生産効率を上げると、社会が元気になる?
『生産効率の上昇』と『個人の可処分時間の増加』、
このパッケージで社会の多くの課題を進展させる可能性がある。
■びりっけつ先進国
昨年クリスマスの前週18日、日本生産性本部の発表によると、2014年度の実質の労働生産性が前年度よりも低下。経済協力開発機構(OECD)加盟国中の先進主要7カ国で最も低いという。しかし生産性の低さは以前から多くの人が指摘していた。また、休暇も多く、残業もほとんどないが、生産性は高いというドイツともしばしば対比されてきた。
外から見て、日本の現状にげんなりすることがある。そしてクール(お寒い)ジャパンは錯綜しているように見える。が、生産性の課題から、ひとつの方針をたてることができる。それは生産効率向上と、個人の自由になる時間『可処分時間』の増加をセットにしてはどうかということだ。これで社会のかなりの課題に対して、良好な取り組みが可能になるかもしれない。
■可処分時間が増えるとどうなるか
ちょっとズルいが、生産効率を上げる方法は、その道のエキスパートにおまかせする。
ここでは可処分時間が増えるとどうなるか、ちょっと羅列してみようか。たぶん、もっとたくさん挙げることができるだろう。
ワークライフバランスがとりやすい
家族の時間が増えるので育児環境の底上げになる
学ぶ機会の増加
とにかく地域社会で過ごす時間が増える
NPOなどの社会的組織の活動に参加しやすくなる
余暇時間で創作活動やスポーツをする人が増える
余暇時間で劇場やミュージアムなどに向かう人が増える
地域の社会運動に参加しやすくなる
地域の政治活動に参加しやすくなる
可処分時間が増えると、家族という個人領域の生活が、もうすこし物理的に余裕のあるものになると思う。
さらに住んでいる地域で過ごす時間が増え、地域内で文化・福祉・教育・スポーツなど、様々な領域で活動をする人も増加するだろう。それは仕事の肩書以外の人格による社交が増えることであり、退職してから『地域デビュー』などと馬鹿げた言葉もなくなってくるはずだ。
■エコノミー・ソーシャル バランス
こういう活動が盛んになってくると、小さな地域経済圏が生まれてくるだろう。連帯経済などと呼ばれるものや、日本の議論でいえば、メインの資本主義経済のサブシステムとして論じられた『里山資本主義』、そういう種類の経済が機能してくると思う。
また基本的に社交が多いと、地域で社会運動を起こしたり、参加しやすくなる。それはいずれ地域の政治となだらかにつながってくるはずだ。民主制の国では、社会で多くの議論を尽くし、そして制度として完成させ、実現させるのは政治だからだ。また社交に多様性があると、創造都市論などでいわれる、クリエイティビティのポテンシャルが高まるだろう。
『生産効率の向上』『可処分時間の増加』これをセットに考えていくと、経済と社会のバランスをとりやすくなり、それはファン・ジャパン(愉快な日本)実現のカギかもしれない。(了)
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