*テーマ:ブラック企業と社会的対策
*問題意識
近年、労働環境のあり方がますます注目されてきている。昨年は大企業の新入社員が過酷な労働環境を苦にして自殺するという事件も起こったことで、“ブラック企業”という言葉はすっかり浸透した。「朝日新聞」「アエラ」「週刊朝日」における「ブラック企業」の語を含む記事の掲載件数は2009年1件、2010年4件、2011年7件、2012年23件、2013年172件であり、近年、注目を集めている(今野 2015)。ブラック企業問題に対し、社会運動団体はどのような対策を講じ、具体的にどのような活動を行なっているのかを明らかにしたい。
*基礎概念
・ブラック企業問題:長時間労働やパワーハラスメントなど、複合的な労務管理から生じる問題であり、派遣労働や女性差別とは性質が異なっている。また、従来の若年雇用問題の中心を占めてきた「非正規雇用」のこはじめにこの語が言説として普及し始めたのは、インターネット掲示板「2ちゃんねる」であり、ネットスラングとして使われ始めた経緯があるため、明確な定義はないが、「ブラック企業被害対策弁護団」「ブラック企業対策プロジェクト」では、狭義には「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」と定義し、広義には「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」と定義している(今野 2015)。
ブラック企業の定義:厚生労働省は定義を明らかにしていないが、一般的な特徴として、
① 労働者に対し極端な長時間労働やノルマを課す
② 賃金不払残業やパワーハラスメントが横行するなど企業全体のコンプライアンス意識が低い
③ このような状況下で労働者に対し過度の選別を行う
という点を挙げている。(http://www.checkroudou.mhlw.go.jp/qa/roudousya/zenpan/q4.html)
・ブラック企業被害対策弁護団:「POSSE」代表の今野晴貴が、「ブラック企業」と頻繁に言及されていた株式会社ファーストリテイリング及びワタミ株式会社の代表取締役から、「通告書」による脅しを受けたことにより、設立。その後、全国300人を擁する被害救済の弁護団として発展してきた(今野 2015)。
*研究者
・今野晴貴
NPO法人「POSSE」代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。一橋大学大学院博士課程在籍。
特定の違法行為に還元することのできない労働問題に対し、体系的に「労務管理の変化」として、はじめに問題提起を行なった。「ブラック企業」の労務管理を「大量募集」「選別」「使い捨て」「無秩序」の各過程に分類し、労務管理の8つのパターンを挙げている。
<大量募集>
第一のパターン:月収を誇張する
第二のパターン:「正社員」で採用するとしながら、入社後に「試用期間中は解雇できる」と主張する。また、契約の有期雇用への改定を迫る
<選別>
第三のパターン:試用期間の満了とともに一定割合の新入社員の解雇を予告し無給の残業競争を強いるような労務管理
第四のパターン:意図的に精神疾患に追いやり自己都合退職させる
<使い捨て>
第五のパターン:残業代を払わない(「営業手当」などと称してあらかじめ賃金に組み込むなど)
第六のパターン:異常な36協定と長時間労働(日本には従来から労働時間上限規制がないために、過労死させるような命令が常態化するなど)
第七のパターン:辞めさせない(離職手続きをあえて行わないなど)
<無秩序>
第八のパターン:無秩序(ハラスメント傾向のある社員を放置するなど)
・鈴木玲
今野により、ブラック企業は広く社会問題として認識されるようになったが、社会問題化と並行して「ブラック企業」の概念が拡散化していると提唱。具体的には、例えば当初は新卒正社員で雇用された労働者の過酷な労働条件に焦点が当てられていたが、最近では学生のアルバイトの労働条件の劣化や劣悪さ(「ブラックバイト」問題)についても「ブラック企業」問題として論じられるようになったことなど。「ブラック企業」を、今野の主張する<選別>のタイプに定義を絞っている。
また、ブラック企業の普遍性と多面性について分析している。
(1) 普遍性について、先行研究では長期雇用や年功賃金を前提とした日本的雇用が「ブラック企業」問題を形成していると説明したのに対し、「ブラック企業」は日本だけではなく、他国にも存在する普遍的な現象だと捉えた。
(2) 多面性について、「ブラック企業」と雇用関係が上からの強制という側面だけでなく、下からの合意や抵抗という側面を持ちうる可能性を論じている。
*量的データ
・厚生労働省「監督指導による賃金不払残業是正結果(平成27年度)」
(1) 是正企業数:1348企業(前年度比19企業の増)
うち、1000万円以上の割増賃金を支払ったのは184企業
(2) 支払われた割増賃金合計額:99億9423万円
(3) 対象労働者数:9万2712人
(4) 支払われた割増賃金の合計額:1企業あたり741万円、労働者1人あたり11万円
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c_h27.html)
・日本労働組合総連合会「ブラック企業に関する調査」インターネット調査、2014年11月1日〜11月6日、20歳〜59歳の被雇用者(非正規労働者含む)3000名(男性1500名・女性1500名)対象
(1) 「勤務先はブラック企業だと思うか」という質問に「ブラック企業だと思う」は8.2% 「どちらかといえばブラック企業だと思う」は18.7%
(2) 「ブラック企業対策として、国に対し、どのような制度や取り組みを進めてほしいか」を聞いたところ「ブラック企業の社名公表」が65.0%「労働基準法違反の取り締まりを強化」46.2%「ブラック企業の相談窓口設置」44.4%「労働基準法違反の厳罰化」44.0%「離職者数の開示」36.5%
(https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20141128.pdf#search=%27連合+勤務先がブラック企業だと思う%27)
*質的データ
・「ブラック企業対策プロジェクト」の活動
ブラック企業対策プロジェクト:弁護士に加え、教育者等が連携することで、法的な解決をより浸透させると同時に、さまざまな啓発活動や政策提言を行うことを目的としている(今野 2015)。
実践的な労働教育が必要であるという考えから、高校・大学の教員、弁護士、NPO、労働組合関係者らが検討を深め、無料の資料を提供している。ブラックバイトへの対処法や、求人を見る時の注意ポイント、内定後のトラブル対処法などを掲載している。
(http://bktp.org/downloads)
→知識人が集い、労働問題対策として実践的労働法教育の運動を起こした初の事例
・NPO法人POSSE
都内の大学生、若手社会人を中心に2006年結成したNPO法人。労働相談、労働法教育、調査活動、政策研究・提言を若者自身の手で行っている。設立直後から労働相談を実施し、都内の3000人対象にアンケート調査を行うなどして、若者主体のNPOとして注目を集めている。現在は、およそ半数の社会人だけでなく、100人近くの学生が活動に参加している。また、都内だけでなく、仙台、京都にも拡大展開している。
NPO法人POSSE 概要の更新日時は不明(http://www.npoposse.jp/whats_posse/index.html)
労働相談が解決に至り、新聞で報道された事例
→違法な長時間労働などをさせられたとして、20代の男女6人が仙台市青葉区のマッサージ師派遣会社「REジャパン」(2015年3月に破産)の会社役員らに約3600万円の損害賠償請求が行われ、2016年11月9日に和解が成立。2010年4月に入社し、間も無くして入社前の会社の説明と勤務実態が違うことに気づいた。求人では勤務時間は午後4時から11時とされていたが、実際は午後1時からの朝礼の参加やサービス残業を強いられていた。また、自分が「正社員」ではなく、個人事業主として扱われる「外交員」だった。社会保険にも加入していなかった。また、上司からのパワハラも受けた。13年7月に退職。
その後、POSSEなどの支援を受け、元同僚とともに提訴。提訴から約3年後の2016年11月、会社側からの解決金と文書による謝罪を勝ち取った。
毎日新聞 2016年12月16日10時03分 (https://mainichi.jp/articles/20161216/k00/00e/040/156000c)
*リサーチクエスチョン
NPO法人POSSEが労働相談の結果、解決に至ったのはどのくらいの件数であるのか、労働相談の今後はどういった活動を行なっていけるのかインタビューしたい。
*文献リスト
〈論文〉
・鈴木玲 2017 「『ブラック企業』の普遍性と多面性:社会科学的分析の試み」 大原社会問題研究所雑誌 682 30-43
・今野晴貴 2015 「『ブラック企業問題』の沿革と展望:概念の定義及び射程を中心に」 大原社会問題研究所雑誌 681 6-21
・佐々木亮 2017 「ブラック企業から身を守るために(特集 過労自殺&ブラック企業:あなたの職場は大丈夫?)」 経済 259 16-26
〈書籍〉
・今野晴貴 川村遼平 2011 『ブラック企業に負けない』 旬報社
・今野晴貴 2012『日本を食いつぶす妖怪』 文藝春秋
・森岡孝二 2011『就活とブラック企業:現代の若者の働き方事情』 岩波書店