定期借地権とまちづくりー懸念される制度ー

定期借地権とまちづくり

ー懸念される制度ー

1995

伊達美徳

はじめに

借地借家法の改正を、新都市開発や都市再開発等の“まちづくり”における社会的要請の視点から見ると、次のように考えられる。

その第1は、都市開発において高地価を分譲価格に直接的に反映することを回避する新しい借地方式による住宅・宅地供給の可能性を見いだしたいという面である。販売価額に土地代の全部を反映しない方式として、借地権分譲方式による開発はすでに行なわれていたが、土地の貸借契約満了時に地主に貸地が必ず返還されるという保証が確実に担保される方式が模索されていた。いわゆる新借地方式や土地信託方式がそれであるが、法的にそれを認めるものとして今回の借地借家法に「定期借地権」方式が登場した。

この定期借地権方式が、これからのまちづくりに果たして有効に役立つだろうか、問題点はどこにあるかを考えたい。

第2の視点は、土地建物の権利関係が複雑になっている既成市街地での都市再開発等において、既存の借地や借家の権利処理を容易にしたい、それには正当事由制度の拡大が必要という、主として開発事業者側の声があったようだ。

80年代末のバブル経済期において既成市街地をいわゆる“地上げ”型の個別買収方式によって再開発をするときに、借地・借家権者への対応を円滑にしたい、つまり簡単に追い出しをしたいという露骨な要請の感もあった。

都市再開発はそこの地権者たちが協力して、その地で生活や商売を再生・向上するために事業を行なうことに本質的な意義があるので、従前の権利者が他に立ち退きすることになる地上げ方式の再開発は本来的なやり方ではない。これに関連しての実際の法改正は「期限付き借家」が登場したのみで、正当事由の拡大はなされなかった。

バブル経済消滅の現段階で見ると、空き地のままの地上げされた土地の続出で、地上げのための法改正の必要性は意味がなかったようだ。

既成市街地のまちづくりにおいて、新借地借家法がどのように有効に働くことができるだろうか、あるいは働くことはないか、どのような問題があるか等について、市街地再開発事業の実際の状況から見ての考察を行なう。

1.一般定期借地住宅地と地域コミュニティー

(1)定期借地権住宅は本当に安いか

住宅・宅地の供給促進のために新制度としての定期借地方式は、どのような効果を発揮するであろうか。

法改正から2年、「一般定期借地権方式」による住宅団地分譲を始めているデベロッパーもでてきている。その謳い文句は、借地人となる住宅購入者には土地所有権分譲方式よりも“安価”、地主には貸した土地が50年後には確実に戻ってくるから“安心”、という2点に尽きる。

たしかに実例に見ると、一般定期借地権による場合の分譲住宅の値段は、土地所有権分譲の建売住宅よりも30~40パーセント程度も安く設定されている。それは根本的に土地を購入していないのであるから、当然ではある。建物は全額購入するのであるから、土地分のみが価額の低下に寄与する。

一般定期借地権方式の住宅購入時に借地人は、更地価額の20パーセント程度を保証金として地主に預託することが通例になりつつある。これは50年後には地主から借地人に返す金ではあるが、それも地価が高いとかなりの金額となる。

保証金は50年後に借地人に戻ってくるときに金利はつかないが、もし金利がつくとしたならかなりの金額となるはずである。もちろん毎年の借地料も払うのだから、それらを合算すると、土地所有権分譲の場合の住宅価格と比べても、実はそれほど安い買い物とはならないはずである。

しかも借地を更地にして地主に返還しなければならないから、戻ってきた保証金を建物などの取り壊しや整地の費用にあてることになるので、実際は戻ってこないも同然である。それも50年の間にインフレ-ションが進んでいれば、その金額では足りないかもしれない。

仮に定期借地期間の中途での住宅の売買が起きたとすれば、残存借地期間が短くなるほどに土地分の価額は低減する(地主側に移行する)から、第2次以降の中古住宅の購入者は時間が経つにつれて安く買うことができる。所有者である売る側から言うと、財産価値が年毎に次第に減額していくシステムになっているのである。

住宅の新規購入者は、多くの場合は買い替えをある程度予想しているものである。職場が変わるかもしれない、子供の教育の都合があるかもしれない、そのコミュニティーへの定着ができないかもしれない、いろいろな思惑の中で購入するものである。

買ったときからどんどんその売却値段が下がるという定期借地方式の住宅は、もしも買い替えしようとなると難しいことがおきる。購入時にとりあえず支払う金額が安いというだけで、安心して購入できるだろうか。

もちろんその住宅地としての環境がよくてレベルが高まれば地価の上昇もあるだろうから、単純な下落ではないだろう。しかし残存借地期間が短くなるにつれて、その住宅地の存在そのものが影が薄くなるのだから、もうすぐ無くなることが確実な住宅の価値が上昇するものとは考えにくい。

定期借地方式が住宅価格の低下に寄与するとすれば、それはこのような見かけだけながらも安価な分譲住宅が相当数に出まわれば、一般の土地所有権分譲の市場性に影響を及ぼして地価を下げる方向にはたらくことが起きるかもしれないということである。もっとも、これは定期借地権住宅自体の存立を危うくするという自己矛盾をはらむ。

(2)コミュニティの持続性と定期借地住宅地

一般定期借地方式による住宅が、普通の住宅地や既成市街地の中に散在する場合は問題はないが、一団のまとまりのある多数の住宅を定期借地方式で分譲した場合は、50年後に一斉にその住宅群は消滅することになる。

住宅地は単に建物が集まっているのではなく、そこに暮らしが営まれて長い間に伝統が生まれ、コミュニティが形成されているものである。そのよって立つところの住家が一斉になくなるということは、一般には大災害でもないかぎりありえない。

人為的には戦争でもないかぎり街が消えることはありえないのだが、それが定期借地方式住宅団地ではありうることになる。災害や戦争と違っているところは、その時期が予定されている時限爆弾装置であることだ。

その予定されている消滅のときに向かって、地域社会はどのように対応するのであろうか。これは社会学的にも経済学的にも、誠に興味深い研究価値のある事件となるだろう。行政は、都市計画は、どのように対処すればよいのだろうか。

残存借地期間が短くなるにつれて、どうせ近いうちに壊すのだからと住人は建物の修繕をやめるだろうから、スラム化が進行して次第にコミュニティーが荒廃するだろう。返還するときに更地化するのを厭う借地人も多いだろうから、放棄した家が立ち並ぶことになるとますますスラム化は進む。地主はそのままにしておけないので契約は終了しないまま更地化を進めるかもしれない。そうなると、周りが空き地や幽霊屋敷ばかりのところに残って住む者も困ったことになる。

定期借地方式の住宅の登場について新聞や雑誌等での解説に、この住宅は環境のよいところに住むことが目的であって、土地の値上がりによるキャピタルゲインがあるという経済的資産としてとらえる時代は終わった、という論調が見られる。

バブル経済時代に投資目的に住宅を購入する者が多かったので、地価上昇を招いたことへの反省としての弁であるが、住宅の資産性は単純に金銭的な値上がりばかりをいうのではない。

そこに定住することがステイタスになりうる生活環境、コミュニティ、美しい景観などが資産であり、それが需要を喚起して結果として値段に反映するものである。住宅が資産であることが、次の世代に受継ぐべく子供をつくり育てるコミュニティーを維持しているのであり、生活の場である住宅が資産でなくなることがあってよいはずがない。

土地所有の場合よりも安価な住宅がとりあえず手にはいるというだけで、子孫を含めてそこに定住しないことを条件とする住宅地とはどのような住宅地なのだろうか。いわばワンルームマンション問題の住宅地版の登場となるかもしれない。

(3)定期借地による市街地の更新

ここまでは一般的借地住宅地について、理論的にはこのようになるはずという問題を述べたのであるが、実際にはこのようなことのないように、なんらかの対策が立てられるべきだろう。それはどのような方法なのだろうか。

ひとつは、集団的に大規模な定期借地方式の開発を避けることだろう。大規模開発の場合は、一般的な土地所有権分譲、普通借地権分譲、定期借地権分譲などを混合するべきだろう。もっとも、共同住宅(いわゆるマンション)ではこうはいかない。

残存期間の短くなった定期借地方式の住宅を、借り主に替わって修繕して一時賃貸したり、更地にして駐車場等に一時使用するなどの管理システムも必要だろう。

また地主の態度にもよるが、良好な住宅は定期借地の継続を原則とするような、法的な裏付けも必要であろう。

これまでの一般の住宅地も、当初の開発から時間を経るにつれて、都市施設や建物の老朽化が起こり、土地の細分化も進み、不都合な土地利用転換が起きたり、住民も高齢化して活気が衰えるような場合も多い。そこで再開発や修復が必要になるが、関係権利者が多くなってなかなかにコンセンサスをうることが難しいままに建物も都市基盤施設も老朽化が進むことになる。

このような事態に対応してその市街地の更新や再開発を行なって再生する仕掛けとして、定期借地方式が有効なる可能性を秘めているようだ。

例えば、期間満了時を目途にしてその前の一定期間から、再開発に関して地主と借地人たちで研究会を始める。借地人たちは一定の条件で再開発後に再度の居住を継続できるものとし、地主は再開発により土地の更なる有効活用が可能になる仕組みをつくる。

これには地主の協力が重要だが、理論上は地主に更地で戻ってくるとしても、保証金を返せなくなっている事情が出たり、相続によって借地権者は増えて複雑なことになっているだろうし、建物除却費用の負担をどうするか、などの問題が多く発生するだろう。契約満了時にすべてが円滑に引き渡しが行なわれるとは考えられられない。

このようなことに対して、土地貸借等のなんらかの継続システムが社会的に必要になると予想される。この時いったん権利関係が整理される定期借地の場合は、再開発に対する両者のコンセンサスの形成は一般住宅地よりも可能性が高いと思われる。老朽化した施設更新と地域コミュニティー再生への仕掛けとして、定期借地方式が大きな役割を果たすかもしれない。

このためには、単に当事者に任せるのではなく、公共の介入システムが必要だし、公共からの定期借地地区再開発へのインセンティブ政策も必要である。

(4)公的セクターによる定期借地方式の都市整備

定期借地方式の宣伝文句として、欧米では定期借地が一般的であり、わが国が今まで遅れていたのだ、と新聞等でいわれていることがある。これは土地の“リースホールド方式”のことを指しているらしい。

ヨーロッパや北米諸国あるいは香港などで行なわれているリースホールド方式は、50~99年の借地期間を定めての土地利用方式であるが、土地公有化と土地利用の公的コントロールに基本的なスタンスがある。

英国領として本国の方式をとりいれた香港の例を見ると、土地はすべて香港政庁のものであり、民間事業者に50年の期間でリースして土地利用をさせている。借地人は香港政庁へ土地賃貸料を当初に一括して支払うのだから、実態的には買い戻し期限つきの売買、つまり“定期所有地”ということになる。

重要なことは、香港政庁の地域計画や都市計画の決定権をもつ部門と連携して、非常にきめ細かな開発と管理条件をもってリース契約の内容を定めていること、貸借期間が満了した場合は原則としてプレミアム付きで契約延長すること、しかし公共的な必要があればいつでも政庁は土地を買い戻すことができることである。

欧米のリースホールド方式の基本は、土地利用の公共性の優先主義にあり、民間土地利用に対して公共介入ができる仕組みと考えてよい。この方式の考え方と民間土地所有者の土地保有の保全性を前提とする定期借地とは、どこでどのようにつながるのであろうか。 民間の土地所有者の定期借地方式の場合は、地主に確実に土地が戻ってくることになれば、地主側のリース条件がこれまでよりも甘くなる方向になって、乱開発を招きやすくなるおそれもある。

わが国でも今後考えられるべきリースホールド方式として、公的セクターによる公有地等の一般定期借地方式の都市整備があるだろう。公的土地所有と私的土地利用への公的介入の保証という西欧型の方式によって、公有地の定期借地方式の住宅供給を行なえば、上物のコントロールも可能となって、環境の管理保全も行ないやすいだろう。

2.事業用定期借地と都市景観

(1)バイパス道路開発と地方都市の衰退

大都市郊外でも地方都市のバイパス道路にでも、安売りスーパー、パチンコ、カラオケ、ファミリーレストラン、屋台店などの安っぽい建物群が立ち並ぶ姿は、日本のどこにいっても見られる風景となった。

これらの店舗は、その営業的な継続性、定着性はきわめて薄く、世の移り変わりにまかせて次々と現れ消える業態である。経済的な耐用年数が5年から10年程度であるといわれ、借地の期間も一時使用的な短期であることを望むこととなる。

空港から都市に入っていく道はどこでも、勝手な目立ちたがりデザインの店舗群が立ち並び、立て看板や旗のたぐいが色形とりどりに乱れはためいて、実にアナーキーな沿道景観を形成している。

短期に投下貸本を回収するためには、できるだけ安価な建物がよい。ペラペラの骨組みに目立つためだけのファサードをまといつけるから、ますます安物きわまる風景がその町に初めて訪れるときの印象を強烈に植えつけてくれる。もっとも、どこの町にはいるときも似たような無秩序がつくりだす景観であるため、むしろその町の印象は薄れるという皮肉な効果もある。

地方都市の中心部のメインストリートの多くは、かつては街道筋の交通の動脈であり、生活の中心であった。それが自動車交通時代に対応しない道路であることを理由に、交通混雑の緩和と通過交通の排除のために、中心部を迂回するバイパス道路の整備が積極的になされてきた。

多くの場合はバイパス道路づくりは田畑の中を通すのだから、単に交通迂回のために道路だけをつくればよいのだが、それでは土地を売る地主たちが承知しない。

地主たちは道路が通ることで、その沿道部の土地からの収益性が農業よりも高い商業的な利用へと転換することを期待する。道路用地提供と引き換えに沿道部の土地利用規制の緩和が条件として要求される、

その結果は、バイパス道路沿いにロードサイド型の店舗の立ち並ぶアナーキーな景観が登場する。それだけでも問題だが、更に基本的な大問題は、既成市街地の都心部の疲弊が始まるのである。地方都市での乗用車所有は、各家庭に2~3台になることが普通であり、通勤、買い物、レジャーなど、ほとんど車による生活である。

自動車アクセスの便利なバイパスに店舗、特に郊外型の大型店舗でもできれば日常の買い物も飲食も遊びも、すべてそこに集まることになる。もとからの中心部の商業地はさびれる一方である。

町の中心部の商業者たちも、これでは困るとバイパス沿道部に店を移転することになる。そうなれば住宅も中心部にいる必要がないので、ますます中心部の歯抜け状態が進む。中には無定見にも、コミュニティの中心であるべき市役所までも、街の中から移転していった例もある。

自動車でなければ暮らせない構造ができあがると、ますます自動車は普及し、ますます都市は薄ッペラになる悪循環が回り続けている。

困るのは自動車の運転ができない高齢者と子供である。だれかに車に乗せていってもらわない限りはどこにも行けない。高齢者はわが家に居ながらにして姨捨山となっている。 こうして地方都市は全体的に薄っぺらなスプロール市街地となり、コミュニテイーは崩壊し、中心部の街道筋にある歴史的な町並みを支える住人たちもいなくなり、都市全体が活気を失って衰退の一途をたどることになる。

(2)ロードサイド商業と事業用定期借地

事業用定期借地は、10年から20年間を期限として、住宅を不可とする事業用に利用する場合に適用するが、これは立法の当初から幹線道路沿いにたちならぶ、いわゆるロードサイド型店舗への適用が予想されている。現実にロードサイド店舗は短期の借地契約をしている実情を、法的に認知あるいは支援したといえよう。

上にのべたような地方都市の状態あるいは大都市郊外の景観をつくりだしているのがロードサイドショップ事業であり、事業用定期借地方式の登場でますますこれが助長されることをおそれるものである。

事業用的借地制度の登場により、これからもますますロードサイド型店舗の普及に拍車がかかるだろう。このところの不況で各種の安売り店の各地への展開が著しいが、これらはまさにロードサイド型の一過性の短期営業を目指すものである。

短期営業採算型の事業の場合、契約期間よりも短期間で投下貸本を回収したり、情勢変化で営業が成り立たなくなったり、災害等で建物が損壊したような場合には、契約残存期間が短いとその期間の借地料は払っても借地人は営業放棄をしてしまうかもしれない。

地主は地代さへ入ればそれでよしとなると、幽霊屋敷ができることになる。もしも、それらが立ち並んだとなると、それは想像したくもない風景である。

契約時に中途解約の条項を設定するべきであろうが、解約条件をどの様に判定するか、なかなか予測が困難と思われる。

中途解約の場合もそうだろうが、実際の建物はどんなにペラペラにつくっても、10年程度の契約の満了時には償却残となるだろう。もしもこのようなことが多くなると、税務上は繰上げ償却を認めるようなことも出てくるかもしれない。そうすれば、まだ使用できる建物の取り壊しは当たり前のようになる。これは社会的にみても省資源時代に反する相当のむだづかいとなるであろう。

もちろんこれには土地利用を規制誘導する都市計画という公法上の問題が基本にあり、私法たる借地借家法の問題としてとらえることは本筋ではないことは承知している。本当は経済優先に押し切られた都市計画の弱体がもたらしている現象であるといえる。

一体このようなことへの対処は、都市計画によってできうることだろうか。公法の世界である都市計画と、私法の世界である借地契約とを、何らかの行政的な手法によりの連動はできないものだろうか。

土地利用規制と景観形成については、バイパス沿道部土地利用規制を簡単に緩和しないで、緩和する場合も地区計画によって利用と形態のコントロールを厳しく行うべきである。また開発許可や建築確認において、貸借契約内容にも行政が介入できる方法ができればよいとも考えられる。

3.既成市街地の再開発と借地借家権

(1)市街地再開発事業における借家人への対応と実態

ここでは借地借家の権利関係は、都市問題の解決のためにどのように処理されるか、その典型として都市再開発法による市街地再開発事業の場合、中でも特に問題にされることが多い借家権について考察することから始める。

都市再開発法に定める市街地再開発事業においての借家人の権利の扱いの規定は、概ね次の通りである。

基本的には借家人は新しくできあがる施設建築物に再び入居することが原則であるが、借家人の事情によっては再入居を希望しない、あるいは再開発ビルの状況によっては再入居できない場合もある。更に家主が施設建築物の権利変換をうけてるかどうかによっても事情が変わり、一般的には次のようなケースが考えられる。

●借家と家主の再開発の権利変換のパターン

ケース①の場合は、再開発の権利変換において家主が施設建築物の一部に権利変換を受けて、借家人はその部分を継続賃借する。

ケース②の場合は、家主が地区外へ転出し、借家人は残留するのであるが、この場合は施行者に帰属することとなる施設建築物の一部を賃借できることとなっている。したがって再開発の後の家主は施行者となるが、実際は再開発の完了により施行者は解散するので、新しく設立するビル所有管理会社が家主となることが多い。

ケース③と④の場合は借家人が転出するのだが、住宅であれば再開発住宅に入居することができる。あるいは施設建築物に再入居できるように、保留床の優先分譲を受けることもできる。

ケース②の場合も同じだが、家主と借家人とが共に残留する場合のほかは、家主の資産額から借家権価額が控除されることとなっている(建設局長通達昭44.12.23)。借家人が地区外転出する場合は、その地域が借家権取引の慣行のあるときには、熟度に応じて借家権価格に相当する金銭が支払われる。

すなわち借家権が補償の対象として明確に登場しており、この点は一般の公共事業の用地買収方式の場合の損失補償基準(建物を曳いて移転することを前提としている)とは考え方を異にしている。

以上は一般の法的な対応を整理したものであるが、実際の市街地再開発事業の現実はどのようになっているのであろうか。

市街地再開発事業において、その完了した結果の数値を見ると、借家人の残留する比率が非常に少ないことが示されており、これは弱者保護が行き届いていないことになる、という問題指摘が学者や弁護士などからなされることが多い。

では、実際の現場では借家人はどのように対応しているのだろうか。結論からいえば、形式的には転出しているが、実態としては借家人は再開発後もビルに再入居して場合が多いのである。

上に述べたケース①や②の場合は少なく、もとの家主との貸借関係を解消した上で、改めて床を取得して再入居しているケース(上の表のケース⑤)が多い。多くの場合は、都市再開発法108条によって保留床の特定優先分譲もしくは参加組合員となって保留床を取得しており、借家人は再開発を契機に土地建物所有者となっているのである。

法手続きとしてはいったん転出しているために、完了した再開発事業の統計数値に登場する関係権利者の内で借家人数は少なくなるので、借家人の追い出しの印象を受けることになるが、実態は必ずしも少ないとは言えないことが現場からは指摘されている。

なお、市街地再開発事業において公共団体施行と民間施行の場合とに分けて権利者の転出状況を比較すると、公共団体施行の場合が圧倒的に転出者が多いという結果がある。

これの原因は、民間施行の場合は事業採算重視のために資産評価を高くはできないが、公共団体施行の場合には一般に資産評価が高くなる傾向にあり、再入居するよりも補償金を受け取って地区外転出するほうが経済的に有利になるために、傾向として転出者が多くなることが指摘されている。基本的に民間と公共との事業採算への態度が異なることから生じる差である。

(2)市街地再開発事業で貸借関係を解消

現段階では再開発を行なうことは土地の高度利用が伴うことが原則にあり、都市において高度利用が可能な開発ポテンシャルの高いところでは、多くの場合に借家人と家主の関係は長期の賃貸借関係が不健全な状態になっていることが多い。

それは土地建物の利用と所有が分離している中で、地価の上昇によって相場家賃と実態賃貸借料との乖離がおきていることがその原因にある。裏賃料が正規の家賃のほかに発生していることも多いといわれる。

貸している方も借りている方も共に、この土地を高度利用をすることが互いに得策であり、このままではキャピタルゲインチャンスを逃していることが分かってはいる。契約関係を再開発で改善したいと思ってはいるが、開発で生じる利益配分が互いに競合関係にあるために、言い出した方が分が悪くなるだろうと互いに牽制し合って、当事者間での自主的解決が簡単にできないジレンマにおちいっている。

そこで登場してくる市街地再開発事業は、第3者(あるいはその形式をとる)の施行者がそのこじれた賃貸借関係を解消してくれて、しかも高度利用によるキャピタルゲインの絶好のチャンスとなるのである。自分たちではできないが、やらねばならないと思っていることが、大義名分を持って可能となるので、その結果として前項に述べたようになる。 賃貸借関係を権利調整や権利変換の中で解消した借家人は、法律的な形式としては転出となる。しかし多くの借家人、特に商業経営の借家人は、その立地が成立条件として営業しているのであり、実態としてはその地域を最も真剣に支えている者である。家主よりもはるかにその土地にしがみついている度合いは強いだから、再開発によって他地区に転出することは本意ではないことは当然である。

住宅居住者も同様であり、その地区でのコミュニティーを成立させているのは住人であり、他の遠くに移転することは本意とはならない。

さらに加えて、市街地再開発事業では借家権価額を正式に評価することがうたわれている。これは一般の例えば道路事業での補償基準には、借地権補償は全くないこととくらべると、市街地再開発事業の場合は借家人への対応が明確に出されていると言ってよい。

借家人が転出によって受けとる借家権価額と借家人補償に相当する金額は、一般にそれほど低額ではない。市街地再開発事業において採用されたいくつかの実例に見る借家権割合は、概ね借地権価格の30~50パーセント、建物価格に対しても30~50パーセントであり、結果として更地価格に対して20~35パーセントにもなる。底地と借地の比を7:3で分けた場合は、地主:借地人:借家人は3:3.5:3.5というように、地主よりも多くなることは普通である。特に関西ではその傾向が強いと言われる。

借家人が優先特定分譲の制度によって再開発ビルの保留床を買い受けて再入居する場合、必要な床面積を確保する支払いの頭金としては十分な額となると見られる。自治体も借家人の保留床の買い取りに関しては、利子補給等の助成策を高じているところも多いので、借家人はその営業継続あるいは居住継続のために、この制度を活用して資産形成と営業及び生活再建を図ることになるのは当然であろう。

このことは借家のみではなく、借地の関係についても同様であり、市街地再開発事業を契機に、資産形成と安定経営の両方のチャンスをうるのである。

市街地再開発事業の権利変換後の土地権利形式の原則は「地上権設定方式」であり、形式的ではあるにしても従前の地主と借地との関係を継続させることとしている。しかし実態としてほとんどの市街地再開発事業の土地権利関係は「地上権非設定方式」の共同所有形式としており、貸借関係を消滅させて対等な権利関係に移行している。

都市再開発に伴っての土地建物の権利関係の動きの基本は、借地も借家も正当事由の外で関係を解消して、権利者の多くが土地所有権(共有であっても)にまで及ぶように、共同的、平等的そして安定的な権利関係に移行する傾向にある。

(3)都市再開発によって権利関係は重層から並列へ

都心における土地建物の権利関係は、下から順番に底地権、地上権、借地権、建物所有権、建物賃借権、抵当権などの、いくつかの権利が数段階にいわば重層的な構造となっており、それらが階級的な対立関係で競合しながら土地利用を支配しているといえる。特に高地価となっている都心商業地が、地価負担力を分散するために権利関係が重層化している傾向にある。

市街地再開発事業ではそれらの権利関係を調整した結果、権利変換という手続きによって複数の権利関係に対応する一個の建築物と敷地に再構成するのだが、そこでは権利関係を借地人も土地所有者も、いずれも土地建物の所有者に変換するものとしている。つまり、権利関係は重層化した状況から、並列化した形式へと移行することになる。

地主と借地人とは市街地再開発事業により、いずれも土地建物所有権者になることが権利変換の基本システムであるし、家主と借家人の関係も原則継続であるとしているが、実態はいずれもが土地建物所有者になることが多いように、それまでの階級的な競合関係にあった権利関係は解消されて、並列的で共同的な共生関係となる。あるいは縦割り型権利関係と言ってもよいだろう。

ひとつの建築物を多数で区分所有して運命共同体を形成した結果、経済的な紐帯で結ばれることになるのである。こうして資産の所有による権利の安定化とともに、重層的階級的権利関係から解きはなされて、自己資産としての活用が可能となる。

もっとも、借家権者が所有権者となって再登場するように、権利関係が縦割り並列型になって同じような権利形態の権利者は従前よりも増加するので、見かけ上は高度利用による大規模化していながら、所有権利関係は零細化が進行しているともいえる。このことは再開発ビルの“再・再開発”を困難にする方向に働いていることになる。

このように権利関係の解消にドラスティックに挑んで所有権へと移行する市街地再開発事業の現実を見ると、賃貸借関係の不安定な権利関係を、所有権へと安定化するベクトルが強く働いていると見てよいだろう。

逆に言えば、そのような不安定な関係が都市の不健全な土地利用をこれまでもたらした原因であり、その状況を打開しようとすることが市街地再開発事業のドライブとなっているとも言えるだろう。

借地借家法の改正によって新しい方式の「定期借地」が登場して、これが都市再開発において有力な手段となりうるだろうと期待されている発言も見受けられるが、権利関係の安定化へ進もうとする市街地再開発事業において、ことさらに不安定ともいえる定期借地権のような権利関係が果たして歓迎されるものだろうか。

もちろん、これまで土地を貸す側にとって貸し難い状況であったから、それをこのたびの改正によって定期借地という貸しやすい法的支援を作ったのだから今までとは違う、という論も分かるのだが、市街地再開発事業のような建築と土地とが一体となる運命共同体を作る形式の場合は、土地と建物を別個のものとする論理にある定期借地が、事業に有効なものたりうるという考え方には組みし得ない感が強い。

(4)土地から建築へと価値転換する都市再開発

市街地再開発事業では権利変換という手法をとるが、このドラスティックな点は土地を償却資産である建物に置き換えることである。土地と建物とは同一の価値を持つものとされるのであり、土地第一主義あるいは土地本位制と言われるわが国においては、市街地再開発事業の局面では大きな価値転換を強いられるのである。

市街地再開発事業のような複数の共同ビルとなるときは、権利者はこれまでの一匹狼であはあり得なくなる。ひとつの船に乗る運命共同体とならざるをえない。特に商業ビルの場合は、一部の脱落が他の大勢の危機を招くことすらあるし、共同住宅の場合は、コミュニティーの形成が不完全となるとスラム化を招くこととなる。共同体の運営がうまく行かないと、資産の活用のはずが反対に低下をもたらことになる。

市街地再開発事業によってひとつの建物に入る複数の者は、血縁や地縁を越えて“家縁”とでもいう共同体を作り出す。それまでは土地に基盤をおいていて、土地さえあれば建物はいつでも建て直せばよい、という考えであったのが、こんどは簡単には建て直せない建築物に基盤を置くことになったのである。

いわば土地本位主義から建築本位主義への転換といえる。これはわが国の不動産に対する古典的な意識構造からの転換でもある。

市街地再開発事業は建築本位主義であるというとき、土地を所有するように建築物を唯我独尊的に完全単独所有することが基本となっているのかといえば、実際はそうではない場合も多い。

市街地再開発事業における施設建築物は、共同利用と独立利用とを併用している。もちろん共同ビルであるための区分所有法上の共同、共用部分が発生することは当然であるが、商業ビルの場合は各自の専有部分を集合して実態的には共有形態にしておき、これを再度各権利者が借家をして共同店舗経営をしている事例も多い。

この方式の利点は、店舗は定期的にリニューアルをしないと商業的に陳腐化して、顧客を逃がすことになる。このときに個別に所有して個別に営業していると、店舗の入れ替えや業種変更等のリニューアルは困難となるが、共同化して総合コントロール下にあると比較的に容易にリニューアルが可能となる。

これは資産活用の論理としての共同店舗という形であって、必ずしも所有する床と利用する場所とを一致させる必要はないとするものである。

共同ビルでも独立店舗を持ちたい、所有と利用とを一致させたい、資産保全と活用とを一致させたい、という権利者もいる。それに対してはビルの一階やデッキのある階で、外向きの店舗をつくっている例もある。

一戸建ての建ち並ぶ町の場合は、近隣相互間は公共空間を介在しての関係であったのが、市街地再開発事業の共同ビルでは私的な共有空間を介しての関係となるので、そのテナントや権利者たちは建築空間の中で公共的自治能力、つまり良好なコミュニティーの形成を要求される。それは町並みを美しく保つことと同様に、建築物を良好に保つこととして現れることになるのである。

(5)定期借地権と市街地再開発事業

このように権利の並行的安定化を目指して良好な建築をつくろうとする市街地再開発事業において、定期借地の出番があるだろうか。

そのまえに、再開発前に地区内に定期借地が存在していた場合、権利変換後にそれはどの様になるだろうか。

定期借地権をそのままに定期借地権として権利変換することは、原則的には不可能と考えられる。定期借地権を土地と建物に変換したとしても、土地に及ぶ権利は一定期間後に消滅することを前提としているのだから、その借地権者が権利変換で取得した土地及び建築物の床の持ち分のうち、土地分については地主に定期借地の解約時に移行するように定め、建物持ち分は取り壊すべきことなる。

共同ビルとなる再開発の施設建物の一部を取り壊すことは、いろいろな問題を発生させて相当の困難を伴うことになるだろう。実際の現場では、まずは権利変換に至る前の権利調整で、定期借地権を金銭によって消滅させて、改めて一般借地権者と土地所有権者となって登場させるだろう。

では再開発ででき上がる施設建築物に、新たに定期借地権を発生させることがあるだろうか。

実例は名古屋市の丸の内地区市街地再開発事業において登場したから、ありえないことではないが、すでに見てきたように、市街地再開発事業においては権利の安定化の方向に進む実態の中で、ことさらに建築の側に不安定な条件となる定期借地が登場するのは、予想もつかない例外的な手法であろうと考えられる。

もしも本来的な手法として定期借地権を使うとしたならば、これはかなりドラスティックな考えだが、再開発ビルの強制的かつ自動的な“再・再開発手法”として導入することがあるかもしれない。

いずれ再開発ビルも寿命がくる、ところが共同ビルであるがゆえに建て直しは権利調整が難しいことになると予想される。そこで再開発ビルの権利者全員が自己借地の定期借地権を設定して、その期間終了時には共同して再・再開発することを予定しておくのである。 これにはかなりリーダーの力量が必要だろうが、再・再開発によってコミュニティーの継続を図りつつ、都市施設の更新に役立てようとする有効な手法となりうるかもしれない。

4.社会資本としての建築と定期借地の世界

最近は外国にだれもが行ってくる時代となって、特にわが国の都市との比較が一般にもされるようになった。なかでもヨーロッパ諸国の中世からの町並みを見て、わが国の諸都市の町並みの乱れや変化について、景観的として大きな違いがあることが指摘される。

ヨーロッパ諸国では、建築は土地の延長にあり簡単には替わらないものであるとされて、土地と建物とは一体の不動産と見なされる。土地の消滅が予想されないように、建物の消滅も予想されないものとしているようだ。

木の文化と石の文化に違いというような文明論はさておき、わが国では伊勢神宮の式年遷宮に見るごとく、建物は永遠ではなく時代と共に建て替わることが普通である。ここに定期借地権のような建物消滅を基礎とする私法上の論理が出るかもしれない。

しかし、伊勢神宮の式年遷宮に見るごとく、建て替わるということは再生であり、決して消滅ではない。それまでの姿を次に時代に継承する儀式としての建て替えであり、ご破算にすることではない。

地方の町や村に存在する歴史的な町並みは、決してできあがった当時のままではなく、それまでの景観を継承し、すこしづつ変化しながらながら建て替えられてきたのだ。そこにある建築は町や村の個性的な景観を形成してきており社会的な資産であることは、ヨーロッパの諸都市と大きく異なるものではなかったはずである。城下町に風景を思い浮かべれば、それは簡単に理解できることだ。

わが国のどこでも簡単に景観が乱れ(景観とは地域の秩序概念である)、変化するようになったのはこの30年ほどのことである。それは町並みだけでなく、緑の山並みも替わるほどの高度成長の結果である。

もちろん“普請中”といった森鴎外の時代から都市は動いて入るのだが、その著しさの度合いが違うはずだ。特にバブル経済時代は都市の資産である建築物の消滅が著しいものがあった。

私たちの先達は、歴史的町並みといわれる街をつくり、震災からの復興で近代建築を建てた。私たちは、戦災から立ち直り、燃えない都市とニュターウンにコミュニティーを営々と築いてきた。

住家も働くところも建築空間が支えているのだが、その建築物は消滅するものであり、一時的な泡沫の構築物とする“土地本位制の思想”はどこからきたものだろうか。少なくとも旧借地・借家法では、建物を保護することが正面に出ていたはずである。

現段階では一般定期借地と事業用定期借地とは流行のきざしはあるものの、“建築本位性”の「建物譲渡特約付借地権」はまだ行方が見えないようだ。すでにこのような土地本位性ならぬ“更地本位性”が先行して、建築本位性は逡巡する方向が現れている。

借地方式による住宅供給の促進と、土地の有効利用のための建て替え促進という観点からの借地法及び借家法の見直しの結果が、定期借地の流行をもって更地本位性を大手を振って歩かせて、建築という都市の社会資産に不安定性を付与し、一過性の西部劇のごとき地域景観を生み出すことになることをおそれるものである。

こうして、これまでの“建築自由”に加えて“土地自由”との競合でもたらす結果が、都市と建築を社会的蓄積としてではなくフローの世界としてとらえるようになるとき、まちづくりも都市計画はまことに空しいものとなるであろう。

定期借地の制度は、今回の借地借家法の改正の最大の点であるが、決して消滅することを前提とするまちづくりのためではなく、時間と共に疲弊する都市の再生のための有効なる手段として登場することを期待をしている。(完)

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小論を書くにあたっては、再開発コーディネーターの北村吉一(環境企画)、村田秀彦、塩津幸雄、宮原義明(いずれもRIA所属)の各氏、本委員会の諸先生、トラスト60の事務局、その他多くの方々のご指導を受けました。ここに厚くお礼を申し上げます。

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参考資料及び文献

●自画像としての都市(井尻千男、東洋経済新報社 1994)

●街づくりの発想(藤田邦昭、学芸出版社 1994)

●Land Administration in Hong Kong(Lands Department 1994)

●COMPREHENSIVE REVIEW OF THE TOWN PLANING ORDINANCE(Planning,Environment and Lands Branch,Government Secretariat,Hong Kong 1994)

●胎動期の事業用定期借地権(日経リアルエステイト9411)

●定期借地権土地神話を崩すか(林道三郎・三沢千代治対談、日本経済新聞940717)

●定期借地権付きマンション藤和不動産、大手初の供給(日本経済新聞940712)

●借家法自由化で質向上(福井秀夫、日本経済新聞経済教室940524)

●「定期借地権」で土地活用を(稲本洋之助、日本経済新聞経済教室940428)

●定期借地活用方策検討委員会報告書(財団法人都市農地活用支援センター1993)

●新しい土地活用メニュー定期借地権(東急不動産)

●定期借地権について(飯塚孝、自由と正義9205、日本弁護士連合会)

●再開発事業における借家人の扱い(再開発コーディネーター第37号1992・再開発コーデ ィネーター協会)

●従前地評価と権利変換(再開発コーディネーター第30号1991・再開発コーディネーター 協会)

●借地法・借家法改正要綱試案とその説明(法務省民事局参事官室1989、都市開発法制研 究会)

注:小論は、「新借地借家法と市街地整備」(1995年3月 財団法人トラスト60)に掲載した。