まちづくり人材の育成活用と雇用創出
まちづくり人材の育成活用と雇用創出
―人口減少・超高齢社会の都市社会変貌に対応するために―
伊達 美徳
1.この話の趣旨
近年は都市計画という言葉が、評判の無駄な公共投資と混同されている様子もあり、「まちづくり」と言いかえがはやっている。
さらに、まちそだて、まちなおし、まちつくろい、果てはまちこわしなどと、言い換え遊びの様相もある。ここではどれも都市計画の分かり易い表現としておこう。
わたしの話の要旨は次のとおりである。
①日本では人口減少・超高齢化に加えて環境問題が目の前に迫っていて、これまでの「人口増加型まちづくり」は、今すぐに「人口減少型まちづくり」の新たな方向に変えるべきだが、現実の各地の行政政策はいまだに変わらない。
②ところが各地区レベルでは、新たな方向のまちづくり動向がたくさんあるのに、それを推進する行政や地域に人材不足やミスマッチがあって進まないようであり、早急にまちづくり人材を育て、各地に配置する必要がある。
③大きな転換期に向かう都市計画は、行政と民間の中間の新たな公共政策として、地域まちづくりNPOの役割が重要となり、まちづくり人材の雇用をそこに生み出す政策が必要である。
と言うわけだが、まちづくり人材への行政政策は、介護ケア人材と比べると、まことにお粗末である。そこで、わが(NPO)日本都市計画家協会では、「まちづくり人材支援事業」を始めたのだが、それを最後に話したい。
わたしは現場主義者であるから、自分の目と足と汗で関わり見てきた典型的まちづくり現場を紹介して、現実の背景認識から話を始めたい。
2.沖縄本島での開発の話
久しぶりに昨年の秋、沖縄本島にあるA市の中心市街地まちづくりのことで訪ね、ひしひしと迫る現代の典型的な都市問題を感じた。
本土とは違って、なんだかあちこち開発でまだバブル景気の気配がある。本島中部を中心に、返還されたあるいは返還予定の基地跡地開発や海面埋立地があちこちの市町村にあり、競ってニュータウンやら工業団地やらショッピングセンターづくりを進めている。
ところが、既にでき上がっても処分が進まない開発地がわんさとあるのが現実である。
一時的現象かどうか、アメリカのテロの影響で観光客が沖縄でも激減し、リゾート開発の先行きは見えない。工業団地も旧来の大規模集約型で、果たしてアジア地域との競争に勝てるのだろうか。
実例として、基地跡地の那覇新都心開発は、ハードな面では進んでいるが、けばけばしい安売り店舗がまんなかを占め、まわりに秩序もなくマンションが建ちつつあり、ソフトな面では開発コンセプトが見られない。中心市街地に近接立地しながら、中心市街地の問題解決とは関係なさそうだ。というよりも都心部の空洞化に一役買いそうである。
関係ないといえば、本島の中心都市である那覇市の行政人口は約30万人で都市圏人口は百万人にちかいだろうが、その都市圏で目白押しの現と新の大規模開発は、奇妙なことに相互調整もなく無関係に進めている様子である。乱立も甚だしい。
互いに競合することが分かっていながら、それぞれの自治体の都合で新開発が進められるのは、そこに公共事業投資が入るからだろうが、不動産市況や設備投資状況に目を向けているのだろうか。
その一方では那覇市や沖縄市など、課題の多い既成市街地の改善は遅々として進まない。典型的な既成市街地整備手法の市街地再開発事業で完成したのは、県内では那覇市久茂地地区の1件のみである。
中心市街地問題は山積しているのに、基地跡地や埋立地の新規開発をやめられずに、それが結局は中心市街地の空洞化を促進して問題を深刻にする方向に働いている。現に那覇市の有名な公設市場群は縮小し、中心部の定住人口も減少と高齢化の傾向にある。
名物市場も戦争直後の混乱期の問題を今も引きずる複雑な権利関係と細分化した土地利用であり、大通りでも一歩裏に入ると木造密集市街地が広がる。そこが後回しになっているのは、その複雑さも基本にあるのだが、それよりも公共投資の時間的効率性の考えが優先しているようだ。
つまり、中心市街地活性化や密集市街地整備のような手間ヒマかかる仕事よりも、跡地や海面の新開発のほうが公共投資の結果が早く見えるというわけで予算がつきやすいが、難しい再開発にはつきにくい。
特に既成市街地整備には、工事に入る相当に前の段階から能力ある専門コンサルタントやコーディネーターの起用が重要だが、その人材が沖縄には不足している。本土から雇うとなると通常の倍のフィーが必要になり、なおさら予算がつかない。
地元権利者もがんばるが、みずからの日常の仕事のかたわらでは限界があるし、ただ働きボランティア応援もあるが長続きしにくい。
A市の再開発の担当課長は、こうなればうちの課の自前でやるしかない、と言う。その覚悟たるや良しとしても、いくつもある現場の全部をやってはいられないのが現実だ。仕事と人材の深刻なミスマッチである。
3.東京下町での密集市街地整備の話
東京のB区は、下町に広い木造密集市街地があり、安全なまちづくりが重要な政策課題である。細分化した土地に、木造の老朽家屋やアパート、町工場などが、入り組んだ細い道に立ち並ぶ。下町コミュニティがあるとはいえ、高齢化が進むとともに、不況下の町工場の経営問題もからんでくると、虫食い空き家や空き地が出てきて、次第にまちを支えきれなくなり、災害への不安が高まる。
そのようななかで道を広げたり、建物を建てなおしたりすることは金と時間と人手がかかる至難の事業で遅々として進まない。その一方では、東京都区部への人口回帰の現象も進みつつあり、不動産市場が見えてもいる。
その下町に登場したのが、地元の建設工務店が中心となるNPO法人である。若い社長がNPOの立場でまちを歩き回り、地権者がまとまって共同マンションを建てて、一部を分譲や賃貸すれば、自分たちで生活やコミュニティの再建ができると口説いた。NPOの公益目的事業と収益事業のコンビネーションである。
当初はバブル経済期直前で工務店の地上げだったのが、次第に共同まちづくり活動となり、それならとNPO法人として活動の中心に据えた。
ここに、典型的な現場型まちづくりNPOの発祥のひとつを見ることができる。
まず、ある街区の半分の範囲で地権者数十人がまとまる共同ビル化が成功したら、次は残りの範囲で、さらに隣の街区でも見習って進み、更にその隣もとドミノゲームのように進んできている。
事業手法も単純な等価交換型共同建築事業から、権利変換型再開発事業へと発展すると、行政の指導の指導も受け、事業展開に公益性とビジネス性が入り混じる。
そうなると、地権者・地元工務店・行政窓口の協議による努力だけではなく、その間を調整するコーディネーター、資金力とノウハウのあるデベロッパー、都市計画や再開発の専門家、税務の専門家などの、各種まちづくり人材が登場した。
事業の仕組みも公益性と採算性とを考えると複雑になって、市街地再開発事業、地区計画、高度利用地区、木造密集市街地整備促進事業、都市共同住宅整備促進事業、総合設計制度などを組みあわせるようになる。
それに対応して指導する行政の側も、高い能力を要求されてくるのであるが、ここに行政特有の縦割り指導と人事などの問題が出てきた。地元地権者たちをようやくまとめて、複雑な仕組みの事業にしたてて、民間側から行政に提案しても、行政側にそれに対応できる人材がいない。
行政の人事は必ずしも専門能力あるものを担当配置するとは限らないのである。担当部門に持ち込んでも理解できないとたらい回しや、杓子定規対応でつき返される。せっかく時間かけて担当者が理解したのに、人事異動で振り出しに戻る。
そうこうするうちに、まとまっていた地権者のなかには、嫌気がさし、相続問題が起き、デベロッパーは金利がかさみ、事業自体が危険となる様子もでてきている。
行政にも、地元にも、そしてその中間の立場にも、まちづくり人材が要ることが痛感させられる。
4.北陸小都市での中心市街地の話
北陸地方には人口5万から10万人あたりの、いずれもそれなりの地域産業や、伝統文化をもつ個性的な小都市が多い。
そのひとつのC市は人口8万人、地域の中心的な城下町都市であるが、ご多分に漏れずにこれまでの拡大型都市計画で、中心市街地は人口も商業も空洞化が進み、郊外には大型店やや安売り店舗が乱立し、田んぼの中のあちこちにミニ乱開発住宅地がある。
その街のまんなかにある県立病院を、老朽化したので建て直したいが、郊外の田んぼの中に広大な土地をもとめて移転する案が、県から出された。
また、市街化調整区域の優良農地を土地区画整理事業でニュータウン開発し、そこに大規模店舗を誘致する計画も出された。どちらもバブル景気の最中であり、一般には肯定的であったようだ。
しかし、それらは明らかに中心市街地空洞化を促進するものであるとして、反対に立ち上がったのは中心商店街であり商工会議所であった。
出だしはよくある商業問題であったが、筆者も加わったまちづくり委員会をつくって勉強するうちに、これは実は都市問題と分かってきた。特に病院の郊外移転は、超高齢社会の暮らしにかかる重大問題である。
一般に商工会議所は商工業振興の提案してこと足れりの団体であるが、ここでは都市問題として理論武装とともに、市民運動としての展開を行なった。問題は、商工業団体の立場での反対運動が、一般市民のコンセンサスを得られるかということである。
あれは商店街の利益誘導だろうと見られる中で、一般市民の顧客と連携する運動として、行政に対して商工業振興策に偏しない、むしろ市街地居住政策に近い内容の都市政策提言を行い、その一環として問題指摘する戦略をとった。
とりあえず現段階での結果は、病院は中心市街地内のJR駅前にある工場跡地に移転と決まり、土地区画整理事業は市場変化で足踏み状態である。これから病院の駅前移転が、まちづくり政策にいかに連携するかが問われる段階にきている。
この活動で商工会議所の委員が、これまで都市計画にあまりにも無関心であったことに気がついた。ニュータウン開発は、都市計画マスタープランにも載っていて、市街化区域編入手続きがつい最近行われたことも知らないのだった。
このC市でも中心市街地活性化基本計画はあるがが、まだそれを動かす人材がいるとは見えない。まちづくりに目覚めた商工業団体や商工業者たちが活動できるように、まちづくり人材が地域に育つことが求められている。
5.まちづくり人材を現場と行政に
これらの実例に見るように、現実にはまちづくり人材は偏在あるいは数が限られている。能力ある人材は引っ張りだこでいくつもにかかわって忙しい。その一方では、仕事のないコンサルタントもいる。
さらに建設業からの大規模な離職者の中には、まちづくり経験者もいることだろうが、果たしてまちづくりへ人材へとマッチングしているか。
一般に、まちづくり人材の認識とか、そのような職能の認知は、ほとんどされていないのも現実である。例えば、厚生労働省の人にも確かめたが、公共職業安定所の求人に現れていると聞いたことがない。
最近は大学の都市工学や建築関係学科から、まちづくりに携わりたいと言う卒業生も多いが、学生ボランティア活動はともかくとして、現実社会のまちづくり現場に就職先が見えないと、彼らから筆者に相談されることも多い。どうも、現場と人材のミスマッチが深刻なようだ。
A市やC市のような中心市街地再生を目指す地方都市は全国に約660もあり、それぞれに対応しているがいまだに効果は現れない。B区のように東京・大阪大都市圏あるいは政令都市などで、改善しなければならない木造密集市街地は約4万ヘクタールもの広大さであるという。
とすれば、まちづくりの必要な地区はこれだけではないし、これを全部対象としないまでも、全国に数万人のまちづくり人材が必要であろう。
なんらかのハードな整備事業(道路、広場、共同建物など)や、ソフトなまちづくり活動(地域運営、勉強会、お祭、イベントなど)を行うことが必要だが、その必要な地域の広さと多さに比べて、すでに活発に動いているところは少ないし、動いていてもなかなか進まないのが現実である。
もちろん資金的な面もあるが、人材のことが大きい。身銭をきっての献身的なボランティア活動が実っているまちづくりはもちろん多いが、それだけでは続かないし広がらない。専従的なボランティア人材、実務に長けた専門家、多様な応援ボランティアなど、多様なまちづくり人材の適材を適所に、しかも有償で配置するシステムを用意する時にきているだろう。
そのシステムとしては、まちづくりに先進的な自治体では、例えば「まちづくり支援センター」組織つくって、まちづくり人材を紹介派遣し、機動的に市民のまちづくり活動に対応している。
実例は、震災復興で威力を発揮している神戸市・兵庫県のまちづくりセンターを始めとして、来年度から設立する浜松市など、次第に出てきている。
その浜松市では、これまで行政指導型都市計画であったが、市民参画型まちづくりへと転換するとて、まちづくりセンター役員や職員に民間から人材を起用し配置することも考えられている。
B区の例のように、まちづくり活動団体が、法的にも社会的な責任を持つNPO法人(特定非営利活動法人)となる例も各地に起きている。内閣府によると、2001年6月現在で約4,300の認証NPO法人のうち、3分の1強がその定款にまちづくり活動をあげているという。
そこには多様なまちづくり活動があるだろうが、現実にまちづくり人材の需要が見えつつあるといってよい。これまでにも再開発や区画整理のような都市開発の組合事業などでは、人材の育成と配置は課題となっているが、一方で各地にNPOのような草の根の動きが活発に起きており、そこに人材を配置して、人とまちを育てなければならない。
6.まちづくり人材を育てる
まちづくりは新たな雇用の創出となるであろうが、それは決して不況対策の緊急雇用創造ではなく、今起きつつある都市社会の変化に対して、まちづくりは緊急に進めなければならない仕事であう。
なぜなら、これから50年は著しい人口減少が続き、その間に大きな人口移動が必ずおきてくるからだ。それに対応するまちづくりを早期にした都市だけが、21世紀の後半に生き残ることができる。
思い出してほしい。介護保険ができてから急にその分野が混乱を伴いながら社会に登場したのは、もう30年以上も前から分かっていたのに土壇場まで取り組まなかった高齢社会対策の始末であることを。
都市政策も人口減少・超高齢社会・環境対策として、早く取り組まなければならないと20年も前から分かっていながらやらないものだから、全国で中心市街地空洞化、大都市の密集市街地の災害、交通公害問題、通勤地獄などを引き起こした。
今後の都市の大変化に対応するには、技術士、建築士、弁護士、税理士、会計士のような資格を持つ"専門家"はもちろんだが、マネージャー、コーディネーター、ファシリテーター、組合事務局員などの多様な専門的人材が要る。
あるいは、まちづくりニュース発行や会議記録の作成、ワークショップの補助、実際のまちづくり活動(お祭り、フリーマーケット、掃除などの行事にも)の助っ人などの"まちづくりボランティア"(まちボラ)も各地の現場で大歓迎である。
(NPO)日本都市計画家協会(通称「家協会」)では、「まちづくり人材支援事業」を始めた。まずは、専門家からまちボラまで人材育成を行う計画である。自治体、大学、NPO、まちづくり団体、再開発組合、国土交通省、厚生労働省などと連携して、都市計画の基本、住民参加のあり方、事業手法、まちづくり現場体験、組織運営などを、座学とOJTにより実務に長けた人材育成を行う。
その人材には、自らまちづくりNPOを立ち上げ、あるいはNPOに参加を期待するとともに、家協会からまちづくり諸団体や自治体に彼らを派遣する。
場合によってはその人件費を家協会が負担するが、その財源は、企業や国・自治体等からの寄付金や委託費を期待している。
全国に約五百人の会員がいる家協会は、プランナー、ジャーナリスト、プロデューサー等の専門家団体として8年の実績を持つが、昨年、専門家の垣根をはずすことにしてNPO法人とした。それは、都市計画は集まって暮らす日常の約束事であり、だれもが知っているはずだから、だれもが都市計画家になってほしいからである。
『だれもが都市計画家に―暮らしの場には、どこにも都市計画が―』((NPO)日本都市計画家協会パンフレットより)。(完011104)
注:小論は、「地域開発」(2002年1月号 日本地域開発センター)に掲載した。