流行歌の変遷
<問題意識>
いつの時代にも存在する流行歌。「流行する歌」には何か共通点はあるのだろうか。さらに、時代によって特徴や違いは存在するのか疑問に思い、調べることにした。調査方法と分析項目についてまとめてみる。
<主な研究>
≪キーワード分析≫(見崎、2002)
□Jポップのヒット曲において、「二人」という言葉の出現率の高さに注目
任意のアルバムを抽出し、一枚のアルバムの中で何曲の歌詞に「二人」という言葉が出てくるか調査。最も多いもので、11曲中7曲に使用されていた。
「二人」が使われる理由
・言葉の響きが優れている
・意味としては恋人どうしの「あなたと私」→恋や愛は昔から歌謡曲になくてはならない単語である
□「あの日」「あの頃」など昔を懐かしがるような「あの」で始まる言葉
若者は昔を懐かしがる…社会学的説明(フレッド・デーヴィス『ノスタルジアの社会学』参照)
ノスタルジア…過ぎ去った時代を懐かしむ気持ち。ノスタルジー。
・ノスタルジーの機能は、アイデンティティの断絶への不安を癒すことにある。
青年期から成人期への移行期
・就職、進学、結婚、離郷等の課題に直面する
・最も悲連続的な時期
・自己はアイデンティティの連続性を確保しようとする実存的要求をはたらかせる
⇒異境に入る際の不安や不確実感を癒すために過去を美化し、自分の価値を守ろうとする
人生の転機にだけではなく、スケールの小さな生活上の非連続にもノスタルジーの機能ははたらく
例:失恋
恋愛中の幸福な時期と失恋時の憂鬱な時期との気持ちに激しい断絶が存在する。それ(断絶)がアイデンティティの連続性を脅かしそうな時、ノスタルジーが働く。
Jポップにはノスタルジックな形式の歌が多い…Jポップのほとんどがラブソングだから(見崎)
↓
なぜほとんどがラブソングだとノスタルジックな形式が多いのか
↓
Jポップも演歌も、ラブソング、とくに失恋をテーマにしたものが多い(久慈)
↓ ⇒失恋時にノスタルジーの機能がはたらく
ラブソング(失恋)をうたった歌が多い=ノスタルジックな歌が多い
・「あの」という言葉で昔を懐かしむことは、時間的にどれだけ昔のことになったかという長さ(「量」)の問題ではなく、そこに非連続性があったかどうかの「質」の問題であるから、人生経験の少ない若者でも過去を懐かしがることが可能なのである。
≪登場人物分析≫(久慈、1982)
TBSで実施した全国歌謡大調査から、男女別各10歳きざみの年齢層の愛好曲上位20のリストを借用
TBS全国歌謡大調査
全国150地点、12歳以上約3000名を対象に、昭和55年10月8日~29日に実施
戦前、戦中第一期(昭和29年まで)、第二期(30~50年)、第三期(50年~現在)の1000曲のリストの中から好きな曲を選ばせる。
・演歌と若い世代の好むニューミュージックの登場人物について分析
演歌 ニューミュージック
後悔の念にかられる、耐え忍ぶ ⇔ 楽しかった過去の思い出に浸る、相思相愛
好対照
共通点…別れた女をいとおしがる男、自分を捨てた男をいとおしがる女の登場
≪言語変遷分析≫(鈴木・山口、2000)
1996~99年の流行歌を対象に、文末表現、漢字とルビの組み合わせ、地名の使用、感嘆詞について調査。『“オリコン”ウィークザ・1番 1000号記念特別付録 オリコン歴代シングル BEST1000完全保存版』(オリコン歴代シングル)を曲の選定に使用。
・34年間、各年上位10曲を選曲。なお、外国語の歌詞は対象外とし、歴代の1000位の中に10曲がランクインしていない年もあり、合計305曲を分析の対象とする
・1966~1999までの34年間を音楽業界の流れを参考に、第一期(1966~1979) 第二期(1980~1989) 第三期(1990~1999)に時代区分する
オリコン歴代シングル
1966年1月4日~1999年3月29日付チャート中、CD・レコード、カセットテープなどの累積推定売上数上位1000曲を掲載したもの
□文末表現分析
「よ」「の」「さ」「ね」「だ」「ぜ」「わ」「のよ」「だよ」の9種の文末表現について検討。
⇒第一期、第二期、第三期ともに最も多く使われているのは「よ」である。
・第一期…女性特有の「わ」「の」「のよ」の使用が多い
・第二期…「さ」「ね」の使用が増加→相手への思いや呼びかけをうたった歌が増えていることの表れ
「ぜ」の使用→アイドル全盛期であり、男性アイドルの歌がヒットしたことによる
・第三期…第一期の特徴「のよ」「わ」、第二期にみられた「ぜ」は使われなくなった
□漢字とルビの分析
漢字とルビの組み合わせは時代を経て使用回数、組み合わせが増加している。
・第一期
運命→さだめ
生命→いのち
⇒漢字とルビの間に意味的なつながりがあり、ほぼ読み方として固定している。
・第二期
傷心→ハートブレイク
領域→エリア
⇒漢字にカタカナで外国語のルビを組み合わせている
ひと…「他人」「女」「女性」
とき…「時間」「時代」
⇒同じ響きを漢字によって意味分けしている。
・第三期
ひと…「他人」「女」「人々」「群集」
とき…「時間」「時代」「瞬間」
⇒第二期に比べ、組み合わせる漢字の範囲が広がっている。
自分→おとこ
人間関係→ひとづきあい
⇒作詞者独自の表現法の出現
第三期では第二期にみられた漢字にカタカナのルビを組み合わせる表記がほとんど見られない
⇒外国語、外来語が漢字と組み合わせられることなく単独で使われるようになった
□地名使用の分析
第一期…長崎、東京、京都、など日本の都市名の使用
第二期…チャイナ、サハラ、シルクロードなど外国の地名の使用、一期に比べ地名の使用減少
第三期…東京→TOKYOとローマ字表記、さらに地名の使用減少
地名の使用は減少していく⇒各土地を舞台にした出来事ではなく、個々の思いを伝える歌が人気となり、演歌が流行しなくなったことが原因の一つ
□感嘆詞分析
第一期…ほとんどがひらがな表記で、ローマ字表記は少ない
例:「ああ」「あゝ」「あー」
第二期…ローマ字表記の感嘆詞増加⇒かな表記が急激に減少(使われてはいる)
ひらがな表記は「ああ」「さぁ」のみ
感嘆詞の種類が多様になる
例: 「AH・Ah」「wo」「Bom」「Um」「HA HAN」
第三期…かな表記がほとんど見られない。感嘆詞=ローマ字 となっている
⇒時代が進むにつれ、感嘆詞は ひらがな表記→カタカナ表記→ローマ字表記 と変化していく
≪英語使用についての分析≫(藤掛、1994)
ソニー・マガジンズ刊 『‘92年版あのうたこのうた』を使用
92年度96曲、60年代112曲、70年代83曲が収められている。
□題名と英語
・70年代83曲と92年96曲の題名を50音順に列挙
70年代…カタカナ表記で英語を用いる 例:「木綿のハンカチーフ」「美・サイレント」
92年…英語を英語表記のまま用いる 例:「SAY YES」「Silent Jealousy」
□歌詞と英語表現
・歌詞の中で部分的に英語表現が含まれる曲
70年代…8曲
92年…47曲
題名がカタカナから英語へ、英語表現の歌詞の増加
⇒70年から92年の間に確実に日本語の中に英語が入り込んできている
≪曲調分析≫(田賀、1994)
・ポップス…70年代63曲、92年78曲とどちらも最も多い
⇒時代に関わらず安定した人気を誇る。
・演歌…70年代はヒット曲がわずか2曲だったが、92年には14曲にのぼる。
→92年頃に起きたカラオケブームにより、年配の人も聴くだけではなく、カラオケに乗せて「日本の心」である演歌を楽しむようになった。
⇒文化状況の変化が流行歌に関わっていることを示している
<まとめ>
各時代、年代の社会状況と流行歌の歌詞・曲調には密接な関係がある。時代は違っても文末表現、曲のテーマなど共通する点も見られるが、使われなくなった表現もあり、そして新たな表現法が出現することで、流行歌は時代によって異なる特徴を持つのだろう。
<参考文献>
久慈利武,1982,「流行歌の社会学――人々の愛好曲の考察」三重大学教育学部研究紀要社会科学33:19-39
鈴木直枝・山口孝志,2000,「流行歌の歌詞にみる言語の変遷――過去34年間のヒット曲を通して」東北生活文化大学三島学園女子短期大学紀要31: 55-65
藤掛和美・西村絵里・菅沼真琴・田賀小百合・澤柳千秋,1994,「現代流行歌歌詞の移り変わり――1970年代1992年ヒット曲との比較から」中部大学女子大学紀要5: 49-60
見崎鉄,2002,『Jポップの日本語――歌詞論』彩流社