越前・武生の中心街に秘めたまちなみが素晴らし

越前武生・中心街に秘めた街並みが素晴らしい

伊達美徳

(1998.2)

後に紫式部となる少女が住んでいた

知る人は知っている。素晴らしく美しい伝統的な街並みが武生の町にあることを…。でも、武生の人は誇りと気位が高く、簡単には見せてくれない。

千年も昔のこと、後に紫式部という作家として名を成す少女が父についてやってきたことを、今も誇りに思う土地である。もっとも彼女の方は、田舎暮らしがいやで泣いて京へ帰りたがったようだが…。

つまり、越前の田舎にありながら、古代からずーっと中央文化フロントを自認する土地である。

そんな土地柄だから、JR北陸線の武生駅におりたち、さて街並みを見ようとしても簡単ではない。まず駅に街歩きの案内がない。駅前を見ても、地方都市どこでもある都会のような田舎のような風景で、伝統的な素晴らしい街並みがあることなどオクビにも見せない。

街並みなんて見せるものと考えていないのである。それは最近できた「武生探訪」(武生市教育委員会)という街歩きのパンフレットにも表れている。載るのは寺社仏閣ばかり、生活のある街案内は全くない。そのパンフレットさえ、駅に置いてない。

(注:現在は駅に良くできたパフレット類が置いてある。2001.4月)

中心市街地が空洞化している

そんな街で、まちなみ発見に出ようとするのだから大変だ。ここは街づくりの元締めである市役所に聞くほかはない。

市街地再開発課の藤井さんは、武生市の中心市街地の環境づくりに取り組んでいる。そこは歴史的にも一番重要だし、市民生活の中心であもある。藤井さんに武生の街並みについて聞いた。

『武生でも中心市街地の空洞化と高齢化が 進んでいます。全人口は約7万人で、この数年あまり変りませんが、中心部は約 2万人で減少してきています。高齢化率 は市全体でも18%と高いのですが、一 番の中心の蓬莱地区はなんと24%です。

もう15年以上も前から、中心市街地 に活力をつける仕事にとりくんでいます。JR武生駅南再開発事業のような大改造もありますが、昔からの個性的な街並みを生かしながら、街に魅力をつけようという施策もやています。

特に、京町と蓬莱町の「街なみ環境整 備事業」が特徴です。市の役割は道路修景が主で、街なみ修景は建物のデザインを周辺の街並みに合わせるようにお願いしています。都市景観についての計画調査はしたことはありますが、景観条例制定までにはなっていません』

駅南再開発事業とは、駅前のパレスホテルなどが入っているビルのこと。そこに土地をもっていた人たちが市と共同して、駅前広場とビルをつくった。15年がかりで1995年に完成にこぎつけた大変な事業だ。街づくりは時間がかかる。

それで駅前の街並みはどうなったか。欲を言えば、もう少し武生らしい雰囲気がほしかった。ビルの中に入るとまだ空き店があるのが気になるが、駅前に交流の場ができて街に活気が出ているようだ。

昔からの土蔵や格子を生かしたまちづり

藤井さんの紹介で、蓬莱町のまちづくりに取り組んでいる人たちにあった。蓬莱まちづくり協議会長の明城準一郎さんは蓬莱町でブチック経営、大塚和良さんも同じく呉服店経営、そして建築家の石本茂雄さんは蓬莱ではないがまちづくりコンサルタントとして協力している。

『蓬莱町は武生の商業中心でした。次第に 住民が街から郊外に出て住むようになるし、道路がよくなると自動車で福井に買 い物に行き、さらに郊外のバイパス道路 沿いに安売り店舗ができる。今じゃここ は大変な地盤沈下ですよ。

なんとかしなくちゃと、10年ほど前から地区のみんなで再開発を考え始めま した。大型店をいれて大改造する計画も、この不況で無理。いろいろとみんなで悩み話し合い考えました。

その結果、もう大開発時代じゃない、 今ある武生らしい雰囲気の土蔵や格子の町並み、路地などを生かしたまちづくり はどうだろう。町の中での暮らしやすい生活環境をつくり、それを商業活性化に 結びつける方が良いだろう。

みんなでまちづくり協定をして、少しづつでも進めるようにしようと、大きく方針を変えました。協定をきちんと行う ために「地区計画」という都市計画を決 め、「街なみ環境整備事業」という制度で、国、県、市から支援を受けて、まちづくりに取り組んでいます。

蔵に囲まれた広場をつくったり、地場産業を蔵の中で生そうかとか考えています。何かよい知恵はありませんか』

町屋を再生してギャラリーと事務所に

蓬莱地区もそうだが、街を歩けば伝統的な町屋の並ぶ街並みがあちこちにある。洋風の懐かしい建物も混じる。そこに生活があるから、歩いていても楽しい。

でも、空き地になったり、四角な箱建築に建て直されてきている様子も著しい。

そんな街並みのなかに、伝統的な町屋を生かしてギャラリーに改修しているお宅を見つけた。

元町1丁目の小川さんで、地元で活動する建築家である。さっそくに話を聞いた。

『この裏の風景を見て下さい、これが武生の町屋の典型です。間口が狭くて奥行きが長い、表に面して店、一番奥に蔵、その間に中庭や通り庭を持つ住まいがあるのです。店蔵じゃありませんから表に蔵が出ることは少ない。

ここは親父が魚屋をやっていました。私は福井で設計事務所に勤めていましたが、ここに戻って建物を改造し、店は車庫とギャラリー、二階に設計事務所、奥は住まいとしています。

この武生もご多分にもれず、街中の空洞化減少が進んでいます。でも、武生の中心街は歩ける範囲になんでもそろっていて、暮らすのも遊ぶのも本当に便利です。みんなが連帯して暮らしていますから、老人の孤独死なんてあろう筈もないのです。街は商業の場であるよりも、まず生活の場なのです。街づくりは初めに住まいありき、ですよ』

街の変化を撮りつづける人

そんな武生の街に暮らす元気なシニアを二人紹介しよう。

まず『武生の町並み』という本を出された徳山孝さんである。福井で高校の先生をなさっていた方だが、いまも元気に町並みの写真を撮っている。中心街の北、上府に訪ねたお宅は、著名な建築家の出江寛の設計であったことにまず驚いた。

『どうぞ炬燵にはいって下さい。この本は、昔から趣味で撮っていた写真を編集したものです。最近、続編も出版しました。武生の町は明治以後なんども大火に遭っていて、特に北の方はあまり古い街並みはないですね。昔の武生はメインストリートの中央に清流の水路と松並木があって、なかなかによい風情だったのですが、埋め立てて道路にしてしまいました。今では、色町だった桂町の一部だけに残っています。昔と今の同じ所の写真を比べて 見て下さい』

80歳現役の古書店女主人

次は駅から5分の幸町にあるミタムラ古書店のオバちゃん、田中サダヲさん。

『え、なんですか、オバちゃんはちょっと耳が遠いんでね。「武生の町並み」ねえ、おいてませんね。ここのほかに古本屋さんがあるとは聞かないねえ。オバちゃんはね、17歳のときにここにきてね、もう60年以上も古本屋をやっているの。今80歳。3年前に主人がなくなってからはひとり暮しで、店もひとりで切り盛りしているの。

外に行くときは、自転車に乗るの。ちゃんと乗れるわよ、危なくなんかないよ。毎朝6時半に起きて、やることがいっぱいで忙しくてボケる間がないねえ。こうやって好きな本を毎日読んで暮らしてきて、子供や孫にも恵まれて、オバちゃんは幸せな人生だったねえ。

この店にはもういい本はあまりないけど、この商売やっているとボケけないからね。安くしとくよ、何か掘り出し物があるかもしれないよ。え、この本買ってくれるの、ありがと。えー2000円ね。いいのいいの安くていいの、置いといたって仕方ないんだから。それじゃ商売にならないか、ハハ、いいのいいの。

今読んでいるこの文庫本は森鴎外でね、いい文学は何回も何回も読み返しているの。そうよ、眼鏡なくても読めるの。

これから東京へ帰ると遅くなるでしょ。そのへんの文庫本ならタダで持ってお行きよ、アッそうだ、ほらこれ、お餅とミカン、汽車の中でお食べよ、長い時間でしょ。気を付けてね。サイナラ、ありがと。またきてね』

土蔵を創作工房アトリエに再生した

武生の街並みの持つよいところは、単に伝統的な風景が建物だけで生きているのではなく、そこに暮らす人たち、仕事をする人たちが居ることである。

特に、今もタンス屋の並ぶ箪笥町と、越前打刃物屋のならぶ若竹町・あおば町あたりは、職人が仕事をする活気ある街並みの名残りがあって興味つきない風景である。

そのような職人の伝統を受け継ぐ人に出会った。柳町の竹内敏博さんである。タンス屋さんの竹内さんは、創作家具のデザイナーでありメーカーである。昔の蔵を修復改造して工房にしている。

『この蔵は私が3代目の持ち主です。この 蔵は私が改造しましたが、考えて見ると、自分が前から持っていた蔵だったら、こうは直さなかったかも知れませんね。だって、いつも見慣れたものだと、わざわざ金かけて直すほどの価値を見つけられませんよ。

このムクの厚板テーブルと椅子はどうです。こんなものを作っています。そっちのテーブルは桐ですから軽いですよ、で、キリギリスなんてね。あ、ちょっと2階に上がって下さい』

なんと、そこはSPレコード盤が山とあり、手回し蓄音機が各種、手回し映写機もあって、大変な趣味の巣窟である。

『ちょっと何か聴きますか。えーっと、これだけあると整理が大変でねえ。これは竹の針じゃなくて鉄針で聞きましょ。ミシャ・エルマンのバイオリンで、アベマリアです。どうです、手回し蓄音機は。久し振りですか。えっ、喇叭の蓄音機を聞いたことあるんですか、あなた結構なお歳ですね。若い者に聞かせると、なんだか懐かしい音だなんて、昔を知らないくせにいいますね、どういうことなんでしょね。

その木の座椅子どうです。これにどっかと座り込んで、このレコード聞きながら、この膳のような置きテーブルで酒飲んでると、気持ちよく酔いがまわってね。あ、それには冷たくても座布団敷かないで座ってよ。

丁度よかった。最近、脱サラして手打ちそば屋を始めた奴がいてね、なかなか美味い蕎麦を食わせる評判なんですよ。そいつがね、そばを持って来てくれたので、一緒に食べましょ。蕎麦粉百パーセント、つなぎなしだからね、ボキボキするけど美味いでしょ』

街を守り育てる運動

『TAKEFU´NESSーアメリカ人社会学者が見た武生』(1995年)という日英両語の本がある。内容はG・P=ウィットビンというアメリカ人社会学者の調査日誌であるが、武生の行政、議会、市民団体の間の緊張や馴合いの関係を、時間経過とともに外人学者の目でとらえていて実に面白い。これは博士論文の調査というが、肝心の論文はどうなのだろう。

その中に登場する市民団体のひとつが「武生ルネサンス」である。この本もその出版部で発行している。その前身は「武生の文化を考える会」で、1992年春に結成された。その契機が公会堂を駐車場にするために公会堂を取り壊す計画が出たことに反対し保存運動を始めたことにあったそうだ。

今、その公会堂は「武生公会堂記念館」ろして郷土歴史と美術のギャラリーとなっている。1929年に建った武生には数少ない現存する近代建築である。これがご他聞にもれぬ騒動の結果こうなったのである。その間には、寄付申し出があった大量の佐伯祐三作品の真贋論争という新聞をにぎわした事件も絡んでいる。

その保存運動の会が発展解消して、1993年2月に「武生ルネサンス」として発足した。発起人は三木世嗣美さんと井上和治さん。現在会員は約80名、活動しているのは15~20名ほど。

上に登場した石本さん、小川さん、竹内さんもそのメンバーで、主婦、医者、公務員、コック、タンス職人、商店主など様々だという。

ウィットビン氏の本もその活動の一つであるが、小川さんによれば売れなくて困っているらしい。明治の「福井県下商工名鑑」を復刻して出版(定価4000円)している。昔の町並みがよく分かる面白い本だ。 武生ルネサンスの目的は、「武生に誇りを持ち、住んで心地よいまちにするために、何を残し、何を創りだし。どいいう生活を統べ気かを考え、提案氏、実行する」として、武生の街並みへの高い評価を持ち、広く啓発活動をしてきている。

郊外の風景は武生らしくない

ところで、街に中には長い伝統に支えられた武生の資産となる街並みが生きているのに、なぜに人々は街の外、郊外に出たがるのだろうか。

街の中の道路は碁盤目に整備されていて、車の交通が不便がというほどでもない。少なくなったといっても商店は多いし、市役所も文化施設も飲み屋もあるし、こんな便利な所はない。だから80歳の山田のオバちゃんも、安心して元気に暮らせるのである。

人口もこれからは増えないだろうから、郊外に広がる街も不要になるだろう。財政負担も大変だから、郊外に公共投資もできなくなるだろう。せっかくの施設が整っている中心街を生かして使わなければ、これまでの投資が無駄遣いになってしまう。

そう思いながら、街の西と東の交通バイパス機能の道路にいってみて、そのあまりに汚い風景に驚いた。せっかくの美しい田園と山並み風景を壊して、安物建築の安売店舗と派手な乱立看板で、見るもおぞましい街並みである。

ここも、あの気位と誇りの高い武生なのだろうか。車で入る玄関口がこんなに汚れていて、気にならないのだろうか。

もっと驚いたのは、商工会議所と大病院も、そこにド派手パチンコ屋と隣り合せに建っているいることだ。商業振興のセンターであるべき施設が町外れにある。病氣になっても老人や子供が簡単に駆け込めない遠い町外れの病院。

それには武生なりの事情があるのだろうが、よそ者の目には奇妙に写る。これでは公的機関が、武生中心部の空洞化を進行させることになると思うが、どうだろう。

注:この一文は、1998年2月に現地取材して、雑誌「まちなみ建築フォーラム」掲載予定で書いたが、同誌の休刊によって掲載されなかった。取材先にはお詫びをしているが、ここに復活して掲載した。

これを書いてから3年、現在は駅前広場も拡張されて、新しく大型店舗が駅前に建ち、そこに福祉関係の公益施設も入っている。だが中心市街地の空洞化はまだ簡単には直りそうにない。(2001.4.1)

○武生市のデータ 1998年

・福井県のほぼ中央、日野川中流域の都市。・市域は広いが、2/3は山林と丘陵地

・中央に北陸道の要衝地の武生の町がある。・行政人口は約7万人で横ばい傾向。

・県庁所在地の福井市から約20km

・JR北陸線武生駅が中心駅。

・北陸自動車道武生ICから中心街まで約10分

○中心街の伝統的街並み

・街並み施策ー中心市街地活性化計画。街なみ環境整備事業。

・主な見どころ街並みー桂町、京町、幸町、 蓬莱町、元町、本町、天王町、神明町、 柳町、あおば町、若竹町

○中心街の名所

・公会堂記念館、札の辻、正覚寺、総社大 神宮、千代鶴の池、引接寺など

○中心街の祭り・行事

・武生国際音楽祭(6月、文化センター)・総社大神宮祭(9月)

・たけふ菊人形(10月、中央公園)

・源氏物語アカデミー(10月)

○名産・名物

・越前打刃物ーナイフ、包丁、鎌など

・越前そばー大根おろしそば

・菊料理ーようかん、まんじゅう、漬物