市街地再開発事業おける既存建築の保全活用に関する研究
(軽装備再開発に関する検討調査)
伊達計画文化研究所㈱ 伊達美徳 021128
1.研究の目的
都市の不燃化と土地の高度利用を目的とする市街地再開発事業が行われるとき、ほとんどの場合は、いわゆるスクラップアンドビルド形式となる。
事業区域内の既存建築物は、その耐用性があり継続的に使用が可能な建物(以下「継続的建造物」という)であっても、あるいは文化財というほどではないが地域にとっては記念すべき建造物(以下「記念的建造物」という)であっても、その経済性(事業採算)と既存建築への価値観の違い等により、例外はあるが基本的には取り壊される運命にある。
しかし、建設事業においても省資源、地球環境、エネルギーの節約等を環境問題として取り組まなければならないときに、継続的建造物までもスクラップにされてよいのであろうかという問題がある。
また、記念的建造物の保全が、地域の個性的なまちづくり資源として見直されていることも時代の流れの中に顕著に各地であるが、市街地再開発事業においてそのような受け止めを積極的に行うべきと考えられるが、現状での対応はどうであろうか。
これらの状況を、現在の市街地再開発事業において調べて、使えるものは使うという環境への対応と、地域の個性的な資産を生かすという文化への対応の二つの面から検討し、既存建築の保全のありかたを探ることを目的とする。
2.法制度と建築保全の問題
(1)制度上の基本問題
都市再開発法による市街地再開発事業の仕組みの基本は、権利変換あるいは管理処分計画である。これらは、再開発の前に再開発地区内で関係権利者たちが所有していた土地・建物等の資産を金銭評価して撤去・整地し、新たに整備した敷地に施設建築物を建設し、その建物と土地の一部を再開発前の評価額に対応して等価で受け取る。
この施設建築物とは、都市再開発法第2条6項には、「施設建築物とは、市街地再開発事業によって建築される建築物」とされており、ここでは保全活用される既存建築物を対象としていないと読むことができる。
同法の第3条には市街地再開発事業の適用区域の条件を示しているが、その基本となる考え方は、小規模で低容積そして耐用年限超過の建築物を排除するべし、と読むことができる。
一方、「歴史的建築物等活用型再開発事業実施要領」があり、「都市景観上重要な歴史的建築物等を活用しつつ、、、、既存の良好な建築物の有効活用、、、、」を使用とする制度(1995建設省通達)がある。この対象とする建築物は、「都市のランドマーク」となるものとして基本的には文化財建造物を意図しているが、少なくとも市街地再開発事業による滅失を前提としていない制度である。
市街地再開発事業において、地区内の既存建築物を保全活用しようとするとき、それが大規模な場合は、採択要件をクリアするためにそれを地区外とすることが一般的であると考えられる。
ところが小規模な場合は、小規模であるがゆえに地区外にする、あるいは逆に、小規模でるがゆえに撤去することが行われている。地区内の複数権利者が継続的建造物や記念的建造として保全したいとなると、いくつかの小規模建築物を保全するために、それらをよける形で地区設定することになり、不整形敷地となって施設建築物の利用効率は必ずしも良くならないし、都市景観としても新旧とりまぜて調和の無い風景をつくりだすことになる。
既存建築を再生・再利用して特色のある街ができた事例は、全国各地で現実には数多くありながら、市街地再開発事業としたためにそれができない、あるいはできたとしても特殊な手法(法解釈)としているのは、基本的に不自然であといえる。
(2)制度の隣接的保全について
飯田橋南と名古屋丸の内の両地区の例に見るように、保全のために市街地再開発事業地区からその部分をゲリマンダー的にはずして、建築基準法、都市計画法、都市再開発法のすり合わせをしながら施設建築物の合理的な整備を行う「隣接的保全」とでもいうべき工夫を現場では行っている。
これらは権利調整上の問題もあって、必ずしも法制度上だけの問題でそうなったのではないが、少なくとも法制度上での問題が無ければ、権利者との調整ももっと円滑になった可能性はあるだろう。
(3)法2条施設建築物の解釈について
権利変換計画によって権利者が受け取る施設建築物とは、『市街地再開発事業において建築される建築物』とするとき、既存の建築物はいったん登記を滅失させることと、建築基準法による確認もしくは計画通知をへて建築行為が行われる必要があると解釈するならば、その場でそのまま保存を許容しないことになる。
既存建築物がその場にあっても、既存不適格建築物であって設備や構造の大幅な改造を必要とするならば、施行者に帰属した時点で単に容姿だけが残るコンクリートの塊となり、それを大規模に修繕したならば新築の施設建築物とすることも可能であると解釈する方法もありうる。
曳家の場合は、一時的に建築物の基礎が滅失したために法的に建築物としての存在を失ったことをもって、曳家後の建築物は新たに建築したものと解釈することもできる。
しかし、既存の位置でそのまま使うことができる建築物あるいは軽微な改修の場合は、保全の解釈が難しい。
(4)権利変換計画における滅失のあつかい
市街地再開発事業の仕組みの基本である権利変換あるいは管理処分計画では、再開発の前の建造物はすべて解体撤去するとともに、再開発前の登記簿ではそれらの滅失のうえで閉鎖され、新たな施設建築物等の一部は原始取得として、新たな公図上に新期に登記簿が作成され、表示・保存登記がなされる。
このような仕組みにおいて、再開発前から存した建築物が再開発後も継続して存するとなると、滅失登記ができないことになる。上記(3)のようにいったん曳家するために基礎など取り外して位置も変わる場合やコンクリート塊として建築物として機能を失う場合は、建物の滅失とする解釈も可能であろう。
しかし、既存のままで修景、内装等の軽微な修復で再利用する場合は、滅失とすることは無理がある。
(5)権利変換における評価について
権利変換計画において従前資産の評価を行うにあたっては、保全したいとする既存建築物が、記念的建造物あるいは継続的建造物でも、一般には老朽家屋である場合が多い。保全を前提とするときに、これらを単に耐用年数を超えた古家としかみないので、評価額は低いものとなる。
しかし、その所有者でその建造物に対する特別な思いが保全に結びつくものとしたとき、単なる古家しての評価には抵抗があるだろう。権利変換において、等価であたらな施設建築物を受け取る場合に、その従前評価額の低さが保全をためらわせるものとなる場合もあるだろう。特に記念的な施設の場合は、それが顕著になるであろう。
一方、継続的建造物の場合は、従前権利者が再開発による権利変換で同じ施設建築物を受け取るならば、再開発で修景・修繕などが行われると、再開発後は従前試算額よりも高い評価となってくるとも考えられる。一部は保留床として優先分譲策が必要なることもありうるので、この間の評価のあり方が問題となる。
(6)歴史的建築物等活用型再開発事業について
「歴史的建築物等活用型再開発事業実施要領」の対象となる建造物は、原則として文化財となる建造物に限るとする特別な場合であり、そのための特別の再開発計画を定めて国道交通大臣への届出を義務つけている。現実の適用はきわめて少ない(実は適用皆無か)。
しかしここでは、そのような特殊な歴史的建造物に限らない場合、つまり飯田のような知己では記念的であるが特別に文化財ではない建造物、あるいは既存の店舗でまだ利用できる建築物の場合にも保全を可能するには、この制度は有効ではない。
(7)複数建築物について
建築基準法では施設建築物は原則として一建物一敷地でなければならないが、既存建築保全の場合は新たな施設建築物とあわせて複数の建築物にならざるをえない。
そこで必要でもないのにそれらを連結する、ふたつの敷地に分割する、保全建物が極めて小規模であれば附属屋とすることなどで法をクリアすることとなる。
しかし、ここでも敷地分割すると、それらがともに接道条件を満足するか、小規模の場合は高度利用地区の最低限容積率を満足するか等の問題が出てくる。小規模な場合は、最低限容積率クリアの問題で例外規定の適用も考えられるが、例外規定はあくまで将来は高度利用を行うことを前提とする暫定の考え方である。
原則として施設建築物の整備により都市計画を満足させる市街地再開発事業が、市街地再開発事業を行うべき要件に対応する敷地と建物を残すことは、法の趣旨からは外れることになる問題を有しているといえよう。
3.建築保全への社会的な問題
(1)環境問題への対応としての建築保全
建築物のライフサイクルは、近年になって加速度的に短いものとなりつつありようである。その原因は、ひとつにはバブル期の再開発のように土地さえあればという風潮の都市開発の進行であり、もうひとつは建築設備系の陳腐化と地震対策がその短命化を推し進めている。
歴史的な記念すべき建築物でも、修復すれば更に寿命が延びて使用できるビルでも、同じように取り扱われる。解体による新築開発のコストとインカムが、修復保全活用よりもコストとインカムよりも上回る状況がある限りは、この傾向は続くであろう。
しかし、地球上の資源やエネルギーの無駄使いを少なくするという観点からの環境問題が大きくうたわれ、その法整備が進む状況下では、いずれ既存建築の解体処分コストが保全コストを上回るときが来ると見られる。
(2)文化としての建築保全
建築物に対する文化的な価値を認める傾向がほとんどない今の日本社会では、特に保全は市街地再開発事業にかぎらず難しいことである。再開発が不動産事業である限りは、文化と相容れない面が強い。
歴史的町並み保存地区が観光資源としてインカムをもたらすとき、初めて建築が“儲かる文化”として認識されるのが現状であい、市街地再開発事業のように高度利用による不動産インカムを図ることが前面に押し出されるとき、よほど特別の保全インセンティブの仕掛けがない限り既存建築の保全・再利用は難しいのが現実である。
歴史的な価値を認定された文化財的な木造建築物は、特殊解としてのみ保存を可能としているのであるが、文化財として特殊解になりにくい建築物ならば、それがいかに美しくても、地域にとって記念的であっても、あるいは個人の特別な思いが込められていても、消滅をまぬがれない。
建築物に文化的価値を認めるとしても、歴史的な貴重な文化財として、あるいは歴史上の有名人物に関わる施設などが認められる風潮があり、例えば1960年代のブラジリアが世界遺産登録されるような、西欧的な意味での建築文化への考え方はほとんどない。
社会が成熟して建築に文化的価値を認めるような時代がくれば、西欧のように建築建築は保全することが先ず前提となる制度の整備が行われ、日本の建築家たちも修復の技術やデザインを基礎的なコースとして学ぶようになり、一般社会でも保全が一つの選択肢としてあたりまえになるであろう。
4.既存建築保全活用型市街地再開発事業の制度化へ
(1)ゾーン不燃化計画型市街地再開発事業へ
都市防災は、単体としての建築物をひとつひとつ不燃化することを基本として、実現してきている。それはそれでもっともであるとしても、一方ではいかに立派な建築でも木造であるがために、防災の名のもとに取り壊されてきていることも事実である。
市街地再開発事業は原則として都市計画として事業が行われるのであるから、例えば木造建築物がその一部にあったとしても、都市計画として防災措置をもつ場合は保全を可とする集団的な制度を整備するべきであろう。
建築群が一定の条件下にあれば、そのうちに木造等の不燃でない建築物をふくんでいても防災的な評価を減じるものでない方法を研究し、再開発区域として一体化して事業を行うことができるようにする必要がある。名古屋丸の内地区に見るように、小規模木造建築の周囲はすべて耐火高層建築となっているような状況下では、総合的な判断で木造保全も可能と思われる。
高度利用地区における小規模建築の扱いに関しても、消極的対応ではなく、地区全体としての積極的対応も必要である。
つまり、単体からゾーンとしての不燃市街地づくりについて、きめ細かで現実的な計画方法と事業制度化である。
(2)建築の資産活用経営型市街地再開発事業へ
市街地再開発事業が土地の高度利用と施設の更新を目的としているために、既成市街地の既存建築よりも高容積建築物を新たに建てる結果をもたらし、既存の利用可能な建築物等を取り壊すことになる。
既存の社会資産としての建築物を活かして再利用しつつ、より環境の良い安全な市街地を作ることが経済的にもなりたちうるならば、無理に建て替え更新する必要はない。既存建築資産を活用することができるように、『市街地再開発事業において建築される建築物』とする施設建築物の定義を、例えば『市街地再開発事業において整備する建築物』のように改定することが必要である。また、法第3条の既存建築物の耐火要件の考え方の見直しや、既存建築物の改修や修景にも何らかの助成策を設ける必要もある。
権利変換計画における既存建築の評価に関しての考え方も見直しが必要であろうし、既存建築物をそのまま従前権利者に権利変換する方式の適用も、制度に見込む必要がある。
(3)市街地再開発事業に環境と文化インセンティブ制度を
既存建築の再利用を地球環境保全対応策として積極的に評価して、その保全のための助成策として、例えば除却費の補助よりも保全修復費用の補助制度を設ける必要がある。
同様に、建築物の保全についての価値観を、文化財保護的なレベルから脱却して、地域の文化資産としての価値も認めるようにして、それの保全に関する助成策も必要である。
特に、既存建築の地域文化的資産としての評価についての考え方も、単に古い耐用年数のすぎた建物でよいのか見直す必要もある。(以上 021127)
注:小論は、「軽装備再開発に関する検討調査報告書」(社団法人 全国市街地再開発協会2002年3月)に掲載した。