記録が記憶に変わる時(文・ 木田悟史)

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記録が記憶に変わる時

8ミリフィルムがつなぐ地域の歴史

2019年12月13日

執筆者 木田悟史 (日本財団 鳥取事務所所長

【鳥取県】地域の家庭に眠る古いフィルムを集めた企画展「声をそえる」が行われた。会場は以前ご紹介したこともある、鳥取県立図書館。市内のアートプロジェクト団体との連携で行われている。

■家庭に残されていた無声映像に声をそえる

動画を撮るというと、今やほとんどデジタル化されている。しかし、8ミリフィルムが普通という時代がかつてあった。筆者にとっても、「映像といえば8ミリ」という記憶が鮮明。それもそのはずで、昭和の30年代から50年代にかけて、家庭用のホームムービーとして8ミリが各家庭に普及した時代があるそうだ。ちょうど私が生まki育った時期とも重なる。

10月19日から11月4日まで開催された同企画展では、家庭に眠っている8ミリフィルムの映像を集め、それに地域の方の声が添えられて展示された。(写真下)これが「声をそえる」という企画展のタイトルにつながっているという。

■日常の過去と現在

現在、私が住む鳥取市は、シャッター街となった商店街があり、駅前の人通りもまばら。しかし、この町にも以前は人が溢れて賑やかだった時代がある。そんな話を以前から住む人からよく聞かされる。展示されている映像から、まさにその全盛時代の様子が伝わってくるののだ。

例えば、鳥取駅前には近畿発祥の老舗・大丸百貨店があるが、閑散としている。だが、かつて屋上に遊園地もあって、町の人にとって大丸に行くことはハレの日、特別なイベントだったそうだ。映像には、その時代の屋上遊園地で遊ぶ子供たちの様子も残っていて、「あーこういう様子だったのか」と実感が湧く。

また、映像はプロが作ったものではなく、あくまで一市民が日常を淡々と記録したものだ。そのため、かえって当時の様子が生々しく伝わる。実際に自分が歩くこともある風景と重ねて見るため、差異がより鮮明だ。過去の映像はただの「思い出」ではない。

それは企画展にも反映されている。過去の音声付の映像の他に、当時の様子を伝える文献や資料なども展示されているのだ。映像と資料を配置することで、立体的に当時の時代状況が理解できるようになっている。図書館と連携しているからこそ実現できたものなのだろう。(写真下)

映像に加えて、当時の様子を伝える資料も展示。

当時の状況がわかる文献も紹介された。図書館で行うからこそできた展示だ。

■人々の記憶に寄り添う

今回の企画は、ホスピテイル・プロジェクト実行委員会によるもの。委員会は鳥取市内にある旧横田医院を活用し、アーティスト達が活動する場づくり等を行っている。

同団体は、もう読まなくなった本を地域の住民の方々から集める活動などを以前から行なってきた。映像を集めるという活動もそこから派生したもので、「すみおれアーカイヴス」という名称がつけられている。

ホスピテイルプロジェクト 蛇谷さん

この活動をすすめる蛇谷りえ(じゃたに りえ)さんによると、発端になったのは大阪のNPO法人記録と表現とメディアのための組織 (略称remo)。このNPOの代表・松本篤さんが、家庭に眠る8ミリフィルムを収集し、地域の活動に反映していくAHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]* を始めた。蛇谷さんも以前、大阪でこの団体に関わっていたことがあり、鳥取で同様のプロジェクトをやってみたいと考えていた。これが、今回の取り組みにつながった。

ところで映像を見ていると、ほとんど編集が加えられていないように見えるのだが、何故か不思議と映像に引き込まれてしまう。単なる記録というものとも違う。ここに「連携しているAHA!の松本さんの凄さがある」(蛇谷さん)。 松本さんは、人々の記憶にできるだけ寄り添うことを大事にしているという。そのために元々ある映像の良いところを損なわないように、本当にさりげない形で編集が施されているそうだ。料理でいえば、質の高い出汁のようなものかもしれない。私は鳥取で育ったわけではないが、映像を見ていると、不思議と幼少期の頃の記憶が呼び覚まされるような気がした。編集の為せる技なのかもしれない。

■記録が記憶に変わる時

蛇谷さんのお話で印象的だったのは、8ミリフィルムの映像を見た後の変化。動画の記録ボタンを押す時の感覚が以前とは違ってくるという。というのも、今自分が撮った映像も、何十年後かには何らかの記録として残る可能性があるからだ。未来の誰かが、今の自分と同じように、その記録を見るのかもしれない。そんなことを考えると、「今」という瞬間がより愛おしく感じられもする。

展示会の上映時間は一時間。見に来た人のなかには「とても贅沢な時間でした」というコメントを残した方がいるという。その人の中にある記憶と、映像の中の何かが繋がったのかもしれない。言い換えれば、情報としての記録が、感情が伴った記憶のようなものに変わった。これが「贅沢な時間」に感じられたということなのだろう。(了)

*AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ] 歴史上初めて一般家庭へと行き渡った動画記録メディアでありながら、現在劣化・散逸の危機に直面する「8ミリフィルム」にこめられた〈「記録」に向けられた熱度〉に着目し、その収集・公開・保存・活用を進めるプロジェクトとして、2005年、remo[NPO法人記録と表現とメディアのための組織](大阪)を母体に始動した取り組みのこと(同団体のホームページより引用)

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執筆者 木田悟史(きだ さとし)

日本財団 鳥取事務所所長。

ソーシャル・イノベーション本部国内事業開発チーム チームリーダー。慶応義塾大学 環境情報学部卒業後、日本財団入団。総務部や助成事業部門を経て、NPO向けのポータル・コミュニティサイト「通称『CANPAN』カンパン」の立上げに関わる。企業のCSR情報の調査や、東日本大震発災後、支援物資の調達や企業と連携した水産業の復興支援事業の立上げを担当。その後、情報システムや財団内の業務改善プロジェクトを経て今に至る。

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