超高層の不安な風景1997

超高層の不安な風景1997

伊達 美徳(写真も)

もう取り壊しが始まった。歌にもうたわれた東京駅の真正面の丸ビルである。

このところ東京駅あたりがなんだか騒がしい。東京駅の周りには国鉄清算事業団の広い処分用地がある。八重洲側では、アジア企業が買って超高層ビルを建てるという。

丸の内側の旧国鉄本社も、もうすぐビルごと土地を売り出すという。

今から10年ほど前、赤レンガ駅舎も八重洲の駅舎や周りの一帯も含めて、大再開発が関係者で検討されていた。国鉄がJRに変わる頃である。

もっとも、このような話はそれまでにも10年ごとに出ては消えていたのだが、そのときはバブル経済全盛期にかかって、今度こそはできるかと思われたのだ。

JRも民営化して開発意欲が出た、国鉄清算事業団は土地を売らなければならない、オフィス需要は膨大にある、というのだ。

あの象徴的な赤レンガ駅舎が、再開発で消えるかもしれないと、保存運動が起きた。ところがまたもやご時世の変化で、幸か不幸か今のところ赤レンガ駅舎も安泰である。

東京駅前広場を囲む都市風景は、日本では珍しく整然とした風景を持っている。広場の東には、日本の近代化時代の西洋まねごと様式建築の赤レンガ駅舎が、ながながと横たわりつつもドームや塔でメリハリを利かせた構えである。

これに対して南に東京中央郵便局、西に丸ビルと新丸ビル、そして北に旧国鉄本社と3方を囲むのだが、これらの建物は軒の高さがそろい、窓割りも規則的でいかにもビルらしいビルの整列である。

赤レンガ駅舎とあまりにも対照的な構えで、お殿様の前に居並び迎える無骨な武将たちである。無骨ながらもそれぞれに立派な風格を備えて居並ぶところが、さすがに日本を代表する駅前の風景となっているのである。

さて、なんとか景気が回復基調らしいというほの明るい見通しだろうか、またも開発虫が穴から顔をのぞかせつつある。

丸ビルは持ち主ははっきりとは言わないが、超高層建築に変わるらしい。近代日本のオフィスビルの象徴である丸ビルの保存を訴える人たちもいるが、もう取り壊しが始まった。

駅前に控えるこの並び大名武将も、年老いてちょっとした地揺れにも千鳥足となるので、その風格を捨て去ってスマートなガラス張りのノッポ息子に跡目を譲るのだろう。

もしかしたら、ノッポ息子は腰まわりに父親ゆずりの窓枠を張りつけて、風景の継承を謳い文句にするかもしれない。近くに建つ銀行協会ビルのように。

そして多分、旧国鉄本社跡地もだれが買うか分からないが、ノッポビルが建つだろう。

そうすれば、郵政省だって黙っていられない。中央郵便局がいつまでも郵便物を動かすだけの古臭い箱ではもったいない、世の中なんといっても高度情報化時代なんだから、超インテリジェントな2代目ノッポに跡目を譲って、情報通信のメッカにするのが国際化時代に勝ち抜く国家的義務…とか言って。

ちょっと専門的だが、この郵便局は日本の近代建築史の上では、赤レンガ東京駅と同じくらいかなり重要な位置づけにある建物だ。

でも、おいらん級の派手な東京駅と違って、こちらはかなり地味だから、かつての東京駅保存運動のようなミーハーもいれてのお助け活動が起きるかどうか難しそうだ。

おっと、東京駅だって黙ってはいない。赤レンガ駅舎は残すことにして、その上に重ねてノッポビルを建てようと、JR東日本は真剣に検討を始めた…かどうか知らない。

さてもノッポビルたちは、なぜか定まらぬ方向をそれぞれに向きたがり、なぜに定まらぬ未来を象徴するかの不安な都市風景を生みだすだろうか。西新宿のように…。

(1997/08 ホワイト社広報誌に掲載。ただし写真は本掲載のために付加した。)