をかかえ、悩み苦しんでいる側面、すなわ男性が受ける抑圧に着目するものである。男性運動の多くが取り組むのは、こちらの男性問題である(多賀2006)
4.男らしさの形成
「支配・優越志向」
男性は、 男性集団の中で、競争に勝つこと、他人に優越することを自尊心の基盤にすることを学び、それによって男としてのアイデンティティを形成していく(多賀2006)
「感情抑制」
1993年から95年の 3年間に新聞でいじめによる自殺と報道された中高生の自殺のケースが27件あったが、そのうち女 の子は4名だけで、残りのすべて、つまり8割以 上が男の子であった。 ところが、一方で、「いじめ電話相談」に電話をかけてくるのは圧倒的に女 の子だという。 このことから、 成人のみならず子 どもにおいても、 男は他人に悩みを打ち明けず死を選んでいく傾向にあることが推測される。(伊藤1996)
5.男らしのコスト
Messnerというアメリカの研究者は、 男性学の視点として、①男性の制度的特権、 ②男らしさのコスト、③男性内の差異と不平等の3つに着目することを提案している (Messner. 1997)
「男らしさのコスト」とは、男性としての特権を維持するために、男性役割や男らしさを忠実に実践するときに生じる代償のことである。その代償には、男性役割や男らしさへの適応、あるいは過剰適応によって失うものも含まれる。また、すべての男性が、 同じように特権を享受できる訳ではないため(男性内の不平等)、「男らしさ」のコストを高く感じる男性もいる。
男性支配の社会において、男性が優位有利であるのは、 男性役割や男らしさを思実に実践しているからである。 それらから脱したり、うまく実践することができなかったりした男性は、男性として劣位不利な立場に置かれる。したがって、男性は男らしくすることを強く動機づけられることになる。一方で不利な立場から脱出しようとする男性は、男らしくなくするという選択肢を選ぶもいるではないだろうか。
・アンケート調査の実施予定
現時点において富山大学の在学生を母集団として、できれば300人(無作為)ぐらいのサンプル数で定量調査を実施するつもりだ。調査項目は過去経験、支配・優越志向、感情抑制、自由回答の四項目にわたって、調査結果を男女分に分けて集計し性別比較分析を行いと考える。
〈男性による女性支配〉
g. Carrigan et al. "Toward a New Socio logy of Masculinity", Theory and Society, 14, 1985
「男性による女性支配」というマクロな構造において、女性が男性を支配しているミクロな状況を確認ことができる。母親による息子の支配、女性教師による男子生徒の支配、女性上司による男性部下の支配など例がる。
恋愛関係のようなプライベートで一見対等に見える場面においても、例えば女性に気に入られたいと思う男性の気持ちの方がその逆よりも強い場合など、女性の方がより権力をもちうる場面はいくらでもある。こうした状況においては、女性は「男らしさ」の名の下に男性をコントロールし、女性であれば許されることを男性に禁止した り、女性であれば免除されるような厄介事を半ば強制的に男性に押しつけることが可能となる。
〈性役割測定尺度〉
伊藤裕子 、1978年、〈 性役割の評価に関する研究 教育心理学研究〉 26, 1-11.
h. 伊藤 (1978) は、 性役割観の構造を解明するに当たって、M-H-F scale(性役割測定尺度)を作成している(Tablel) M-H-F scaleの項目内容は、 男女それぞれに「男らしさ」「女らしさ」を表す特性の記述を求め、 因子分析を用いてscale が作成されている。
M-H-F scaleは、 Masculinity (男性性) Humanity (人間性)、Femininity (女性性) の各 10 項目より構成されており、社会一般 自己女性・男性にとってこれらの性質を備えることがどれほど重要であると考えているかといった個人の性役割に関する価値観を測定するものである。
特に学校のような集団活動がよく行う環境において、男らしさとしては、包容力、頼りがい、たくましさ・強さ、決断力・判断力、行動力、積極性、リーダー シップなどと観察られる。今回は男性に専用な測定役割語に基づいて、「支配・優越志向」と「感情抑制」二種類を分けて、高校の学校環境で男らしさを発現する場面を測定してみた。
文献リスト
・飯野 晴美 『「男らしさ」「女らしさ」の自己評価について(4)男子大学生を中心にして (教育学特集)』 明治学院論叢 (645), 47-66, 2000-03明治学院大学
・飯野 晴美 『大学生が抱く「男らしさ」「女らしさ」のイメージ』 日本性格心理学会発表論文集 7(0), 80-81, 1998日本パーソナリティ心理学会
・大山 治彦 『大学生の抱く男らしさ・女らしさ期待の男女差』 龍谷大学大学院研究紀要. 社会学・社会福祉学 2, 5-15, 1995-03-31
・田中俊之、2009年、『男性学の新展開』
・沼崎一郎、2008年、「新編日本のフェミニズ12」『暮らしと教育をつなぐwe』
・吉村 健、2007年、「大学生の自尊感情におけるジェンダー・アイデンティティの影響」『京都教育大学教育実践研究紀要 第17号 2017』
・豊田加奈子 松本恒之、2004年、「大学生の自尊心と関連する諸要因に関する研究」『東洋大学人間科学総合研究所紀要 創刊号』
・多賀太、2006年、「男さらしさの社会学」『学校で作れられる男らしさ』
・多賀太、2006年、『現代教育研究月報』第20券第12「男らしさの形成と学校環境」20(12)1-5
・田島賢侍 田島真沙美 奥住秀之、2017年、「大学生の自尊感情と「最近の生活」に対する自己評価の 関連」『東京学芸大学紀要. 総合教育科学系』68(2): 155-162
・伊藤美奈子(代表)(2010)自尊感情や自己肯定感に関する研究.慶應義塾大学報告書.
・唐津市、2019年、「男女共同参画に関する中学生意識調査報告書」
〈CiNiiヒット件数〉
男性学:186 男らしさ:444 大学生性役割意識:34 大学生 自尊心:143 大学生 男らしさ:17
伊藤記(20210524)
もし男らしさを卒業研究のテーマに引き継ぐ場合は、以下の文献も読んだ方がよいと思います。
片田 孫 朝日,2014,『男子の権力』京都大学学術出版会.
知念 渉,2018,『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す』青弓社。←男らしさの視点を分析に組み込んでおり、その助言・指導をしたのが多賀太さんであることが書かれています。
Howson, Richard, 2006, "Challenging Hegemonic Masculinity", Routledge.←知念(2018: 119)で引用されている男性性研究。HowsonがベースにしているというConnnel, R. M. も必要であれば読むべきだろう。
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