奈良県庁の屋上には、屋上広場があって奈良市内が一望できる。近年の奈良公園は観光客が増えて、人混みの苦手な私にはちょっと辛い。奈良県庁に出向く機会があると、県庁屋上広場に行くことが多い。
<参考>
北側から順に、若草山(わかくさやま、三笠山とも呼ばれる)、春日山原始林(花山など)、御蓋山(みかさやま)、高円山(たかまどやま)。2025年5月に撮った写真を見ると、4つの違った山肌が写っており、それぞれ特徴のある植生を持つので、紹介したい。
若草山の斜面には、ススキやシバの優占する草原があって、春~夏の山肌は、鮮やかな緑色で美しい。
天気のいい日に芝地に寝転がりたくなるが、シカのパラダイスでもあるので、コロコロと糞も落ちている。
古墳の霊魂を鎮めるための祭礼として毎年1月の第4土曜日に「若草山焼き」が行われるために草原環境が維持されている。山頂にある鶯塚古墳から幽霊が出て人々を恐がらせ、幽霊が出なくなるように山を焼くことになったのだそうだ。
常緑広葉樹のシイ・カシ類が優占した照葉樹林が広がり、遠目にはブロッコリーのようにモコモコとした濃い緑色の森に見える。5月のコジイの花期には、雄花の淡い黄色に色づいて見える。
奈良盆地付近では、常緑広葉樹林は植生遷移の最後にできあがる極相林(きょくそうりん)。それが若草山の草原の隣にあるのが面白い。
春日大社の聖域として保護管理されてきたため、約300haの面積で貴重な動植物が残っている場所で、1955年に国の特別天然記念物に、1998年にユネスコの世界文化遺産「古都奈良の文化財」にも選ばれている。
日本の照葉樹林は森林面積の0.6%とほぼ全滅状態にある中で、春日山原始林は貴重と言えよう。しかし、増えすぎたシカの影響などで森の下層植生が育たず、土壌が流出し、乾燥化が進んで森が少しずつ変化してきている。外来種のナギやナンキンハゼの分布拡大やカシノナガキクイムシが媒介する「ナラ枯れ」による森林生態系の変化も心配される。
<参考>
御蓋山には、たくさんのナギが生えている。ナギの純林と言えそうな場所もあって、年間通して深い緑色の森に見える。
ここに生育するナギは、自然分布ではなく、献木が植樹されたものが起原と考えられている。ナギは暗い林内でも育ち、シカも食べないため、もともとの照葉樹林を置き換える勢いで分布が広がって問題となっている。
奈良時代から続く春日大社の神山で、平安時代(841年)に狩猟伐木禁止になった。暖帯性の植物も多く、ナギ、ツクバネガシ、イチイガシ、アオガシ、クロバイ、カギカズラ、ウドカズラ、ナチシダ、オオバノハチジョウシダなども見られる。
<参考>
高円山の植生は、コナラやクヌギのような落葉広葉樹が主体の二次林で、春の山肌は、鮮やかな新緑で美しく、秋には紅葉が見られる。
山頂付近には、毎年8月15日に開催される「奈良大文字送り火」のために「大」の字状に木々が刈られた草地があり、絶滅が危惧されているクロシジミなどの草原性のチョウも確認されている。
実際に登山道を歩くと、沢沿いに中国原産の外来種オオアブラギリ(=シナアブラギリ)が増えていたり、シカの食べないウリハダカエデが増えていたり、山頂部の開けた場所にナンキンハゼの森が出来つつあったりと変化してきている。
<参考>
春日山・高円山・奈良教育大学におけるチョウ類相の変化とその要因(2023)<奈良教育大学自然環境教育センター
高円山の「奈良大文字送り火」の火床。火床は108基あり、煩悩を象徴しているとされている。
2025年5月15日、奈良県庁の屋上広場に立ち寄った際に、セイヨウヒキヨモギが咲いているのに気づいた。
西洋引蓬。ヨーロッパ南西部原産のハマウツボ科の植物。日本では1973年に千葉県で初確認され、関東以西に広がっている。葉や茎などに腺毛があって、さわるとネバネバする。自ら光合成を行うが、他の植物の根に寄生根を延ばして寄生も行う「半寄生植物」という生き方をしている。
<参考>