裏長屋の世界遺産談義

裏長屋の世界遺産談義

古面亭多唖(伊達美徳)

ようこそのお運びで、ありがとう存じます。

本日は『どう守る 私たちの世界遺産』なんて、すごいテーマの市民ワークショップでございます。

なんでも、鎌倉の頼朝さんの頃から伝わる文化遺産を、世界の遺産に登録しようってことらしゅうございますな。

えらいもんですねえ、相当な額なんでしょうねえ、なにしろ世界の遺産ですからねえ、あ、そういうもんじゃないんですか。

でも遺産ていうからにゃ、誰かが遺してくれたんでしょ、ああ、人類共通のご先祖からのものねえ、じゃ、世界遺産てのは3代目で食いつぶす、ってわけにはいかないんですね。

●おれにも遺産分けしてくれ

「やあ大家さん、今日も落ち葉掃きで焚き火ですか、ご精が出ますね。これで裏長屋のまわりももきれいになった。ありがとうございます。」

「おや、熊さんかい、おかえりなさい。今日は秋の土曜日、紅葉狩りにでも行ってたのかい」

「いやちょいと市役所でね、遺産問題であれこれ話し合いをしてきたんですよ」

「えっ、おまえ、遺産ていうとなにかい、親の遺産でも転がりこんだのかい。それじゃあ、たまってる家賃を入れとくれ」

「えへへ、いえなにね、世界遺産登録のことですよ、鎌倉のネ」

「なんだ、その遺産かい、そりゃまた結構な遺産問題だけど、いったいどうしようってんだい」

「鎌倉の文化財が世界遺産に登録されたら、市民みんなどうしようかってね、そんな話し合いで大勢集まったワークショップに行ってきたんですよ。

「オイ熊さん、それでなにか言ったのかい、おれにも遺産分けしてくれ、なんて言ったんじゃあるまいな」

「そんなこと言やしませんよ。でもね、登録したらなんてよりもまえにね、そもそも世界遺産になんてなれるのかいって、そんな話にもなりましてね」

●鎌倉を地球文化遺産第1号登録するってのはどうだい

「そうだねえ、鎌倉といわず日本の世界遺産登録は、なかなか難しいようだね」

「ねえ大家さん、なんでもね、ネズ公ってやつが胴元らしいんですが、そいつががあれこれいちゃもんつけて世界遺産仲間に入れてくんないんですってね」

「ネズ公じゃないよ、ユネスコだろ、まあなんだね、世界遺産マフィアたちだな。いちゃもんてこともないだろうが、あっちの考える世界文化遺産と、こっちの市民が考える歴史都市鎌倉とは、どこかすれ違っているみたいだねえ、こっちが登録したいっていくら勇ん(遺産)でもねえ、」

「エヘッ、しゃれですかい。登録したいって言えばどんどん登録すりゃよさそうなものを、それがどうもシブチンらしいんですよ。この広い世界なら5千や1万も文化遺産があって当たり前でしょ」

「う~む、今の世界遺産登録のうちの文化遺産の数は700件ぐらいかな、そういや、なんだか少ないなあ。だって文化ってのはその地域ごとにそれぞれ固有のものがあるんだな、それをあっちは登録に値するけどこっちは値しないなんて、地域文化に上下の差別つけちゃあいけないよ」

「そうそう、そもそも文化財は、市指定より県指定が上で、それより上が国指定で、もっと上等なのが世界文化遺産だなんて、だれが考えたんでしょうね。こうなりゃもうひとつ上の宇宙文化遺産ってのをつくって、その第1号登録はガガーリンのスプートニク、第2号は月にある人間の足跡ってのはどうです」

「おお熊さんよ、なかなか調子が出てるねえ、わたしも負けていられないよ、あのね、ユネスコが鎌倉を世界遺産にするのはいやだって言うのなら、わたしたちで勝手にね、地球遺産登録協議会なんてのをつくるんだよ、そこで鎌倉を地球文化遺産第1号 に登録するってのはどうだい」

「おっ、大家さんもやりますね、ボクシングのWBCとWBAか、野球のセリーグとパリーグだね、いいねえ。ならば、大家さんところのこの古ぼけたボロ長屋、こいつもその地球遺産にな りますね」

「古ぼけたボロで悪かったね」

「あ、すいません。でね、今回のワークショップの題名が『どう守る、私たちの世界遺産』なんですから、これはもう『"私たちの決めた"世界遺産』として、なにもユネスコにいわれなくったって、鎌倉市民は鎌倉のことを世界的な遺産として誇りを持ってるんだって、そう考えればいいと思うんですよ」

「熊さん、いいこと言うねえ。そもそも文化なんてのを国際的に格付けしようとすると、政治的なこともあって難しくなるのは当たり前だねえ。もともとは西欧的な石の文化のように変らなくって目に見える文化遺産から始まってるんだから、日本の木の文化みたいに変化を当たり前とした遺産にはなじみにくいよなあ 」

「なんせ石は石頭って言うくらいに硬いもんですからね、変らないんですね」

「法隆寺を登録するとき結構もめたらしいよ。あそこの建物は、長い間にいっぱい材木を取り替えてるからね。でもまあ、なんとか日本風土の文化として認めるかってことになったんだね」

「石頭のネズ公も、日本文化を見てちょっとは柔らかになるんですかね」

「文化を見る目は多様でなければならないんだね」

●頼朝さんよりも前からず~っと人が暮らしてる

「今日の話でもね、ネズ公に鎌倉を世界遺産になにがなんでも認めさせる作戦はどうすりゃいいんだいってのが先ず問題なんでしょ」

「そうか、これは世界遺産登録手続きの話だな、手続き論だ」

「もう一方にはね、鎌倉を世界遺産にするのならね、まちづくりを歴史都市らしく、ちゃんとしなくちゃいけないよね、それはどうすりゃいんだって話なんですよ」

「それは、世界遺産をまちづくりの手段にしよって、手段論だな」

「そう、この二つの大事な話がね、つながっているようでどこかチグハグでもあるんですよ、どうもよく分からない」」

「そうだねえ、手続きならユネスコの言うように、できることをみんなやるしかないよな。だけど市民にとっちゃあ、そんな手続きは最短距離になるように役所にがんばらせといて、こっちは住み良いまちづくりのために世界遺産にする過程や結果を利用しようって考える2面作戦は、こりゃなかなかすごいアイデアだよ」

「でね、面白いんですよ、鎌倉を世界遺産にするのは中世武家の都だからってんですがね、あちらのネズ公連中にとっては、ヨーロッパ中世武士団は戦闘要員でしょ、日本中世の武家ってのはサムライ・チャンバラ・ハラキリの 時代劇、どこが文化なんだよって言いそうでしょ」

「アハハハ、そうかねえ」

「ねえ大家さん、西洋人に武家文化ってほんとに分かるかしら、ほら、この間も浄土思想が分からんなんていわれて平泉が失敗したでしょ。

「そうだったねえ」

「それならば、鎌倉時代の建物を永福寺跡にも常盤北条邸跡にも昔の建物を復元したら、あっちの連中にも目に見えて分かるかもしれないって、そんな意見もでてましたよ」

「う~む熊さん、それはどうかねえ、世界遺産の基準に真正性ってのがあるよな、これって本物ってことだよ。地上に何も無いからって建物復元しても、それは本物じゃないよ、作り物だよ、いいのかい」

「えっ、だって一足先に世界遺産になっている奈良の平城宮の朱雀門だって、木造ででっかいのを復元してますよ、あれっていけませんか、わかりやすいでしょ」

「あたしゃ行ったことなくてよく知らないけど、あれは観光施設だろ、だって奈良時代のほんとの朱雀門なんて誰も知らないんだよ。北条邸だって永福寺だって建物の遺物は無いし 、もちろん設計図なんてものは無いよ。なにがあるんだい」

「石ころ、穴ぼこ、溝掘り、盛り土なんかの跡、草ぼうぼうの土の中にあるだけ、」

「そうだろ、だからそこから上に載っている建物は、数少ない現存する当時のほかの建物とか、当時の絵巻物なんか見て、あとは想像たくましくつくるしかないんだよ。朱雀門もそうやった作り物だよ。いけなかないけど、ユネスコ流の本物ってことになるのかねえ。平城宮跡だって 朱雀門は世界遺産じゃないよ、埋蔵している状況が世界遺産登録なんだよ」

「う~ん、そんなもんですかねえ、じゃあね、こうしたらどうでしょう、北条邸と永福寺の土を掘ってね、鎌倉時代の遺跡を見せるようにするんですよ」

「まあそうやって発掘したら鎌倉時代が見えるけどね、それも問題があるんだよ。だってね、鎌倉時代まで掘るとなると、その手前にある江戸時代や室町時代の跡は消えてしまうんだよ。そこは歴史じゃないってのかい」

「あっそうか、う~ん、困りましたねえ、あっち立てればこちらが立たずか。ワークショップでもネ、歴史都市鎌倉って言うけど、ここは砂漠になっちまった遺跡じゃなくて、頼朝さんよりも前からず~っと人が暮らしてるんだから、千年前も歴史、昨日だって歴史なんですよ。鎌倉時代だけ採り上げて世界遺産ってのもおかしいよって言う人もい ましたからんえ」

「ごもっともだねえ、歴史は積み重なっているものだからねえ。こりゃ前途多難な世界遺産登録だよ」

「もういつになるか分からないけど、こうなりゃこのまま100年もず~っと登録運動しつづけるってのも、鎌倉まちづくりの前向きの動機になって、なかなかいいかもしれないって、あたしゃ思うんですよ」

「その間にはユネスコさんから、登録したけりゃああせい、こうせいと、いろいろと言ってくるんだろうね」

「やれやれ、ありがたいような、お節介さん(世界遺産)のような、、」

―おあとがよろしいようで― (091205)

注:この戯作調の一文は、2009年11月8日に鎌倉市内で開催した「どう守る、私たちの世界遺産」と題した鎌倉市民によるワークショップに、コメンテーターとして参加したので、そのワークショップ報告書用に依頼された文章をどう読みやすくするか考えて、当日の発言と補足をあわせて編集し、更にWEB用に再編集した。

●参照→『どう守る、私たちの世界遺産』ワークショップ報告書http://ksohok.dip.jp/sekai_isan/workshoppage01.html

●関連→世界遺産とは何だろうか

http://homepage2.nifty.com/datey/sekaiisan0803.htm