桐生:市民が選ぶ美しい街並み「わがまち風景賞」

桐生:市民が選ぶ美しい街並み「わがまち風景賞」

群馬県桐生市のファッションタウン桐生推進協議会では、2001年から、わがまちの良い風景、悪い風景を一般市民から募集し、守り育てるべき風景に賞を贈呈している。

ファッションタウンとは、ものづくり・まちづくり・くらしづくり・ひとづくりを連携して豊かな地域づくりをする市民運動である。

企画から審査そして賞の贈呈までもすべてその協議会のまちづくり委員会がおこなっているが、委員会や審査会メンバーは、産業人、建築家、デザイナー、教師、主婦、行政マン大学生、高校生徒など多様な一般市民である。市民でないのは審査委員長をおおせつかっている私だけである。毎回の賞の対象となった風景の紹介とわたしの審査講評をここに掲載して、このユニークな市民まちづくり運動のPRをしたい。

ファッションタウン桐生・2001わがまち風景賞

風景は市民の心がつくりだすもの

委員長 伊達美徳

●新しい風景、伝統の風景

「シルクホールは、市民でない業者が多額の税金を使ったし、デザインも都市景観として感心しない、わたしは評価しません」

「シルクホールは、桐生に新たな風景をもたらし、随所にこだわりと意気込みがあり、小ホールは使いやすく、わたしは好きです」

「赤レンガの東京駅もパリのエッフェル塔やポンピドーセンターも、当初は評判が悪かったのですが、今や人々から愛されています。シルクホールもそうなるでしょうか」

審査会では、こんな白熱した討議が交わされました。席から立ち上がって白板や地図に書き込んで評価を主張したり、街に出て実物を見てまわったり、審査会は楽しい知的なワークショップイベントでした。

賞に入った風景には、最近になってつくられたものは入っていません。意識的にはずしたのではなく、結果としてそうなったのですが、そこにこの賞の持つ意味もありそうです。

広いエリアの風景の「山手通リ」、「宮本町の和洋折衷住宅群」、「本町1、2丁目周辺まちなみ」は、新旧入り混じった風景ですが総体的には伝統の風景でしょう。そして「ash」「泉新」「有鄰館」は、いずれも新建築ではありません。

新しい風景については、かなりの時間をかけて議論しましたが、わかったことは、それらが市民の多くが認める風景となるには、まだ時間がかかるだろうと言うことでした。今後、新しくても市民の支持を得る風景を期待します。

ところで、「錦町交差点の旧ロータリー」が、審査会の第1次選考に入りました。さてこのような失われた風景を賞の対象とするか。結論は対象とすることにしました。それは、風景とは市民の心が生み出すものであり、文化の所産だからです。消えた文化でも、それを顕彰することで、あらたな文化を生み出すきっかけや原動力になる可能性もあります。

●風景には市民の心情が込められている

入賞しなかった「シルクホール」についての議論は、その風景に市民の心がどこまで込められ、広がり、沁み通っているか、それが評価のポイントになることを示しています。

風景の2字の間に情の字をいれてみると、風情と情景となります。風景には情が込められていると言ったのは、内田芳明氏(「風景の現象学」1985)です。

わたくしたちは日頃なにげなく眺める風景にも、それぞれの心情が込められて見ているのです。だから、見かけの形が良くても税金の無駄使いだから嫌いだとか、形は悪くとも日頃快適に使っている空間だから好きだとかは、風景の評価に起きて当然なのです。風景とは、人間がつくるものであり、いわば文化の所産なのです。自然の緑や海もそれを見る人々が風景に育てるのです。

わがまち風景賞は、多くの市民が好意ある心情をその空間に込めている風景をとりあげようとするものです。「シルクホール」が入賞しなかったのは、まだ多くの市民にとって風景という文化に育っていないからです。いずれ再登場するでしょう。

「ash」が入賞したのは、のこぎり屋根という市民に親しまれた街並みを、新たな使い方で活気をよみがえらせたことに、桐生市民が快い心情を抱いたことと言えます。


●風景は事物相互と人間相互の関係である

風景は、建物、橋、河、道、山などの、単独の事物だけでは成立しません。複数のそれらの間の相互にの干渉する関係があり、それに接する人間の心情があり、複数の人間が同じような心情で高い評価に値すると認識する風景を、ここでは賞しようとしています。

「本町通りとその周辺のまちなみ」風景は、桐生の市民にとっては共通の心情をかよわせる文化のアイデンティティであるからこそ、多くの推薦応募があったのです。そして、「宮本町の和洋折衷住宅群」も「山手通り」の風景も同じでしょう。

単独の建物もたくさんの推薦応募がありましたが、それが単独的には美しくとも、風景として周辺環境における関係性がなかったものは選に入りませんでした。なお、関係性とは、必ずしも一致とか調和を言うのではなく、時にはランドマークのような状態で周囲との関係を新たに創出する場合もあります。 なお、個別の建造物などで今回入賞したエリアの中にあっても、エリアの賞とは別に今後とも選考の対象としましょう。

●ファッションタウン風景とは

「ファッションタウン桐生」は、まちづくり運動です。そのインタネットサイトには、「ファッションタウン構想は、地域産業のグローバルな発展を図りつつ、その地域が有する伝統、歴史、自然環境などの地域固有の資源と融合しながら、内発的で個性的なまちづくりを推進する運動です。・・・ファッションタウンの目標像は、活力ある地域産業の場と魅力ある地域生活圏をともに実現することにあります 」とあります。

この風景賞は、「ファッションタウン」のコンセプトのもとに、「桐生」という地域性を持ち、しかも「わがまち」という個性を持ち、「風景」という心情が支える状況を対象とすることになります。桐生を支えてきた産業と豊かな生活圏とが出会う風景を、優先的に選考していきました。

入賞を逃がしましたが、「桐生クラブ」は、産業人の交流の場が美しい建築です。「金谷レース」も生活のあるまちなみの中に、近代から現代へと産業の美しい風景が個性的に引き継がれています。新たな産業の場である「桐生テクノパーク」は、風景をコーポレイトアイデンティティ育成に寄与させようとする意気込みが見えますが、風景になりうるには、いま少し相互に関係のあるまちづくり運動を見せてほしいものです。

●次への期待

今回は第1回のために、いろいろと戸惑いもありました。しかし、これは運動です。運動に参加する市民がだんだんと育てて行くことですから、それでよいのです。

風景は公のものですが、その空間に市民の心情が積み重ねられて、地域の文化に高揚するものです。

応募してくださった市民の、風景に対する気高い心情を互いに喜び合い、これを機会に次回にはまた新たな風景の発見と創造ができ、桐生のファッションタウン運動の展開を期待しております。(010501)

ファッションタウン桐生・2002わがまち風景賞

審査の経過と講評 伊達 美徳

第2回となった今年も、全部で74件に及ぶ応募をいただきました。桐生市民の風景を愛する心がよく分かります。昨年にも応募ありましたが、賞に外れた風景もたくさんあります。

審査会のメンバーは、桐生に住む人、桐生に学ぶ人、桐生に働く人たちで、まとめ役をおおせつかったわたしは推進協議会アドバイザーとして長年のお付きあいしているので、いずれも桐生を愛することは人後の落ちません。

第1回審査会では、まず全応募風景の中から、審査員それぞれが推す「私のベスト5」を出しました。もちろんかなり散らばりましたが、3時間あまりの徹底討論を経て第一次候補の16件をしぼりこみました。

第2回審査会は、朝9時から第一次候補を現地で実際に見ることからはじめて、夕方5時過ぎまでかけての徹底バトル討議の会議でした。

まずは、現地を見た結果として審査員それぞれが推す5件を出しました。このとき、1件だけは、第1次候補に残らなかった風景でも推してよいとしました。第一次敗者復活の可能性を残したのです(もっと、該当する風景は残りませんでした)。

●桐生市の伝統的、歴史的な街並みや建造物に対する賞として

ここでは、既に国県市などの指定文化財あるいは登録文化財となっていて、一定の評価が定まっている建築物等の風景を入賞とする場合は、1件だけとしました。

「桐生天満宮」と「群馬大学工学部同窓会館」とが最後まで拮抗しましたが、今年は後者と

することにしました。天満宮は近年中に修復が始まるとか、今の古さびた風景もよいのですが、華麗な姿の蘇りを期待いたします。

文化財指定のほかでこの分類の風景では、「金善ビル」、「飯塚機業」、「須藤邸」でした。どちらも桐生の個性を表現する風景であり、その美しい姿を保つための持ち主の方のご努力に、審査員一同で敬意を表するものです。審査は白熱し、最後は委員長裁定で本年は金善ビルといたしました。

●桐生の自然とうまく調和している建造物や都市風景に対する賞として
今源織物」、「桐生織塾」、「田村家」、「清風園」の4件が、第一次候補となりました。いずれも背景には差と山を背負い、塀の内には伝統的な家屋を配置し、前には農地を持っている、地域の自然と文化の調和した典型的な風景を保っています。

賞に選定した2件は、いずれも桐生の産業の風景も盛り込まれているところが、ファッションタウンの賞らしいところと言えるでしょう。

●修景、修復、新築等による桐生らしい建造物や都市風景に対する賞として

入賞した「芭蕉」は、昨年も最後まで残った風景です。このほかに候補になった風景は「桐生瓦斯相生営業所」、「シルクホール」です。

新建築の応募は他にもありましたが、第一次候補となったのはこの2件でした。昨年も審査会で議論がありましたが、最近できた新しい建造物をとりまく風景が、「わがまち風景」と認知されるにはある程度の年月がかかるようです。

●特別賞について

原則として賞は5件までとしていますが、本年は「錦桜橋」に対して、特別賞としました。それはご存知のように、今この橋は架け替え工事が行われています。この街への出入りにくぐったあの鉄骨トラスは、実は桐生市民の「わがまち風景」なのです。変わる風景への感傷ではなく、積極的に高い評価をしようとするものです。

第一次候補になった風景で、「錦町ロータリー」という、いまや無くなった風景があります。なくなってみて、わがまち風景だったとわかる場合もあるようです。

●次への期待

「これは運動です」と昨年申し上げました。この運動に参加する市民がだんだんと育てていることを、力強く感じました。

つぎからは、審査を一般公開するとか、第一次審査は一般市民投票を行うとか、みんなが参加するファッションタウン運動としてはいかがでしょうか。来年には、また新たな風景の発見と創造により、桐生のファッションタウン運動の展開を期待しております。

今回は第2回のために、円滑に審査が進みましたが、それでも審査会だけでも延べ11時間にも及ぶ大変な努力でした。もちろんそれは楽しい行事でもありました。そこに至るまで、そしてその後の対応など、プロジェクトチームと事務局のみなさまのご努力に、こころから敬意を表し感謝を申し上げます。(020512)


ファッションタウン桐生・2003わがまち風景賞

審査の経過と次への期待

審査委員長 伊達 美徳

ちょうど花の季節の2日間、審査委員はプロジェクトトムメンバーと一緒に延ベ12時間にわたる熱心な討論を行い、それは、まことに知的なる楽しい活動でした。3回目を迎えたわがまち風景賞は、今年も多くの応募があり、市民参画の審査会によって5つの賞を選定しました。

●この賞の基本

まず、この賞には3つの基本的な方針があることを確認しておきましょう。

第1に、「ファッションタウン桐生」運動が基本にあることです。産業と自然、教育と文化が育むファッションタウン桐生とは、地域産業のグローパルな発展を図りつつ、その地域が有する伝統、歴史、自然環境などの地舶有の資源と融合しながら、内発的で個性的なまちづくりを推進する運動です。ファッションタウンの目標像は、活力ある地域産業の場と魅力ある地域生活圏をともに実現することにあります。つまり、その風景に、産業と生活という人々の生きる基盤があることです。

第2に、「わがまち」という、わが桐生のまちで、自分の街であり、他の街にはないものであることです。 つまり、その風景が桐生らしい独自性をもっていることです。

第3に、「風景」という、他にもっていけない、ここにこなければ見られないものであることです。つまり、ある一定の土地の領域を持っていて、その全体が調和し、あるいは適切なランドマークとなるものであることです。

●審査経過

第1回審査会は、審査方針の確認と応募風景の概要を把握し、そのうえで審査委員とPTメンバーが気になるもの、推したいものを現地視察するとして、計18点を挙げました。この段階ではまだ予選ではなく、これにないものも審査対象になるとしています。

第2回審査会は、朝から現地視察をして、午後から会議に入りました。まず各委員とPTメンバー各人が、自分はこれを推したいと推薦演説、あるいはこれは推したくないと落選演説をしました。

その上で審査委員がそれぞれ7点を推薦、その中からまず何らかの指定や登録等によってすでに一定の評価がなされているものは、1点のみを選定することとして、最上位の「矢野本店店舗」を選びました。このときの次点は「金谷レース工業」と「桐生倶楽部」でした。

次に、あらためて各委員が推薦演説を行ったうえで、それぞれ4点を挙げて討論を経て、「天満宮骨董市」「菱の氷蔵」「後藤織物工場」「須藤禮子邸」を選びました。このときに選を争ったのは、「平田家」「旧森山芳平工場」「桐生短期大学附属幼稚園」「名久木別荘」「桐生テクノパーク」でした

●入賞した風景

「旧矢野本店店舗及び店蔵」

(推薦者:高橋康之さん 受賞者:矢野昭さん)

桐生の街のもっとも桐生らしい桐生本町の伝統的な街並みのなかに、典型的な商家建築として生きつづけています。

有憐館と一体となり、向かいの平田家などと調和した街並みの拠点として、これからも桐生の靖並みを鬼つづけて行くことでしよう。

桐生天満宮「天満宮骨董市」

(推薦者:池田泰子さん 受賞者:河原井瀬次さん)

風景とは静的な空間ばかりではなく、動的な時間もあります。天満宮境内で毎月第1土曜日に開かれる骨董市10年前から始まりましたが、いまではすっかり根おろした感じです。桐生の風物詩となる味わいもあり、地元の人たちだけでなく広くから人々を集めてまちづくりに寄与しています。

「菱の氷庫」

(推薦者:Mさん 受賞者:小林昭二さん)

いまは温暖化で望むべくもありませんが、菱地区ではかつて冬の寒い時に戸外の水槽で凍った天然氷を、一定の大きさに切り出して壁の厚い土蔵の中に貯蔵して、夏に出荷したのでした。その蔵と水槽がもう使われてはいませんが、今も道沿いに姿を見せています。自然を生かした産業と生活のありかたを、歴史遺産として伝えたいものと考え、蔵と水槽をあわせて賞に選定しました。

「合資会社後藤・鋸屋根工場」

(推薦者:吉田敬子さん、高橋康之さん 北川紘一郎さん 受賞者:後藤隆造さん)

動きつづける機織機を今も現役をつつみこんでいる鋸屋根は、繊物の街・桐生のもっとも桐生らしい風景といえるでしょう。かつては周辺にも鋸屋根の工場群があり、まとまった風景を見せていたのですが、次第になくなっていく中で絹織物とともに頑張っているファッションタウンの産業観光のモデルとなる拠点です。

「須藤禮子邸」

(推薦者:PT 受賞者:須藤禮子さん)

大正未に建てられ、桐生の鹿鳴館とよばれたこともあるこの白亜の建物は、金井常八郎氏(第2回受賞の金善ビルオーナー)の居宅兼事務所でした。その当時の桐生産業界リーダーの意気込みが、建物内外にひしひしと感じられ、街並みのランドマークとなっている風景です。

●あらたな展開へ

ファッションタウン運動をしている全国の中でも、「わがまち風景賞」は都市(タウン)の側から産業(ファッション)と生活に連携する運動として、先端を行くものと評価できます。えてして産業界の側からだけにとられがちなファッションタウン運動を、市民の側からとらえなおすものとして、大きな期待がもたれます。

3回目ともなれば権威も出てくると同時に、マンネリ化のおそれもあります。反省すれば、今年は応募が増えたともいえない中で、応募者も熱心なファンが登場してくださったことに喜びを感じると同時に、もっと広がりのある市民の活動にするにはどうすればよいか、課題も感じます。

昨年の審査講評にも書きましたが、思いつきながら次の展開で、例えばこのようなことはいかがでしょうか。

・審査会を公開して、第一次審査には市民投票をする。

・これまで受賞した風景の公募写真コンテストを開く。

・これまでの受賞風寮も含めて「桐生五十景」を公募

する。

・受賞風景のその後を見るイベントを行う。

・他のファッションタウン都市と風景に関するシンポ

ジウムを開く。

今年も含めてこれまでの受賞風景の傾向が、どちらかといえば伝統的な方向への偏りがあるようです。それは、それだけ桐生が産業文化都市として深い伝統があることを意味します。

その一方で、それらを継承しながらの新たなわがまち風景の創造も、重要なことです。未来を明確に志向している「わがまち風景」の登場を、強く期待しております。

今回も応募風景にはそのようなものもありましたが、風景として評価するには、もうひとつ説得力が足りなかったようです。

賞の選考対象ではありませんが、「改善したい風景」の指摘もたくさんありました。色彩と看板に関しての問題が多くあります。

・空家となっている鋸屋根工場の再生活用を

・桐生駅舎と西桐生駅舎の看板と放置自転皐の撤去を

・広沢6丁目、国道50号、県道など交差点に放置の

立て看板の撤去を

・本町6丁目のピンク色看板の改善を

・新築ピルはただの箱ではなく、昔の西洋館のように

もっとデザインを

・コロンパス通りの黄色の建物は色彩の改善を

わたくしが最近気になっているのは、やたらにどこの道端にもヒラヒラ並ぶ派手な幟旗です。店や商品の広告宣伝ばかりか、選挙運動にも公共施設案内までも使うとは、地域の品格をどんどん下げていることに腹立ちを覚えます。

実はこの指摘は昨年、応募者からいただいていますが、ちっとも改善されないどころか増えるばかりです。

昨年の特別賞になる錦桜橋は、いまではトラスの姿を消して、新架橋が進行中です。新たな橋の姿が、風景の継承をどのように見せてくれるのであろうかと、楽しみです。

審査会が終ってから入った情報ですが、桐生短期大学附属幼種園は近いうちに改築建て直しする計画があるそうです。

この幼稚園は、群馬大学にあった鋸屋根建築を移築して上手に再利用したのです。桐生の近代化遺産を、次世代を育てることに活用するという、これこそファッションタウンにふさわしいと、わたくしは賞に推して審査会で最後まで入選を争ったのでした。

まだなくなることはあるまいと、来年に入選を期待したのでしたが、遅かったようです。改築されるとしても、桐生の産業文化を継承する風景の創造して、次世代を育てる場としていただくことを期待いたします。(以上)


ファッションタウン桐生・2004わがまち風景賞

伝統の景色、現代の景観 未来の風景

審査委員長 伊達 美徳

目に見える複数の対象物群が集合体として、それを観る人の脳裏と心にあるアイデンティティをもち訴えるとき、わたしたちは景色、景観、風景などという。だから、風景は実は対象物だけでは存在し得なくて、観る人の心とワンセンットになっている。

風景という空間には、伝統・現代そして未来さえも重ねている時間の複合がある。今年の「わがまち風景賞」に、それらがアイデンティティとなっているだろうか。

伝統の形態を生かしつつ現代システムに置き換えることで未来へ風景を継承しようとする人間の美しい志向性を見せてくれるのが、無隣館と桐生森芳工場である。

風景は、人間の生活のためにて自然を改変しつつ、その中に建造物を遠慮しつつはめ込んでいって、長い時間をかけてアイデンティティを形成してきた。その典型が彦部屋敷であり田村家住宅である。

これらが現代から未来に生きられる風景であるためには、どうしても付加しなければならない新たな要素のデザインについて、今、問いかけがなされているようだ。

そして現代人たちは今そうやって創りあげ作り直して来た景観を土台にして、今度は人間の心を対象物に埋め込もうとして未来への風景を志向する。大川美術館にそれを観るのである。

ともあれ、伝統の景色から一歩踏み出し、現代の景観を越え、未来の風景への目が開けた「わがまち風景賞」に、4年目にして新たな展開が見えてきて期待されるのである。

2004年わが町風景賞

田村家住宅

無隣館

森芳工場

彦部家住宅

大川美術館


ファッションタウン桐生・2005わがまち風景賞

物体はいつ風景になるのだろうか

審査委員長 伊達美徳

新しい橋や道や建物ができてから、それが風景となるには、どれくらい時間がかかるのだろうかと考えてしまう。

今回の応募の中で私が気になった新物は、「青葉台斜面地の個人住宅」、「MONAMI(賃貸テラスハウス)」、「桐生市文化会館」である。これらはいずれも先鋭的な建築デザインであり、実に気になる場所に気になる形態を持っていて、審査会で話題になりつつも、選に入らなかったのである。それはどうしてだろうか。
結論から言えば、たしかに気になる「景観」ではあるが、まだ情を含む「風景」にはなっていないからだ。それは食べ物にたとえると、第1に、時間という調味料あるいは発酵がまだ足りないので、グルメにはいたっていないのだろう。第2には、料理そのものは見事だが食器や盛り付けがいまひとつ、つまり周りと調和が足りないのである。これらはいつになったら風景になるのだろうか、その日が来るのを期待を込めてこれからも見守っていきたい。

実は私の都市計画家という職業柄から、もうひとつ気になる比較的新しい風景の応募があった。「本町5丁目商店街近代化ビル群」である。見慣れてしまった市民にはなんの変哲もない商業ビルだが、1960年代だろうか、先人たちの努力のこもる協働まちづくりの結晶群として見ると、大切なわがまち風景となってくるのだ。

新しい風景といえば、新しい「錦桜橋」ができたが、旧橋梁(2002年度特別賞)のような桐生の町の門としての風景はなくなり、ただの道になってしまった。欄干のデザインがちょっと哀しい。

しばらくぶりに、「桐生新町の西裏路地」⑤という、界隈風景が選に入った。これこそは桐生わがまち風景の真髄である。

いま、全国各地で路地の街が見直されている。東京の向島や神楽坂、大阪や京都でも、路地のある街を、道路を広げ高層ビルに変えるのではなく、暮らしの場であり仕事の場として生きてきた親しみある空間の心地良さを生かして、安全な街として育てようとする動きが活発になって、全国路地サミットなる全国大会も催されている。桐生にはまだほかにも数多くの路地があるので、これからが楽しみである。

「金谷レース工場」④は、毎回入選の鋸屋根しかも現役工場であるところが、さすがに桐生ならではと思わずにいられない。

「南川潤旧居」①が選に入ったのは、その由緒もさることながら、背景の丘陵と前面の川とのあわせ技の、まさに風景となっているゆえであると見たい。

日本キリスト教団桐生教会」と「樹徳高等学校木造校舎とは向い合わせの位置にあり、これらを街並みとしてとらえると興味深い風景となる。

端正な洋風教会の横には和風建築の牧師館があり、懐かしい洋風木造学校建築の背後には現代RC校舎があり、そばには商家長屋建築もあり、互いに呼応しながら歴史の重層する街並みをつくり出しているのだ。

まだまだ桐生わがまち風景の奥は、深い深いものがある。

その一方では、直したい景観も深刻なようだ。良い風景を育てるには、電柱、電線、看板、幟旗を取り払ったり、建物の色を塗り替えることなど、すぐにでもできることもある。 (都市計画家)