スポーツイベントの社会的責任

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スポーツイベントの社会的責任

『リスペクトキャンペーン』から考える

2012年06月22日

執筆者 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)

サッカー欧州選手権が ポーランドとウクライナで共催されている だが、テレビを見ていると、『リスペクト(敬意)』キャンペーンのCMがよく流れている。社会におけるスポーツの役割を考えてみたい。

ここで少しサッカーから離れて、柔道の話をする。

私はドイツで柔道をはじめた『へっぽこ柔道家』だが、1年ぐらい前から色々な経緯があって幼稚園で週に一度、息子と一緒に出向いて柔道を教えている。といっても、謙遜抜きで本当にささやかなものだ。人数も10人に満たないし、きちんとした柔道場もない。子供たちも道着を持っているわけではないので、柔道をもとにした体操のような内容である。逆に試合を前提にしたものではないので、技術面ではへっぽこ柔道家でも何とか務まる。

続けている理由は2点。口幅ったいのだが『社会活動』『教育的動機』である。とりわけ、教育的動機というのは他者に対するリスペクトを育むことを念頭に置いている。 先生(=権威)に対して敬意を持てというのではなく、先生も生徒も互いに敬意を持つことで、柔道を行う。これによって楽しみや人間関係の学習、挑戦、身体能力の発展などにつながる時間を作るということである。『精力善用』『自他共栄』という哲学を持つ柔道はぴったりだと思う。

蛇足ながら、日本の柔道界も『社会的責任』という文脈から発想すれば、もっといろいろな展開を考えられるような気がしている。

■ユニフォーム交換私はサッカーにはトンと興味がなく、『玉蹴りで大騒ぎしてるな』ぐらいに思っているクチなのだが、息子が大きくなるにつれ、一緒にテレビ観戦に付き合うことが増えてきた。

今年はサッカー欧州選手権がポーランドとウクライナで開かれているが、テレビCMの中に『リスペクト』キャンペーンのものがある。スポーツの選手たちは試合後に相手の服と交換することがある。テニスの試合などでも時々見られるし、サッカーでも試合終了後、対戦相手とユニフォームを交換している。意味はお互いのリスペクトだ。キャンペーンのサイトによると、この『儀式』は1931年にフランスとイングランドの対戦後に始まったらしい。キャンペーンCMはユニフォーム交換をモチーフにして作られている。

このキャンペーンのイニシアティブは2008年に立ち上げられた。その発端や経緯はよくわからないのだが、サッカーの社会的責任という位置付けである。またEU全体を見ると、2000年代にはいってEU加盟国が拡大化。それにともない、欧州の共有すべき人間観や価値観を再確認するような動きが散見された。サッカーの『リスペクト』キャンペーンもそんな動きと伴走しているような印象がある。

■ドイツにおけるリスペクトの意味

キャンペーン自体、文句のつけようがない。

人種、国籍、宗教などを越えて互いに敬意を持ち合う。スポーツを通してこういう価値観を持てるようにしていくことは素晴らしいことだ。ただフタをあけると、このたびの欧州選手権では人種差別的な行為などがあったと報じられ、なんとも興ざめである。が、裏を返すと、こういうキャンペーンはやはり継続していくべきものといえるだろう。

面白いのは(当然のことながら)ドイツでもこのキャンペーンCMが流れている点だ。

実はドイツの価値観でリスペクトといえば権威とワンセットで考える傾向がある。戦後の流れいえば、ヒトラーの強大な権力に対する反対などが『反権威主義』のようなかたちで社会に浸透した。私はこの連続で権威を失ったとたんリスペクトという価値観もかなり喪失したような気がしている

そんな中、他者に対するリスペクトを持つことを推奨しているのが非常に興味深いのだ。

■柔道の教育的価値

ドイツ社会では重視する価値観の形成は、キリスト教の影響が大きい。そして実際、今日でもドイツの学校では宗教(キリスト教)の授業があり、それ以外の宗教の子供は『倫理』の授業を受けねばならない。宗教には倫理教育の役割を制度上でも担っていることが伺える。

ところがドイツ社会では外国籍や外国をルーツに持つ市民が増えてきている。幼稚園をみても30カ国の国籍やルーツを持つ子供たちがいて、その中にはキリスト教圏以外の国ももちろんある。

学校で『宗教(=キリスト教)』以外に『倫理』というかたちで非キリスト教者向けの授業はあるが、それにしても多様な背景を持つ子供が増えた場合、倫理教育に相当するチャンネルをもっと増やすべきだと私は考える。

私の柔道コースに関していえば、日本人である私とドイツ人の母親を持つ息子が、非キリスト教の思想体系をもった柔道を行うということである。言い換えればドイツにおける多様な倫理教育チャンネルの一つという社会的意味があると思っている(が、効果についてはまだまだこれからだ)。

そんなことを日頃考えていたところへ、テレビを見ていて飛び込んできたのがサッカーのリスペクトキャンペーンだ。

文化や価値観、宗教など背景が異なる人間が増えるとと、他者に対するリスペクトをもてるかどうかというのは、まさに基本中の基本ともいえよう。対立や摩擦も互いに敬意があれば、それは解決につながる大きな希望だ。『球蹴り』の連中もなかなかいいところついてきたな。そんな感じがしている。(了)

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※引用される場合、高松平藏が執筆したことを明らかにして下さい。