ドイツ柔道は「体育会系」ではない丨在独ジャーナリスト・高松平藏

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ドイツ柔道は「体育会系」ではない

「柔道フェスティバル」に見る幅の広さ

2017年12月15日

執筆者 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)

柔道は日本発祥のもので、オリンピックの「お家芸」や「競技」として思い浮かべる人も多いかもしれない。一方、柔道は世界中に広がっており、各国や地域で日本とは異なる展開がある。日本と対比したときに、ドイツでは「競技」以外にもっと幅広い期待があるようだ。2013年、ドイツ柔道連盟の60周年記念に開催された「柔道フェスティバル」からは、柔道がドイツでどのように捉えられているのか透けて見える。

※雑誌「近代JUDO」(ベースボール・マガジン社 2013年12月号)に執筆した記事に加筆修正

■フリースタイル柔道!?

1906年、エーリッヒ・ラーンによる柔術学校の設立から数えると、ドイツでの柔道は100年以上の歴史があるが、今日の全国組織、ドイツ柔道連盟が旧西ドイツで設立されたのが1953年。

60周年を迎えた2013年10月に、ケルン・スポーツ大学にて4日間にわたる「Judo Festival」が開催された。参加者は約1,000人、セミナー、ワークショップなど100を越えるプログラムが組まれた。ハイライトは最終日の夜に行われたドイツのトップ選手による、オランダとの国際親善試合。その後会場を変えてパーティが行われた。

さてプログラムの内容は幅広い。畳の敷かれた会場で行われるのは、様々な技術指導プログラムだ。 トップクラスの選手による寝技をはじめ、子供から高齢者までの年齢別、家族、若い女性といったような対象別の指導。さらに打ち込や大外刈、乱取、青少年向けの形など内容に特化したものが行われた。

動きをシンクロさせて!

「応用編」とでもいえるプログラムも多い。サーキットトレーニング方法や護身術にはじまり、柔道マット(畳)で行うフィットネストレーニング、アクロバティックな動きで音楽やリズムにのせて展開する「フリースタイル柔道(=写真上)」、まるでスタントアクションのように障害物を飛び越え、安全に落下する訓練をするプログラム(=写真下)など、身体運動としての柔道の可能性もよく見える。

■競技か、教育か

セミナーや講演などの座学も充実している。 トレーナーなどを対象に行われたのがブルーノ・ツァファクさんによる座学・実践を組み合わせたワークショップ「スポーツ以上の柔道」。同氏は18歳以下の青少年を対象にしたバーデン=ヴュルテンベルク州および名誉連邦トレーナーを務める。教育的側面から柔道がもつ価値やエチケットについて扱い、社会技能(ソーシャルスキル)の促進を考えている。ちなみに社会技能とは自身・自尊心を持ちつつ、共感、協調性、問題解決スキル、責任感、柔軟性、批判能力といったソフトスキルをさす。競技は柔道全体の氷山の一角にすぎないことをよく表している。

ニーハウス教授による講演。座学も多い。

学術分野からの講演もあった。武道研究で日本でも知られているアンドレアス・ニーハウスさん(ゲント大学教授)は「柔道における嘉納治五郎の役割─教育としての柔道? スポーツとしての柔道?」という講演を行なった。

嘉納治五郎の「柔道」創出とその時代背景を見つつ、IOC(国際オリンピック委員会)の委員でもあった嘉納自身が、柔道を教育システムや競技、スポーツしてどのように位置づけていたか。またどのような振興・評価をしていたかを述べた。ニーハウスさんは「教育か、競技か、という議論は今日でも興味をひくもので、どちらの側面も重要だ」と括った。

■コミュニケーションとマネジメント

目についたのがコミュニケーション関係のプログラムだ。 フェイスブックなどのソーシャルメディアを扱った複数のセミナーが行われ、リスクとメリットなどについて説明された。ほかにも、ショートビデオの作成セミナーや、インタビューでの質問・回答についてのワークショップが行われた。

またドイツの柔道のほとんどがNPOに相当する組織形態「スポーツクラブ」で行われているため、組織としてそれらのメディアの活用、広報の仕事をどうすればよいかという内容のセミナーも行われた。ここでは、個人情報の扱い、プレスリリースの書き方など具体的な内容が展開された。一般的に「情報を公共のものにする」ということはドイツ社会で常に課題になるが、柔道の世界でも適用されているのがよくわかる。

加えて、スポーツクラブのマネジメントや組織内のコミュニケーションに関するものもあった。ドイツにおけるスポーツクラブの歴史は19世紀からあるが、現代社会に応じた運営の模索が続いている姿が浮かび上がる。実際、これらのセミナーでは参加者から積極的な質問が相次ぐ場面もあった。

組織マネジメント、コミュニケーション、広報など、社会と柔道をつなげることを意識したテーマも多い。

■医療、予防、ドーピング、障害者といったテーマにも言及

スポーツ医療・科学に関するシンポジウムや、ケガ予防といった分野のプログラムが行われた。とりわけ鮮やかだったのが「スポーツ・トレーナースクール」を主催するイェンス・カイデル氏のドーピング・中毒予防に関するセミナー。

手品を用い、人々をあっといわせながらテンポよくドーピングについての危険性などを説明していく。同氏は青少年向けのバイエルン柔道連盟のトレーナーでもあるが、心理学や俳優のための教育も受け、子供のためのマジシャンというカテゴリーで全独チャンピオンにもなっている「本物」だ。

手品などを用いてドーピングの危険性を説明。

また身障者の柔道をテーマに、例えばクラブ内でスポーツグループを作る場合、具体的なトレーニングデザインや財政支援、教育プログラムをどのようにすればよいか、といった内容のセミナーが行われた。

■日本文化を知るきっかけに‐寿司、マンガ、太鼓

「お箸はこうやってつかうの」、と参加者に「指導」しているのが2013年世界柔道選手権大会に57kg以下級で、銅メダルを獲得したミリアム・ローパーさん。「寿司を自分で作ってみよう」というプログラムでの一幕だ。ローパーさんは「日本へ行くたびに日本食を食べるので箸の使い方を覚えた」と笑う。

寿司を作ったあとのローパー選手(2013年世界柔道選手権 銅)にポーズをとってもらった。

実際、他の柔道選手たちの中にも日本へ試合などに行った経験から日本食や日本文化の「ファン」になっている人も多い。 柔道にはいうまでもなく「日本」という要素が含まれている。フェスティバルでは寿司のみならず、マンガの書き方を学ぶセミナー、和太鼓グループ「嵐太鼓」による和太鼓ワークショップにパーティでの演奏があった。

和太鼓のワークショップの様子。

■柔道の全角度を広く示すチャンス

以上、プログラムをみるとドイツ国内での柔道がどのように捉えられているかが、ある程度浮かんでくる。ドイツ柔道連盟会長、ペーター・フレーゼさんは「試合、乱取り、練習、トレーナーの社会的技能、ケガ予防方法、それに3歳から80歳までできるスポーツ。柔道はほかのスポーツよりも多くの面があることを強調したい。フェスティバルは柔道の全角度を広く示すチャンスだと考えた」と述べる。

「社会的なものも含む柔道の幅広い側面を公開することが重要」と語るフレーゼさん(ドイツ柔道連盟会長)。

ドイツの柔道で通奏低音のように流れているのが、「社会」との関連性の確認だ。 これは他のスポーツ分野でもいえることだが、スポーツクラブじたいが「社会的組織」ということとも整合性がある。身障者柔道への取り組みや健康・余暇としての柔道も、そんな発想のからのものと考えるとわかりやすい。

それに対して日本の場合、学校や組織、あるいは「柔道界」といった「閉じられた」傾向が強く、そこでは競技が第一で、「勝つこと」に価値がおかれがちだ。いわゆる「体育会系」と呼ばれる世界である。

ひるがえって、フレーゼ会長自身、柔道が持つ「社会的」な部分も含む、幅広い側面を公開していくことが重要だとしている。(了)

有名選手に出会えるのもフェスティバルの魅力。

サインをしているのはマルティナ・トライドスさん(グランドスラム・モスクワ2013 銅)。

※引用される場合、高松平藏が執筆したことを明らかにして下さい。

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